Act. 9-7
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レース第2のポイントは、喫茶店2階のコピー室か、薬学研究棟研究室。
薬学研究棟の方が近いと朽木さんが言うので、そちらから先に行くことになり、あたしと朽木さん、祥子と高地さんの四人は朽木さんと高地さんには馴染み深いその建物に足を向けた。
特に特徴のない外見の白い建物。記念ホールから3分程で到着したそこは、いかにも研究棟という威厳と静けさを保っていた。
ここが朽木さん達が来年から研究する場所……。白衣とか着るのかな。朽木さんの白衣姿見たいな〜。
などと妄想に浸りつつ1階の廊下を端から端まで歩いてみたけど特に看板とかは見当たらなかった。
本当にここにチェックポイントがあるのかな? と微かに不安を覚えながら2階に上がる。
すると、ありましたよ、『推理ゲームレースチェックポイント』なる看板が!
「や、やっぱテッペンハゲの……」
ぶぶっと笑いが噴き出す口を押さえながら、看板の立てられた扉を凝視する高地さん。
横を見ると朽木さんも口元を押さえて肩を震わせてる。なに? それって二人の笑いのツボなの?
「アンタ、ちゃんと普段真面目に勉強してるんでしょうね……?」
祥子にジト目で見られ、高地さんは慌てて笑いを引っ込める。
「もちろんだよ祥子ちゃん! そんなに成績も悪くないよ俺。なんなら教授に聞いてみる?」
「アンタ馬鹿? 部外者が気軽に出入りしていい所じゃないでしょ。遠慮しとくわ」
あっさり断られて残念そうに首を落とす。
あたしは薬学部の研究室って見てみたいなー。でも野次馬を入れさせちゃくれないよな。
「朽木さんと高地さんはどこの研究室に入るの?」
「俺はまだ決めてない。高地は決まってるみたいだけどな。ここの3階にある研究室だ」
「へぇ〜。ねぇねぇ、朽木さんが白衣着て研究してる姿見たい! 今度ここで写真撮ってもいい?」
抑えきれず素直に欲求を口にしてみた。が、
「こんな所でまでお前の妄想に貢献するつもりはない」
あたしもあっさり断られ、高地さんと同じく首を落とした。
ちょっとくらいいいじゃん、どけちー。
涼しい顔でスタスタと歩く朽木さんと祥子の後にしょんぼり顔のあたしと高地さんが続き、チェックポイントの研究室の扉をくぐった。
部屋の中はデスクが何列か並び、資料の束があちこちに積みあがっている。雑然とした雰囲気だけど、研究を行ってる場所なんだからこんなもんか。
目を向けるべきポイントはすぐに分かった。
デスクのひとつに長々と文章の書いてあるボードが縦に置かれ、その前に『川田』の名札を着けた男性が椅子に座ってる。
その男性があたし達の姿を認めるとにこっと微笑んでボードを指差した。
「ここからは参加者の方の待ち合わせを行わないので、会話は全て文字で書いて示します。じっくり読んで情報をメモしてください」
結構爽やかな感じだな、川田君。
それはともかくとして、ボードに書かれた文字を目で追いかける。
うわ。結構長いな。えーと……。
刑事:「実は、この学内の記念ホールにて、演劇部の練習中に、部員の一人が死亡するという事件が発生したのです。被害者は金森幸太郎君。殺人の疑いが持たれ、舞台関係者に聞き込みにまわってるところですので、ご協力をお願いします」
川田:「えっ!? 金森が、殺されたんですか!?」
刑事:「その疑いが強いです。胸を何かで刺されて死亡しているのが発見されました。彼が最後に目撃されたのは今日の午後1時過ぎ。死体が発見されたのは1時45分頃です」
川田:「胸を……、刺され……」
刑事:「ショックなお気持ちは分かります。大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ。 申し訳ありませんが、質問は二、三で済みますので、もう少しお付き合い願います」
川田:「あ、はい……大丈夫です……」
刑事:「では、単刀直入にお訊きしますが、今日の1時から1時45分までのあなたの行動を教えてください。これは関係者全員に質問してることなので深くは考えないでください」
川田:「俺の……ですか? あの、もしかして俺、疑われてるんですか?」
刑事:「いえ、そういうことではありません。全員に質問していることだと、いま申し上げた通りです」
川田:「そう、ですか……。ならよかったです。……俺の1時からの行動は……昼食を食べて戻ったのが1時少し前で、それからはずっとここで研究をしてました」
刑事:「それを証言できる方はいらっしゃいますか?」
川田:「あ、はい。同じ研究室の同輩が」
同輩:「確かに、川田はずっとここで研究してたと思います。時々席を立つことはありましたけど。それが何時何分頃かと言われても、よく覚えてないので……だいたい研究してても実験室に行ったりとかもあるので、ずっと一所にいるわけじゃないんです。皆忙しく研究室を出入りするんですよ」
川田:「そうだな。俺も実験室に行って実験したりしてたからな……。それを証明できる奴って……いないよなぁ」
刑事:「ちなみに、あなたは1時25分頃に一度記念ホールに行きましたね? 舞台の練習に少しだけ顔を出したそうですね」
川田:「はい。しばらく練習を休むって、言いに行きました。その後、少し練習を見学させてもらってから研究室に戻りました。1時……45分頃だったとは思うんですけど、よく覚えてません」
刑事:「しばらく休むというのは、何故メールではなく、直接言いに行ったのですか?」
川田:「一応、誠意を見せた方がいいかと思って……。あんまり深い意味はないです」
同輩:「そういや1時半過ぎに演劇部の練習に顔出してきたって言ってたな、川田。1時……45分は過ぎてたかな? そのくらい。外から戻ってきた川田と少し話した覚えがあります」
刑事:「そうですか。分かりました。できれば記念ホールに行くまで、あなたが研究室にいたと証明できるものがあるといいのですが……何かありませんか?」
川田:「証明できるもの……あ、実験の測定結果のプリントがあります。あれ、時刻がプリントされてた気がします」
刑事:「どれどれ……ちょっと拝見させていただきますね。…………なるほど。確かに、1時、1時10分、1時20分の三枚ありますね」
川田:「はい。これを測定した装置はずっと横についてないといけない物なので、この時間は少なくとも実験室にいたという証明になると思いますが……」
刑事:「了解しました。この測定結果のプリントは、念のため預からせていただきますね」
ボードに書かれた会話文は大体こんな感じだった。
「えっと。つまり川田君の1時から1時40分までのアリバイはあるってことだよね?」
既に読み終えて実験結果のプリントを手にしてる朽木さんに情報を確認すると、
「そう言いたいらしいな」
あんまり気の無い返事が返ってくる。
せめてこっちを向いて喋ってよ朽木さん。
「じゃあ川田は容疑者から外れんのかな?」
素っ気無い朽木さんの代わりに高地さんがこっちを向いて言った。
「その判断はまだ早いわね」
祥子も朽木さんからプリントを受け取りパラパラと目を通す。
「そうそう。推理モノって、アリバイのある人の方が怪しいんだよね」
あたしも横からプリントを覗き見てみたけど、ワケ分かんないギザギザのグラフと謎文字の羅列に頭が痛くなった。辛うじて紙の右上に印字されてる数字が時刻っぽいことだけ分かる。
「薬学の実験ってこんなのなんだ。難しいことやってるんだね川田君……」
いかにも頭の良さそうな、眼鏡をかけた川田君の顔をじっと見つめた。
「あ、いえ。実はこれ嘘んこです。実際に実験装置借りるわけにはいかないですからね。適当に作ったんです」
あははと愛想笑いを浮かべる川田君。えー騙されたー。でもこんなそれっぽいのよく作ったなぁ。
と、今度は事件に全然関係ない疑問が浮かんできて、朽木さんの袖を引っ張る。
「ところで、川田君って、朽木さん達の先輩? 同じ薬学部なんでしょ?」
「さぁ……どうだろうな」
「俺は理工学部ですよ。部員に薬学部の奴がいなかったんで、偽薬学生にならせていただいてます」
てへ、って感じで頭を下げる川田君。その後ろを丁度通りかかったおっさんが、ちらっと困ったような顔であたし達を一瞥した。
そのおっさん、頭がプチ・サビエル。加えていかにも気の弱そうな様子がくたびれたサラリーマンみたい。
ん? ザビエル?
さっき朽木さんと高地さんが笑ってた教授ってもしかして。
「あー……あの人が噂のテッペンハ」
ゲ、とまで口に出そうになったのを、超慌てた様子の高地さんに塞がれ、朽木さんに頭を叩かれた。
ぎゃふん。
「この……歩く特定危険物がっ!」
大変失礼致しました。