Act. 8-3
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食べ終えた鍋と皿を片付け、新しいグラスやビールの缶をテーブルに並べた。
まだ未成年の女三人は飲み物をお茶に切り替えて、俺と拝島と高地は冷えた日本酒を冷蔵庫から取り出してグラスに注いだ。
皆、思い思いにくつろぎ、時間を会話で埋めている。高地は立倉の気を引こうと本の話題を、グリコはアニメの話題を持ち出し、拝島と盛り上がっている。
カエルがどうとか言っているが、拝島が同じアニメを見てたとは意外だ。池上はグリコの横で大人しく二人の話を聞いている。俺はどの話にも加わることなく適当に飲みながら時間を潰していた。
と、本の話では立倉の知識に太刀打ちできないと悟ったのか、高地が話題を転換した。
「そ、そーいえばさ、祥子ちゃんって英文科でしょ? 将来は何になるの? やっぱ外資系に就職とか?」
「アンタには関係ないでしょ」
「いやいや、祥子ちゃんが国内に留まってくれるかは俺には大事なコトだし」
「国内には留まってもアンタの傍に留まることはないから」
まったくもって不毛な会話だ。聞いてるこっちが哀しくなる。
「祥子は通訳とかも合ってそうだよね」
グリコがアニメの話を打ち切り、高地と立倉の会話に加わった。
「うんうん、それもカッコイイなぁ〜。――ちなみにグリコちゃんと真昼ちゃんは? 二人も英文科だろ?」
「あたしは特にコレって希望はないなぁ。どこでも楽しくやってける自信あるし」
確かにグリコならどこに行ってもやっていけるだろう。来られた会社は大迷惑だろうが。
「あたしもまだ希望はないかな。どの仕事にも興味はあるんだけど」
池上の答えもグリコと変わらなかった。まだ二年だし、薬学のように強い専門性があるわけではないのでそれは仕方のないことだろう。
「真昼はおばあちゃんの旅館とか継がないの?」
「それは……ちょっと悩みどころね。誘われてないわけじゃないけど、せっかく身につけた英語の生かしどころがねぇ……」
「それもそうだよね〜」
あはは、と笑い、次にグリコは高地に質問し返した。
「薬学生の就職はどうなんですか? やっぱり薬剤師になるんですよね?」
「それは間違いのないところなんだけどな。まずは国家試験に受かんなきゃいけねぇんだよなぁ」
憂鬱そうなため息を吐く高地。俺はその点に関してはあまり心配していないので気楽なものだ。
我が校では薬学生の半数は、卒業が確定すると薬剤師免許を得るための国家試験に挑戦する。
日本はこれに高い合格率を誇っているが、それは試験に対するサポートが並々ならぬからだ。
我が校でも五年次から模試や対策講座が始まり、本格的に受験生の色を帯びてくる。
「あぁ〜〜研究と勉強のダブル地獄の日々がもうすぐやってくるのかと思うと……」
「その前に高地はまず卒業の心配をした方がいいんじゃないか?」
こいつの寝坊癖は致命傷だ。ちなみに卒業見込みがないと国家試験は受験できない。
「うおっ。き、肝に銘じておきます……」
ツンツンに逆立っていた髪がしょんぼりとうなだれた。
「試験かぁ〜大変そうだぁ。卒業さえすればいいってもんじゃないんですね、薬学部って」
「ん、まぁ何になりたいかによるけど。俺は実家が薬局だから、そこを継ぐために免許が必要なんだよな」
「え? 実家が薬局なの? 個人経営?」
拝島が驚いて目を瞬かせた。
実家が薬局、ということは地元に密着した個人経営の地元調剤薬局だろう。地元薬局は、大手ドラッグストアの進出により、年々経営状況が悪化している。それを継ぐというのはなかなか勇気ある行為だ。
「おう。イマドキあり得ないよなぁ〜。笑っちゃうだろ? うちは先祖代々薬師の由緒正しい薬局なんだとか言っちゃってさ、漢方薬局なんだぜ?」
それはかなり珍しい。と同時に俺の興味をひく話でもあった。
「高地は漢方を勉強するのか?」
「やりたかぁないけどしょうがないからな。一応、漢方薬局実習講座も受けてるぜ」
漢方薬局実習講座とは、その名の通り、漢方薬局薬剤師の知識と技術を学ぶ模擬実習の自由科目だ。あまり人気のある講座とはいえない。
しかし高地と漢方……かなりのミスマッチだ。漢方はどうしても古臭いイメージがある。
ふと見ると、立倉も意外そうな顔で隣の高地を見つめていた。高地が漢方薬剤師になるのが意外なのか。高地から真面目な将来の話が出たのが意外なのかは知らないが。
「大変だね高地……」
「そういうお前はどうすんだ拝島? 研究職希望なんだろ? 大学に残んのか?」
「ん〜……一応、どこかの製薬会社に就職するつもりだけど」
「拝島さんは研究職希望なんですかー。うわぁ〜〜なんかカッコイイ〜〜」
目を煌めかせたグリコが言う。こいつが今どんな姿を想像したのか、大体察しはつく。
「カッコイイとか、そんなに華やかなもんじゃないよ。研究開発って、ひたすら地味な作業だからね。俺はそういうのが好きなんだけど」
苦笑しながら答える拝島。真面目で何でもこつこつ型の拝島に研究職は似合っている。いつもデータの束に黙々と向かい合ってるその姿が脳裏に浮かび、自然と口元が綻んだ。
「で、朽木はどうすんだ?」
気付けば質問は自分にも及んでいた。
俯いていた顔を上げると、丁度テーブルの真向かいに座る高地と目が合った。
「俺は……まだ具体的なことは考えてないな」
「SK薬品継がないのか?」
目を見張った。
虚を突かれ、驚きの表情をありありと浮かべてしまった。
俺の父が製薬会社『SK薬品』の社長であることは拝島以外には言ってない筈だ。
「どうしてそれを……?」
「んなのちょっと調べりゃ分かるだろ。あそこの社長の苗字、朽木だし」
なるほど。そう言われればその通りだ。
「SK薬品って、あの風邪薬とか出してるところ? 有名な会社じゃないですかー!」
グリコが身を乗り出して言う。何をそんなに鼻息荒くしてるんだこいつは。
「化粧品なんかも手がけてるわね。あそこの御曹司なんですか、朽木さん」
池上も興味津々といった顔を俺に向けた。
「御曹司なんて言葉を使われるとくすぐったいな。確かにSK薬品は俺の父の会社だ」
仕方なく受け答える。苦笑を浮かべると、こちらをじっと見つめるグリコの表情が変化したように見えた。興奮気味に上気していた顔が、すっとニュートラルに戻ったような。
まったく……なんでこいつはこんなに敏感なんだ。
グリコから目を逸らして続ける。
「だけど、継ぐかどうかは別問題だな」
「継がないにしても開発部に入るとか、就職には困らないだろ?」
「それもどうかな……。父には、特に会社に入れとは言われてないし、俺もSK薬品に限って考えてはいないしな」
そう。父はまだ、俺の就職について何も口出ししてきてはいない。
しかし内心はSK薬品を継いで欲しいと思ってることだろう。それは事あるごとに自分の夢を静かに熱く語って聞かせる姿からして明らかだった。俺は小さな頃から大きな薬草園を持ちたいと語る父の横顔を見て育ったのだ。
「まぁ社長になんのに薬学部に行く必要はねぇよなぁ〜。でも薬学を選んだのは親の影響があるんだろ、やっぱ?」
少し返答に迷った。何故薬学を選んだのか? それに大した理由はない。
確かに、薬について語る父の姿は子供心に輝いて見えた。
しかし血が繋がってないと知った時。父が俺を神薙家から連れ戻す気がないと悟った時。
俺の中の父親像は音を立てて壊れたのだ。
俺は神薙家からつまみ出された後、朽木家に一度は戻ったが、高校にあがると同時に家を出た。父と母の元にいたくはなかったからだ。
だから、父と同じ道に進みたいと思ったなどということはあり得ない。
そう――ただ、なんとなくの筈だ。
技術職、専門職を望んだというのもある。経営者になる可能性を少しでも減らしたかったからだ。
章に自分の道を見つけろと言っておきながら、俺も自分の選んだ道に確たる理由があるわけじゃない。
章に偉そうなことなど言える立場ではないのだ。
「親が何かの専門家だったりすると、やっぱり子供もそれに就きやすいですよね」
池上の言葉に、そんなものだろうかと俯く。
俺はどこでもよかった筈だ。
なりたいものがあるわけではなかった。
神薙から、両親からすら遠ざかって、ただ自活できればよかった。
なのに――
なのに、進学する時、気付けば薬学部を選んでいた。
何故だ?
分からない。やはり父の影響は強かったということなのだろうか。だがどこか納得がいかない。
何故だろう――俺はその答えを知ってる気がする。知っている筈なのに、考えようとすると頭が霞む。
何故――――
「朽木?」
名を呼ばれ、思考の沼から引き戻された。
「あ、ああ……影響は……受けてると思う。父はもと薬剤師だったんだ。庭に小さな薬草園を作って薬草のことを朝から晩まで語ってた」
親の影響。まぁ、そういうことにしておこうと思った。
「薬草園!? マジ!? 生薬!? 生薬作ってんのか!?」
「ああ。父の趣味のひとつだよ」
「うっわマジ!? お近づきになりてぇ〜〜っ!」
やはりなんのかんの言っても、高地も実家の影響を受けている。薬草と聞いて目を輝かせるあたり漢方薬剤師の素質十分だ。
「そういやSK薬品って生薬も扱ってたよな。会社で薬草園持ってんのか?」
「いや、薬草園の設立も維持もコストがかかるだろ? まだうちはそこまでいってないんだ。父はいずれ持ちたいと思ってるみたいだけどな」
「うっわうっわマジィ〜〜!? こ、今度、お父様にオレを紹介していただいてもよい!?」
両手を胸の前で組みながら体をくねらせる高地。気色悪い。恋人に親の紹介をねだる彼女かお前は。
「気がむいたらな」
「ああっ、朽木くぅ〜ん、お願いっ。く・ち・き・ちゃぁ〜〜ん」
声が半オクターブ高くなる。
こいつ、段々グリコに似てきてないか?
「分かった分かった。そのうちな。父も漢方薬剤師を目指してる薬学生と言えば会いたがるだろうし、機会があれば誘ってやるよ」
「さっすが俺の心友! 愛してるよ、朽木ちゃん☆」
「誰がいつお前の心友になった!? その気色悪い喋りをやめないと叩き出すぞ!」
背筋に悪寒を感じて睨みつける。
まったくどいつこいつも図々しい。俺の親友は拝島だけだ。
むっつりしながらグラスを空にした。
 




