Act. 5-4
<<<< 栗子side >>>>
そーっと。抜き足差し足。
ショーウィンドウに張り付きながら角にある待ち合わせ場所の正面入り口に近付いていく。
二人に気付かれないよう、細心の注意を払って。
「栗子ちゃ……あ。いや栗男。くっ。あ、あのさ……もうちょっと普通に行こうよ」
横からあたしのお兄ちゃんに扮する拝島さんがいかにも可笑しさを堪えてる様子で言った。
「え? でも、尾行はこうやって建物や柱の影に隠れながら行くんで……だよね? お兄ちゃん」
「それは映画やマンガの影響受けすぎだって」
くく、と口元の笑いを抑えながら、拝島さん。
「せっかく変装してるんだし、目立たないように近付けばばれないよ。自然に振る舞ってごらん」
すみません、これが普段のあたしの自然な振る舞いなんですけど。
とか思いつつも、背筋を伸ばして普通に歩いてみる。ショーウィンドウに映った自分の姿は、まるっきり野球観戦にでも行く普段はガリ勉の中学生男児だった。
「うん、それでおっけー」
微笑みながら頷いてくれる拝島さんは全然あたしと似てないけど、お揃いの黒縁眼鏡がそれとなく同じ印象を与える。兄弟だって言われれば「まぁそうかもな」くらいには思えるかもしれない。第三者から見て。
「俺と向き合ってれば怪しまれず俺の影から様子を窺えるでしょ?」
なるほど。二人一組で行動するとそういう利点があるのか。うーん、尾行って奥が深い。
そんなこんなで拝島さんと並んでてくてく歩き、ターゲットの後ろに回り込むことに成功。
近くに寄ると祥子のぴりぴりが直に伝わってきて怖い。見つかったらタダじゃすまないなこりゃ。
朽木さんをストーキングする時より俄然緊張する。
「まったく! ナニ考えてんのよグリコのやつ!」
「まぁまぁ祥子ちゃん。せっかくだから、このまま二人で映画観に行こうよ」
高地さんが必死に祥子を説得してるところだった。
「アンタと二人でなんて冗談じゃないわよ!」
さすが祥子。めっちゃストレート。
「面白いよ、この映画! 俺のダチもめちゃくちゃ笑えるって言ってたし。観といてソンはないよきっと!」
祥子のお笑い好きポイントをくすぐってなんとか気をひこうとする高地さん。
ぴくって感じで祥子の怒声が止まる。
「ポップコーンでも何でも好きなもの奢るしさ! 今日は祥子ちゃんの好きなところ付き合うから、ね!」
背中合わせだから動作は分からないけど、きっと高地さんはへこへこ両手を合わせて頭を下げてるに違いない。
「……男に二言はないわね」
「はい、二言も三言もありません!」
「少しでも触ったら警察に突き出すからね」
「はい、監獄行きも甘んじて受けます!」
必死すぎだろ。恋の駆け引きはどこへやら。
だけど、その必死すぎる様子が憐れを誘ったのか、それ以上厳しく追及することなく、はぁ〜っとため息を落とす祥子。
そしてとうとう承諾の言葉が引き出された。
「しょうがないわね……ま、ここで帰るのもバカみたいだし、せめて映画くらいは観て帰ることにするわ」
「やったぁーっ!!」
直後、嬉しさのあまり跳ね上がった高地さんの浮かれ声がエントランス中に響き渡る。
デート成立おめでとう! ちらっと振り返って二人を見る。
「ありがとう祥子ちゃんっ!」
高地さんが両手を広げ、今まさに祥子に抱きつこうとしてるところだった。
『いきなりかいっ!!』
次の瞬間。
祥子のバッグを顔面に、あたしの投げたテニスボールを後頭部に食らい、セクハラ男は「んぎゃっ!」と悲鳴をあげた。
こういうこともあろうかとポケットに忍ばせておいたのだ!
ったく。油断も隙もないよこの男!
「な、なんか、今、前後から、痛みが……」
あたしと祥子の同時攻撃を食らった高地さん、しおしおな突っ込みを入れながら、ぷしゅう〜と地面にくずおれる。
「このバカ! 痴漢! 今度やったら承知しないわよっ!」
祥子が追加の攻撃を加えてる間に、あたしと拝島さんはそそくさとその場を立ち去り、デパートの中に移動したのだった。
* * * * * *
それから映画館に赴き、二人の後方の席を確保し、拝島さんが奢ってくれたポップコーンを頬張りながらの映画鑑賞となった。
なんか映画代も拝島さんに奢ってもらっちゃって、悪い感じ。まぁ「ラッキー♪」の方が勝るんだけど。
実はあたしも、この映画、ちょっと気になってたんだ。バカバカしいの大好きなもんで。
しかし、映画は予想以上に下品なギャグのオンパレードだった。
デートで観るもんじゃないでしょコレ……。いや面白いけど。
ストーリーは浮浪者に近い無職男性が、ある日弱小プロバレーチームの練習場にやってきて、飛んできたボールをパンチで粉砕したら入団を頼まれて、それからとんとん拍子に大会を勝ち進んでいくというスポーツものサクセスストーリー。
ボール粉みじんにしたら普通にダメだろとか、こんな危険人物試合に出すなよとか、色々突っ込みどころ満載。
堪えきれずぷっと噴き出してしまう。
笑い声が出そうになったところで横から肩を叩かれた。
ぐっと息を止め、隣の拝島さんに顔を向ける。
拝島さんは、立てた指を口元にやる「しぃ〜」の仕草であたしを見てた。
分かってる。分かってるよお兄ちゃん。声をあげたら気付かれちゃうもんね。
分かっちゃいるけど、でもどうにもこうにも可笑しすぎてかっぱえびせんが止まらない状態なんだよ。
もどかしく身を震わせていると、今度は横から手が伸びてきて、あたしの手にハンカチを握らせてくれた。拝島さんが耳元に小さな声で囁きかけてくる。
「これで口元を押さえてなよ」
おぉ〜。お兄ちゃんナイス!
遠慮なく使わせていただきます!
「ありがとお兄ちゃん。後で洗って返すよ」
「いいよ、そのままで」
「でもヨダレまみれになるよ。お兄ちゃんがヨダレマニアならいいんだけど」
「え……と。じゃあ洗って返してね」
微妙な顔をする拝島さんから視線を前に戻す。
映画が面白いからついそっちに意識が向いちゃうけど、あたしが二人の後ろの席をわざわざ確保したのは、当然ながら高地さんのセクハラ防止のためだ。
暗闇とムードに乗じて祥子の手でも握ろうものなら、用意したジュースを頭からぶっかけてやる算段だ。
だけどそんなあたしの心配は杞憂だったようで。
結局高地さんは最後まで祥子に手を触れることはなかった。
まぁ、そんなムードになれる場面もなかったしね。高地さん自身も笑い転げまくってたし。
こいつぁ誤算だったね高地さん。
スタッフロールがスクリーンを流れる中、あたしはフフンと鼻を鳴らした。
それから場内に明かりが点る前に上映室を出るあたしと拝島さん。今観た映画のパンフレットを購入し、映画館の広い売店前の待合所で祥子たちが出てくるのを待つことに。
「これ面白かったですね〜」
待合所の椅子のない高いテーブルにつき、あたしは思いっきり伸びをした後に言った。
「あーいうの好きなんだ」
「うん、バカバカしいの大好き! あ、祥子が好きって知ってるってことは、祥子には内緒にしといてください。ばらしたって分かったら後で大目玉食らっちゃう」
「そっか。でも意外だなぁ。祥子ちゃんがああいうの好きだなんて」
「そこが祥子の萌えポイントなんですよ!」
「萌え……?」
「あ、いえいえ、なんでもありません」
慌ててパンフレットを振る。
拝島さんにはオタク用語は通じないらしい。
祥子達はまだ上映室から出てこない。結構満員だったから手間取ってるんだろう。
あたしはパンフレットを開き、なかなかのイケメンだった主演男優の顔写真を眺めながら二人を待った。
ついでに脳内で、チームメイト役のもう一人の美形と絡ませたりして。うへへ。
「あ、二人が出てきたよ」
拝島さんの言葉にはっと顔を上げる。
確かに祥子と高地さんだ。祥子の顔がやや赤らんでる。何かを堪えてるみたいに。
あたしと拝島さんはテーブルに肘をついて肩を寄せ合い、パンフレットを覗き込みながら映画の感想を熱く語る兄弟のフリをした。
「あ〜〜面白かったね、祥子ちゃん」
「まぁまぁね」
前を横ぎる二人の会話に耳をそばだてる。
祥子の様子からして、結構楽しんだに違いない。ボケとツッコミが絶妙だったし、お話も最後は泣けて面白かった。
「祥子ちゃん、可笑しかったら我慢せず笑っていいんだよ」
高地さんが無関心を装う祥子から笑顔を引き出そうと明るく語りかける。
あたしも笑いたい時は笑えばいいと思うんだけど、何故か祥子は自分の感情を外に表そうとしないんだよね。弱みを見せることになるとか思ってるんだろうか。
「べっ、別に可笑しくなんか」
ここでもまた意地を張る祥子。
「え〜〜だって面白かったでしょ? 肩を震わせてたじゃん。思いっきり笑っちゃった方が気持ちいいよー」
「だから可笑しくなんかなかったわよ!」
バキッ!
振り返りつつ放たれた祥子の照れ混じりの右ストレート。高地さんの頬を的確に捉え、50センチは吹っ飛ばした。
どんだけぇ〜。
「い、いたひ……」と頬を押さえる高地さんを置いて、祥子はスタスタと先に行く。
慌てて後を追いだす高地さんに続いてあたし達も移動を開始した。
グリコと朽木のステキなイラストを、妃央様と黒雛様のお二方からいただきました♪
めっちゃステキですよ〜〜。(^ ^)
自分の日記ブログに貼り付けといたので、見たい方はどうぞ♪
以下URLです♪
http://blog.livedoor.jp/liveusappe/?blog_id=2593671
もし、実は自分も二人のイラスト描いてみたの〜って方いらっしゃいましたら、このブログの掲示板で教えてください。自分のギャラリーに展示させていただきます。(笑)