Act. 1-3
<<<< 栗子side >>>>
やったやったやったやった!!
これは人生初の快挙かもしれない!
あたしは有頂天になっていた。
まさかこんな幸運が舞い込んでこようとは。ああもう宝くじは二度と買わないことに決めた。絶対残りの人生分の運を使い果たしちゃってるもん!
理想の攻め男とのコンタクトに成功し、あまつさえ、生唾ごっくんお宝映像の譲渡の約束までこぎつけるとは。
なんてハッピーなのあたし!!
朽木さんはなんだか疲れたような顔してため息をついている。
そんな悩ましい姿をこんな間近で拝めるなんて……!
くっそうーっ、カメラ持ってくれば良かった!
「あ、そうだ、拝島!」
と、不意に朽木さんが顔を上げて言った。
そういえば、朽木さんのハニーを放りっぱなしだったっけ。
「じゃあ、約束通り、アンタはここから真っ直ぐ家に帰ってくれ。もう二度と後をつけてくるんじゃないぞ!」
そう言い置いて、朽木さんはハニーさんのところに駆け足で向かって行った。
あらあら、ちょっとそれは甘いんじゃないかしら♪
まだ住所も電話番号も教えてくれてないことくらい、ちゃぁ〜んと把握してるもんね。
あたしは何食わぬ顔で後をついて行った。
朽木さんのハニーさんはやや離れた場所で、街路樹の木陰の下、ガードレールにもたれて待っていた。
車道を流れる車の列に目を向け、どことなく楽しげに笑んでいるその少年のような横顔に、気持ちのいい風が吹き抜け、首筋を隠していた柔らかそうな茶髪がさらりと揺れる。
陽だまりのような人だと思った。不意にこちらを向き、朽木さんの姿を認めてにこっと笑ったその眩しい笑顔も、温もりを感じさせる。
ガードレールから背を離した彼は、朽木さんの名を呼ぶと、こちらに歩み寄ってきた。朽木さんと並ぶとまさに理想のカップルで、鼻血が出そうになる。
この二人が淫らにくんずほぐれつする場面を想像しただけで…………ああっ! やばい! 魂が口から抜け出そう!
って、意識を飛ばしてる場合じゃないっ。今が絶好のタイミングなのだ。
「悪い拝島! ちゃんと話はつけてきたから、もうだいじょう……」
「改めましてこんにちは〜♪」
あたしは朽木さんの後ろから大きな声でハニーさんに挨拶し、ぺこりと頭を下げた。
その声を聞いて、朽木さんがぎょっとした顔でこちらを振り返る。
でもあたしは朽木さんの視線を完全無視。
「あたし、朽木さんの高校時代の後輩で、桑名栗子といいます」
自分では最上級だと思ってるぶりっこ笑顔を浮かべる。
「なっ……!」
口をぱくぱくさせる朽木さん。
ふふふふ、あれでお茶を濁そうだなんて甘い甘い。
あたしは狙った獲物は、絶対逃がさないんだから!
「ああ、後輩だったんだ。なんだ朽木、知らない振りなんかして」
「久しぶりだから、分からなかったんですよね?」
にっこり笑顔を朽木さんに向ける。
なんかすごく怖い目してるけど、そんなことではたじろがないもんね。
「あたしも、偶然駅で見かけてびっくりしちゃって。でもどうやって声をかけようかな〜って迷ってるうちにずるずるここまで後をつけちゃったんです」
「そうだったんだ。じゃあ、つもる話とか沢山あるんじゃないの? 俺、ここで退散しようか?」
「あ、いえいえ! もうつもる話は終わったので気にしないでください! 今度は先輩の、普段の生活について色々聞いてみたいな〜なんて」
あたしはちらっと上目遣いでハニーさんを見上げた。
「こらこら、調子に乗るんじゃないぞ」
朽木さんのげんこつが、ポカッて感じで頭に振ってくる。爽やか笑顔で言ってるけど、あたしの頭に乗せたままのげんこつがギリギリ脳天に捻り込まれてくるあたり、相当陰険だ。めっちゃいたひ。
でも栗子負けない!
「ん〜……じゃあ、よければ俺達と一緒に来る? 中古カーショップに行くところなんだけど」
「拝島!」
「わぁ〜! お邪魔してもいいんですかぁ〜!」
あたしは心の中で、してやったりとほくそ笑んだ。
「カーショップなんて、女の子には退屈かもしれないけど、それでもよければ」
ハニーさんは蕩けそうな甘い顔で言ってくる。
「是非ご一緒させてください! 車も興味あります!」
本当はこれっぽっちも興味ないけど。
「図々しすぎるぞ桑名。お前とはまた今度ゆっくり話す機会を作るから、今日は遠慮しなさい」
朽木さんはあたしを追い返そうと必死なようだけど、絶対退くつもりはない。
「も〜素っ気無いなぁ〜朽木さん。昔みたいにグリコって呼んでくださいよぉ〜」
「ははははは。グ・リ・コ。帰りなさい」
能面が貼り付いたような朽木さんの笑顔が怖い。爽やかスマイルの裏側からどろどろと殺気が滲み出てくるのが目に見えるかのようだ。
「そんな冷たいこと言うなよ朽木。せっかく久しぶりに会えたんだし、俺も栗子ちゃんとお話してみたいな。一緒に行こうよ」
「ナイス! ナイスフォローですよハニーさん!」
あ。思わず口に出ちゃった。
ずごんっ
途端、あたしの脳天に強烈な唐竹割りチョップが振り落とされた。
「ハニーさんって……?」
「拝島のハイをもじったんだよな! こらグリコ! いきなり馴れ馴れしい呼び方をするんじゃない!」
い、今のは効いた……。ちょっと涙目。
ハニーさん――拝島さんに背を向けて、あたしを振り返った朽木さんの形相は物凄かった。
その一睨みで並みの不良は裸足で逃げ出すんじゃないかってくらい迫力がある。
「おのれは協力するのか邪魔するつもりなのかどっちなんだ」
静かな怒りを秘めたヒソヒソ声で話しかけてくる。
「ごめんごめん、ちょっと口が滑った。ドンマイあたし!」
「全然ドンマイじゃないっ!」
「大丈夫、今後は上手くやるから!」
「頼むからもう帰ってくれっ!」
そんなあたし達のやり取りを拝島さんは不思議そうに見つめている。
「ほらほら、ヒソヒソ話してると不審に思われちゃうわよ。大丈夫、これでも昔、演劇部にちょっとだけ在籍してたことあるんだから! 白馬の後ろ足の役なんてちょっとしたモンよ!」
「その役セリフないだろうが――っっ!!」
朽木さんの叫びを無視して軽やかに横をすり抜けるあたし。
「というわけで、よろしくお願いします、拝島さん♪」
拝島さんの前でステップ踏んだ足を止め、にっこり笑いかける。
「あ、うん……もう俺の名前知ってるんだね。一応自己紹介しておくけど、俺、朽木と同じ薬学部の拝島拓斗。よろしくね」
ぐらり。
拓斗キタコレ。
ぐっじょぶ! ぐっじょぶですよ! まだ見ぬ拝島さんのご両親!
まさに生まれながらにして「受け属性」。
「受け」の宿命を背負って生まれたような人です!
あたしは拝島さんに向かって親指を立てた拳をぐっと突き出した。もう片手は鼻血が噴き出しそうな鼻の根を押さえてる。
「え…………何かな?」
ハテナ顔の拝島さんに、
「なんでもありません、さぁ行きましょう!」
と答えて歩き出す。嫌そうな顔の朽木さんの背中を押しながら、これから始まる萌えイベントに胸躍らせて、ひたすら頬を緩ませるのだった。