Act. 7-4
<<<< 栗子side >>>>
地面に倒れ伏した朽木さんの愛人くん。
隙ありっ! このチャンス、逃すわけにはいかない。
男の人にしては薄めの背にすかさず乗っかる。スカートがタイトなので馬乗りはさすがに厳しい。ぱんつ見えてるかも。
「ぐぁっ!」
正座を崩したような恰好で座ると、なんか失礼な呻き声があがった。
「そんなに重い? ダイエットしようかな」
こないだ拝島さんに乗っかった時も苦しそうな顔してたし。乙女ゴコロが傷つくぞ。
苦しげな表情の愛人くんは上体を少し捻ってあたしを怯えた目で見つめる。
「だ、誰なのキミ……?」
「ふふっ。よくぞ聞いてくれました!」
あたしは腰に手を当て胸を張って言った。
「ある時はイケメンハンター、またある時はファーストフードの店員さん、しかしてその実体は――――愛の腐女子、キューティーグリコさ!」
ビシィィィ――ッッ!!
「…………」
「…………」
……………………。
しぃ〜〜〜〜〜〜ん…………
いかん……寒すぎた。ポーズまでつけるんじゃなかった。高々と上げた手が寂しい。
「え……っと。その、キューティー……グリコさん? が、僕に何の用なんですか?」
いい人だっ! このヒトいい人だっ!!
今、好感度が1上がったよ!
「えっと、あたしがアナタを止めた理由は分かるよね? ナイフなんて持っちゃって穏やかじゃないし」
言うと、愛人くんは顔色を失って目を逸らした。
「さっきまでアナタが付け狙ってた彼は、アナタの大切な人の想い人だってのも分かってるよね?」
その言葉を聞いた途端、驚いた顔が再びあたしと目を合わせた。
「キミ……僕と神薙先輩のコト知ってるの……?」
ん?
一瞬目が点になる。
神薙先輩? 誰だソレ。
「あれ? アナタ、朽木さんの彼氏じゃないの?」
「朽木……あ、そうか。キミはそっちの名前しか知らないんだね。そうだよ、朽木さんって人のこと」
え? どういうこと?
まるで朽木さんが二つ名前を持ってるみたいな言い方だ。
「ごめん……どいてくれる? さすがに重いよ」
「女に『重い』は禁句じゃいっ! それにまた逃げるかもしれないから却下」
「もう逃げないから。それに……」
彼は言いにくそうに頬を赤らめて目を逸らす。
「ぱんつ、見えてるよ」
…………。やっぱり?
あたしは無言で彼の背から降りた。真昼に知られたら「もっと女の慎みを持ちなよ」とか説教を食らいそうだ。
あたしが降りると愛人くんはよろよろと立ち上がり、体の埃を払った。確かにもう逃げようとする様子はない。
同じく立ち上がったあたしの顔を真正面に捉えた顔はやっぱりとってもカッコよかった。
ちょっと線が細すぎるのであたしの趣味じゃないけど。カッコ可愛い顔立ち。
「あたし、桑名栗子。みんなにはグリコって呼ばれてる。アナタの名前は?」
彼は少し躊躇いがちに、ゆっくり言葉を吐き出した。
「……沢渡章」
ほーほー。アキラくんか。これまたBLが似合うお名前で。
「章くんは、朽木さん……神薙先輩と付き合ってるんでしょ?」
訊くと、章くんは苦しそうに顔を歪めて俯く。
「前はね。……今はもう……」
「別れたの?」
「飽きた、って、言われたよ」
どひゃぁぁぁ〜〜〜〜っ!
なんて鬼畜な台詞を言うんだ朽木さん!
いや、すんごく『らしい』けど。
「そっか。それで拝島さんを?」
「ごめん……僕、どうかしてたんだ。あの人が先輩を僕から奪ったんだ、って、思ったら……頭が真っ白になって……」
「いやいやそれは仕方ないわよ。そんだけ朽木さんを好きってことなんでしょ? 理性が吹っ飛んじゃったんだよね?」
ぽろっ
不意に彼の目に涙が溢れた。
「これでもう……完全に、先輩に嫌われた……」
うひゃっ。あたしが泣かせたみたいじゃん!
「そそ、そんなことはないって! あたし、まだ章くんのこと朽木さんに話してないし! それにホラ、どう考えても悪いのはあの冷徹男の方でしょ!?」
なんか焦っちゃって早口になるあたし。なんであたしが慰め役やってんだ? 恐るべしカワイコちゃんオーラ!
「冷徹……? 先輩はとっても僕に優しかったよ。あんなに優しくしてもらったのに僕は……」
冷徹なのはあたしにだけかいっ。
ちょっと不愉快だぞ朽木さん。
頭の中で朽木さんにキックを食らわせる。
まぁそれはともかく。こんな未練たらたらな彼は放っておいたらまた拝島さんをストーキングしそうだし。
あたしにできること、してみるか。
章くんの手を取り、言ってみる。
「……良かったら、話、聞こっか? ホラ、話すだけでも胸のつかえが取れるってこと、あるでしょ?」
にっこり笑って。スペシャル栗子スマイル。
この人は、あたしの店のお客様でもあるもんね。
お客様は、神様ですから!
「僕を警察に突き出すとかしないの……?」
「そんなメンドイことはもうコリゴリ……じゃない、まだなんにも罪を犯してないっしょ? あたし、この辺でいい喫茶店知ってるの! 美味しいケーキでも食べながら話そうよ!」
章くんの手をぐいっと引っ張って一歩歩き出すと、戸惑いを浮かべた瞳があたしに向けられた。
「キミはなんでそこまで……? キミ、先輩の何なの?」
問われて一瞬キョトンとしちゃったけど。
ふふん♪
自然と口元が綻ぶ。
あたしが朽木さんの何だって?
そんなのは決まってる。
「ストーカー、だよ!」