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Act. 5-3

<<<< 栗子side >>>>

 

 時刻は9時。

 

 映画館のあるデパートの正面入り口にて。

 

 あたしは約束した映画を観にいく友達を、ちょっとそわそわドキドキしながら、たまに「お化粧濃すぎないかな?」「スカート短すぎないかな?」な〜んて足元に気を取られたりしながら待っている――

 

 

 わけがなく。

 

 

 正面入り口からややはずれた場所、道路を挟んだ向こう側の植え込みの影に潜み、双眼鏡片手に待ち合わせの場所の様子を探っているのだ。

 

「ままぁー変な人がいるよぉー」

「しっ! 見ちゃいけません!」

 

 よく刈り込まれた腰の高さほどの植え込みの前で片膝をつき、顔半分だけ向こうに覗かせ双眼鏡を構える。そんなあたしの後ろを通り過ぎる人の中から、たまに気になる会話が聞こえてくるけど、多分あたしのことじゃないだろう。

 

 多分。おそらく。きっと。

 

「ねーねーナニしてるのおじちゃん」

 

「誰がおじちゃんだぁぁっ!!」

 

「うわぁぁ〜〜んっ! 怖いよままぁーっ!」

 

 振り返りつつ怒鳴るとちびっこは泣きながら母親のもとに逃げ帰って行った。

 

 ふ……世間は厳しいのよ坊や。

 

 そんなことより、と再び双眼鏡を目に当て、正面入り口に向き直る。

 

 そこにいるのはいつもよりド派手な格好した高地さん。

 

 シルバーアクセを首や指にこれでもかってくらいに着けてる。更にヒョウ柄のシャツ。何故か白いジャケットの下に着てるのだ。下は黒革パンツにパンクっぽいブーツ。

 

 あれが高地さんの勝負服なのか?

 

 あーあ……あーいう派手な格好、祥子嫌いなのに……。

 

 そんな人目を引く格好に加え、見るからにそわそわ挙動不審な動きを見せるので、周囲の人から訝しげな目で見られまくっててこれなんのお笑い番組? ってな感じで面白い。

 

 祥子が来ても、知らない振りされるんじゃないだろうか。

 

 と思ってるところへ、当の祥子がやって来た。

 

 こっちはいつもと変わらない、シャープな襟付きノースリーブブラウスに、ダークブラウンのパンツ。肩にはカーディガンを軽く羽織ってる。

 

 気合の差が歴然だ。

 

 思わず身を乗り出したところで、不意に肩を叩かれた。

 

 すわ! ポリスメンか!?

 

 警官に声をかけられ慣れてるあたしは、いつでも逃げれるようにと身構えつつ振り返る。

 

 が、予想に反して。

 

「やっ、栗子ちゃん」

 

 そこにいたのは、まったく知らない普通の男の人だった。

 

 黒縁メガネにハンチング帽。白シャツにベストを重ねて着てる。

 

 お洒落なんだか微妙なんだかよく分かんない格好だ。眼鏡がちょっと野暮ったい気もするし。

 

 でも問題はそこではなくて。

 

「あの〜どなたでしょう? なんであたしの名前を知ってるんですか?」

 

 百歩譲って記憶からポイ捨てされた知り合いだとしても、今のあたしの格好を見て一目であたしと気付くなんてタダモノじゃない。

 

 少し警戒しながら尋ねた。

 

「あははは。分かんないかな。俺だよ、俺」

 

 するとその探偵のような格好の人は、そう言って笑いながら眼鏡をずらして見せて――

 

 

「は、拝島さんっ!?」

 

 

 あたしは心底驚いた。

 

「アタリ」

 

 眼鏡の奥の、見覚えのある瞳がにこっと優しく笑った。

 

「ちょっとした変装のつもりなんだけど、その様子ならどうやら上手くいってるみたいだね」

 

「す、すごいっ! 全然分かんなかったですよっ!」

 

 ホントにまったく分かんなかった。

 帽子と眼鏡が付加されただけで、随分と違って見えるものなんだ。

 

「ありがとう。栗子ちゃんは……えーと、すごい格好だね……」

 

 何かを飲み込んだような拝島さんの言葉にあたしは誇らしげに胸を張り、

 

「バッチシでしょう! 絶対あたしだって分かりませんよ!」

 

 鼻の下のちょび髭をつるんと撫でた。

 

 そう、さっきのちびっこがおじさんと呼んだのもあながち間違いではない。あたしは付け髭を着けていたのだ。

 

 ちなみに全身を説明すると、弟から借りてきたスタジャンに古びたジーンズ、髪は結んで野球帽の中に隠してる。

 

 いかにもおじさん風の競馬新聞を小脇に抱え、極めつけは黒いサングラス! 我ながら完璧な尾行スタイルだ!

 

「うん……まぁ栗子ちゃんには見えないけど……ある意味そんな格好するのは栗子ちゃんしかいないっていうか……えと、とりあえず、結構目立つよね……?」

 

 あら。拝島さんからのコメントはイマイチ。

 

「目立ちますこれ? サト○レで監視役が着てた基本の尾行スタイルの筈なんですけど……」

 

「いやあれはどう考えても怪し……ごほん。えーと、とりあえずサングラスは取った方がいいと思うな」

 

「むぅ……そうですか。って、それより何故拝島さんがここに?」

 

 あたしより断然背の高い拝島さんを見上げながら、根本的な疑問を口にした。

 

「ん? こないだの感じだと、栗子ちゃん、高地と祥子ちゃんのデートを尾行しそうな気がしたからさ。俺も行ってみようかなって」

 

「はぁ。付き合いいいですねぇ。拝島さんも二人が気になるんですか?」

 

 もしや祥子を気に入ってたり……?

 

 しかしあたしの懸念をよそに、

 

「うん、面白そうじゃん」

 

 そう答える拝島さんのぱっと明るい笑顔は含みがあるようには見えなかった。

 

 ちょっと悪戯っぽい目の輝きが本当に少年のようだ。

 

 くっ眩しい……やるな拝島さん。

 

「そうですか。じゃあ一緒に尾行しますか?」

 

「うん、でもその前にそのグラサンはこっちに替えなよ」

 

 言いながら拝島さんがポケットから取り出したのは拝島さんのとお揃いの黒縁眼鏡だった。

 

「設定は俺と兄弟、かな。怪しい二人組だと目立つからさ。付け髭は取って、少年っぽく振舞ってね」

 

 てきぱきと指示をくれる。おおーなんか本格的。

 

「兄弟ですね! 了解ですアニキ!」

 

「それ、なんか違う……」

 

 がっくりと肩を落とす拝島さん。

 

「敬語もなしでいいから、『お兄ちゃん』って呼んで。普通の男の子っぽくね」

 

 お兄ちゃん……。

 

 なんかのプレイみたい。

 

 ってのは口には出さず、

 

「了解、お兄ちゃん!」

 

 ビシッと敬礼ポーズで言い直した。

 

 にっこり顔で頷く拝島さん、

 

 と、そこではた、と気付くあたし。

 

 慌てて双眼鏡を目に当て、待ち合わせ場所を見やる。

 

 既に高地さんと祥子は合流して、でへでへ顔の高地さんとは対照的にぶすっとした顔の祥子から負のオーラが漂っていた。

 

 一生懸命話しかけてる様子の高地さんだが、まったく相手にされてない。

 

 まぁなんつーか予想通り。

 

 時刻は9時15分。

 

 そろそろいいかな、とあたしは携帯を取り出し、祥子のナンバーに電話をかけた。

 

「もしもし祥子?」

 

『グリコ? アンタ何してんの! もう15分も遅刻よ!』

 

 うは。怒ってる怒ってる。

 

「ごめーん。あのね、あたし朽木さんと拝島さんと一緒に行こうとしてたんだけどね。電故でさ。駅で足止め食らってるの」

 

 ヘタな言い訳だけど、ここは駅から大分離れてるからバレることはないだろう。後日バレて大目玉食らうだろうけど。

 

 その時のことを考えると今からブルっちゃうけど怒られるほどのことをしてるわけだし素直に怒られましょう。

 

『なにそれ。まだしばらく来れないってこと?』

 

「うん、行けそうにない。だから悪いけど、二人で行ってくれる?」

 

『え?』

 

 祥子の声が強張った。

 

「映画は高地さんと二人で観に行ってー。あたし達は適当にお茶でもして帰ることになっちゃった。朽木さんが『気がそがれた。帰る』とか言い出してさ。もーしょうがない人だよね」

 

 ふ……全ての責任は朽木さんになすりつけた!

 

 ま、いかにも朽木さんが言いそうなことだしね。

 

『ちょっと待ちなグリコ! 私にこの軟派オトコと二人で映画観ろっての!?』

 

「ついでにいっぱいタカっちゃいなよ祥子。じゃあねー」

 

 返事も待たずに通話を切る。

 

 ふふっ…………。

 

 後がすっげー怖い。ガクブル。

 

 フォローよろしく頼むよ高地さん!

 

「さて、じゃあ尾行開始ですね。行きましょうはいじ……いやお兄ちゃん!」

 

 スチャッと眼鏡を装着。

 後ろに立つ拝島さんを振り返りつつ勢い勇んで言う。

 

 拝島さんは二本指をピッと額に当てるお茶目な仕草で応じてくれて。

 

「らじゃっ、栗男!」

 

 いやもうちょっと捻ろうよお兄ちゃん。

 

 

 

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