Act. 6-2
<<<< 栗子side >>>>
あたしはぷりぷりしながらリビングのソファーに戻った。
せっかくテレビに海パン一丁のセクシーなイケメンが山ほど映ってるのに、朽木さんったらつれない態度なんだからっ。
どすんっと腰を下ろして、クッションを腹立ちまぎれに締め付ける。
「をーい姉ちゃん。んな男がうじゃうじゃ出る番組、姉ちゃんは楽しいだろうけどさ、俺的にはむさ苦しくてしょうがないんだけど」
牛乳を手にやってきた弟の桃太が不満げに顔をしかめて言う。
「じっと見てれば楽しくなるかもよ。ドキドキとかしてきたりして」
にんまり笑って可愛い顔立ちの弟を見やる。思わずいじりたくなるような小動物的雰囲気はあたしより桃太の方が強い。顔立ちは似てるけど、桃太の方がどこか可愛らしいのだ。
「ちょっ。家族にまで腐道を広めるのやめてくれよ。俺は絶対ホモにはならないからな」
桃太はあたしの視線から逃れようとするかのように慌てて身を退いた。
「まぁアンタは襲われるシチュエーションのが合ってるからね。相変わらずそんなモノ飲んでるところがいかにも受けだわ」
意味深な目を桃太の手のコップに向ける。
途端に顔を赤らめて口をへの字に曲げる弟。
高校一年生なのに、まだ爆発的成長の気配を見せない自分の身長に、コンプレックスを抱いてるのが丸分かりだ。
そんな可愛い態度が受けくさいのだけど、あんまりいじると最後にはいじけが入って面倒なので、ふいっと画面に目を戻す。
「ちくしょー。世の中にはまともな姉ちゃんがゴマンといるのに、なんで俺の姉ちゃんはこんな腐女子なんだよーっ」
背後に聞こえる負け犬の遠吠え。
甘いな弟よ。そのまともな姉ちゃんの何割かは隠れ腐女子だ。
テーブルの上に置いた紅茶を手に取り、勝利の美酒に酔いしれる。(気分)
と、イケメンレースが終わってしまい、楽しい時間は終了となった。
「あーもっとイケメン見たかったー」
仕方ないのでチャンネルを桃太に譲る。
あたしはさっきまで没頭してた作業に戻るべく、傍らの雑誌に手を伸ばした。
『フロムA』
まぁ、言わずと知れたバイト探し。
高地さんからデートの橋渡し報酬額三万円を貰ったはいいものの、悪行が祥子と真昼にバレて、タダで済むわけがない。
きっちり半額分、高級レストランでタカられましたとも。
しかも食事中、チクチクと祥子の嫌味攻撃を食らって、やはり悪いことはできないものだと痛感した次第でして。
人間、真面目に働くのが一番ってことですわ。
まぁ、どっちにしろ、万年金欠を解決するには避けては通れない道だったわけで、あたしは初心に帰る気持ちで広告に目を走らせた。
「姉ちゃん、バイトすんの?」
「うん、やっぱこう汗水流して得られるものって、人生に欠かせない重要なスパイスだと思うわけよ」
「つまりは金?」
「つまりは金」
話の解かる弟はそれ以上突っ込んで訊いてはこなかった。
やや白い目が思うところを代弁してるけど。
「おや。栗子、バイト探しかい?」
ぽん、と頭を叩かれて見上げると、バスタオルを頭にかけた市柿兄ちゃんがあたしの頭上から雑誌を覗き込んでいた。
柔和な造りの顔が、風呂あがりのリラックスモードで更にほわっと緩んでる。
「人生経験として必要かなと思って」
「ええっ! 栗子からそんな言葉が聞けるなんてっ! に、兄ちゃんは感激だよ栗子っ!」
市兄ちゃんには冗談が通じない。真面目で実直を絵に描いたような人なのだ。
「あっさり騙されんなよ市ニィ」
呆れ顔の桃太がぽそっと言うが、
「働くことの大切さを知る栗子は偉いなぁ〜。よぉーっし、及ばずながら、兄ちゃんも応援させてもらうよっ!」
テンションの上がってる市兄ちゃんの耳には届かない。割と自分の世界に入り込むタチなのだ。
あたしは紅茶をずずっと啜りながら期待できない応援は右から左に聞き流し、広告の文字を追う。
なかなかいいバイトないなー。
「カテキョーとかがいいんだけどなー」
目も疲れたのでパラパラとぞんざいにページをめくり始める。
「姉ちゃんがカテキョー!? 勘弁してくれよっ! 犯罪者になる気かよっ!」
「どういう意味よソレは」
「栗子、兄ちゃんもそれはちょっと不安というか……」
「姉ちゃんが教えるものっつったら腐道だろっ!? 相手の親が泣くぞっ!」
ばこんばこんっ!
桃太と市兄ちゃん、平等に順番に丸めた雑誌で制裁を加える。
「まずはアンタらが腐道に落とされたい?」
『す、すみませんでした……』
頭を押さえて素直に謝る二人。あたしは身内には容赦ない。
「まぁカテキョーなんて雑誌で探すもんじゃないか。やっぱセオリー通り、ウェイトレスとかやろうかな」
勢い余ってへこんでしまった雑誌を手で伸ばしつつ、小さくため息をついた。
と、それを聞いてか、市兄ちゃんがぱっと顔を輝かせて身を乗り出してきた。
「そうだ栗子っ! そういえば、兄ちゃん、ひとつバイトのツテを知ってるよ!」
「え? ホント?」
思わずあたしも身を乗り出す。
「うん、以前俺がバイトしてた店なんだけど。結構店長と仲良くなってね。ファーストフード店だからウェイトレスとは言わないだろうけど、レジの女の子が足りないって言ってたよ」
でかした市兄ちゃん!
たまには頼りになる!
「すぐ雇ってくれるかなぁ?」
「明日、直接行って訊いてみるかい? 多分大丈夫だと思うけど」
「行く行くっ! わぁ〜い、ありがとう市兄ちゃんっ!」
あたしはソファー越しに市兄ちゃんに抱きついて喜んだ。
「いやいや、栗子が真っ当な社会人に更生するならこれくらいお安い御用さ」
照れたようなはにかむような笑みを浮かべて市兄ちゃんも喜びを返してくれる。
だが微妙な齟齬が生じてるようで。
『それはない』
きっぱりと言ったあたしの言葉に、桃太の声も重なった。
<<<< 朽木side >>>>
『久しぶりね、冬也』
受話器の向こうの声は一瞬俺を動揺させたが、平静を取り戻すのはそう難しいことではなかった。
まるで生まれつき備わってる防衛本能のように、俺の心は素早く切り替わる。
「久しぶりですね。何か用事でも?」
冷たくなりすぎないよう声質を調整するのは難しい。他人相手ならともかく、この人相手では、感情の滲みの抑えがききづらい。
『母親が息子に電話するのに、用事は必要ないのよ。本当はね』
子供に言い聞かすような揶揄。
そういうところが苛つくのだと、思う時点で、既に子供じみてるのだと、イタチごっこのような思考が瞬時に廻る。
やはりこの人の前では、俺も子供でしかない。いつものことながら。
『でも残念ながら、今日の電話は用事なの。冬也にお願いがあって』
「いいですよ。俺にできることでしたら、なんでも」
言いながら、『お願い』の出所を頭の中で探る。腹に一物のある人ではないが、穏やかな雰囲気とは裏腹に、この人の引き起こす事態は結構厄介だ。
『そう言ってくれると嬉しいわ。今週末、家に帰って来てくれるかしら』
「今週末? 急ですね」
『あなたに会ってお話したいという人が来るの。夕食でも御一緒しながらどうですかって』
俺に会って話したい?
母親経由で会って話したいと言う人物など、およそ会いたくない系統の人間しか思い当たらない。
軽い眩暈、胸焼けが己の動揺を教えてくれた。
「今週末でなければ駄目ですか?」
『あちらの御都合で、どうしても今週末がいいんですって』
俺は自分のスケジュールをざっと思い起こした。課題がひと段落ついた今、差し当たって断る口実にできる用事はない。
口実を作ってもいいのだが、逃げてもいずれ向かい合わなければならない事態なら、さっさと直面するのが吉だった。
「分かりました。いいですよ」
答える声はそれまでと変わらぬ口調だが。
自分でもそれと分かるほど感情が抜け落ちた声だった。
体の熱が徐々に抜ていき、全身が芯から凍り付いていく。あらゆる物を己から遮断する。
俺は今、息をしてるのだろうか。自分が生きてるのかどうかすら判らない。
拝島と出会う前の俺は、ずっとそんな状態で過ごしてきた。
俺は――変われた筈だ。
拝島と出会い、人形から人間へと変われた筈だ。
だが、昏い予感は一瞬にして、俺をあの頃の俺――心の死んでた俺へと引き戻した
『良かったわ。じゃあ土曜の夕方までには戻ってきてちょうだいね。お父さんも、久しぶりに貴方に会えるのを楽しみにしてるわよ』
それは、
どちらの、
父ですか?
喉元まで出かかり、遅れて「分かりました」としか答えられなかった。
受話器を置いた後、襲ってくる疲労に耐えかねて、ソファーに深々と身を沈めた。
ただ、拝島に会いたかった。
いつも影ながら応援してれくる読者様。
「腐敵」を楽しみにしてくれてありがとうございます。
ええと、色々といそがしくなり、更新がきつくなってきました。
更新をチェックしにきてくれる読者の方に申し訳ないので、更新する日を決めておきますね。
しばらく、「腐敵」の更新は週一回、土曜日とします。
多分三月下旬くらいまでこの更新スピードとなります。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。m(_ _)m