Act. 18-11
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俺は神社の前を横切り、外郭をなぞって西側へとまわった。
グリコと拝島は境内から見てまわるだろうと予想し、自分は外側から見ていこうと思ったのだ。
グリコが人形を見せた後の行動を辿れば、おのずと浮かびあがってくるのは、男二人組の会話を盗み聞きするためにグリコが忍び込んだあの工事現場だ。
あそこには資材や器具類が散乱しているので、人形をどこかにひっかけたとしてもおかしくはない。
俺がグリコを見つけた時、泥棒のコントのような背中を丸めた中腰で、こそこそトタン塀に耳を当てながら忍び足らしきことをやっていた。
足元に転がる鉄パイプなどを器用に避けて進んでいたのはさすがだった。犯罪慣れしている、と妙なところに感心してしまったことを思い出す。
人形が落ちていないかはさっと見ればわかるだろう。確か、色は赤だったはずだ、と考えつつ道を走る。
余計なことに気がまわらないよう、人形探しにだけ集中していたかった。
咄嗟にとってしまった行動の意味など、深く考えなくともわかる。
やがて見えてくる黄色と黒の工事中のバリケードを飛び越え、白いトタン塀に囲まれた空間を見渡す。
地面の土についたグリコらしき足跡を追いながら人形を探した。
「ないな……」
「朽木!」
膝をつき、トタン塀の近くに転がっている資材をどかそうとしている時だった。突然の呼び声に立ち上がって振り返ると、驚いたことに、息を切らした拝島が立っていた。
「拝島……なんでここに……」
「なんでじゃないだろ!」
汗を手の甲で拭い、つかつかと俺に歩み寄ってくる拝島の表情は怒りを帯びていて、どうやら自分はまずいことをしたらしいと悟った。
数歩下がって待つ俺に、拝島は厳しい瞳をぶつけてくる。
「さっきの、なんだよあれ! 先に言おうとしたんだろ!? 自分が栗子ちゃんと一緒に行くって。なのになんで俺に譲るようなことしたんだよ!」
失敗した、と内心舌打ちする。
咄嗟にとってしまった行動とはいえ、やはり、あからさますぎた。拝島には見抜かれている。
「別に、誰が誰と行ってもいいだろ。そんなに深い意味があってしたことじゃないんだ、拝島」
なんとか軽く流そうと、俺は即座に苦笑を浮かべた。拝島に追及されるのはグリコほどすげなく扱えない分、苦手だ。
これから徐々にグリコの相手をまかせていくには、もっと自然に振る舞わなければいけない。拝島に気づかれないように。
「深い意味があったわけじゃない? ……本当に?」
「ああ。場の流れ的にああした方がいいと思った。それだけだ」
できるだけ。さりげなく。優しい拝島を困らせないように。
だが。
「嘘だ。朽木、俺に遠慮して、栗子ちゃんから身を引こうとしてるだろ」
放たれた鋭い声はまったく納得していなかった。足元の乾いた土がじゃりっと音をたてる。
拝島の表情は、更に厳しいものになっていた。
どうやら追及の手を緩める気はないらしい。俺は内心ため息をついたが、表情には出さす答えた。
「拝島。そんなに大袈裟な話じゃないんだ。自分と同じことをしようとしている奴がいたら咄嗟に譲るだろ?」
「だったらどうして逃げたりしたんだ?」
「逃げてなんかいない。早く探しに行きたかっただけで」
「朽木。ちゃんと俺の目を見て話して。真剣に答えて」
拝島が、一歩前に進む。緊張が走った。
手を伸ばせば触れられる距離に立つ拝島は、ごまかしなど許さないと言わんばかりの真っ直ぐな姿勢で俺を見る。
「栗子ちゃんと俺が一緒に行くのを見ていたくなかったんだろ?」
「拝島。前々から思っていたんだが、お前は誤解している」
「誤解?」
「確かに俺はグリコが気になってるかもしれないが、恋愛感情ってほどじゃないんだ。身を引く以前に、あいつを女として見れない」
広がる胸のざわつきを抑えながら俺は言った。
拝島の遠慮をなくすためには、そういうことにしておいたほうがいいと思った。半分、本当のことでもある。あいつとどうこうなりたいとはまだ思えない。
「なんでそんなに意地を張るんだよ、朽木。気になるのは好きだからじゃないか」
「友情ってこともあるだろ」
「それは朽木がそう思おうとしてるだけで」
「あいつには世話になったから。少し気になっただけなんだ。だから拝島」
「違う! 朽木は無意識のうちにセーブしてるんだ! 本気にならないように。俺がいるから。俺が友達だから……」
小さくなっていく言葉は、こびりつくように耳の奥に残り、俺の思考を凍らせた。
拝島がいるから。
拝島が好きな女だから。
拝島が俺の――――
……ああ、そうだ。
「……好きだという確信も持てない女をお前と取り合いたくないんだ、拝島。俺にとってはお前の方が大事だから……」
大事なんだ。拝島が。
頑なだった俺の心を溶かしてくれた。
いつも暖かい目で俺を見守り、癒してくれた。
優しさと思いやりが強さになることを教えてくれた、失いがたい存在。
俺にとっては、一番大切な――――
親友、なんだ。
「朽木……」
拝島は目を見開き、じっと俺を見つめた。それからふっと表情を和らげた。
「俺と栗子ちゃんのどっちが大事かなんて、決めることじゃないよ」
「だけどお前は」
反論しようとする俺の言葉を手のひらで封じ、拝島は優しく目で笑う。
「大事なのは、今、傍にいたいのは誰かってことじゃないかな?」
傍にいたいのは。
わからない。ずっと拝島だと思っていた。
だが、突然現れたあいつは強引に俺の隣にきて、その場所を動かし難いほどに陣取ってしまった。
振り返ったらそこにグリコがいる。それはもう当たり前すぎて。
わざわざ傍にいくことなど考えられないくらいに、あいつは俺から離れない。だが、もしあいつが離れていくようなことがあれば、確かに俺は。
俺は、きっと。
「拝島。俺はお前になんて――」
その時、背後から声がした。
「お取り込み中のところ悪いが、一緒にきてもらおうか、朽木冬也」