Act. 9-3
<<<< 栗子side >>>>
「あー楽しかった」
服を着替え、化粧を落としたあたしは朽木さん達と一緒に昼食場所に向かいながら「う〜ん」と伸びをして言った。
「グリコ、ああいうの好きよねー」
髪をかき上げながら言う真昼に「うん!」と大きく頷き返す。
「生き生きとしてたよなー。あんな不気味なメイクされて、死装束なんか着せられて、嫌だとか思わないんだな、グリコちゃん」
と、今度は高地さん。
「ようは面白ければいいんですよ。イベントは見る側もいいけど、やる側になる方が好きですねー。燃えます!」
さっきやった皿手裏剣の構えをとってみせると隣を歩く拝島さんが可笑しそうに肩を震わせた。思い出し笑い?
「皿手裏剣上手だったね」
「弟と忍者ごっこにハマって、手裏剣投げ練習してた時代があるんですよ。能ある鷹は爪を隠すってやつです」
ビシッと親指を立てて、「まっかせて」ポーズ。今度は呆れたような声が後ろから降ってきた。
「で、その皿はなんで持ってきてるんだ」
朽木さん。あたしがお化け屋敷を出てきた時からずっと手に持ってる九枚の小皿のことを言ってるのだろう。
「えへへー。記念にもらっちゃいました」
両手に皿の山を分けて持ち、カチカチと打ち鳴らしてみる。なかなか手にしっくり嵌る大きさで扱いやすい。
帰ったら桃太に自慢してやろっと。
「お礼はそのお皿だけか? ケチだな山田の奴。後でなんか催促しちゃる」
高地さんが祥子の前で余計なことをバラされた恨みか、渋い顔でグチグチとこぼした。
「誰かさんの恩返し分のタダ働きじゃなかったかしらね」
「そ、そうでしたね……」
再び温度を下げた祥子に軽蔑の眼差しを浴びせられ、縮こまる。高地さん、今日はとことんこんな調子だな。
生温かい目で二人のやり取りを傍観した後、前方を見やると屋台の列がもう間近だった。
グラウンドの端っこにあったお化け屋敷から屋台が並ぶグラウンドの中央には真っ直ぐ進んで数分で到達する。
屋台の前にはある程度予想はしていたが、それを遥かに上回る人だかりができていた。
「まさかあれに並ぶつもり?」
祥子がいかにも嫌そうな顔をする。
「うーん。あの人だかりが全部屋台で食事する人じゃないとは思うんだけどね。ほら、2時からあそこでイベントがあるからさ」
そう言って拝島さんが指差す先にあるのは、グラウンドの中央に設置された野外ステージ。その前にはずらっとベンチが並べられ、ちょっとしたコンサート会場の様相を呈している。
なるほど、高地さんが言ってたビッグイベントってこれのことか。
確かに大掛かりなセットだ。ステージの中央部には大きなスクリーンが陽の光を反射して眩しく輝いてる。
「へぇ〜面白そうですねー。せっかくだから、食べながらイベント見ましょうよ」
なんかステージ見てるだけでワクワクしてきた。大学の学園祭でここまでするのって凄くない?
「おう! 実行委員の奴らもめっちゃリキ入れてたし、楽しみだよなぁ〜」
「じゃあ、俺、なんか買ってくるよ。みんなは席を取っておいて」
「あ! あたしも一緒に行きます! たこ焼きと焼きそばは外せません!」
「じゃあグリコと拝島さんは食べ物担当で、あたしと高地さんと祥子は飲み物買いに行くことにしましょうか。朽木さんは席を確保しておいてもらえます?」
祭っぽい賑やかさに触発され、皆のテンションも上がってきてる。真昼の提案に朽木さん以外の皆は素直に頷いて銘銘に動き始めた。
「なんで俺が席取りなんか……。大体食事だけって話じゃなかったのか?」
朽木さんは一人不服そうにこぼしてる。家でゆっくりしてたところを無理矢理連れて来られたんだな、こりゃ。
でもぶちぶち言いつつも席を取りに向かってくれる辺り、結構付き合いがいい証拠だ。
拝島さんと一緒にいたいからだろうけど。
「朽木さんは何食べたい?」
その広い背中を追いかけ、後ろからポンと叩いて訊いた。
「舌平目のムニエルとハーブのグリーンサラダ」
むすっとした顔が振り返って答える。
「うは。大人げなー」
「冗談だ。俺は何でもいいからたこ焼きでも焼きそばでも好きなの買ってこい」
「じゃあ広島風お好み焼きなんてどう? 朽木さんの好きな野菜がいっぱい入ってるよきっと」
屋台の看板に目を走らせて見つけた中のひとつを挙げてみる。不機嫌そうな朽木さんの表情が少し和らいだ。
「お好み焼きか……まぁ悪くはないな。それで頼む」
「ほいほい。今日はたまの息抜きだと思って、楽しもうよ朽木さん。笑顔笑顔♪」
バシッと背中を叩いてあたしも笑顔を作ってみせる。つられてくれたかは定かじゃないけど。朽木さんも苦笑気味の笑顔を返してくれた。
「……お前らのおかげでここんとこ息抜きだらけだけどな」
えへへ。やっぱり?
それから拝島さんと屋台に向かい、美味しそうな香りを漂わせる様々な品を物色。うーん、この炒めた油やソースの香ばしさ。いかにもお祭りっぽくていいなぁ〜。
「あ! あの焼き栗も美味しそう!」
「そうだね。じゃ、あとは焼き栗と……たこ焼きは屋台がふたつあるけど、どっちにしようかな?」
「お互いひとつずつ買って食べ比べてみます?」
「そっか。うん、そうしよう」
「青のりいっぱいかけてもらってくださいね。歯に思いっきりくっつくくらいに!」
「えっ。青のりだらけか〜。後で取るの大変そうだな」
「それが祭の醍醐味じゃないですか〜」
あたしと拝島さんの両手はみるみるいっぱいのビニール袋で塞がっていった。あれもこれもって買いすぎちゃったかな? ちなみに記念のお皿は肩から提げた自分のバッグにしまってある。
同じことを思ったらしい拝島さんが「ちょっと多いかな?」とこっちを向くのに目を合わせ、「大丈夫! あたしが残しません!」と張り切って答える。
「でも食べた分、明日は運動しないとな〜」
「ん? 太るの気にしてるの?」
「ダイエットするのメンドくさいから、そうならないようにしてるだけですけどね」
「俺からすれば、栗子ちゃんはもう少し太った方がいいくらいだけど」
「そーですか? でも縦に伸びるならともかく、横に伸びても仕方ないと思いません?」
「そんなことはない……んだけど、まぁ、それは男の事情だから……」
「男の事情?」
「えっと……抱き心地とか……」
なるほど、そういう話か。
言いにくそうにもじもじする拝島さんの頬は微かに赤い。思わずいじりたくなっちゃう可愛さだね! 朽木さんが聞いたらすねそうなセリフだけど。拝島さんてばとことんノンケ。
もっと頑張れ、朽木さん!
心の中で朽木さんにエールを送りつつ、「拝島さんって意外とスケベ?」とかからかい、「いや、一般論だから!」と慌てて言い訳する墓穴掘りさんを、更に突っ込んで苛めたりしながら皆のところに戻る。
朽木さんは、ステージの前に並ぶベンチの真ん中辺りを確保してくれてた。
朽木さんの性格からすると端っこを取りそうなものなんだけど、そこは一応皆に気を遣ったらしい。
既に戻ってた真昼たちと買ってきた物を広げて分け合う。あたしは焼き栗と焼きそばのパックを持って朽木さんの隣にちょこんと座った。
「朽木さん、栗食べます?」
「最近、栗と聞くと胃が痛むんだよな……」
「あらら。ストレスか何かですか? 代わりにキャラメルいります?」
「分かっててやってるだろ」
皆で和気藹々と屋台の物を食べながらイベントの開始を待つ。
お腹が空いてたあたしや高地さんの貢献により、あっとゆう間に空のビニールパックが積みあがっていった。
歯に付いた青のりを、真昼たちが買ってきてくれたウーロン茶で洗い流していると、待ちに待った……てゆうほど待ってないけど、まぁ期待に胸を膨らませてたイベントが、とうとう始まったらしく。
『れでぃ〜〜す、あんど、じぇんとるまぁ〜〜ん!!』
「わっ!」
「なんだなんだっ!?」
「びっくりしたぁ〜」
突然、お約束なアイサツがスピーカーから飛び出すことで、否応無くステージに惹き付けられた。観客席のざわめきが一瞬で消える。
ダカダカダーン!
続いて大きく鳴り響く効果音。それに合わせて、ステージの左端の幕から、一人の男性が姿を現した。
服装はなんと、あのシャーロック・ホームズ。特徴的なチェックの鹿打ち帽とインバネス・コートに身を包み、右手でパイプをくゆらせている。
その男性がステージ中央にまで進み出ると、くるりと正面を向き、帽子を左手に取り、円を描く所作で優雅にお辞儀をしてみせた。
そして顔を上げると同時に右手のパイプをくるりと回す。するとなんと、パイプが次の瞬間マイクに変わったのだ。
そのマイクを口元に当て、ホームズは高らかに言い放った。
「本日は、第64回天道祭に、ようこそおいでくださいました! 数々の催し物は楽しんでいただけましたでしょうか? 各部自慢の味を堪能していただけましたでしょうか? 物欲も食欲も満たされ、もう帰ろうかな〜、昼寝でもしようかな〜なんて思ってるそこのあなた! そう、あなた!! それはちょぉ〜っと待ったぁぁ〜〜っ!!」
ビシッと正面を指差し、大きな声を張り上げる。ノリノリの司会はどんどん勢いを増していった。
「帰るのはまだ早い! お楽しみはこれから! こ・れ・か・ら・なのです! ――そう、これから始まるは、我が校始まって以来のビッグイベント! その名も『ペア対抗推理ゲームレ〜〜〜〜ス』!!」
パンパンパンパンパン! という効果音と共に、いつのまに垂れ下がってたのか、ステージ上部のくす玉が次々と弾ける。中から現れたのは文字の垂れ幕。
横に一文字ずつ並ぶ、その文字をつなげて読むとまさに今言われた通りの『ペア対抗推理ゲームレース』。趣向にもめっちゃ凝ってるよコレ!
「推理ゲームレース!? なんだそりゃ!? などと思わず、まぁ聞いてください! ルールは至って簡単! 参加者は二人一組のペアになり、これから始まる難事件を解く探偵役になってもらいます! 構内各所に用意されたチェックポイントを回り、真犯人を導き出す! そして最初に犯人逮捕の証を手にしたペアが優勝者となるのです!」
うひゃ! なんか面白そう!
「探偵に必要な知力、体力、根性、勇気を兼ね備えたペアは誰か!? もちろん優勝者には豪華賞品も用意してありますので、どうぞ奮ってご参加ください! さぁさぁさぁさぁ――――覚悟は決まりましたか!? エントリー受付、開始――!!」
パ――――ン!!
鉄砲の音が鳴り響いた瞬間、あたしは勢い良く立ち上がった。
「朽木さん! 一緒にいこっ!」
「祥子ちゃん! 一緒に出よう!」
ほぼ同時に背後で似たような叫びがあがる。
あれ? 高地さんも?
「絶対に御免だ」
「絶対に御免よ」
ほぼ同時に返ってきたふたつの返事もこれまた似通ったものだった。
「お願い! 祥子ちゃん! こういうの参加しないと損だよ!」
「そうそう! 盛り上がったモン勝ちだよ! 優勝して豪華賞品もらおうよー!」
「敬語はどうしたお前」
「そんな細かいことは気にしなーい! いこーよいこーよ朽木さーん!」
「いこーよいこーよ祥子ちゃーん!」
「そんなに出たいならアンタら二人で出りゃいいじゃない」
「まったくだ」
「あたしは朽木さんとがいいのー!」
「お、俺も祥子ちゃんとが……」
あたしと高地さんは懸命に二人を説得した。
でも目立つことが嫌いな二人。腰を上げさせるのはなかなか厳しい。
数分間くどき文句を喋り倒した末、諦めたのか、とうとう高地さんががっくりと肩を落とした。
「……やっぱダメか……。そうだよね……俺なんかと出たくないよね……。いいんだいいんだ。俺、一人でステージに上がるよ……」
「え? 高地さん、一人で出るの? ペアじゃなきゃダメなんじゃないの?」
「うん、ステージに上がるだけでもいいんだ。ステージに立って、この悲しみを歌にして歌うんだ。曲名は『祥子ちゃんオンリーユー』とでも」
ぶほっ
思わず飲んでたお茶を噴きだす祥子。数回むせた後、キッと高地さんを睨みつける。
「やめいっ! やったら承知しないわよ!」
「でも傷心の俺にはもう歌しか残されてないんだ。あとは祥子ちゃんへの愛を綴った詩を朗読してみるとか」
「どうゆう脅迫よソレ!?」
なるほどそうきたか。やるな、高地さん。
鉄壁の祥子が陥落寸前になってるのを横目に、あたしはどうすれば朽木さんをオトせるか思案した。
そして、ある事に思い当たる。
プイとそっぽを向く朽木さんの横にすすっとすり寄り、小さな声で耳打ちする。
「そういえば……章クンが犯罪犯すのを防いだげたお礼、まだもらってなかったなぁ〜」
「……っ!」
「自殺しようとしたのも止めたげたのにな〜。まさか朽木さん、お礼する気もないなんて恩知らずなこと言わないよね?」
「自分からお礼の催促するなんて大人げないと思わないか?」
「オトナの階段はゆっくり昇るつもりだから」
にっこり笑って返す。ひくっと朽木さんの頬が引き攣った。
どうやら高地さんも祥子の説得に成功したようで。
「分かったわよ! 出りゃいいんでしょ!?」
「今回だけだからな!」
同時にお許しの返事がいただけて、あたしと高地さんは、
『やったね!』
と飛び上がって大喜び。
パンッ、と二人の両手を打ち合わせた。
次回の腐敵は日曜日が多忙のため、土曜日に更新します。
よろしくお願いします。