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Act. 9-6

<<<< 栗子side >>>>

 

「さて、事件発生時の状況は大体わかっていただけましたでしょうか? 演劇部の練習中に、練習を抜け出した金森君。彼が今回の被害者です」

 

 スクリーンが暗転した後も、あたしはしばらく呆然と見上げてた。

 

 凄い……本物の演劇部員かな。演技が真に迫ってて本当にあったことのようだった。

 

 司会者さんが再び会場の聴衆に語りかける。

 

 足を前に運びながらバサッと翻したケープが一瞬、風に浮いた。

 

「見ててわかったと思いますが、彼は傍若無人で口も悪く、皆に嫌われてます。影で悪いこともいっぱいしてそうな雰囲気でしたね。彼を殺す動機を抱えてる人は数多くいるかもしれません。そんな彼がいつ、誰に、どうやって殺されたのか!?」

 

 容疑者がいっぱいいすぎて既に頭がこんがらかってますアタシ。

 

 誰が犯人かなんて全然想像もつかない。

 

「それを解くには、まず現場に赴き、状況を確かめなくてはなりません! さぁさぁさぁさぁっ! まず最初に向かう場所はもうお分かりですね!? そう、我が校記念ホールの倉庫室。ここが第一のチェックポイントです! では参加者の方々、用意はいいですか!?」

 

 言われて俄然テンション上がってきたあたしは拳を握って振り上げた。

 

『おう!』

 

 同時に他の参加者からも声があがる。朽木さんはもちろん知らんぷりだったけど。

 

 司会者さんはあたし達の勢いが嬉しかったのか、楽しそうに目を細めて応えるように拳を握り、

 

「それでは記念ホール目指して〜〜〜〜」

 

 高々と、突き上げると同時に言い放つ。

 

「レース、スタ〜ト〜〜〜〜っ!!」

 

 

 パ――――ン!!

 

 

 うわーうわーいよいよだよー!

 

 響き渡る鉄砲の音が司会者さんの言葉と共に、レースの開始をはっきりと伝えてくれた。

 

 参加者の人達が足早に動き出す。中には全速力で駆けてく気の早い人もいた。

 

 でもあたしも込みあげてくるわくわくに体が疼いて、走り出したい気分だったのだけど、

 

「記念ホールだって、朽木さん! どこだか分かる?」

 

「当たり前だろ」

 

 朽木さんがまったく平常と変わらない速度で歩き出したので、仕方なく歩調を合わせて後ろをついて行くことに。

 

 もぉ〜〜〜〜相変わらずテンション低いなぁ。

 

 観客席の拝島さんと真昼に手を振ってステージの階段を降りる。

 

 前方を歩く二人組も似たようなスピードで、あたし達四人と他の参加者達との距離はどんどん開いていった。

 

「わくわくするね〜祥子ちゃん」

 

「別に」

 

 ここにもテンション低い一人が。

 

 でも高地さんは祥子と一緒に歩けるだけで幸せってな顔。

 

「朽木さんはもう犯人分かった?」

 

 あたしは朽木さんの横に並んでつまらなさそうにしてる横顔を見上げた。

 

「まだ殺人現場を見ないことにはなんとも言えないな」

 

「そっか。あたしは登場人物の名前すら全部覚えきれてないよ〜。誰が犯人なのやらサッパリわかんない」

 

「お前には期待してないから安心しろ」

 

 なんだとうこのやろう。

 

 グラウンドから正門に続く真っ直ぐな大通りをしばらく歩く。道行く人は胸に番号札を着けた集団がゾロゾロ歩くのを不思議そうに眺めてる。

 

 グラウンドと正門の丁度真ん中辺りで、高地さんと朽木さんが左に折れた。地図を確認してみると、確かにその方向に『記念ホール』なる建物がある。

 

 よく見れば、構内MAPの他にもう一枚地図が重ねられてて、そっちは記念ホールの平面図だった。

 

「ふーん。記念ホールって、こうなんってるんだ」

 

 舞台の袖を降りると作業場みたいなスペースがあって、扉がいくつかある。その扉は舞台の周りをぐるりと回る通路につながってて、舞台の真後ろは大道具倉庫やら大きな楽屋やら。舞台の左側にはトイレや小さな楽屋、控え室などが。舞台の右袖にはピアノ倉庫があって、通路に出ると倉庫やら機械室やらがあるって構造か。

 

「倉庫って、この、ただの倉庫のことかな?」

 

「見せてみろ」

 

 あたしから地図を受け取り、じっと見る朽木さん。

 

「……多分、ただの倉庫だな。まぁ行けば分かるだろ」

 

「そだね」

 

 視線を前に戻せば、人がいっぱいたむろする広場が見えてきた。広場の奥には近代的な銀色の建物がある。

 

 銀色っていうか、青みがかった灰色? 鏡のように空の色を反射する窓が一面に並んでる。なんつーか眩しい建物。

 

 ここでもまた階段やベンチに座る人達にじろじろ見られつつ広場を抜け、建物の中に入る。そうか。これが記念ホールか。

 

 入ってすぐ右に折れる朽木さんと祥子。平面図見ながら『倉庫』を目指すと確かにその部屋の前には『推理ゲームレース第1チェックポイント』と書かれた看板が立っていた。

 

 

 

「参加者の方々全員揃いましたね。では、現場の説明をします」

 

 刑事っぽいコートを羽織った男性が一歩進み出る。その足元には、仰向けに倒れた男性。殺された金森君だ。胸元が真っ赤なのはあそこを刺されたってことだろう。

 

「金森……よーやるな」

 

 高地さんがボソッと呟く。死体役の顔が笑いを堪えるようにひくっと引き攣った。

 

「高地さんの友達なんだ?」

 

「演劇部だよ、こいつ。やっぱさっきの本物の演劇部がやってたんだな」

 

 死体役ってのも恥ずかしいだろうな。しかもこんな大人数にジロジロ見られて。金森君の顔が微かに赤らんでる。

 

「えっと……続けていい?」

 

 刑事役の人が困った顔をこっちに向けたので、「あ、はいはい」とあたしと高地さんは口をつぐんだ。

 

 倉庫の中は蛍光灯の灯りだけが光源のため少し暗い。広さは十畳くらい? 壁にスチール棚がずらっと並んでて、道具類の箱やダンボール箱が置かれてる。

 

 金森君はこの部屋の真ん中で倒れてた。部屋が狭いので、参加者全員は入りきらず、部屋の前の通路であたし達の他十数名の参加者が部屋の中を覗き込んで聞き耳を立てているところだ。

 

 部屋の奥にはビデオカメラを構えた人が、カメラをあたし達に向けている。中継用のカメラかな? あのでっかいスクリーンに今、自分が映ってるのかと思うとなんか緊張する。

 

「じゃあ続けます。と、その前に、私は誰かというと、探偵役の皆さんと親しい知り合いの刑事、ということにしておいてください。私がこれから掴んだ情報を逐次ご報告しますので、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと丁寧に頭を下げられ、つられてこっちもお辞儀を返す。

 

「では現場の説明を。被害者は金森幸太郎。この天道大学の学生で演劇部員です。彼はここの舞台での練習中、練習を抜け出してしばらく姿を見せませんでした。死体が発見されたのは午後1時45分頃。死因は鋭利な刃物で胸を一突きで、この建物の中をしらみつぶしに探したのですが凶器はまだ見つかっていません」

 

 ほむほむ。やっぱり胸の赤は刺された時の血なんだな。

 

「こちらが第一発見者の鈴木君。彼が道具を取りにこの倉庫に入ったところ、被害者が既にこのような状態で倒れており、警察に通報となりました」

 

 さっきのVTRに出てきた鈴木君が、親切にも胸に『鈴木』の名札をつけて、少し恥ずかしそうに前に出た。

 

「被害者の姿が最後に確認されたのは午後1時少し過ぎた頃だそうです。『タバコでも吸ってくる』と言い残して練習を抜け出たのを複数人が目撃してます。その後、彼の姿を目撃した者はなく、殺された時刻は不明です。しかし、演劇部部長の貝原君が被害者からのメールを午後1時半に受け取ってます」

 

 今度は部長役の人が進み出て携帯電話を掲げて見せる。名前は貝原君っていうのか。でも名札はやっぱり『部長』。

 

 携帯電話の画面の文字は遠くて読めないけど、多分メールの内容を見せてるのだろう。さっきのVTRでは『お茶してる』って言ってたかな。

 

「被害者の持ち物は財布と携帯。それと、胸ポケットにこんな紙切れが入ってました」

 

 言いながら刑事さんがビニール袋に入れられた被害者の所持品を次々と掲げてみせる。紙切れはあたし達にも読めるよう、見せて回ってくれた。

 

 それは白い紙で、小さく折りたたまれてたらしい跡がついていた。なにやら文字が印字されている。

 

『PM1:30 倉庫にて待つ』

 

 おおー。呼び出しの手紙だ。

 

 つまり、金森君は1時半にここに呼び出され、殺されたってワケか。

 

「財布があったこと、こんな場所で殺されたこと、大して抵抗の跡がなかったことより、物盗りの犯行ではありません。この手紙で被害者を呼び出したとすれば、これは演劇部内部の犯行である疑いが強いです。人の出入りが頻繁なトイレのある舞台左側に比べ、この舞台右側はほとんど人が近寄りません。それを知っていて呼び出した、とすればホールの構造に詳しい人間――つまり、舞台関係者となります」

 

 なるほど。確かにその通りだ。

 

「そして演劇部部長が受け取ったメールとこの手紙により、被害者は1時半までは生きていたということになり、犯行時刻は1時半から45分までのごく短い時間となります」

 

 確かに短い。刺してさっさと逃げたってことか。

 

「しかし、この場にいる全員、1時半頃は舞台に集まっていて、死体発見までこのホールの外に一歩も出ていないそうなんです。死体発見後も警察が来るまで皆一箇所に集まってホールから出なかったらしいんです。だとすると、一体いつ、誰が被害者を刺したのか……凶器をどこに隠したのか……」

 

 刑事さんがそこまで説明すると、おずおずといった風に、一人の女性が手を挙げた。胸に『加藤』の名札――部員の加藤さんだ。

 

「あの、今この場にいない部員があと二人います。一人は山崎君。台本のコピーに行ってます。もしかしたら金森君をまだ探してるのかもしれません。もう一人は川田君。薬学部の人で、今日は研究があるから練習に出れないと一度伝えに来ました」

 

「ああ、まだ部員がいたんですね。その二人は何時から何時までホールにいたか分かりますか?」

 

「山崎君は1時20分頃やってきてすぐ出て行って……40分頃にまた戻ってきたんですけど、コピーしに出て行きました。川田君は……早川君が戻ってきてすぐくらいにやってきて……山崎君が出て行った1時40分頃に同じく研究室に戻りました」

 

 加藤さんの言葉にVTRを思い返す。そういえば1時40分にあの二人はホールを出て行ったんだっけ。とすれば、容疑者はあの二人になるのかな?

 

「ならその二人からも話を聞かないといけませんね。二人を探しましょう。あと、舞台を長く離れた人物は早川君。彼は金森君が出て行った少し後、台本を失くしたため、コピーを取りにホールを出ました。コピーした場所は大学の正門入ってすぐの喫茶店の2階にあるコピー室だそうです。ここから走っても5分はかかりますね」

 

 地図を確認。ふむ、確かに結構遠い。

 

 すらっとした背丈の早川君が進み出て、ぺこりと頭を下げた。体にぴったりした重ね着シャツが似合ってる。

 

「俺は野々村さんから台本を借りてコピーしてきました。戻って来たのはだいたい1時25分頃だと思います。一度ホールの時計を確認しましたから。借りてた台本は今は山崎が持ってるんで手元にありませんが、これと同じ物です。これは加藤さんのですが。コピーした方はこっちです」

 

 言いながら早川君が差し出したのは、VTRでも出てきた緑の表紙の、結構分厚い本だ。表紙に『ストリートファイター2』とある。なんだそりゃ。どういう演目デスカ。中華娘や相撲取りの役は誰がやるんデスカ。

 

 早川君が試しにパラパラとページを捲ってみせる。中はいかにも台本ってなト書きが書かれてた。所々に折り目やマーキングがしてある。たまに『波動拳! 波動拳! 昇龍拳!』とかあるのがめっちゃ気になるんですケド。そのハメ酷いからやめたげて。

 

 コピーの束の方は、台本の一部をコピーしたもので、特に怪しい点はなかった。

 

「さて、以上がここで得られる情報です。なかなか情報量が多いと思いますが、皆さん、頭の中にインプットできましたか? メモとペンが欲しい方はお貸ししますよ」

 

 スタッフの証っぽい蛍光色のジャケットを着た人があたし達の背後から呼びかけてきた。

 

 あたしは早速メモ用紙を受け取り、今聞いた情報を書き込み始める。

 

 と、朽木さんがあたしの首に提げられたシール台紙をクイっと引っ張った。

 

「ん?」

 

「ここの通過シールだそうだ」

 

 言って『1』と白い紙に水色のインクで書かれた四角いシールをペタッと枠に貼ってくる。なるほど。こうやってシールを集めてくのか。

 

「次に行く場所はこの二箇所。どっちでも好きな方から行け、だそうだ」

 

 地図を差し出す。赤い印が付けられていた。正門近くの喫茶室と、『薬学研究棟』って書かれた建物。山崎君と川田君に会いに行くんだよね、確か。

 

 朽木さんの手には更に一枚のカードが握られていた。

 

「それは?」

 

「これも渡されたやつだ。二箇所の聞き込みポイントを回ると次に行く場所がこれで分かるらしい」

 

 カードには『西』って文字が書かれてる。なんだろうコレ。

 

「って、薬学研究棟って、普段朽木さん達がよく行く場所じゃない?」

 

 はっと気付いて顔を上げると、いつのまにか朽木さんの横にやってきた高地さんが嬉しそうに言った。

 

「そうそう! 俺達が来年から入り浸るところ! ビックリだよな〜〜。薬学部の研究室って毎年学祭には全然参加しないんだけどな」

 

「昨日、篠崎教授のところに行った時には、特に変わった様子はなかったけどな……。どこの研究室だろうな」

 

「あのテッペンハゲじゃね? 押しに弱そうだしな〜〜」

 

 高地さんがカカカと笑って言うと朽木さんも苦笑して、

 

「小長井教授か……。あんまり大きな声で言うなよ。スクリーンに映ってたらどうする」

 

「げっ! そ、そうだよな。じゃあさっさと移動するか!」

 

 慌てた顔の高地さんがホールの外に向かい、肩をすくめる祥子とあたしと朽木さんも後に続いたのだった。

 

 

 

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