Act. 7-3
<<<< 栗子side >>>>
バイトを始めて二週間。大分接客業も板についてきた。
何があっても笑顔を崩さず。
さりげなく追加注文を促すテク。
氷は多めでポテトは少なめ。
お客様は神様です。
最後のひとつは店長が耳元で毎日千回くらい唱えてくるので一応心に刻んでおいてあげた。
そしてその日も問題なく労働に励んでいた。
「おねーさんスマイル百個お持ち帰りでおねが〜い。もちろんタダだよね?」
なにやら調子こいてる中学生のガキが、カウンターの向こうにニヤニヤ笑いながら突っ立ってても。
笑顔は崩しません。プロですから。
あくまで笑顔。スペシャル栗子スマイルで。
「お帰りはあちらでございます♪」
カウンター飛び越えてのドロップキック。
胸板にめりっとヒールが食い込んだ。
「ぐふっ!」
「スマイルのおかわりはいかがですか?」
床に倒れた中坊の腹にどかっと足を乗せ、ぐりぐりしながらも。笑顔は崩しません。プロですから。
「ひっ、ひぃぃ〜〜〜〜っ!」
「またのご来店お待ちしてま〜す♪」
泣きながら走り去ってく少年を笑顔で見送る。カンペキな対応。うん、プロっぽい。
お客様は神様ですから。
ガァー
店の自動扉が開き、次なるお客さんが入ってくる。トレイを拭いてる手を止め、定位置についてお出迎え。
「いらっしゃいませ〜」
入ってきたのは拝島さんだった。あれ? いつもセットの朽木さんがいない。拝島さん一人だ。
「拝島さんいらっしゃーい。今日は朽木さんは一緒じゃないんですか?」
カウンターまでやって来た拝島さんに尋ねる。どことなく淋しそう。一人で夕食って淋しいもんね。
「うん、朽木、風邪でお休みなんだよ」
「ありゃ。朽木さんでも風邪になるんですね」
重病に侵されてるならイメージつくけど、風邪なんかにかかるようには見えなかったので意外だ。ほら、美形に吐血はつきものでしょ?
「朽木は普段丈夫だから、その分たまにひいた時がひどいんだ。高熱でふらふららしいよ」
高熱でふらふらな朽木さん! そ、それは見てみたい!
でも押しかけてったら間違いなく怒るな。
と、あたしの心を読んだのか、
「栗子ちゃん、お見舞いに行ったげてよ」
拝島さんたら悪魔の誘惑。
「あれ? 拝島さんは?」
「俺も今日はバイトだから……。でも栗子ちゃんが行けば、朽木もきっと元気になるよ」
いやいや、それはない。
むしろ熱が上がってぶっ倒れちゃうかも。
しかし拝島さん、発言が微妙に誤解を含んでるんだよなぁ〜。朽木さんがあたしに好意を持ってるみたいに聞こえる。
拝島さん一人がお見舞いに行った方が断然喜ぶに決まってるのに。
「バイトの帰りにちょっと寄ってみますよ。拝島さんも明日にでもお見舞いに行ったげた方がいいですよ。友達なのに見舞いにも来なかったーとか、ねちねち言われるかもしれないですよ、後で」
さりげなく根回しをしてあげるキューピッドなあたし。感謝してちょーだいよ朽木さん。
「あはは、それはないと思うけど、時間があいたら行ってみるよ」
風邪イベントかぁ〜。
熱に浮かされて告白する朽木さん。欲望を抑えきれず拝島さんをベッドに押し倒す。最初は戸惑いながらも朽木さんの情熱に押される拝島さんは最後には全てを受け入れてしまう……そんなシチュエーションはどうよ? どうよ?
うひゃぁ〜〜〜〜。よ、良すぎるっ。
「じゃあ照り焼きセットひとつ頼むよ」
「あ、はいはい」
無邪気な拝島さんの声で白昼夢から連れ戻された。でもなかなかステキな妄想だったから、ネタ帳に入れておこう。
注文の品全てを載せたトレイを持って、空いてる席に向かう拝島さん。
間髪入れず店の自動扉が開き、次のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃ……」
思わず口が固まる。そこにいたのはこの前も来た茶髪ねこ毛青年だったのだ。
「コーヒーひとつください」
今日もこの間と変わらず暗い顔。心なしか更にやつれたように見える。
なんか病気じみてるけど大丈夫かな、この人。鬱の縦線を背中にしょってるよ。
彼――朽木さんの愛人くんは、拝島さんの背中に向かうように数席離れた場所に座る。
拝島さんを観察してるのは間違いない。どんよりとした瞳でその背中を睨みつけてる。
ちょっと――やばい雰囲気。
そういえば、朽木さんに彼のこと話すの忘れてた。こないだは頭がチャーハンでいっぱいになっちゃったし。
だってすんごく美味しかったのよ〜あのカニチャーハン。カニの旨みがしっかり染み込んでて、さらにホタテのエキスがたっぷり詰まった塩あんかけがかかってて最高に――――って、そうじゃなくてっ!
今はこの状況をどうするかが問題なのだっ!
あんな状態の彼を放置しててもいいものか。
拝島さんの前で朽木さんと彼が修羅場を演じたら、朽木さんがゲイだってバレちゃうだろう。それは困る。拝島さんと朽木さんの仲が危うくなる。
ましてや今日は拝島さん一人。ドラマでもよくあるじゃない? 愛人が正妻に会いに行って、「私、あの人との子供ができたのよ。彼と新しい家庭を築くんだから、あなたは別れて!」なんて宣戦布告するシーン。
あの彼から漂う雰囲気はまさにそんな感じ。
なんとか彼が拝島さんに接触を図る前に捕獲しておかなきゃ。
とか考えてると、食事の終わった拝島さんがトレイを持って席を立ち上がった。
「じゃ、俺、一旦大学に戻るから。また来るね、栗子ちゃん」
拝島さんは手を振りながらそう言って店の扉をくぐっていく。
拝島さんが店の外に出て行くと、ほとんど間を置かず愛人くんが立ち上がる。カップをゴミ箱に捨て、店を出てごく自然に拝島さんの歩いて行った方角に向かう。
やっぱり。タイミングは合わせたようにピッタリだ。
どうしよう。今はバイト中だけど――このまま放ってはおけない!
「店長! あたし、風邪ひいたみたいなんで早退します!」
言うなりあたしはカウンターの外に駆け出した。
「風邪!? その元気そうな様子のどの辺が風邪なんだね!?」
「いやもうふらふらで立ってられなくって。このまま走って帰りまーす!」
「なんか色々と矛盾してるぞぉぉっっ!?」
しなびた中年の叫びなんかに構ってられない。全速力で愛人くんの後を追う。制服のタイトスカートとハイヒールのままなので走りづらいったらありゃしない。けど程なく彼の姿を発見することができた。
信号待ちで止まってる拝島さんから少し離れたところ、建物の間の細い路地に隠れて、拝島さんの様子を窺ってるのが時折覗く茶色い頭でわかる。
細い路地とは好都合。
信号が青に変わり、拝島さんが歩き出す。射るような眼差しを拝島さんに向けた彼も路地から一歩身を乗り出す。
そこにあたしが体当たりをかまして押し戻した。
「わっ!」
全力で飛び掛ったのでもつれるように倒れこむ。チャリン、と音がした。
顔を上げ、それを見る。細い路地にも射し込む夕陽が反射し、オレンジに染まる金属面。
ぶつかった拍子に零れたのだろう。頭からすっと血の気が引いた。
――――ナイフ。
なんでそんな物がここに、なんて疑問は愚問だ。路地の奥で尻餅ついてる彼がはっと上げた顔の色で分かる。
彼が慌てて手を伸ばすよりも先にナイフを取り上げた。あたしの行動の方が僅かに早かったのだ。
「これで拝島さんをどうするつもり!?」
キッと睨みながら言った。
みるみる彼の顔が青ざめていく。
その次の行動は予測してしかるべきだった。弾かれたように立ち上がり、あたしに背を向けて走り出す彼。
――逃がしてなるものか!
危ないからナイフを地面に投げ捨てる。それから地を蹴り、路地の向こうに逃げようとする後ろ姿に渾身のタックルをかます。
「わわっ!」
あたしの腕は見事に彼の足を捕らえた。がっぷり両脚に組み付く。バランスを崩す彼。勢い余って前のめりになり――
べしゃっ!
ギャグ漫画のように顔面から地面にこんにちは。
シリアスムードなのにごめんちゃい。
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本当に、いつも応援ありがとうございます。
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