Act. 8-4
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それから更に夜は更け。
時刻はとっくに深夜。床に並べられた300mlサイズの日本酒の空瓶は五本を数える。六本目ももうすぐ加わろうかという頃。
俺はさっきからずっと気になってた疑問を口にした。
「……お前ら帰らないのか?」
未だ我が家に居座る五人に冷たい眼差しを浴びせる(拝島は除いて)。
と言っても、最早最終電車に間に合う時間ではない。なんとなく嫌な予感はしていた。
「あれ? 言ってなかったっけ? 今日は朽木んちに皆でお泊りだって」
思いっきり初耳だ。
俺はしれっとした顔で答えた高地の耳を力いっぱい捻りあげた。
「よくもまぁ当人の承諾なしで勝手な計画を立ててくれたもんだな。冥土に行ってみるか?」
「イテ! イテテテッ! しょ、承諾はグリコちゃんに……」
「なんでグリコの承諾がいるんだ!?」
「朽木さんのマネージャーとしましては、朽木さんの心身共なる健康を配慮し深い交流の場を設けるべきかと……」
「誰がマネージャーだっ! あと口上が長いっ!」
とくとくと語るグリコにテーブルの下から蹴りを入れてやった。こいつは一遍どころか百遍くらい殺してやりたい。
「だいたい寝る場所はどうするんだ!? うちは予備の布団は二組しかないぞ!」
「いや二組も予備を持ってるお前はスゲーよ。ベッドを入れて三箇所寝る場所があるワケだろ? 祥子ちゃん、真昼ちゃん、グリコちゃんはそれで寝てもらって、俺たちはリビングで雑魚寝。それでいいんじゃね?」
「確か今日は俺の全快祝いだったよな……。建前だったってのは分かってるが、病み上がり早々雑魚寝を提案されるとは思わなかったぞ」
高地に対する殺意が膨れ上がった。
「朽木さんはベッドで寝ればいいですよー。あたしは雑魚寝で構わないですもん。そだ、あのベッド大きいから二人寝れるでしょ? 拝島さんと朽木さんはベッドで寝て、あたしはここのソファー。高地さんは床でってことで」
グリコがまたとんでもないことを言い出した。意地の悪い光を含んだ目を俺に向ける。
確かにうちのベッドはクィーンサイズなので二人寝るスペースは十分あるが、この状況で拝島と二人、ベッドで寝るなど蛇の生殺し状態だ。あれは絶対分かってて言っている。
「さりげなく俺一人悪環境に追いやられてるんですけどグリコちゃん……」
「あ、ちなみに祥子に悪さしないよう、手足は縛っときますから」
「はいじまぁ〜〜っ! あれは本気の目だよっ! なんとか言ってやって! 俺の人格のフォローをお願いっ!」
「えっと……女の子三人は書斎部屋で、中から鍵をかけたらいいんじゃないかな」
「それってフォローになってねぇよな!?」
誰からも信用されてない憐れな高地。日頃の行いが悪すぎだ。
「私もどこだっていいんだけど。さすがのバカ地もこの人数の中、何かしようなんて気は起こさないでしょ。てか起こしたら殺すから」
立倉がさりげに物騒な言葉を付け足しながらどうでもいいといった顔で主張した。
「まだそんなに寒くないし、タオルケット一枚羽織ればゴロ寝も平気よね」
参ったな。池上もか。
確かにリビングのテーブル周りはラグも敷いてあるし、タオルケット一枚でもなんとかならないこともないが。
しかし無頓着にそう言われても、男女入り乱れて雑魚寝するのは許容し難い。それにこのリビングといえど六人で寝るのは少々窮屈だろう。
「せっかく布団が二組あるんだし、二人は布団で寝なよ。あたし、雑魚寝は慣れてるから」
既にソファーで寝る気満々なのか、グリコがクッションを胸に抱きながらソファーの上に座った。
こいつが雑魚寝に慣れてるというのは立証済みだ。これまで二度我が家に泊まったグリコだが、どちらもソファーでぐっすり寝ていた。一度目は俺が課題のレポートを手伝った時。二度目はグリコが病気の俺の看病(むしろ悪化したが)をした時だ。
「俺が床なのは確定なのね……」
しくしくといった様子で首を落とす高地。
「しかしタオルケットも一枚しかないぞ。クィーンサイズだから大きめのやつだけど、二人が限度だろ」
さらに俺が問題提起すると、グリコは思案顔で「うーん」としばし唸った。それから次に顔を上げると、平然とした顔で言ってのけたのだ。
「仕方ないなぁ。じゃあ、あたしも高地さんと床で寝ますよ」
『えっ!?』
その言葉に、一瞬空気が凍りついた。
「い、いや、それはちょっと……」
さすがの高地もしどろもどろになる。酒が入ってるため顔は既に赤らんでいたが、額に汗の玉が加わった。
「うへぇー。なんでそこで照れるかなぁ。一緒に雑魚寝するだけじゃないですか」
「それは、そ、そうだけど、一応グリコちゃん女の子なんだし、男と一枚布団にくるまるのは客観的に見てどうかと……」
「常識の問題だっての! ……っつってもグリコに常識は通用しないんだったわね」
額に指を当て、ため息と共に吐き出す立倉。
「んむぅ〜そんなに非常識なことなの? うちじゃあよく弟と一緒に雑魚寝するんだけどなぁ〜」
家族と他人では勝手が違うだろう。
こいつの危機感の薄さはそういうところから来てるのか……。
「あのね、栗子ちゃん」
と、ここで拝島が急に口調を強めてグリコの前に歩み寄った。
「ほへ?」
「前々から思ってたんだけど、もう少し自分が女の子だってこと、ちゃんと自覚しなきゃダメだよっ」
拝島にしては珍しく厳しい顔で注意する。
驚いた。まさか拝島の口からお説教が飛び出すとは。
グリコもこれには驚いたらしく、目を丸くして拝島を凝視した。
「そ、そうですか……?」
「そうだよっ。いくら祥子ちゃんがいるとは言っても高地も男なんだし、隣で女の子が寝てたら何かの間違いを起こさないとも限らないだろ?」
「をいコラ。祥子ちゃんの心象を悪くするような例え話すんなっ」
「アンタに対する信用はもうこれ以上落ちるところはないって程低いから安心して」
「ちょっ! 全然安心できないんだけど祥子ちゃんっ!」
「とにかくっ!」
脱線しそうになる話をパンッと両手で一叩き、元に戻した拝島が語気も鋭く言い切った。
「女の子三人は寝室のベッド。男三人はリビングに布団敷いて寝る。ちょっと窮屈だけどそれでいいんじゃないかな」
シィン……
とした空気がしばしその場を支配した。
「え……っと、俺は、それで構わないけど」
最初に沈黙を破ったのは高地だった。
「そうね。あのベッドなら女三人で寝れなくもないし」
次に言葉を発したのは池上だ。それからグリコ、立倉も同意の首肯を見せる。
「なんでもいいから、とっとと寝よう」
妙な疲れに肩を落としつつ、俺も諦めて腹を据えたのだった。
そしてそれから一時間後――
スー……スー……
狂おしい程に無防備な、あどけない寝顔の拝島を右横に。
「んがぁ〜〜〜〜」
大口を開けて、殴りたい程にやかましいいびきをあげる高地を左横に。
二組の布団の上に男三人狭苦しく並び。
「〜〜〜〜〜〜っ」
天国と地獄に挟まれた俺は、拝島の寝息に睡魔を追い払われつつ、時折身じろぐ高地の蹴りを横腹に食らいつつ。
うちでの宴会など、もう二度と認めるか。ああ、絶対に。二度と許可なんかしないからな――――!
そう固く心に決めたのだった。
どうでしたでしょうか宴会編?
ややまったりしすぎた感もありましたが、キャラ全員がじっくり語る場もたまには欲しいかな〜と思って書きました。
彼らの人生、ひとつひとつを細かくは書けないですけど、みんな真面目に生きていることを感じていただけたなら幸いです♪
さて、Act.8 はこれにて終了となり、次回から Act.9 学祭編となります。
これはかなり長くてですね・・・。途中で飽きられる危険があるとわかっていつつも、つい作者、ノリノリで書いてしまいました。(^ ^;)
た・・・楽しんでいただけるといいなぁ。(汗)