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Act. 7-1 とんでも腐敵な恋の修羅場!

<<<< 朽木side >>>>

 

「ん〜〜〜〜っ。やっぱ山の空気は美味しいね」

 

 周囲の景色が山と空しかない小さなレストハウスの駐車場に着き、車から降りるなり、拝島が気持ち良さそうな伸びをしながら言った。

 

「そうだな」

 

 俺も助手席から降り、ゆっくりと空気を味わってから答える。

 

 山の色は夏の濃い緑から徐々に黄色へと変化してるところだった。まだ十月。紅葉はこれからが本番だ。

 

 拝島は緑の屋根のレストハウスを一瞥し、

 

「コーヒーでも飲む?」

 

 と俺に向き直って誘った。

 

「ん……今はコーヒーよりお茶の気分だな」

 

「そうなの? 朽木ってコーヒーしか飲まないかと思ってた」

 

「せっかくの空気だし。コーヒーの香りで山の匂いが分からなくなるとつまらないだろ」

 

「あはは。朽木って結構ロマンチストだよね」

 

 何故それがロマンチストになるんだ?

 

 わけが分からず返事に窮する俺を尻目に、拝島はレストハウスの入り口に向かって行った。

 

 山の冷たい風が首筋を撫で、急激に温かいものを飲みたくなった俺も後に続いて小屋に入る。

 

 それから俺と拝島は閑散とした食堂で各自飲み物を注文し、カップを手に、窓際の日当たりの良いテーブル席に座った。

 

 今日は陽射しの柔らかい秋らしい晴天だ。

 

 紅茶を一口含み、外の景色に目を向けていると、拝島がいつのまにかじっと俺を見つめていることに気付いた。

 

「なんだ? 何か俺の顔についてるか?」

 

 拝島に見つめられると少し照れる。

 

「んー。朽木、ここんところ塞いでたからさ。でも今日は少し顔色良くなったみたいだね」

 

「塞いでた? そんな顔してたのか?」

 

「うん、なんだかね。朽木ってそういうの、あんまり顔に出さないから分かりにくいんだけどさ。……何かあった?」

 

「………………」

 

「言いにくいことだったらいいんだよ。事情は人それぞれだし。俺、朽木が話してくれるの、いつまでも待つからさ。でも、心配するくらいはさせてもらってもいいだろ?」

 

「拝島……」

 

 優しく見つめてくる瞳。

 

 こいつほど山の空気に近い男はいないと思う。全てを包み込み、浄化してくれそうな清らかさと温かさ。

 

「……昨日、両親に会いに、実家に戻ったんだ」

 

 カップから薄っすらと昇る蒸気に目を落としながら呟いた。

 

「………………」

 

「以前言った、義理の父と母に会って……それから、実父に会った」

 

 拝島には、朽木の父と俺の間に血の繋がりがないことは言ってあった。実父が神薙グループの会長であることはまだ言ってないが、俺が小さい頃、母が俺を連れて神薙の元を去り、父と結婚したのは知っている。

 

 再婚ではない。

 

 母は――――神薙の、愛人だった。

 

 

「俺を引き取りたいんだそうだ。もちろん即座に断ったけどな。……まぁ、それだけのことだよ」

 

「そ、っか……」

 

 拝島の表情に翳りが生まれる。俺は拝島のこんな顔をあまり見たくない。

 

「大したことじゃないんだ。少し驚いただけで。気にしないでくれ」

 

「ん。分かってるよ。俺がどうこう言っても朽木が置かれてる状況は変わらないし。きっと、何もできない……」

 

「できないことはない。こうして一緒に居てくれるだけで……」

 

 思わず口を滑らせてぎくっと体が強張った。

 

 その後の言葉を慌てて飲み込む。

 

 やばい。こんなところで告白してしまうところだった。

 

 今、拝島を失うわけにはいかない。

 

「そうだね。俺にできることは、こうして一緒に、山の空気を吸いに行くことくらいだけど……」

 

 拝島に気付いた様子はない。ほっと安堵の息をつく。

 

「でもさ、もし少しでも心が軽くなるなら、何でも話してくれよ? 俺だけじゃない。高地でも、栗子ちゃんでも――みんな、きっと朽木の力になってくれるよ」

 

 ぐっ

 

 誤魔化すために飲み込んだ紅茶を喉につまらせる。

 

 なんでそこでグリコが出るんだ? 高地はともかくとして。

 

「今、グリコの名前は聞きたくない」

 

 俺は不機嫌を隠し切れずにぶすっと言った。

 

「え? なんで?」

 

 拝島が目をぱちくりさせる。

 

「あいつのおかげで携帯が壊れた」

 

 俺は昨日の出来事を脳裏に描きながら、再び湧き上がる怒りを抑えつつ言った。

 

 まったく、今思い出しても腹の立つ――

 

 

 昨日、緊迫した空気を保ったまま神薙夫妻との重苦しい会合は終わった。

 

 ホテルのロビーで別れ、父と母を実家に車で送った俺はとりあえず急場を凌いだことにほっとしつつ、胸ポケットに収めていた携帯を開いた。

 

 そこで受信したメールをまだ開封してなかったことを思い出し、案の定グリコからだったメールを開いたのだが――

 

 その時展開された画像は忘れようにも忘れられない。

 

 筋骨隆々、海パン一丁姿の黒人男性。ぐっと上腕二頭筋を見せ付けるポージングで白い歯を光らせてウィンクしてたのだ。 

 

『本文:たまには洋モノなんてどう?』

 

 

「なにが『どう?』だぁぁ――――っ!!」

 

 バキッ

 

 その瞬間、怒りのあまりに力を篭めすぎた携帯は呆気なく昇天した。軋んだ音を立て再起不能となったのだ。

 

 まったく忌々しい。

 

 あんなメールをまるでお守りのように後生大事に握っていたなんて、まるっきり阿呆みたいじゃないか。

 

 たまにはマシなモンを寄越してきたと思って気を許したらこれだ――。

 

 今度会ったら首を締め上げて泥沼にでも放り込んでやらんと気がすまん。

 

「えっ。な、なに? どうしたの?」

 

 拝島の少し怯えた声にはっと気付いて顔を上げた。

 

 しまった。今の叫び、声に出てしまってたか。

 

「あ……いや、何でもない」

 

 即座に顔を取り繕う。拝島は驚きの表情を可笑しそうな笑顔に変えた。

 

「あははは。なんか、大体想像つくけど。栗子ちゃんのこと思い出してたんだろ?」

 

「だから思い出したくないからその名前は口にしないでくれ」

 

「ぷっ……朽木、凄い顔。まったく栗子ちゃんは朽木の元気の素だね」

 

「そういう誤解もやめてくれっ!」

 

 

 妙に必死に叫んでた。

 

 

 

<<<< 栗子side >>>>

 

「いっらしゃいませ〜」

 

 スマイル0円。スマイル0円。

 

 カウンターに近付いてくる女子高生二人組に、あたしはにっこり笑顔で声をかけた。

 

「ねぇねぇ、何にする?」

「やっぱポテトとコーラかな。あ、新発売のシェイクもあるよ!」

「え〜〜ちょい高いよコレ。割引券ないの〜?」

「あ、ポテトとドリンクの券はあるかも〜。ちょっと待ってて」

 

 がさごそがさごそ

 

「あーごめん、やっぱ忘れた!」

「えぇ〜〜マジィ? しょうがないなぁ〜じゃあドリンクだけでいいや」

「ワリカンでポテトひとつ食べようよ〜」

 

 イライライライラ

 

「あっ! やっば! 今月お小遣いピンチだった! 見てぇ〜財布の中、15円しかないよ〜」

「ちょっ。マジそれ? どんだけぇ〜〜。もぉ〜んじゃテキトーにブラついて帰る?」

「ワリィワリィ。そうすっかぁー」

 

「あんっじゃそりゃぁぁぁぁっっ!!」

 

 思わずメニュー表をちゃぶ台返しばりにぶちまけてしまった。

 

「ひゃっ! なにこの店員!?」

「こわっ! いこいこっ!」

 

 あたしのギロ目を怖れてそそくさと店を出て行く二人組。

 

「塩っ! 誰か塩をっ! 思いっきり撒いておきますよっ!」

 

 背後の調理場を振り返りつつ言うと。

 

「お前が撒かれたいか――――っ!!」

 

 ばこんっ

 

 アウチッ。トレイで思いっきり頭をはたかれた。

 

「桑名くんっ! 頼むから客を追い返すとかせんでくれっ!」

 

 必死な様子で訴えるのはひょろっと痩せて背の高い、眼鏡をかけたいかにも口うるさげな風貌の店長。45歳、妻子持ち。

 

「奴らはあたしの逆鱗に触れたのです!」

 

「そんな簡単に触れられる逆鱗ってどうなの!? もういいっ。君はキッチンの方を――」

 

「店長。桑名さんは既に10個のバーガーを炭に変えています」

 

 店長の言葉を遮るように、調理場から顔を覗かせたキッチン担当のバイト青年が神妙な顔で口を挟んだ。

 

「うぐぅ――――」

 

 冷や汗を流しながら絶句する店長。

 

「ふ――分かっていただけましたか? 素直にカウンターを私に一任すればいいのです」

 

 ふふっと勝ち誇った笑みを浮かべて言うあたしに店長は悔しげな視線をぶつけてくる。

 

 ぶるぶると肩を震わせ、怒りも露に、

 

「く、く、くく、桑名くん、君ねぇ……」

 

 その先の言葉を続かせないように手を打つべく、あたしはシャツのポケットから一枚の写真を取り出した。

 

 途端、店長の顔が恐怖に強張る。

 

「ふふ……可愛い娘さんですねぇ……。まだ一点の曇りもないような笑顔……。中学一年ですか。思春期って、大事な時期ですよねぇ」

 

 写真をひらひら振りながらにやりと笑う。

 

 効果はてきめんだ。よろりと一歩後退る店長。青ざめた顔で、がくっと床にくずおれ手をついた。

 

「た、頼む……娘にだけは……。何でも言うことをきくから、娘を腐道に落とすのだけはやめてくれ……っ!」

 

「くくく…………分かればいいのです」

 

 ちょろいもんね。

 

 完全なる勝利宣言と共に、あたしはくるりと背を向け、再びレジの業務に戻る。

 

 顔はしっかり接客モードに切り替えて。

 

 さーてと、お仕事お仕事♪

 

「店長しっかり……っ!」

 

「悪魔だ……この店は悪魔に魅入られたんだ……」

 

 なにやら背後で負け犬的ドラマが続いてるけど無視して次に入店してくるお客さんに笑顔を向ける。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

 入って来たのはなかなか可愛い顔立ちのイケメンだった。柔らかそうなねこ毛の茶髪に細い体。

 

 ちょっと表情が暗い。沈んでるというか、思い詰めてる感じさえ受ける固く引き結んだ唇。憂い顔のイケメンなかなか美味しんぼ〜♪

 

 って、なんかどこかで見たような……。

 

 ねこ毛って表現もどこかで使った気がするし…………。

 

 ……………………て。

 

「ああぁぁぁ――――っ!」

 

 思い当たり、ビックリしてその青年を指差し叫ぶ。

 

「えっ。な、なにっ?」

 

 青年も驚いて目をぱちくりさせる。

 

 その翳りが取れた瞬間の顔で、完全に記憶と合致した。

 

 この人――――そうだ。一度見ただけだけど、あたしのハンパないイケメン記憶脳はしっかりと憶えてくれていた。

 

 

 朽木さんの――愛人君だ!

 

 

 

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