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Act. 4-7

 

「あいつら……」

 

 三度目ともなると、もう忘れようもないド派手なアロハシャツ。

 

 厭らしいニタニタ笑いを浮かべ、駐車場に入っていく五つの影。

 

 悪モンの臭いがぷんぷんだ。

 

 男達が駐車場の中に消えていくと、あたしはできるだけ静かに足を動かし始めた。

 

 朽木さんも同じく、足音を忍ばせる。

 

 ふと気付き、朽木さんの手にあるコンビニのビニール袋に手を伸ばした。無言で渡してくれる朽木さん。

 

 

 お荷物は、あたしが引き受けた。

 

 

 駐車場に入り、奴らの姿を探す。

 

 

 いた。

 

 見慣れた車を取り囲み、値踏みするような目で舐め回している。

 

 見慣れた車――――――

 

 

 拝島さんの、赤いミニ。

 

 

 男達に気付かれないよう、離れた場所から大きな車の陰に隠れて様子を窺う。

 

 だけど、そんな悠長なことはしてられないとすぐに気付いた。

 

 奴らの手の中にある物が、何かが分かった瞬間。

  

 あたしの背中を、戦慄が走り抜ける。

 

 それは――硬質な金属の質感を放つ、重たげなハンマー。

 

 どこにでもありそうな木の持ち手のハンマーは、何に使われるのかなんて、答えはひとつしかない。

 

 

 あいつら、拝島さんの車を壊す気だ……っ!

 

 

 お昼、ここで奴らと遭遇した時、あたしと祥子達は、確かにミニから荷物を取り出していた。

 

 奴らに、自分達の車の居場所を知られていたのだ。

 

 なんて奴ら。

 

 車に仕返ししようだなんて、陰湿なことしてくれるじゃない!

 

 しかも、拝島さんの車に――――

 

 

 もう、許さない。

 

 

 全身の血が、煮えたぎるようだった。

 

 肩に置かれる、朽木さんの手。

 

 朽木さんの、静かな怒りが伝わってくる。

 

「グリコ。――やれ」

 

 その感情を抑えた声音に、背中を押されるように。

 

 あたしは車の陰から飛び出し、すうっと息を吸い込んだ。

 

 腹の底に限界まで空気を溜め。

 

 そして。一気に吐き出す。

 

 

「どろぼぉぉぉ――――――――っ!!」

 

 

 あたしの出せる最大音量。

 

 全身全霊かけて、喉を振り絞る。

 空気がビリビリと震え、鳥が一斉に羽ばたいた。

 

 

 今まさにハンマーを振り下ろすところだった男達は、驚きのあまり硬直し、

 

「ひっ!」

 

 なんて声をあげた。

 

 へへーんだ。ばーかばーか。

 

 振り返る男達にアッカンベーをくれてやる。

 

 そしてくるりと背を向け、駐車場の外に向かって走り出す。

 

 

「あっ、あの女っ!」

「見られたぞ! 追えっ!」

 

 

 あとはもう逃げるだけ。あたしの横に朽木さんが並んだ。

 

「商店街に行くぞ!」

 

 こくり、と頷いて返す。背後から追ってくる気配。

 

 商店街で派手に暴れれば、警察にすぐに通報されるし、男達も刃物を出しにくい。

 

 駐車場の入り口を抜け、外の通りに出た。

 

「待てっ!」

 

 待つわけがないじゃん。

 

 しかし、ピーチサンダルなので走りにくい。

 商店街までもたないかもしれない。

 

 あたしはサンダルを脱ぎ捨てた。

 

 イテッ! 素足でアスファルト走るのって、結構痛いのね。

 

 でも痛さのおかげで弾みもつく。

 

 商店街の入り口が見えたところで、朽木さんがスピードを緩めて後ろを振り返った。

 あたしはそのまま走り続ける。

 

 背後に聞こえる男達の怒鳴り声。

 

 気にはなるけど、まずはやるべきことをやらないと。

 

 金物屋っぽいお店の中から、丁度おじさんが顔を出したので、

 

「泥棒です! 捕まえようとした人が襲われてます! 警察を呼んでください!」

 

 と叫ぶと、おじさんは慌ててお店の中に引き返していった。

 

 あたしにできることはもうない。

 

 やるべきことはやった――。

 

 

 振り返ると、朽木さんとチンピラ達の影が交差していた。

 

 朽木さんは、殴りかかってくる男達を軽くいなし、効果的に打撃を与えている。

 

 強そうだなーとは思ってたけど、やっぱり滅茶苦茶強い。

 

 相手は五人もいるのに、余裕の表情。

 どころか、楽しそうでさえある。

 

 う〜ん。さすが完ペキキャラ。

 死角なし! 朽木さんに死角なし!

 

 でも、五人全員沈めることができるかは、ちょっと難しい。

 

 

 手出しはするな――

 

 

 分かってる。うん、分かってる。

 

 あたしはできることだけ、やればいい。

 

 あたしが加わっても、邪魔になるだけ。もしかしたら人質に取られるかもしれない。

 

 だけど――――

 

 握り締めた拳の間から、クシャッと聞こえる、ビニールの音。

 

 その時気付いた。

 

 まだあたしに、やれることがある。

 

 できることがある。

 

 あたしは口許をぎゅっと引き結び、周囲を見渡した。

 

 この細い路地よりさらに細い横に抜ける道がいくつかある。

 

 ちょっと回り道だけど、反対側の入り口に行ける筈――。

 

 そう思いついた時にはもう。

 あたしはビニール袋を握り締め、走り出していた。

 

 

 あいつらの、でっかいピンクの車は、脳裏に焼き付いてる。

 

 絶対――――

 

 

 逃がさないんだから!

 

 

 

<<<< 朽木side >>>> 

 

 グリコが期待以上の大音声を張り上げ、奴らを引きつけた。

 

 挑戦的なポーズも付け足して。

 

 まったく。どこまで怖いもの知らずなのやら。

 

 触発されたのか、男達はハンマーを投げ捨てて追ってきた。

 

 そのまま逃げれば、痛い目に遭わずに済んだかもしれないのに、馬鹿な奴らだ。

 

 しばらく走り、商店街の入り口まで男達を誘い出す。

 

 全員動けなくするのは少し骨かもしれないが、少なくとも二人は全治二ヶ月の重傷を負わせてやるつもりになっていた。

 

 

 奴らは――拝島の車を狙った。

 

 

 俺の車なら、まだ情状酌量の余地もあったものを。

 

 もう……許すわけにはいかない。

 

 

 足を止め、身を翻して男達を迎える。

 

「てめぇっ!」

「ぶっ殺す!」

 

 完全に、頭に血が昇ってるようだ。

 自分達が誘い出されたとも気付いていない。

 

 本当は駐車場でそのままやり合っても良かったのだが、俺をすり抜け、グリコを追われるのも面倒だった。

 

 グリコが店に逃げ込めば、追うのを諦め、全員俺にかかってくるだろうと踏んだのだ。

 

 それに商店街の道は狭く、俺が立ち塞がれば逃がすことはない。周囲を囲まれる可能性も少ない。加えて刃物を抜かれる危険性も若干減る。そう総合的に判断した。

 

 背後でグリコが誰かに呼びかける声が聞こえ、少し安心する。

 

 これでもうグリコが狙われることはない。

 

 ぎゅっと拳を握り締め、目前に迫る男達に、自ら踏み込んでいった。

 

 

 

 直線的に殴りかかってくる一人目は、軽くかわして足払いをかける。

 

 続いて殴りかかってくる一人は顎に掌底突きを浴びせる。吹っ飛び、後ろの二人を巻き込んで倒れてくれる。流れる動作で残る一人の懐に踏み込み、鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

「ぐえっ!」

 

 絞りだしたような呻き声をあげ、うずくまる男。

 

 予想通り、大した連中ではない。

 

 だが。

 

 人間はそう簡単には気絶してくれないものだ。

 

 次々と立ち上がってくる男達に。

 

 気を――引き締め直す。 

 

 足をとられないよう注意しながら、再び順番に沈めていく。

 

 その時、視界の端に、一瞬グリコの姿が映った。

 

 なんだ?

 

 脇道に入って行く黒髪のポニーテールは、間違いなくグリコだった。

 

 何処に行く気なのか――。

 

 いや、そんなの考えるまでもない。

 

 あいつは、あいつの判断で、自分にできることをするつもりなのだ。

 

 あいつの負けん気の強さは身に染みて理解している。

 

 まったく――――とんでもない規格外品だ。

 

 

 ゾンビのように立ち上がる男達に三度目の拳をお見舞いした時。

 

「うっ……くそっ」

 

 男の一人が、悔しそうに吐き捨て、俺に背を向けた。

 

 ――逃げるつもりか。

 

 さすがに拳ひとつで五人全員を再起不能にするのは難しい。木刀でもあれば別なのだが。

 

 一人が逃げだすと、他の連中もそれに倣う。

 

 俺の足元には、気絶した一人が転がってるのだが、走り出した三人はまだ動ける状態だった。

 

 相手をしている最中だった残る一人の後頭部に肘打ちを落とし、地面に這いつくばらせる。

 

 男がぴくりとも動かなくなるのを一瞥し。

 

 それから三人の後を追った。

 

 

 必死にもと来た道を逃げる背中は、既に小さい。

 

 何度この道を通ったことだろう。

 商店街から駐車場までの、緩いカーブを描く道を行く。

 

 途中、グリコが脱ぎ捨てたサンダルを見つけ、不覚にも笑ってしまう。

 

 程なく駐車場が見えてきた。

 男達は次々とそこに入っていく。

 

 奴らが逃げ込むところなど、確かにそこしかない。

 

 車に乗りこまれたら厄介だ。

 俺は追いかける足に力を篭めた。

 

 ちっ。

 

 視界から消える男達。

 

 駐車場に入り、派手なアロハシャツを探す。

 

 くそっ。奴らはどこだ。

 

 さすがにもう遅いかと、苛立ちが諦念に変わりそうになったその時。

 

 

「ぎゃあああああっっ!!」

 

 

 駐車場を突き抜けるような、男達の叫び声が聞こえた。

 

 

「……は?」

 

 

 一瞬何が起こったのかと目を瞬かせる。

 

 叫び声の聞こえた場所に向かうと――

 

 

 男達が、ピンクのワンボックスカーのドアに仲良く手をかけ、喚いていた。

 

 

「な、なななんだよこれぇぇぇっ!」

「手がっ。手がくっついて離れねぇぇっ!」

「助けてくれぇぇっ!」

 

 

 どうやら取っ手に手がくっついてしまったようだ。

 前後左右のドアに、きっちり三人とも手を貼りつかせてる。

 

 一体何が……。

 

 手が……くっつく……。

 

 

 

 …………………………あ。

 

 

 アロンアルファ?

 

 

 ドアに手を掛けた姿勢のまま、パニックに陥る男達。

 その光景を前に唖然としていると、奥の車の陰から、見慣れた頭が飛び出した。

 

 

 俺と目を合わせると、にかっと笑ってピースサイン。

 

 

 やっぱりコイツか。

 

 

 遠くから響いてくるパトカーのサイレン。

 

 がっくりうなだれる男達。

 

 

 

「朽木さ――――ん!」

 

 

 グリコが、駆け寄ってくる。

 

 長いポニーテールを揺らしながら。

 

 顔には満面の笑み。

 

 何も履いてない素足は、躊躇うことなく地面を蹴り進む。

 

 

 まったく――なんて女だ。

 

 もう苦笑するしかない。

 

 だが、込みあげてくるこの不思議な爽快感は、何なのか。

 

 手を振りながらやってくるグリコに、俺は肩をすくめて笑い返す。

 

 足は、自然と一歩を踏み出していた。

 

 

 

 震える心に、手が押し上げられる。

 

 

 応えるように、手が伸び上がる。

 

 

 大きな瞳が楽しげに揺らめき、長い黒髪が跳ね上がる。

 

 

 重なる手と手は大きく弾け、

 

 

 ―― パンッ! ――

 

 

 と高く。

 

 夏の空に軽快な音を、

 

 響かせたのだった――――

 

 

 

 

ようやく海水浴編終了です。

ここで、残念(?)なお知らせですが。

都合により、1-2ヶ月ほど休載させていただきます。

多忙により、執筆時間がなかなかとれなくなりまして。

ようやくグリコと朽木の仲が盛り上がってきたところなのに申し訳ありません。m(_ _)m

恐らく、年末か年始あたりで再開できると思います。

必ず再開しますので、申し訳ありませんが、お待ちいただけるとありがたいです。

では。また皆様にお会いできることを祈りまして。


ノシノシノシ


※あと、HP 作りました。まだ掲示板くらいしか機能してませんが、よければ遊びにきてください。腐敵の感想などもお聞かせいただけると幸いです。


http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=uzutama001


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