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Act. 7-9

 

ども。GW休暇もあっという間に終わってしまいましたね。二週間もお休みさせていただいてありがとうございました♪

更新してないのに毎日500人の方が覗きにきてくださって、そんなに続きを楽しみにしてもらえてるなんて光栄だな〜とニヘニヘしてました。(笑)

もうひとつの連載の「チェリー」は五月いっぱいで完結予定ですので、それが終わったらまた腐敵をバリバリ書いていきますね。

よろしくお願いします。m(_ _)m

 

<<<< 朽木side >>>>

 

 こいつの前で倒れたのは一生の不覚だった――

 

 

 体はだるいわ、頭は朦朧とするわ、目を開けるとぐるぐる廻る部屋の景色で気分が悪くなるわで。

 

 かなり最悪な状態だった。

 

「朽木さーん。解熱剤買ってきたよー」

 

 やたらと響くグリコの声と、ビニール袋の擦れる音に薄っすらと目を開けると、寝室の入り口に立つグリコの姿が視界の端に映った。

 

「……章は……」

 

「マンションの下で別れたよ。朽木さんにお大事にって」

 

「そうか……」

 

 声を出すのが酷く億劫で、それだけの会話でもどっと疲れが押し寄せてきた。

 

「ハイ、お薬と水。一人で飲める?」

 

 こいつの世話にだけはなりたくない。

 

「薬など飲まなくても自力で治せる……」

 

 しかもその薬、神薙グループの製薬会社のものだ。死んでもあの男の会社の薬など飲みたくない。せめて父の会社の薬を買ってくれれば良かったものを。

 

「飲むのは嫌? 挿れる方はいい? 座薬もあるんだけど、挿れてあげようか?」

 

 ニヤリ、と悪魔の笑みを浮かべてグリコが座薬の箱を取り出す。なんで解熱剤を二種類買ってくるんだこいつ。

 

「俺に少しでも触れたら殺すぞ」

 

 凄んでみせたものの、体にまったく力の入らない今の状態では、グリコに抵抗できるかどうか怪しい。こいつは悪ノリしたら本気で座薬を挿れかねない。

 

 仕方なく、なんとか身を起こして飲み薬とコップを受け取った。

 

 くそっ。くらくらする。

 

 素早く薬を口の中に放り込む。水で飲み下し、突きつけるようにコップをグリコに返すと、再びベッドの中に身を沈めた。

 

 ぐるぐる廻る視界を閉じ、荒い呼吸を繰り返す。不意に冷たいものを額に感じた。何かと思えばグリコが手の平を当てていた。

 

「すごい熱ー。興奮しすぎるからよ」

 

「お前……誰のせいだと……」

 

「んー。もとはと言えば朽木さんのせい?」

 

 反論してやりたかったがもう言い合う気力もない。ぶすっと目を閉じてグリコに背を向けた。

 

 大体、こいつはいつまでうちにいるんだ。用も済んだろうし、とっととバイトに戻ればいいものを。

 

「バイト中だったんじゃないのか……?」

 

 壁を向いたまま小さく呟く。

 

「うん、慌てて章くんを追いかけたからね。だってなんか思い詰めてる顔してて、やばそうだなーって思ったし」

 

 そうだったのか。

 

 ……少し、グリコに感謝すべきかもしれない。なんにせよこいつは章を救ってくれた。

 

 再びグリコの方に向き直る。

 

「……もう戻れ。クビになるぞ」

 

「ダイジョブ! うちの店長の弱み握ってるから!」

 

 またもや悪魔の微笑み。今、確実にこいつの背後に黒い羽と尻尾が見えた気がする。

 

「それにぃー。風邪で弱ってる朽木さんを弄って遊ぶなんて、滅多にないチャンスだもん! あ、デジカメ借りてもいい? 寝姿、写真に撮らなきゃー!」

 

 前言撤回だ。絶対こいつに感謝なぞしたくない。

 

 意地でも回復してやると、布団を頭から被って意識を闇に落とした。

 

 

 

 かなり長い間、ふわふわと宙に浮いてる感覚に包まれていた。

 

 何も考えられない。見知った人の顔が幾つも入り乱れ、現れては消えを繰り返してたような気がする。

 

 やがて人の顔は見慣れた寝室の風景に取って代わった。

 

 夢か現か。分からない。意識はまだ混沌としている。

 

 白い天井が目に入っても、自分が目を覚ましたという現実感を感じなかった。

 

 柔らかな布団に沈んでる感触をはっきりと意識したのは、グリコの鼻唄が聴こえてきてからだった。

 

「ケロッ♪ ケロッ♪ ケロッ♪ たかっ・らかっ・にぃ〜♪ ちきゅう〜しんりゃ〜く〜せ・っよ〜♪」

 

 なんだその妙に脱力する唄は。

 

 頭痛がしそうで額に手を当てると、濡れタオルが載ってることに気付いた。一応看病らしきことをやってくれたらしい。

 

 熱は大分下がったようだ。身を起こしてもくらくら感は襲って来なかった。

 

 グリコのパタパタ慌しい足音が寝室の扉の向こうから聞こえる。

 

 ベッドの上に上体だけ起こしてしばらく意識が覚醒するのを待った。

 

「わひゃっ!」とか「うひっ!」とか怪しい叫び声が聞こえてくるのが非常に気になる。あいつ――何をしている?

 

 ベッドの脇にある机の上の目覚まし時計に目をやると、短針は既に10の位置を指し示していた。朝ではなく、夜の10時であることは窓の外の暗さから解かる。2時間程寝ていたようだ。

 

「あっ。朽木さん、起きたー?」

 

 寝室の扉が勢いよく開くと同時にグリコの声が響いた。

 

「具合はどう?」

 

 ずかずかと部屋の中に進みながら訊いてくる。俺が寝る前はお団子だった髪がポニーテールに変わっていた。

 

「ああ……大分良くなった。熱も下がったみたいだ」

 

「それはようござんした。でもまだ体は起こさない方がいいんじゃない?」

 

「ずっと横になってるのも退屈で苦痛だ」

 

「なに子供みたいなこと言ってんの」

 

 腰に手を当て、呆れ顔で言うグリコ。こいつに呆れられるとは、人として終わりかもしれない。

 

「市販の風邪薬は飲まないの?」

 

 机の上に目をやりながら訊いてくるグリコの言葉で、初めてそこに、しまっておいた薬箱が置かれていることに気付いた。

 

 中には風邪薬の類はない。それを確認した上での質問なのだろう。

 

「風邪はその時その時で症状が違うし、基本的に栄養と睡眠さえとれば治癒可能だ。栄養剤があればいい」

 

「薬学生のくせに薬に頼らないなんておっかしいのー」

 

「不要な薬物摂取を控えてるだけだ」

 

 昔から、父がよく言っていた。薬は毒でもあるのだと。人間は、人間が本来持っている治癒力をもっと信じるべきなのだと。

 

 製薬会社の社長らしからぬ発言にいつも苦笑させられていた。しかし脳に刷り込まれたその教えはそう簡単に消せるものではなく、きちんとこうして作用している。

 

「ふーん」

 

 気のない返事をしながら薬箱の上に置かれた、さっき買ってきた解熱剤の箱を手に取り、裏返すグリコ。

 

 『神薙製薬』の太文字が目に入った。

 

 ふと、そういえばグリコは、章が俺を「神薙先輩」と呼んだのを聞いても驚いた様子を見せなかったことを思い出した。

 

「グリコ……」

 

「ほい?」

 

 箱から目をこちらに移すグリコの瞳は特に何か聞きたげといった色はない。

 

 きょとんとした顔はやはりどこか小動物を思い出させる。あんなに無垢な瞳はしてないが。

 

 どちらかと言えば濁ってるだろうに、外見は無邪気を装える愛嬌を持ってるのだから怖い女だ。

 

「章から俺の中学時代のことを聞いたか?」

 

「あ、そのこと? うん、聞いた。でも章くん視点だから詳しいことは知らないけど」

 

 やはり聞いていたか。あまりこいつに知られたくはなかったんだが。

 

「神薙の名前も……」

 

「あの神薙グループの神薙なんだってね! 凄いね、朽木さん。やっぱタダの鬼畜じゃなかったんだね!」

 

 タダの鬼畜とはどんな鬼畜なのか。

 

「そのことはまだ拝島にも言ってない。……誰にも言うなよ」

 

「分かった。秘密の小箱にしまっとく」

 

 こくんと頷いて、解熱剤の箱を机の上に置く。それからグリコは「なんか飲み物持ってこようか?」と寝室を出て行った。

 

 飲み物、という言葉で急に喉の渇きを思い出す。喉の渇きを意識すると、今度は衝動的な咳が出てきた。「ゴホッゴホッ」などと背中を震わせてると、自分は今、絵に描いたような病人に違いない、となんだか笑えてくる。

 

「冷蔵庫にお茶があったから持ってきたよー」

 

 と、お茶を汲んでくるだけにしてはやけに時間をかけてグリコが戻ってきた。

 

 コップを受け取り、乾いた喉に冷たいお茶を注ぎ込んで潤す。咳も落ち着いた。しかしまた熱は上がってきたようで、頭がぼうっとなってきた。

 

「……神薙のこと、訊かないんだな」

 

 気付けばそんな言葉を口にしていた。

 

「ん?」

 

 不思議そうな顔をこちらに向けるグリコ。

 

「お前なら根掘り葉掘り訊いてくるかと思ってたんだが」

 

「ん〜。訊きたいのは山々なんだけど。朽木さん、今、病人だから。元気になったら訊きだそうと思ってた」

 

 猶予期間中だったのか。正直な奴だ。

 

「俺が話したくないと言ったら?」

 

「それはそれで別に構わないけど。妄想で補うから。すんごいドロドロな人間関係設定しちゃお♪ 複雑な家庭の事情は攻めキャラのステータスだもんねー」

 

 なんだそれは。こいつには遠慮というものがないのだろうか。

 

 ……いや、ないんだろうな。こいつにとっては何でもかんでも「ネタ」なのだ。周りが腫れ物にでも触るかのように避ける話題も、「そういう話」で片付けてしまうに違いない。

 

 他人事。それはそれ。自分さえ面白ければいい。いっそ清々しいくらいの自己中だ。

 

 不思議と心地良い。

 

「期待してるほどドロドロなものじゃない。よくある話だ。……俺の母親は昔、神薙グループ現会長の愛人だった」

 

 気付けば俺も、他人事のように話しだしていた。

 

「だが俺が生まれて間もなく神薙の正妻が身篭った。男児だと分かると、正妻は俺と俺の母を神薙家から追い出し、母は朽木――今の父と出会い、結婚した」

 

「……ふーん」

 

「朽木の父は優しくて誠実な人だ。夫婦仲円満。神薙家とは隔絶状態。なんの問題もない家庭で育ったよ、俺は」

 

「中学までは?」

 

「……そう。中学に上がるまではな」

 

 今でも思い出すと鳥肌が立つ。

 

 小学六年の冬。突然、家にやってきた黒い車。

 

 いかめしい顔の男が俺を見下ろした。何の感情も持たないような、冷たい目で。

 

『冬也だな』

 

 何故だかその時、怖いと思うと同時に、奇妙な繋がりを感じた。俺の中に、この男の一部分が確かにある。

 

「自分で言うのもなんだが、俺は小学時代、神童と呼ばれ、もてはやされていた。まぁ早い話が勉強ができたというわけだ。小中高レベルでは物足りず、いい気になって大学の専門書にまで手を出した。その結果、皮肉なことに神薙――俺の実父の目に留まった」

 

 

『冬也を神薙の人間にする』

 

 

 神薙と名乗った男はそう言って呆然とする俺の腕を取った。真っ青になって抗議する父と母。

 

 早熟していた俺は、その言葉が何を意味するのかを即座に理解した。

 

『おじさん誰だよ! 離せっ!』

 

『私はお前の父親だ。戸籍上は養親という形になるが、れっきとした実父だ』

 

 その時初めて聞かされた自分の出生。否定を求めて母を振り返ると、哀しげな顔で震えていた。

 

 大好きだった両親との間に修復しようもないヒビが入ったのはその時だった。

 

 

「神薙は突然家にやって来て、俺を連れさらった。俺はしばらく茫然自失状態で、気付いたときには神薙家の一室に軟禁されてたんだ」

 

 それでも、これは夢だと。

 

 父と母がきっと助けに来てくれると、信じていた。

 

 だが――

 

 

 それから神薙が指定する中学に入学させられるまで、俺は父と母の顔を見ることはなかった。

 

 

「俺は神薙家に養子として入り、神薙の姓となって中学に入れられた。章が俺を神薙先輩と呼ぶのはそういう訳だ」

 

 一息ついてお茶を飲む。

 

 ――――不思議だ。

 

 思い出すのも忌々しいあの時の出来事を、今何故グリコに語って聞かせてるのだろう。

 

 拝島にもまだ話せていないというのに。

 

 きっと――この風邪のせいだと、俺は思うことにした。熱に浮かされて、口が滑ってるだけなのだと。

 

 

「でも高校生になった時は朽木に戻ったんでしょ?」

 

 空になったコップを俺から取り上げてグリコは言った。

 

「それは俺の努力の賜物だな」

 

 自然と自嘲気味な笑みが浮かぶ。意図した訳ではないが、結果として荒くれた俺の所業が俺を朽木家へと連れ戻してくれた。

 

「突然神薙家に舞い戻ってきた俺を正妻が面白く思う筈がなく、さんざん嫌がらせされたよ。神薙も優しさとは無縁の男で、氷河地帯のような家だった。加えて将来のためのスパルタ的教育、当然ながら俺はやさぐれた。学校をサボり、がらの悪い連中と付き合い、毎晩夜の街をうろつくようになった」

 

 スリ、恐喝、悪いことは何でもやった。命ぎりぎりの喧嘩に明け暮れた。もう自分の人生などどうでもよかった。

 

 いくらでも言い寄ってくる、頭の軽そうな女も手当たり次第に抱いた。どいつもこいつも吐き気がした。

 

 そしてとうとう、踏み込んではいけない領域に片足を突っ込みそうになった。

 

 

『ニイチャン、クスリ、やってみるか?』

 

 夜の公園の入り口で煙草を吸っていた時。妙に馴れ馴れしい男にそう声をかけられた。

 

『なんだお前。殺されたくなかったらあっちに行きな』

 

『つれねぇなぁ〜。イヤなことはこれでぜぇ〜んぶぶっ飛ぶんだぜ?』

 

 興味がない訳ではなかった。それまで、手にする機会がなかっただけだ。

 

『ほらよ。それで買えるだけ寄越せ』

 

 つい今しがた気の弱そうな中年男から取り上げたばかりの財布をその男に放り投げて言った。

 

『へへっ。毎度アリ』

 

 男は薄ら笑いを浮かべながら白いケースをポケットから取り出した。

 

 それを受け取ろうと手を伸ばした時――

 

 

 突然、体が後ろに傾いた。

 

 

 一瞬後に、自分が襟首を掴まれ、後ろに引き倒されたと分かった。サツかと思って逃げようともがいた。だけど俺の体はあっさり地面に転がされ。

 

 顔を上げた公園の暗がりの中、一人の老人が俺を見下ろしていた。

 

 老人と分かったのは、肩口まで伸ばされた頭髪が暗闇の中にほの白く浮き上がっていたからだ。服装はよれよれで足に履いてるものは擦り切れたぼろいサンダル。

 

 警察じゃない――無様に横たわりながら、安堵する俺の目線まで、その老人は腰を落としてじっと俺の目を覗き込んだ。

 

『誰だよアンタ』

 

 俺の質問に老人は答えない。答えはないものの、想像はついた。

 

 ――ホームレスか。

 

 だが吸い込まれそうな深い瞳の奥は、人生の負け組とは思えない強い意志の光が見える。

 

 数秒の沈黙に俺が困惑しかけた時、ふっと老人の相好が崩れた。

 

 

『坊主。お前はまだ諦めちゃいねぇよ』

 

 

 

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