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Act. 7-11

<<<< 朽木side >>>>

 

 神薙から逃げたくて、だが逃げられなくて、苛立ちのあまりやさぐれた結果、諦めかけたころに自由へと放り出された。

 

 神薙への怒りや憎しみはあるが、あの瞬間、そんな些細なことはどうでもよくなった。

 

 もう二度と、あの門をくぐるようなヘマはするまい。そう、俺は心に誓った。

 

 

「こうしてめでたく朽木家に戻れた俺は、以降、神薙の目に二度ととまることのないよう、努めて平凡な生活を送った。成績は中の上で抑え、部活には入らず、目立つことは極力避けた。このまま大学生活も平穏無事に終え、どこかの会社か薬局にでも就職する――中学の三年間を抜きにすれば、そう不幸な人生でもないだろう?」

 

 そしてその職場で拝島が隣にいれば、もう何も言うことはない。心穏やかな一生を過ごすことができる筈だ――――いや、筈だった。

 

 

 神薙さえ再び現れなければ――

 

 

「ふぅ〜ん。そっかー。これでなんとなく分かった」

 

「何がだ?」

 

 いつのまにかまた下向いてた顔を上げ、グリコを見る。

 

 グリコはにかっといつもの軽快な笑みを浮かべてみせた。

 

「朽木さんがゲイになったワケと、朽木さんの性格が歪んでるワケ」

 

 ゲイはともかく、性格が歪んでるとこいつに言われるのは聞き捨てならない。

 

「お前に言われたくはないな」

 

「それで爽やか青年の仮面被って、自分の性格と実力隠して、ずーっとやってけるの?」

 

「全く問題ない。今では仮面を被る方が楽なくらいだ。ヘタに人付き合いを濃くして神薙の耳に俺の噂が入るようなことになれば元も子もないからな」

 

「ふぅ〜ん……なんだか朽木さんらしくないね」

 

「説教くさいことは言うなよ。いつも説教たれてた知人を思い出す」

 

 ただでさえ、この腐女子はあのじぃさんを彷彿とさせるのだ。中学時代の思い出など、思い出したくもない。

 

「説教なんて言わないよー。どっちかっつーと言われる方だもんあたし。それに、朽木らしくなくても、朽木さんが自分で納得してるんなら、口出しすることじゃあないでしょ」

 

 やけに物分りの良いことを言う。さっき章との話し合いの時に俺をスリッパで叩いて怒鳴り散らした台詞はなんだったんだ。

 

「でもそのままじゃ同人誌のネタとしては弱いから、ちょっと脚色しなきゃね」

 

 は? 

 

 今、なんと言ったこの腐女子。

 

 信じられない思いで、しれっと爆弾発言したグリコの顔を見る。

 

「同人誌のネタに使うつもりだったのかお前!?」

 

「うん」

 

 まったく悪びれた様子もなく頷くグリコ。一度でいいからこいつの頭の中を見てみたい。

 

「さっき、誰にも言うなと言わなかったか? 俺は」

 

「言わないよー書くだけだもん。名前変えるし、設定も少し変えるから大丈夫だって♪」

 

 殺す。

 

 やっぱりこいつは殺しておこう。

 

 今殺しておかないと地球温暖化より取り返しのつかないことになる。間違いない。

 

「調子に……!」

 

 乗るな。

 

 と、言いながらグリコを殴ろうと上体をずらした。だが、言い終わらない内に視界がぐらりと揺れ、体が傾いでいく。咄嗟にベッドの端を掴み、危うくベッドから転げ落ちるのを免れた。

 

「あーあ。無理しちゃダメだよ朽木さん」

 

 だ、誰のせいで……。

 

 体を支えるのに必死で声を出すのにまで力が回らない。

 

 なんとか上体を捻って再びベッドに身を横たえた。

 

「っけほっ。けほっ」

 

 一気に体温が上昇する。粘つく喉が渇きを訴え、止め処なく咳が溢れる。まだ起き上がるのは無理なようだと身をもって実感させられたわけだ。情けない。

 

 霞む視界の中で壁の白さがぼやけてくる。

 

 体が本調子でないというのは、ひどく不安になるものだ。心が弱くなる。

 

 グリコに余計なことを喋りすぎたのはその所為だろう。同人誌だと? ふざけた奴め。今更ながら喋ったことを後悔した。

 

「朽木さん、ハイお茶」

 

 しかし、こんな腐女子でも、体が満足に動かない今は、傍にいるのが少しありがたく感じる部分もあるのは事実だ。

 

 俺が咳こんでいる間にまた汲んできたらしいお茶のコップを差し出すグリコは、人間の皮を被った悪魔だとは分かっていても、癒しの空気を纏っているように見えた。

 

 呼吸を整えてから上体を起こす。立ち上がろうとさえしなければ、それほど眩暈はしない。ようはベッドで大人しくしていれば体力は回復するのだ。当たり前だが。

 

 コップを受け取り、一気に中の液体を飲み干した。喉を通る冷たさが心地良い。

 

 とりあえず同人誌の件は、風邪が回復してからゆっくり問い詰めるとしよう。事と返答次第ではドラム缶で海の旅にでも出てもらうことになるかもしれないが、それは身から出た錆というやつだ。

 

 確実に一度は殺そう。

 

「熱上がったかな? 測ってみたら?」

 

 平然とした顔で、息を整える俺の顔を覗きこんでくるグリコにイラッとする。

 

 確実に上がったとも。お前の所為でな。

 

 俺の手から空のコップを取り上げたグリコが机の上の体温計を手に取り、俺に渡してきた。

 

 一発殴ってやりたいのを我慢して、じろっと睨みながらそれを受け取る。しかしこいつには睨みが効かない。諦めてため息を吐きつつパジャマの前ボタンを上二つ外し、体温計を脇に差し込んだ。

 

「うふふふふ。鎖骨〜」

 

 途端、ニタニタ妖しく笑いながら俺の襟元を覗き込んでくるグリコ。

 

 そうだった。こいつは男の肌を見ると興奮する変態だった。

 

「こういうのもセクハラに相当するよな……」

 

 変態に舐める様に見つめられるのはあまり気分のいいものではない。こいつにナイチンゲールは無理だ。さっき感じた優しげな雰囲気は一瞬で消し飛んだ。

 

「しょうがないでしょー腐女子のサガなんだから。触るのは我慢してるんだから褒めてよ」

 

「褒められたことかそれはっ!」

 

「そんなこと言ってると触っちゃうぞ〜」

 

 俺はぎくっと体を強張らせた。五指をわきわきと妖しく蠢かせ、グリコがにじり寄ってきたからだ。背中に悪寒が走る。

 

「普通、男女の立場が逆じゃないか?」

 

 冗談ですませるレベルの流れを作ろうと、軽く言ってみた。しかしグリコはそれで終わらせるつもりはないようで。

 

「あたしMだけどSでもあるから!」

 

 訳の分からないことを豪語しながら、とうとうベッドの上にまで侵入してきた。悪戯っぽく目を輝かせ、ベッドに膝をついて身を乗り出してくる。

 

 ぞくり

 

 襲われる時の気分とはこういうものなのだろうか。

 

 今まで襲う側の立場ばかりだったので、この背中の悪寒が後に快感になるとは信じられない。快感というのは、今まで押し倒した相手が必ず次も押し倒されることを望んできたからそう解釈した訳だが。

 

「気色悪い。近寄るな!」

 

 知らず俺は冷や汗を流し、後ろにずり下がっていた。グリコの手がゆっくりと迫ってくる。

 

「朽木さんをやりこめる滅多にないチャンスなんだもーん♪」

 

「後で倍にして返すぞ!」

 

「後のことは今は考えな〜い」

 

 冗談でやってるのか本気なのか今いち判別がつかない。いや、この目の輝きは半分本気に見える。

 

 まずい。

 

 逃げようにも背中は既にベッドヘッドに押されていた。後方に逃げ道はない。咄嗟に横に逃げようと思ったが、身をよじる前に、脚を馬乗りになったグリコに押さえつけられる。

 

 そこまでするかこいつ。俺が女嫌いと知ってるとはいえ、平気で男の膝に跨るのは危機感が薄すぎやしないか?

 

 しかもスカートだ。捲くれ上がった裾から白い太股が覗いてる。もう少し女としてのたしなみを――と浮かんだお小言は、ギシッというベッドの軋む音に掻き消された。

 

「にひ♪」

 

 サドだ。こいつは絶対サドだ。この俺が焦らされる程の超一級のサドだ。

 

 前屈みになって接近してくるグリコ。ぱさりとその肩から束ねた髪の先が落ちる。顔は完全に勝利を確信している顔だ。腹が立つ程に。

 

「重い! 離れろ!」

 

「あ、乙女に禁句言った! もう全身くすぐりの刑だね♪」

 

 怪しい笑みを深めたグリコの上体がぐいっと迫り、白い手が伸びてくる。

 

 こいつは俺が病人だということを、先刻からそうなのだが全く気にしていない。やると言ったら本気でやるだろう。背筋のぞくぞく感が強まった。

 

 ――駄目だ。逃げようと思えば思うほどに体が動かない。とうとうその手が俺のパジャマの襟元にまで達した。指先を胸元に感じ、全身が硬直する。息が止まった。

 

 こ、こいつ――悪ノリしすぎだ。

 

 

 その時、俺の胸からピピッという電子音が上がった。

 

 

 体温計が測温完了を告げたのだ。その音でハッとなってようやく気付いた。体力は回復している。グリコに抵抗する力は戻っている筈なのだと。

 

「地獄を見せられたいか貴様はっ」

 

 手を突き出し、グリコの顔面を鷲掴みにしてやった。渾身の力をこめたアイアンクローで押し戻す。

 

 病気で握力半減といえど、普段から鍛えてある俺のクローは相当な威力の筈だ。みるみるグリコの顔が赤くなる。

 

「アイダダダダッ。ぎぶ! すびばせんでした朽木さんギブアップ〜!」

 

 苦しげな悲鳴をあげながら離れていくグリコ。ふぅと安堵の息を漏らす。

 

 危なかった。少し貞操の危機を感じてしまった。

 

 しかし、どうやらグリコがもたらす危機はそれだけではなかったようで。

 

 続いて鼻を掠める微かな焦げ臭さに「なんだ?」と顔を上げると。

 

 

「あぁぁぁぁ〜〜っ! 忘れてたぁぁぁっ!!」

 

 

 耳がキーンとするような悲鳴をあげ、グリコが慌てて部屋を飛び出していった。

 

 残された俺はふと目覚めた時のグリコの様子を思い返した。奇妙な鼻唄、パタパタと慌しく響く足音。あれは――

 

 

「まさかっ!?」

 

 

 料理していたのかっ!?

 

 

 俺も慌ててベッドから飛び起きた。まさに危機。我が家のキッチンの大ピンチだった。

 

 まだふらつく体を壁で支えながらキッチンに辿り着く。するとそこには、目を覆いたくなるような惨状が……。

 

 

 悪い予感は大当たりだった。

 

 

 あまりのショックに体から力が抜け、へなへなとその場にくずおれる。

 

 毎日掃除して、清潔で美しい状態を保っていた我が家のキッチン。きちんと手入れを行い、焦げひとつなかったこだわりの調理器具。光り輝いていた筈の場所。それが――――

 

 

 見事なまでに破壊されていた。

 

 

 白い粉とドロドロの液体に覆われたキッチン台。そこかしこに散乱する屑野菜。もうもうと黒い煙を上げる焦げ色に変色した鍋――更に床の隅には、割れた皿の破片がいかにも大雑把にかき集められている。

 

「お、お、お、お前……」

 

 なんてことをしてくれたんだ。

 

「あぁ〜〜! 朽木さん見ちゃダメッ! 後でこっそり証拠隠滅するつもりだったのにぃ〜〜っ!」

 

 隠しきれる筈もないのに、慌てて手を振り鍋を隠そうとするグリコ。

 

 もう遅い、というかこいつを一度部屋に入れたのがそもそもの間違いだったのか?

 

 それともこいつと出会ってしまったことが、人生最大の間違いだったのか?

 

 限度を超えた怒りはすぐにはおもてに表れない。ふつふつと沸きあがり、体中のエネルギーをある一点に導いていく。

 

 

 『怒り心頭に発する』

 

 

 全てのエネルギーが収束し頂点に昇りつめた瞬間、俺はそれを見事なまでに体現してみせた。

 

 

「グリコ――――――――っっ!!」

 

 

 その後の展開はもはや説明するまでもない。

 

 

 

 なお、更にその後俺の容態が悪化し、完治するまでに一週間という時間を要したことを追記しておく。

 

 

 

 

どもども。卯月海人です。

 

チェリーの連載終了したのに、こちらの更新が滞っててすみません。(^ ^;)

プロットの要に疑問点があって、その調査と、私事で多忙なことにより、腐敵を執筆する時間がなくなっちゃいました。(>_<)

 

よって、しばらく不定期亀ノロ更新になっちゃうと思います。

とりあえず Act.7-11 だけは更新しておこうと思って出しました。

WEB拍手やコメントをくださった方。どうもありがとうございます。m(_ _)m

 

ああ、まだ忘れられてないんだな〜といつも嬉しく思ってます。

おかげさまで執筆意欲を保ててますので、忙しいながらも、ちゃんと腐敵の続きを書けそうです。

これも読者の皆様のおかげ!

応援、本当にどうもありがとうございます!(>▽<)

 

こんな亀ノロな卯月でよければ、どうかこれからもよろしくしてやってください。

 

しばらくは、いつ更新できるかわからない状態が続くので、見出しの『休載中』はそのままにしておきます。

本当に申し訳ありません。(>_<)

 

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