Act. 7-5
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最近見つけたお気に入りの喫茶店。
マホガニーのアンティークなテーブルと椅子が並ぶ店内はちょっと古風な隠れ家風。
卵色の壁にはこれがここの特色なんだけど、所狭しと猫の写真が飾ってある。
各テーブルの上にも小さな陶器製の猫の置物が飾ってあり、マスターの猫好きが窺える。
茶器にまで猫のワンポイントが入ってる徹底ぶりは天晴れの一言に尽きるこの店、その名も『猫屋敷』にて、紅茶を飲みながら章くんの話に耳を傾けた。
「神薙先輩は、中学時代のひとつ上の先輩だったんだ」
章くんはティーカップの中に目を落としながらポツポツと話し始めた。
「僕が入学した時にはもうかなりの有名人で……一目見て納得したよ。険のある鋭い瞳、誰も寄せ付けようとしない刺々しい雰囲気――。でも、目を惹きつけられずにはいられないオーラがあって、誰よりも圧倒的な存在感を放ってたんだ」
へーそうなんだ。今の朽木さんにはそこまで刺々しい雰囲気はない。人を寄せ付けない壁は作ってるけど、それは巧妙に笑顔で隠してる。
「小学時代は神童とも呼ばれてたらしいよ。常に成績はトップ。スポーツも万能で、先輩にできないことなんてひとつもなかった」
ちりりんと涼やかな鈴の音が響く。新たな来客の知らせ。
「加えて神薙グループの跡継ぎって噂されてたからね。誰でも先輩に憧れた。少しでもお近づきになりたいと思った。僕もその中の一人だよ」
「神薙グループ? あの旧財閥ですんごい大企業の!?」
「そう。輝かしい将来が約束された人だったんだ。余りある才能がそれを証明してた。あの頃の先輩は僕なんて全然手の届かない人だったんだよ」
あんぐり開いた口がしばらく塞がらなかった。
朽木さんが神薙グループの跡継ぎ……そこまですごい人だとは思わなかった。
「でも今は朽木、なんだよね」
「風の噂に聞いた話だと、高校ではもう朽木姓を名乗ってたらしいよ。色々と謎の多い人だから、僕もよくは分からないんだけど……。僕の中学は上流階級の子が集まる名門校で、大学までエスカレータ式だったんだけど、先輩は別の高校に行ったんだ」
姓を変えて、別の高校に移る――まるで人生をやり直したみたい。
「高校時代の先輩がどんな風だったかは知らない。僕はただ漠然と憧れてただけで。遠くに行ってしまった先輩のことを追いかけてく勇気なんてなかった……」
強い憧れ。眩しい存在。強烈な印象を心に残して消えた朽木さん。
懐かしそうに回顧する章くんの瞳は、だけど不意に暗い影に覆われた。
「僕の父さんは弁護士でね。子供の頃から、お前もいつか法廷に立つようになりなさい、弁護士を目指しなさい、って言われて育ったんだ」
「へー。弁護士か。凄いね〜」
「僕は一人っ子だったから、両親の期待を一身に背負ってた。でも、僕の成績はなかなか上がらなくて……苦しかった。両親の期待に応えられない自分が悔しくて、恥ずかしくて……お前は気が弱すぎるって、何度父さんに叱咤されたか分からない。神薙先輩は、僕の欲しいものを全て持っていたんだ」
なるほど。朽木さんに憧れるわけだ。
謙虚さなんてカケラもないもんね、朽木さん。
「あんな風になれたらいいなって、思うのと、あの人と少しでもいいからお話してみたい、って思うのとで、先輩への憧れは、先輩が卒業してからもますます強くなって……ずっと……ずっと、会いたかった。それが、去年の秋、叶った時は本当に嬉しかったよ」
再び幸せそうに目を細める章くん。
朽木さんがどれだけ章くんにとって特別な存在だったかが窺える。
「偶然街で先輩を見かけて、思わず声をかけてた。相変わらず眩しくて、周囲の景色が霞んで見えたよ。僕なんかが先輩に声をかけるなんて、恐れ多いことだと思ったけど……声をかけずにはいられなかったんだ」
先輩の傍にいたい。
なんとかお近付きになりたい。
あんなに何かを強く求めたことはなかった――章くんはティーカップの赤い液体を見つめながらそう呟いた。
「その時、初めて自分の気持ちに気付いたんだ」
「朽木……神薙先輩を、好きだって?」
「うん」
頬を微かに赤く染めて、章くんは頷いた。
確かに強い憧れは、時として恋心に変わる。章くんはまさしくそれだったのだろう。
「久しぶりに会った先輩は、中学時代より随分丸くなってた。最初は僕のこと胡散臭そうにしてたし、中学時代の話をするとあからさまに嫌そうな顔してたけど――僕の話を聞いてくれて。傍らに、僕の居場所を作ってくれた」
ちりりん。
今度は客が店内から出て行くと同時に鈴の音が響いた。
「嬉しかった。僕はもう、何処にも居場所がなかったから。一流私立や国公立大学の受験に失敗して、なんとか二流私立大学の法学部に受かったけど。父さんも母さんも落胆して……」
『もう、章の学力では弁護士は無理だろう。せめて行政書士の資格でも取れれば……』
『とりあえず公務員試験は受けなさい、章』
『しばらく私の事務所で働きながら資格を取る勉強をすればいい。弁護士でなくても法廷には立てるしな』
ため息と共に自分の将来の相談をする両親。
その姿を見る毎日は辛いものだった。
弁護士はもう無理だろう――
重すぎた親の期待。
応えられなかったと思った時、章くんはどれほど自分を責めただろうか。
「そんな僕に、先輩は優しくしてくれた。無理はするな、って。章は章の思うように生きればいい、って言ってくれたんだ……。だから僕は、頑張って公務員になろうと。せめて父さんの仕事を手伝えるくらいにはなろうと……。先輩のおかげでそう思えるようになったんだ」
へ?
目が点になる。
朽木さんは、そういう頑張りを期待したわけじゃあないんじゃないかな。
だって、どう考えたって章くんは……。
「先輩が傍にいてくれたから頑張ってこれたんだ。失った信頼も、先輩が勇気付けてくれれば取り戻せるって思ってた。だけど、そんなの僕のひとりよがりで……僕の身勝手なお願い、なんだよね」
自嘲気味に口元を歪ませる章くん。
「先輩が本気で僕を愛してるわけじゃないのは、なんとなく気付いてた。先輩の心には、もうあの人が住んでいたんだ。分かってた。僕に振り向いてくれなくてもいいと思ってた。僕はただ――先輩の、傍にいたかったんだ」
ぽとり
ひとしずくの涙が、頬を伝って手の甲に落ちた。
「先輩が僕を負担に思うのも当然だよ。僕は自分の都合だけで先輩に気持ちを押し付けて、先輩に何かしてあげれるわけじゃない。そのうえ先輩の恋路の邪魔になるばかりで、素直に身をひくことすらできないんだ」
章くんの指先が震え出す。溢れた涙が次々にテーブルを濡らしていった。
「――そうだよ。仕方ないことなのに。先輩が本当に好きな人はあの人なんだから、僕と別れるのは当然なことなのに。分かってるんだ。僕が納得すればいい話なのは、分かってるんだよ。でも、どうしても……」
「いやいやいやいや」
そこであたしは章くんの言葉を遮った。
「納得いくわけないよソレは。なに物分りいい子になろうとしてんの?」
へ? ってカンジでキョトンとした顔が正面を向く。
なんだろう。なんか、もやもやしてきた。
章くんにも、朽木さんにも。
「章くん、朽木さんをボコにしてもいいくらいのコトされたんだよ? このまま引き下がっていいの? 一発殴ってしかるべきじゃないの?」
自分でもよく分からないけど、物騒なセリフが飛び出してきた。
ああ、なんだコレ。無性にイライラする。
分かってない。二人共、お互いの気持ちを伝え合ってない。そんな言葉が頭に響いた。
「僕が、先輩を? そんなっ。先輩はちっとも悪くないのに。僕が勝手に先輩を――」
「なぁ〜〜に言ってんの! ベッドインは連帯責任だよっ!!」
思いのほか大きな声が出た。ぎょっとなった章くんが周囲を見回す。
「そ、そんな大きな声で」
「しゃらぁ〜っぷ! 行くよっ、章くん!」
「え?」
再び章くんの顔がこちらに向けられる。その時にはもうあたしは席を立ち上がっていた。
「行くって、どこに?」
当惑した顔でつられて腰を浮かす章くん。でも腰は半ばで止まり、躊躇の気配が伝わってくる。
ああ〜〜もう。どこまで自分を押し殺してんのこのヒト。
章くんが良くてもあたしは気が済まない。
章くんが納得してないから気が済まない。
あたしは章くんの腕をぎゅっと掴んだ。
強引? それはあたしの専売特許!
「朽木さんに、一発かましに行くよっ!!」
ふと気付けば NEWVEL ランキング、ラブコメ部門で9位に入ってました!ビックリです!
なんだか影ながら応援してくださってる方は多いのだな〜と感謝感激しています。
いつも読んでくださってる方。
投票やポチしてくださってる方。
そして評価感想、レビューをくださった方。
本当にどうもありがとうございます。m(_ _)m
もう少し余裕ができたら読者リクエストに答える、という遊びもやってみたいんですけどね。
「腐敵」の短編番外編を読みたいとか、
(例えばグリコと朽木のカットしちゃった夏休み期間デート編とか)、
たまには爽やか恋愛モノを書いて欲しい!とか。
まぁ、そういうリクエストにも・・・・いずれ答えていきたいと思います。
なんかリクエストある方は、卯月にこの「なろう!」でメッセを送るか、iらんどHPの掲示板に書き込んでください。
ではでは。ども、みなさん、愛してます!(> <)
ちゅ☆