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Act. 7-8

<<<< 朽木side >>>>

 

 いい音が響き渡った。

 

 突き抜けるような爽快音。突っ込み役の思い切りの良さが表れている。

  

 こんな状況でなければ、小気味良い、と形容してもいい音だろう。

 

 俺の腕の中で、章が泣き震えている、こんな状況でなければ――

 

 

 ――そう。どう考えても今はそんな音が響いてよい場面ではない。

 

 

 

「なんてことするんだお前はっ!」

 

 俺は意味不明な威勢の良さでスリッパを握るグリコを殴ってやりたい衝動に駆られた。だが残念ながら腕の中には章がいる。

 

 身動きが取れずに怒鳴りつけてやった次の瞬間。信じられないことが起こった。


「うっさい! アンタはもっとたわけよこの勘違い野郎っ!」

 

 スパァ――ンッ!

 

 

 なっ。

 

 

 今、俺がスリッパで。

 

 スリッパで叩かれたっ!?

 

 

「自殺したら終わり。結局、誰かの重荷になって終わり。ただの死体になるだけで、何も取り戻せないじゃん! それでいいのっ!? 周囲にアイツはイタイ奴だった、なんて思い返されるのが本望なの!?」

 

「――っ!」

 

 章の目が開かれた。びくっと体が反応する。

 

「親の言いなりに生きて、自分のやりたいことが分からないままで、終わりにしていいの!? 大好きな先輩が教えてくれたんでしょ!? 自分らしい道を見つけろって! その気持ちを無下にするだけじゃんっ!」

 

「で……でも僕は……」

 

「諦めちゃダメだよ! 生きてれば必ず見つかるんだから! 大事な人も、やりたい事も、必ず見つかるんだから! 死んで楽しようなんてあたしは認めない! 諦める前に、もっと必死に足掻くんだよ!」

 

 

「っ!!」

 

 

 ハッとなった。

 

 今の言葉は、グリコの言葉か?

 

 おかしい。今、誰かを思い出しそうに……どこかで聞いたことのある言葉だ。

 

 

「自分の気持ちとしっかり向き合って! 大事な人は死んでも離さない! 踏んでも蹴られても傍にいるの! 自分のしたいように、とことんやってみて――諦めるのはそれからでも遅くないよ!」

 

 俺は知らず口をつぐんで見入っていたが、そんな余裕はすぐになくなった。怒気をはらんだグリコの顔が、今度は俺に向けられたからだ。

 

「朽木さんも朽木さんだよっ! 本心隠して、『飽きた』なんて言葉でごまかして! 章くんが納得するわけないじゃんっ!」

 

「っ!」

 

 あまりの剣幕に思わず身を引いてしまう。

 

「苦しかったんでしょ!? 傷付いて、それでも朽木さんに依存する章くんを見てられなかったんでしょ!? だから見え見えの嘘で章くんを突き放して――それだけ章くんのことを想ってたんでしょっ!?」

 

「お前に何が分かる!?」

 

「分かるよ! あたしは朽木さんのストーカーだもん! 朽木さんが章くんを想ってることくらい、顔見れば分かるよ!」

 

 こいつはなんでそんなことを言うんだ。

 

 カッと頭に血が昇った。

 

「俺が好きなのは拝島だけだ! 章に期待を持たせるようなことを言うなグリコ! 章の心の支えになってやれるのは俺じゃ――」

 

「好きって気持ちはひとつじゃないでしょ!? なんで分かんないの!」

 

「何を分かれって言うんだ!?」

 

「二人が離れる必要はないってことよ!」

 

「無理だ! 弟としか思えないのに――」

「弟みたいに大切なんでしょっ!? 言葉をすりかえるなっっ!!」

 

「っ!!」

 

 

 瞬間、頭の靄が晴れた。

 

 

 俺が章に抱いてた感情はなんだ? 拝島とは違う。だけど確かに感じてた。心が温かくなる何かを。

 

 

「章くんは、朽木さんの家族になったんだよっ! 章くんにとっても、朽木さんはたった一人の家族だった。無理に恋愛関係に持っていかなくたって、二人は一緒にいられた筈でしょ!? 誤ってエッチしちゃったくらい何だっての! 新しい関係を築くくらい、やってできないことじゃないっしょ!?」

 

 

 そうか――――

 

 今まで家族が大事なものだという意識はなかった。だから章をどう扱えばいいのか分からなかった。

 

 

 俺は、章に家族の温もりを感じてたのか――

 

 

「二人とも、バッカみたい! お互い必要なものを与え合ってたのに、独りよがりで苦しんでっ。相手がホントはどう思ってるかなんて、一度ケンカでもしたらすぐ分かることだよ。簡単じゃん!」

 

 こいつ――だから章を俺にけしかけたのか。

 

 俺と章の本音を引き出すために。俺が、本当は章をどう思っているかを言わせるために。

 

 子供じみた思慮の浅い作戦だが、結果として俺は自分の気持ちを言わされた。いや、章との口論でではなく、結局こいつに言わされた訳だが。

 

 

 俺は――いつも自分に自信がなさそうで、そのくせ明るく振舞おうと健気な笑顔を見せる章が――自分の弱さを知っているからこそ他者にどこまでも優しくなれる章が――――好きだった。大切だった。

 

 その優しさに触れるのが好きだった。その思いやりの心を見るのが好きだった。俺と同じ痛みを持ち、でも決して他者を罵ることなく努力しようとする章――守ってやりたい。力になってやりたいと思い、強くなって欲しいと願っていたのだ。

 

 

 このお節介焼きの腐女子め。こいつに教えられたのは癪だが、まぁ今回は認めてやろう。確かにお前は俺のストーカーだと。

 

 とはいえ――

 

 

「だからといってスリッパはないだろ!? 落ち込んでる章に鞭打つ真似をっ!」

 

「大丈夫! 愛の鞭だからっ!」

 

 相変わらずこいつの言動は訳が分からん。

 

「お前の歪んだ愛なんか章にいるかっ! 勝手に押し付けるなっ!」

 

 また熱が上がってきた。頭痛も酷くなってくる。忘れていたが、俺はついさっきまで高熱を出して寝込んでいたのだ。

 

 そんな俺の血圧をグリコは更に押し上げるようなことを言う。

 

 ふっと淋しげな顔で俯き、

 

「愛って一方通行なものなのよ……」

 

「……俺も今、お前に全っ力で愛を叩き込みたくなったぞ」

 

 太い血管が一、二本ぶちっといきそうだ。

 

 そろそろ本気でぶちのめそうかと思った矢先。

 

「――ぷっ」

 

 

 俺の腕の中で、章が肩を震わせた。

 

 

「くっ。くっ――あははははっ!」

 

 なんだ? 突然のことにポカンとなる。

 

 精神的に追い詰められたあまり発狂状態にでもなったのか?

 

「あはっ。あはははっ。バッカみたい……確かに。くくっ。ホントにそうだ! あははははっ!」

 

 俺が不安混じりに見つめる中、章は身を捩じらせて笑う。心底可笑しいという風に。

 

 先程とは違う涙を目に溜めながら、俺の腕から抜け出し、再び床に転がって笑い続けた。

 

「あははははっ!」

 

「章……?」

 

 これは、どうすればいいんだ? 止めた方がいいのか?

 

 そんな俺の心配をよそに、ひとしきり笑った後、ゆっくり身を起こしながら章は言った。

 

「はっ。はっ。ぼ、僕……そうだ。思い出したよ」

 

 目尻の笑い涙を指ですくい、俺を見上げた章の顔は、穏やかなものになっていた。

 

「先輩は憶えてないでしょ? 中ニの秋――成績が上がらなくて、僕は自殺まで考えて、屋上に昇ったんだ。そこにいたのが先輩だった」

 

 

『ここは今、俺の貸切だ』

 

 

 そう言って、俺は章がフェンスに近付くのを止めたという。

 

「死にそうな面でくんな、迷惑だ、そう言って先輩は僕を睨んだ。僕が屋上に来た理由を分かってるみたいだった。だから僕は、『もう消えてなくなりたいんです』って素直に話したんだ。そしたら先輩は――」

 

 

『諦める前にもっと足掻け』

 

 

「……憶えてないな」

 

「うん。言葉を交わしたのはその日だけだったから。でもその一言で、僕はもっと生きようと思った。あの日から、先輩は僕にとって特別な存在になったんだ」

 

 そうか。グリコの言葉に聞き覚えがあったのは、自分が言った言葉だったからなのか。

 

 あの頃は俺も必死に足掻いてた。他人に偉そうな口がきける立場じゃなかったろうに、我ながら気恥ずかしい台詞を言ったもんだ。

 

「先輩のおかげで生きてこれた。だから僕は先輩に焦がれてた。あの人の強さが欲しい。あの人みたいになりたいって――僕は、先輩になりたかったんだ。だから先輩の背中を追いかけてたのに」

 

「章……」

 

「なのに先輩と再会した時、きっとこれは恋だって思った。ごめんなさい、先輩――。僕は先輩と離れたくない一心で、恋人になろうとした。強くなりたいと思った自分を忘れて甘えてばかりいた。先輩の言葉を忘れてしまうなんて――本当に、僕って大馬鹿だ」

 

 俺の方こそ、途中から拝島とは別の大切な存在だとは感じたものの、最初は確かに拝島の代わりにしたというのに。相変わらず章は自分ばかりを責める。

 

 だが、それが章らしいというか。

 

「僕なんか誰かに期待されることも、誰かに必要とされることもないと思ってた。――でも、先輩は僕を大切にしてくれてたんだね。僕を家族だと思ってくれてたんだ。僕は少しでも先輩の支えになれてたのかな?」

 

「正直……俺も自分の気持ちがよく分からない。ただ――――お前が傍にいてくれるのは、心地良かった」

 

 それは本心から言えることだった。

 

「先輩……」

 

「守ってやりたいと思った。だけど俺にはそんな力はなくて……。すまん、章……。お前を支えてやれるのは俺じゃないと、お前から逃げるような真似を……」

 

 そうだ。俺は逃げていた。

 

 章を助けることができない自分から逃げていた。

 

「いいんです、先輩」

 

 章は優しい微笑を浮かべて俺を見た。

 

「僕が弱かったんです。本当の自分を見つめるのが怖かった。両親に与えられた道以外、何も持っていない自分を知るのが怖かった。だから精一杯努力してる気になって……。本当はずっと逃げてたんです。先輩を逃げ場所にしてた」

 

 優しい章。

 

 確かにその心は弱いかもしれない。

 

 だけど、全てを受け入れる強さ――自分の弱さを認める強さをこいつは持っている。

 

「ありがとう先輩――僕、先輩が見守ってくれてたから、今までどうにか自分を保ってこれた。でもこれからは――」

 

 章はいつのまにか立ち上がっていた。

 

 全身を覆っていた翳りは消え、瞳に意志の光が宿っていた。

 

「今の僕には、先輩の弟である資格はないです。先輩に頼りきって、自分の力で立ってなかった。僕――もっと一人で足掻いてみます。自分の道をみつけて、自分に恥じない自分になれるよう、頑張ってみます」

 

 つられて立ち上がった俺に真っ直ぐ視線をぶつけてくる。今まで見たことない程の強い生命力を漂わせ、章はそこに、一人の男として立っていた。

 

 人間はこうも突然変われるものなのかと驚きを感じずにはいられない。

 

 一時的なものなのかもしれない。だがきっともう、章は大丈夫だと、この先幾度躓いても自分で立ち上がれるだろうと、思わせる何かを章は纏っていた。

 

「そうか……頑張れよ」

 

 何故だか少し淋しく感じる。

 

 嬉しさと共に、逆に置いていかれたような、複雑な気持ちが湧きあがってくる。

 

 だがその後、少し頬を赤らめて、上目遣いに俺を見る章は、いつもの章に戻っていて。

 

「でも……やっぱりどうしても先輩に会いたくなった時は……また、会いに来てもいいですか?」

 

 思わず口元が綻んだ。

 

「ああ、たまにならな」

 

 はにかむように微笑む章。

 

 俺もまた、章の姿を見守っていきたい。

 

 これから章が選ぶ道を、近くで見てみたいという気持ちすらあった。

 

 だが、お互いの傷は深く、自然と隣に立てるようになるには、もう少し、時間が必要だろう。

 

 しばしの別れ――

 

 しかし次に会った時には、笑顔で話せるようになってるだろうと思える別れ。

 

 きっともう章を見て、痛みを感じることはない。

 

 互いに笑みを浮かべながら、章と視線を交わした。

 

 じっとお互いの目を見つめ、新しい関係を築いていく意志を確認しあった。

 

 穏やかな気持ちになれていた。

 

 ――そのムードをぶち壊しにするグリコの声が耳に届くまでは。

 

 

「うわ。くっさぁ〜。なんか安っぽい青春ドラマみたい」

 

 

「いっぺん死んでみるかお前はっ!!」

 

 カ――――ンッ!!

 

 どこからフライパンを取り出したとか、ありきたりな突っ込みは無しだ。いつでもグリコを殴れる準備はしてある。俺もこいつとの付き合いの中で色々と学んでるのだ。

 

 ともかく俺の渾身の一撃で、台無しスキルを常時発動させる腐女子は床に沈んだ。

 

 まったく、なんてはた迷惑な特殊能力だ。

 

 だが胸がすっとすると同時に、俺の体も床に沈んでいた。視界がぐにゃりと歪む。

 

 いい加減体力の限界にきてたわけだと理解しながら、薄れていく意識の中で。

 

 

 スリッパのお返しをしてやったぞざまぁみろ、と、奇妙な満足感に浸っていた――

 

 

 

 

グリコ・・・・・・・よく言ってくれた!!

あまりの青春クサさに冷や汗もんの作者。グリコの最後のセリフを魂込めて書きました。

思った以上にクサくなっちゃってお恥ずかしい・・・。(汗)

 

さて。次回の腐敵なんですが。

GWの長期休暇を挟ませていただきます。

次の更新日は5/10(土)です。二週間も間をあけてしまって申し訳ありませんがよろしくお願いします。m(_ _)m

長々と週一更新でやらせてもらってすみません。

6月からはまた週2−3回更新でいけると思います。

ちなみに次回の内容を少し予告しますと、「朽木、グリコに過去を語る」です。

それでは皆さん、よいGWを!

また5月10日にお会いしましょう☆

 

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