Act. 9-2
もう気付いてる方もいらっしゃると思いますけど。
素敵な絵師さん、黒雛さまに、腐敵のPR画像を描いていただいちゃいました〜〜♪
表紙ページに貼ってあるので、どうぞ可愛いグリコとステキなシルエットの朽木をご堪能ください♪
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「やだ〜。なんか怖い〜」
暗がりの中響く、恐怖に震える声。躊躇いがちに近付いてくる人の気配。
「大丈夫だってアケミ。怖かったら俺にしがみつきなよ……なんつって」
BGMとして使われているのか、ひゅぉ〜と絶えず流れる風の音。
「え〜。そんなの恥ずかしいよぉ」
「だってお化け屋敷ってそーゆーモンだろ? 雰囲気楽しもうぜ」
背景を描かれたダンボールやら何やらで作られた通路は結構凝っていて、夜の墓場を上手に演出している。
「結局手を繋ぎたいだけなんでしょ? もぉ〜エッチなんだから。……んふ。しょうがないなぁ」
やがてあたしのテリトリーに踏み込んでくる新たな犠牲者に恐怖を与えるべく、あたしは井戸の中からゆっくりと立ち上がった。
「……い〜ちま〜い。に〜ま〜い。さ〜んま〜……」
「えっ!? ナニこれイマドキお菊さん!?」
「ふるっ! しかも全然怖くねぇよっ!」
思わず手元の皿が震える。
「よ〜んま〜い。ご〜ま〜い……」
「アレ延々と数えてんのかな。なんか淋しいよね」
「なげぇから大変だよなぁ」
「……〜くま〜い、し〜ちま〜い」
あたしに気の毒げな視線を投げかけながら通り過ぎていく男女二人。
「次はナニかなぁ〜」
「お岩さんとかか?」
「〜ちまぁ〜い、きゅう〜……」
既に彼らの視線は通路の奥に向いている。あたしの背中にぴゅうと淋しい風が吹いた。
「もーまた触るぅ」
「いいじゃん、繋ごうよ」
「ってこらぁーっ! 最後まで聞いていかんかいこのバカップルッ! オラ一枚足んねぇぞっ!!」
思わず力一杯投げた皿がバカップルの男の後頭部にスコーンと命中した。
ナイスコントロール!
「あだっ!」
「きゃっ! な、なにあのお化け!」
怯えた顔でこちらを振り返りつつそそくさと逃げ去るバカップル。
ちくしょー! なんかムカつくっ!
「ちょっとキミ! 客に暴力振っちゃダメだよ!」
あたしの隣のゾーンの人が注意しにやって来た。レトロなドラキュラ伯爵の格好の男性。これまたセンスが古すぎて泣けてくる。
「だって、人生の敗者見るような目で見られて黙ってられません! てゆーかお菊さんって何ですか!? 誰のチョイスですか!?」
なんであたしがこんな屈辱を味わわされなきゃいけないんだ!? 責任者出て来いオラッ!
その人はあたしの剣幕に押されて一歩後ろに引き下がった。心もち怯えたような愛想笑いを作り、
「まぁそれは……衣装が急ごしらえだったし……」
しどろもどろに言い訳する。
確かに有り合わせで作り上げた衣装だけどさ。
さて、あたしが何をやってるのかというと。
言うまでもなく、学祭のお化け屋敷のピンチヒッターを、高地さんの代わりに務めてあげてるのだ。
怒った祥子を宥めるのに必死な高地さん。お化け役をやってくれとの山田さんのお願いを聞いてる暇なんかない。
そこであたしが代役を務めると申し出たワケなんだけど。
連れて来られたのは広大なグラウンドの端にある総合体育館。といっても見た目は円筒状の屋根のいかにもな体育館なんだけど、中はすっかりお化け屋敷と化していた。
カーテンは閉めきって真っ暗にされ、黒く塗られた仕切りの板やらで簡易的な通路が作られ、おどろおどろしい雰囲気ができあがっていた。
それから山田さんが他のスタッフ達に簡単にあたしの紹介をして、早速あたしの衣装合わせが始まったのだが。
ほどなくして、背の低いあたしに合う衣装が限られてることが判明した。
その限られた中のひとつがこの白い死装束なワケで、多少長めでも問題ないし、発泡スチロールで作られた井戸の中を立ったり座ったりするだけだから動きにくくてもいいだろう、とのことで決定した。
だからってお菊さんになる必要はないと思うんだけど、せっかくだからセリフ言わせてあげようとの配慮からなのか面白半分なのか、気付けばお菊さんをやってくれ、との話になっていて。
どこからかもらってきたプラスチック製の軽い小皿を渡され、青白い化粧を施され、こうしてお菊さん役をなんとか務めようとしてるんだけど、まさかこれ程までに屈辱的な役だったとは……。
お化けってのも一度やってみないとその苦労は分かんないもんだわ。
これなら落ち武者とかミイラ男の方がまだマシだと思う。
あたしはどんなみっともない格好でも面白ければ平気で着こなしてみせる自信はあるんだけど、バカップルに同情の眼差しを向けられる屈辱に耐えうる根性はない。
「あ、またお客さんが来たよ。今度はお皿投げないようによろしく頼むよ。なんだったら立ち上がるだけでもいいからさ」
自分が悪いわけでもないのに、申し訳なさげに宥めてくるドラキュラさんにほだされ、仕方なくあたしは定位置に戻った。この人も、このいかにも人の好さそうな様子からして無理矢理手伝わされてるクチだろうに。
「分かりました。今度はきちんと客の目に二度と癒えることのない恐怖を焼き付けてみせます」
「いや頼むからあんまりやりすぎないで……」
苦労症っぽいドラキュラさんはあたしに念を押しながら自分のテリトリーに戻っていった。
さて、次なるお客さんにはどう対応しようかな。
またバカップルだったら出会いがしらに皿手裏剣でも食らわそうかと密かに身構える。
なんのかんの言いつつも結構楽しくやってたりして。
ザッザッ
足音が近付いてくる。
ここは体育館なので、床が汚れないよう下にはダンボールが敷き詰めてある。コツーンコツーンとかいう音が響くことはない。
大抵はスポーツシューズが紙を踏みしめたり擦ったりする軽い音がするのみなのだ。
やってくるのは話し声からして、どうやら男性二人のようだった。
「わっ! い、今、肩を触られたっ!」
「びくびくすんなよ。たかが学祭のお化け屋敷じゃねぇか」
「でもびっくりするだろっ。いきなり来られるとさっ」
「なんだよタケシ。もしかして、お化けとかダメなのか?」
「えっ。いいいや、そんなことないけどさ」
「そういやホラーもの、あんま見ないよなお前」
「ちげって! ホラーは趣味じゃないだけで、別に怖いなんて……」
「はいはい。強がってろ強がってろ」
通路の向こうからそんなほのぼのした会話をしながらやってくる。
仲のおよろしいことで。ほうほう。見た目もなかなか良いお二人ですなぁ……。
真っ黒なこの空間にあって、あたしの目はその二人のバックをピンク色に映しとる。微かに頬を染めたり、キラキラしたものが周囲に飛び散って見えるのは、これぞ「腐女子フィルター」のなせる技なのだ。
「ほら、さっさと行こうぜ」
「あっ! ちょっと待てよシンジ!」
これはなかなかオイシイしちゅえーしょんですなぁ〜。
ぐふふふと井戸の縁に手をかけ、顔だけ覗かせて観察するあたし。
そのあたしの前に来ると、二人はびくっと足を止めた。
ん? なんかまじまじと見られてる?
「こ、これは作り物かな……?」
「こっちを睨んでる〜〜っ。ヘタな死体よりこえぇよコレ!」
あたしのコト言ってるのかな? まだ立ち上がってないんだけど。
「あ、どうぞ気にせず会話を続けてくださいな〜。静かに観察させていただきますんで」
井戸の中にうずくまり、顔半分だけ出したその格好のまま、にへっと笑って言うと。
「喋ったぁぁ〜〜っ!」
「あっ! 待てよタケシ!」
二人の男性はかなり慌てた様子でバタバタと走り去って行ったのだ。
……まだ「うらめしや」も何も言ってないんだけど……。
ま、いっか。
それから何組かのお客さんをやり過ごし、さすがに飽きた……じゃない疲れたあたしは、休憩にジュースでもどうぞとスタッフに呼ばれ、ヤレヤレと井戸から抜け出した。
「調子はどう? お菊ちゃん」
誰がお菊ちゃんやねん、とか心の中でツッコミつつ、スタッフの山田さんやその他お化け役仲間に「うーん」と唸ってみせる。
「やっぱイマイチ客の反応は悪いですねぇ〜」
イマイチどころか、正直苦笑されてばっかでお化け役やってる実感が湧かない。
体育館の隅っこに設けられたスタッフの作業用スペースに皆でパイプイスに座って座談会っぽく話し込んでいた。
作業用のスタンドが作る薄明るい光の中、怪談でもしてる気分になりつつ、よく冷えた「午後の紅茶」の缶に口をつける。
「確かに全然怖がってもらえてないよね」
ドラキュラさんが苦笑混じりに言うと、スタッフは落胆の表情を見せた。
「大道具は頑張って作ったんだけどな〜……」
確かに、体育館をここまで化かした労力は並大抵のものではないと思う。
「まぁ明日になればプロのお化け役が来てくれるんですし、今日だけはちょっとお茶を濁す程度でいいんじゃないですかね」
あたしは気楽に笑って言った。
言葉の通り、この学祭は今日だけじゃない。三日間催される。明日明後日は土日。客の入りは明日、明後日もそれ程変わらない筈だ。明日になれば多分復活する元々のお化け役の方々に期待してもいいんじゃないだろうか。
「いっそ今日はもう閉めるか?」
脱力した様子でぽつりと言うスタッフの一人。
「それはせっかく手伝ってくれてる人達に悪いだろ」
ムッとした様子で他の人が反論する。
「俺は別に構わないけど、でもやっぱりもう少し頑張ってみたいなぁ」
デーモン○暮みたいな悪魔的メイクのドラキュラさんが、その顔に反して人の良い意見を述べ、あたしはまたまた「う〜ん」と唸った。
「俺はこれでも結構楽しんでるぜ」
そうにかっと笑って言うのはムードメーカーっぽい落ち武者役の男性。頭に矢が刺さってる。
まぁ、あたしもそこそこ楽しんではいるんだけど。
「でもイマドキB級ホラーでもこれはねぇだろって独創性の無さが致命的ですよね」
言うと、なにやら皆、グサッて感じによろめいた。
あれ? ズバッと言い過ぎた?
慌てて明るい顔に変えて場を取り繕う。
「えっと、どうせ怖くないなら、いっそ笑いを取る方向じゃダメですかね? 面白い方が客ウケもいいでしょ?」
咄嗟に提案してみる。適当に言ってみただけなんだけど。
「笑いってどんな?」
ドラキュラさんが身を乗り出して食いついてきた。
「え? 例えばコントっぽいのやってみるとか。インパクトあるパフォーマンスしてみるとか」
「へぇ〜。面白そうじゃん。俺もそういうの好きだな」
落ち武者さんも乗り気な様子でこっちに顔を向ける。やがて全員の視線があたしに集まった。
スタッフはいいとして、お化け役の皆の顔がこっちを向くと、さしものあたしも後ずさりしたくなる。その不気味な顔が揃って並ぶと、なんともいえない迫力なんですけど。
でも同時に奇妙な高揚感も沸いてきて。
「じゃ、みんなでアイデア出し合って、試しにやってみます?」
ニッと笑って言ってみると、みな一斉に頷いた。
場所は戻って井戸の中。
たった今ひと仕事終えたあたしは、井戸の外に顔を出したいのを堪え、お客さんの様子を気配のみで窺う。
他のお化けの皆もきっと同じ気持ちで待つのだろう。
あれから――というのは、休憩時間が終わった後、あたしの提案通り、すぐにできるパフォーマンスを各自考えだしたお化け役の面々。それから早速お客さんにご披露しだした。
反応はなかなか上々。
足を止めて思わず見入るお客さんもいて、こっちも演技に熱が入ってくる。
もはやちゃんとお化け役をやる、というのが目的ではない。いかに自分が楽しくやれるか、お客さんを楽しませることができるか、それが重要なのだ。
あたしの前で足を止めてたお客さんが呆気に取られた様子から我に返って再び歩き出し、「な、なに今の〜」と可笑しそうにくすくす笑いながら去っていく。井戸の中にうずくまるあたしは「オシ!」と小さくガッツポーズしてその背中を見送った。
そして次なるお客さんの足音。ザッザッというもはや聞き慣れた音が近付いてくる。
その音があたしの右手すぐ傍にまで来た時、あたしはがばっと立ち上がり、井戸の外に飛び出した。
お客さんがびくっと足を止めるのには目もくれず、井戸の外に立って足を一歩踏み出す。
通路の向かい、つまりあたしの正面にはあたしの腰の高さほどの長机が設置され、黒い布が掛けられている。その上に小さな物置台やら何やらを駆使して作られた棚四段に煙草の箱が十個、縦に置かれていた。
その箱を狙って、素早く皿を投げ始める。
「1! 2! 3!」
必殺皿手裏剣!
「4! 5! 6! 7!」
皿は十個の箱を次々に撃ち落していく。
「8! 9! ああっ! しまった! 一枚足りない〜〜っ!!」
悔しげに握った拳を振り下ろし、すごすごとまた井戸の中に戻るあたし。
すーっと井戸に沈んでいく……終了。
ヨシ! 今回もカンペキな演技だった!
「それのどこが皿屋敷だっ!」
ずごんっ!
あびぶっ! いきなり頭に衝撃が……。
「こ、この靴底の感触は……朽木さん?」
涙目で痛む脳天をさすりながら顔を上げると、予想通りむすっとした綺麗な顔があたしを見下ろしてた。
その背後から高地さんと拝島さんの顔がひょっこり現れる。
「グリコちゃーん。助っ人さんきゅーな。お礼に朽木と拝島を連れてきたよーん」
嬉しいお礼ありがとう高地さん。せつない痛みがオマケについてきたけど。
「すごい格好だね栗子ちゃん……」
コメントに困ったような苦笑を浮かべつつ、立ち上がるあたしに手を貸してくれる拝島さん。ちなみにあたしは動きやすいよう、袖と裾を少し捲くってある。
良く見ると、拝島さんの後ろにはさらに真昼とふくれっ面の祥子もいた。
仲直りできたのかは定かじゃないけど、一緒にいるってことは説得できたってことだよな、高地さん。
「なんなんだこのお化け屋敷は。パントマイムするフランケンだのブレイクダンスする吸血鬼だの……おもしろ屋敷か?」
朽木さんが憮然とした顔で言ってくる。
「あい。イロモノお化け屋敷に生まれ変わらせてみました」
「俺は好きだなーこういうの。バッと出てきてパフォーマンスした後、みんな何食わぬ顔で定位置に戻っていくのがまた面白いよな。『ひと仕事終えました』ってカンジでさ」
「おぉ〜高地さん分かってるじゃないですか! 結構ノリノリですよコレ!」
盛り上がるあたしと高地さん。と、そこであたしのお腹がぎゅるる〜といつもの音を立てて会話を遮った。
「あう……」
「もう1時過ぎてるからね。お昼まだなんでしょ栗子ちゃん? 休憩はないのかな?」
そういえば夢中になっててお昼ごはんはどうするのか聞いてなかった。
と、そこへ、通路の壁に作られたスタッフ用の扉を開けて、山田さんが現れた。
「おっ。丁度良かった。今、お昼休憩にしようと思ってたところなんだよ。一旦看板を下ろしたから、もうあがっていいよお菊ちゃん」
なんと。計ったようなナイスタイミング!
「じゃあ、みんなでお昼ご飯食べに行こうか」
にこっと笑って言う拝島さんに「はい!」と元気良く頷き返す。
すると高地さんが山田さんの元に歩み寄り、声をかけた。
「なぁ山田。グリコちゃん、午後もずっと手伝わなきゃいけないのか?」
お。そういえば、あたしが学園祭を見てまわる時間がなくなっちゃうな。
「うーん。おかげで盛り上がったし、お菊ちゃんにはもう少しいて欲しいところなんだけどな……」
困ったように頭をさすりつつ言う山田さん。と、その背後からドラキュラさんが扉越しに顔を覗かせた。
「お菊ちゃん、他校の子なんだろ? これ以上手伝わせるのは悪いよ山田」
「そ、そうか?」
「ああ。助っ人の心当たりなら俺にもあるから、午後はそいつに頼もう。だからもうあがっていいよ、お菊ちゃん。ありがとな。君のおかげで盛り上がったし、俺達も楽しくお化け役できたよ」
にっこり笑顔でそんなことを言われる。にゃはは。ちょっぴし照れるな。
「あたしも楽しかったですよー。できれば午後もやりたいくらいですけど、友達と他も見て回りたいし、お言葉に甘えさせてもらいますね」
ぺこりと頭を下げると、扉からさらに落ち武者さん、フランケンさん、ミイラ男さんやスタッフの人達がどどっと押し寄せるように現れた。
『またねー、お菊ちゃん!』
みんな笑顔で手を振ってくれる。ぷぷ。なんか変な集団。
「ハイ、またです!」
お皿を持つ手を高々とあげ、勢い良く振り返した。