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Act. 18-9

<<<<  朽木side  >>>>

 

 

 おみくじの箱はお札を売っている一角から少し離れた場所にあった。

 

 ぽつんと建つ売り場の窓口に台が置かれ、その上に大量のくじが入った箱が二つ、設置されていた。

 

 おみくじに興味のない俺は列に並ぶ気もなく、売り場の手前でこっそりと立ち止まった。

 

 なんといっても初詣自体、小学生以来だ。神に祈る気などさらさらないし、加護してもらおうとも思わなかった。

 

 信心の欠片もない俺には、人の波にもまれてまで、いもしない神を詣でに行くのが馬鹿馬鹿しく映ったのだ。だから、所詮人の手で作ったものであるおみくじで一喜一憂する気持ちもわからない。

 

 しかし、神とやらの存在は、少しだけ信じてみてもいいかもしれないと今は思い始めている。

 

 じいさんに会えたことは、まさに奇跡だった。運命という言葉を信じるとすれば、あの出会いこそまさしく運命だったのだろう。

 

 じいさんに出会わなければ、俺はとっくに野垂れ死んでいたかもしれない。

 

 じいさんのおかげで今の俺がある。

 

 だからさっきの参拝では、じいさんに出会えたことを感謝すると共に、これから先も夢に向かって進み続けることを神に誓った。

 

 そのためには強くならなければいけない。いずれ必ずやってくるだろう神薙との対決に打ち勝てるよう、神の力になど頼るつもりはないにしても、試しに祈ってみたところ。

 

 不思議と気持ちが研ぎ澄まされた。

 

 たまには神に祈るのも悪くない。

 

 だが相変わらずおみくじに興味はひかれないもので、わざわざ金を出してまで占ってもらおうとはどうしても思えない。

 

 縁起を担がずとも、己が努力し続けていれば自然と夢には近づいていくものだ。

 

 俺は待ちの列に並ぶグリコたちを遠目に、ぼんやりと過ごしていた。

 

 だが、それに気づいたグリコが早速地面の砂利を踏み鳴らしながらやってくる。

 

「一年の初めにおみくじひくのは大事なイベントだよ! いくよ、朽木さん!」

 

 と有無も言わさず俺の手を引っ張っていこうとする。強引な奴だ。

 

「なんで俺までつきあわせようとするんだ。勝手にやってればいいだろ」

 

「みんなが盛り上がってる時は一緒に盛り上がるのが礼儀ってもんだよ」

 

「お前に礼儀云々を説かれると妙に腹が立つな」

 

「あたしが朽木さんに変態って言われてムッとするのと一緒だね」

 

 それはどういう意味だ。

 

「ま、いいじゃん。一見くだらなく見えることでも、その一瞬が楽しい気分になるんならやっておかない手はないよ」

 

 本当に楽しいことが待っているんだと言わんばかりのいたずらな笑顔で俺の背中を押す。

 

 とうとう列に並ばされ、俺は仕方なく諦めた。

 

 まぁ、確かにどうせ踊るなら……というやつだ。

 

「それに、朽木さんがいないとあたしがつまんないしね」

 

「それはお前の都合だろ」

 

 勝手なやつだ、と思いつつ、どこか嬉しく感じるのをもう否定はできない。

 

 好きかどうかは別として、こいつがそこまで誘うならおみくじのひとつやふたつ、つきあってやろうかという気になる。

 

 これが惹かれているということなんだろうか。

 

 俺とグリコに順番がまわり、引いたくじを手に列から外れ、くじが山ほど結ばれている場所に移動する。

 

 そこに立つ一本の枯れ木の枝にもびっしりとおみくじが結わえられている。これは景観の破壊にはならないんだろうか。

 

「大吉こーい、大吉こーい♪」

 

 楽しげに封を破るグリコの横で俺もくじを広げる。

 

 小吉だった。

 

 特に嬉しくもなんともない。まぁこんなものだな、と思っていると、突然、グリコの叫び声があがった。

 

 

「ふぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」

 

 

「どうした?」

 

「きょ、きょ、」

 

 

 

『凶』

 

 

 

 わなわなと震えるグリコがこちらに向ける紙切れには、でかでかとそう書いてあった。

 

「あら……でも、たかがおみくじだし。気にしないほうがいいわよ」

 

「そうそう。滅多に引けねぇからある意味貴重だし。逆にラッキーかもしんねーぞ?」 

 

 池上や高地が口々に慰め、

 

「結んでいけばいいよ。悪い運は全部神様が引き受けてくれるから」

 

 拝島が優しく肩を叩くがグリコのわななきは治まらなかった。

 

「も、もう一度引いてくる!」

 

 そう言うと、大慌てでおみくじ箱に突撃していく。

 

 そんなにムキになることか?

 

 半ば呆れつつ、俺もおみくじの続きに目を通す。

 

 つい恋愛の項目に目がいってしまうのは、目下のところ一番の悩み事だから仕方ない。

 

 グリコとの――いや拝島との仲に進展はあるのだろうか――――

 

 

 

『二兎追うものは一兎も得ず。こころせよ』

 

 

 

「………………」

 

 

 なんだ。このピンポイントなアドバイスは。

 

 偶然だな。きっと。偶然だ。

 

 俺はやや震えながら全体運の項目に目を移した。

 

 

『総じて悩み尽きず、苦しい年となる。物事は焦らず、慎重に進めるのが吉。焦ると失敗する。特に色恋事は』

 

 

 ぐしゃ、っと思わず握りつぶした。

 

 余計なお世話だ。

 

 というのか見られてるのか? お見通しされてるのか俺は?

 

 

 ………………。

 

 

 ……俺も結んでおくか。

 

 

「こ、今度こそ大吉を! いやこの際ぜいたくは言わんっ。せめて小吉!」

 

 戻ってきたグリコが二度目のおみくじを開く。あいている場所に細く折ったくじを結ぶ俺の横で、またもや悲鳴があがった。

 

 

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 

 

『大凶』

 

 

 

 

「すげぇ……。俺、大凶って初めて見た」

 

「凶に続いて大凶……。これはよっぽど悪いことの前触れだわね」

 

「……祥子。もう少し慰めてやりなって……」

 

「き、気にすることないよ、栗子ちゃん。全部結んで帰れば……」

 

 もう一度拝島が慰めようとするが。

 

 

「ここの神様はあたしにケンカ売っとんのかぁぁぁっ!! なめんなちくしょーっ!!」

 

 

 突然、大声をあげたグリコは意味不明にも枯れ木に突進し始めた。ぎょっとなる。

 

 スカートなのも気にせず猛然と木を登り始めたのだ、このバカは。

 

「なにやってるんだ! 降りろ!」

 

 

「いやじゃぁぁぁっ! てっぺんに結んで空に突き返してやるっ! 大吉よこせこらぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 

「アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 

 

 引きずり降ろして一本背負いで地面に叩きつけた後、のびたグリコの体を抱えて俺たちはそそくさとその場を退散した。

 

 正月早々痛い視線が背中に突き刺さる。冷や汗が流れた。

 

 どんだけアホなんだこいつは。

 

 神社の外に出て人の波から外れた道の端にグリコを転がす。ついでに後頭部を一発踏みつけておいた。

 

「いっぺん死ぬかお前は!? 二度とアホな騒動を起こすなと言っただろ!」

 

「だってあんだけ神様にコケにされちゃそりゃキレるってもんだよう」

 

 半泣き顔で振り返るグリコの首ねっこを掴み、しゃんと立たせて服の埃を払ってやる。

 

 どこもかしこもよれよれじゃないか。

 

 まったくこいつは。

 

「ホントにあんたはやりたい放題ね」

 

 白い視線つきの立倉の呆れ声に、

 

「てへ。考えるより先に体が動くんだよね☆」

 

 まったく可愛くもないごまかし笑いを浮かべながら頭をこつんと叩くグリコ。逆にいらっとするからやめろ。

 

「んじゃ、初詣もひととおり終わったことだし、オヤツにしようよ。あっちに美味しいおだんご屋があるって本に載ってたよ」

 

 怒られたことも既にけろっと忘れて、先頭を歩きだす。

 

 完全無敵のマイペースだ。

 

「反省とか常識って言葉を知らないのか。羞恥心のかけらもないな、あいつは」

 

 俺もグリコの後についていきながらぶちぶちとこぼしたが、

 

「いや、でも朽木もなかなかのもんだと俺は思う」

 

 背後から高地にそんなこと言われた。ムッと振り返る。

 

「どういう意味だ?」

  

「あんなに人が大勢いる神社の中で一本背負いできるやつも相当だろ。あそこまで体はって止めれるやつ、他にはいねーよ。いい漫才コンビだよ、お前ら」

 

「誰が漫才コンビだ!」

 

 好きであいつのお守りをしてるわけじゃない。

 

 突っ込まずにはいられないアホをしでかすからだ、あいつが。

 

「ホント、キャラ変わったよな朽木。こんな笑えるやつだったとは、一年の頃は全然思わなかった」

 

「俺にケンカ売ってるのか高地?」

 

 ぎろりと睨む。

 

「あ、ちが、違うって。バカにしてるわけじゃなくて、お前、氷壁のプリンスとか言われて近寄りがたいオーラびんびんに出してたけどさ。親しみやすい奴になったなーって」

 

「俺が?」

 

 それはいいことなんだろうか。いや、どう考えても色々道を踏み誤った気がする。

 

「今の朽木は面白くて俺はいいと思うぜ? 前は拝島以外まともに相手してねえってカンジだったけど、今は話せるやつになって味がでたし、楽しそうな顔するようになったじゃん? これもグリコちゃんのおかげってやつか?」

 

「……そんなわけないだろ」

 

 ニッと笑う高地から顔を逸らし、そっけなく答える。だが、内心、感心していた。

 

 意外と高地は他人を見ている。

 

 拝島以外の人間を認めていなかったことを見抜かれていたとは。

 

 楽しそうな顔――しているのか、俺は。

 

「あった! ここだよここ。あんこがすっごく美味しいんだって!」

 

 目的の店を見つけだしたらしいグリコが道の先から俺たちに手を振る。

 

 老舗の雰囲気を漂わせる古い建物に『茶処』と彫られた木の看板。なるほど。

 

 確かに人気店らしいとすぐにわかったのは、長い行列がずらりと外にまで並んでいたからだ。だんごの焼けるいい香りもする。

 

「美味しそうね」

 

「でも結構待ち時間ありそうじゃない? もう並び疲れたんだけど」

 

「中でゆっくり休憩すればいいじゃん。あったかいお茶も飲めるし。待ってる間、みんなで写真撮ろ……あ~~~~っ!」

 

 グリコの突然の叫び声にはもう慣れたが今度のは大きかった。

 

「もう少しトーンを下げろ! 今度はなんだ!?」

 

 ショルダーバッグを目の前に掲げて放心するグリコの耳を引っ張りつつ訊くと。

 

「お守りが……ぽこぺんが……」

 

 震える声で途切れ途切れに呟くグリコ。

 

 ぽこぺん? あの小さな人形のことだろうか。ポコポン人形とかいう外国のお守りの。

 

 見ると、さっきグリコが得意げに解説していた時はバッグのチャックについていたはずの人形がなくなっていた。

 

「落としたのか?」

 

 

「うわぁ~~んっ! 幸せを呼ぶお守りがぁ~~~~っ!」

 

 

「つまり、幸せが逃げていったと」

 

 立倉が容赦のないつっこみをし、

 

「さすが大凶……。伊達に大凶じゃねぇな……」

 

 高地がごくりと喉を鳴らして言うと、ますますグリコの泣き声が悲壮感を増した。

 

「せ、せっかく頑張ったご褒美にもらったのにっ。あたし、探してくるっ!」

 

 そう宣言すると共に走りだすグリコの腕を俺は慌てて掴んだ。

 

「待てっ、一人ではぐれるな! 俺も……」

 

 一緒に行く。と最後まで言えなかったのは、横にいる拝島の気配に気づいたからだった。

 

 拝島も、同じことを言おうとして固まっていた。

 

 グリコの助けになろうとしていたのだ。

 

 

「……俺も、探してくるから。二手に分かれよう。お前は拝島と一緒に行け」

 

 

 即座に言い直し、グリコの腕を放して駆けだす。

 

「朽木っ!」

 

 背後で叫ぶ拝島の声を無視して、ただ一目散にその場を離れた。

 

 

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