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Act. 18-8

<<<<  朽木side  >>>>

 

 

 なんでこいつはこうなんだ。

 

 低木の生い茂るわびさびとした庭園を、ちっとも心洗われない煩悩のオーラにあてられながら歩く。

 

 先をいくグリコが、デジカメのディスプレイを覗き込みながら、幾度も怪しい忍び笑いを漏らすのだ。景色に感じ入るどころか、漂ってくる妖気に毒されそうで鬱な気分になる。

 

「うひ。うひひ♪」

 

 今日の収穫を確認しているのだろう。さっき尾けていたイケメン二人組とやらもそこに収まっているんだろうか。

 

 思い出すとまた苛立ちがこみあげてきて、奥歯を噛みしめる。

 

 突然走り出したグリコの後を追いかけ、工事現場でこいつの姿を見つけた時、いいようもない怒りに頭が爆発しかけた。

 

 そこまでするのか。他の男にも。

 

 嫉妬といえば嫉妬なのかもしれない。こいつが他の男を追いかけるのを見ると、不愉快な気分になるのは確かなのだから。

 

 だが、もしかするとこいつも俺を……という淡い期待を打ち砕かれ、そんな自分にも腹が立った俺は、最早どうでもいいという気分にもなっていた。嫉妬なんてばかげている。

 

 所詮、こいつは顔のいい男なら誰でもいいのだ。

 

 こんな奴を好きかもしれないなどと、悩んだ俺が馬鹿だった。恋愛の対象になるような色気のある奴じゃないだろうに。一時の気の迷いだったんだ。

 

 周囲があまりにも焚きつけるから、なんとなくその気になっていただけ――と思いたい。

 

 実際、ここ数日俺の心を乱しまくったグリコと顔を合わせた時、最初は気まずくてまともに顔も見れなかったが。グリコのなんともグリコらしいアホ全開の行動を見ているうちに、徐々に熱は冷めていった。

 

 グリコは所詮、グリコだった。

 

 無意識のうちにいいイメージを作り上げてしまった感は否めない。好きだという自己暗示にかかっている時は、えてしてそういうことが起きるものだ。

 

 そうだ。暗示だったんだ。まやかしを本物だと信じ込んでいたんだ。

 

 よく見てみろ。あのしまりのない怪しい顔を。盗撮した美形の写真を見て妄想の世界へとダイブしているあいつを愛しいと思えるか? 思えるわけがない。どこからどう見てもただの変態じゃないか。

 

 仮にも押し倒そうとした相手だから、まったく欲情しないとまでは言わない。だがそれと『好き』という気持ちは別問題だ。

 

 それに俺には――――

 

 

「たっだいまー!」

 

「遅いわよバカ!」

 

「どこまで追いかけてったの。心配したわよ」

 

「朽木までなかなか戻ってこねーんだもんなー」

 

 元の場所に戻り、口々に責めたてる待ちぼうけを食らわされた面々の中、一人静かに苦笑している拝島と視線が合う。

 

「お疲れ様。ちゃんと連れ戻せてよかったね」

 

「ああ。こいつ、裏門を出たところにある工事現場にまで潜入してた」

 

「写真を撮るために?」

 

「いや、会話の盗み聞きだ。まったく。セメントに埋めて帰ろうかと思った」

 

「ぷっ。く、朽木なら本当にやりそう」

 

 おかしそうに肩を震わせる拝島の和やかな空気にほっとする。

 

 また拝島の隣に立てる喜びをかみしめ、俺も表情を和らげた。

 

 

『栗子ちゃんと仲直りできたんだね。よかった』

 

 

 俺のマンションから出発し、駐車場に向かう途中、集団から離れ拝島はそう耳打ちしてきた。

 

 最初、顔を合わせた時、なんといえばいいかわからず固まる俺に、いつもどおりの笑顔を向けてくれた拝島が何を考えているのか、本当に怒りは解けたのか、解けたとしたら何故なのか、密かに悶々としていた俺はその言葉に救われた。

 

 ふざけたことばかり言うグリコに鉄槌を下したのが、拝島には仲直りしたように見えたらしい。実際はグリコに見られるのが気まずくて話を逸らせたかっただけなのだが。あの時はまだグリコを過剰なほどに意識していたから、あまり見つめられるとそれが顔に出てしまいそうだったのだ。

 

 だがまやかしの熱も過ぎ去った今、改めて拝島を見ると、やはり俺が好きなのは拝島だという気がする。

 

 以前ほど胸を焦がすような劣情は感じないにしても、拝島の傍にいるのは落ち着く。無邪気な笑顔も俺好みで可愛いし、なにより、グリコの数百倍は色気がある。

 

 拝島を好きだと思う自分はまともな感性の持ち主だと安心できるのだ。グリコを好きなのは異常だとしか思えない。どこで道を間違えてしまったのだろうと己を見つめなおしたくなる。

 

 大体、グリコを好きになる理由がわからない。

 

 俺の記憶を取り戻すために色々立ち回ってくれたのが感動的だった、ということなら、俺は自分によくしてくれる人間に好意を持ったにすぎない。

 

 グリコという人間に魅力を感じたわけじゃない。

 

 そんなものは恋とは呼べないだろう。餌をくれる人間に尻尾を振る犬と同じだ。だから自分以外の男にも同じことをするのかと思えば腹が立つ。その程度の気持ちだ。

 

 それに、あのグリコがただの善意で俺を助けたとは到底思えない。どうせ何か下心があってのことなのに、ここで気を許すと絶対に馬鹿をみるに違いないのだ。気を許してはいけない――

 

「なんだかずっと難しい顔してるね、朽木。どうかした?」

 

 はっと気づけば、拝島以外周囲に誰もいなくなっていた。既に他の連中は俺と拝島を残して移動を開始していた。

 

「いや、別に」

 

 ここのところ色々と考え込みすぎで、頭が疲れている。現実から取り残されないよう注意しないと。

 

 もうあれこれと考えるのはやめにしようと思えば、ふと拝島に答えを求めたくなった。

 

「拝島」

 

「ん?」

 

「拝島は……グリコのどこが好きなんだ?」

 

 我ながらストレートな質問だった。拝島の顔が途端に焦りだす。

 

「えっ。ど、どこ、って……。そ、それはえーと、どう言えばいいのかな」

 

「あいつはあんな非常識な変態だろ? あんなの相手にときめくのはおかしいと思ったりしないのか? 自分の趣味はマニアックなんだろうかとか悩んだり」

 

「……相当にぶっちゃけてるね朽木。確かに、そんなことを思わなくもなかったけど」

 

 一瞬で照れの消えた拝島の視線がふっと遠くを見るように虚ろになる。

 

 ……やっぱり拝島も悩んだことがあるのか。

 

「でも、栗子ちゃんを見てるとなんだか元気になるし。自分に正直なところがいいな、って思ったら素直に好きだって思えた」

 

「自分に正直なところか……」

 

 確かに、それはあいつの最大にして唯一の長所だろう。

 

「朽木の中ではまだ答えが出せてないんだ? 栗子ちゃんのどこが好きなのか」

 

「ああ……。………………。いや! 今のは違う! 誤解だ!」

 

 思わず正直に頷いてしまい、慌てて否定するが、焦りで顔が火照るのをどうしようもなかった。

 

 馬鹿か俺は。好きな相手に他の奴が好きかもしれないなど、相談することじゃないだろ。

 

「認めたらスッキリするよ、きっと。朽木が栗子ちゃんを好きなの、俺は全然おかしくないと思うけどな」

 

「おかしいだろ! 色気もなにもないし、賽銭箱とケンカするアホだわ犯罪まがいのことするわ、常識がぶっ飛んでるあんな奴に人として惹かれる部分があるわけがっ」

 

「惹かれてるよ、朽木は。多分、初めて会った時からずっと。栗子ちゃんに惹かれてたと思う」

 

「そっ――!」

 

 それは違う、と叫びたかったが、何を言っても墓穴を掘る気がしたので口をつぐんだ。

 

 最初からあいつに惹かれていたとはさすがに思えない。

 

 初めて会った時からペースを狂わされっぱなしだったのは認めるとしても。

 

 惹かれるとか好きという感情とは微妙に違う気が……まぁ、自分ではわからないだけかもしれないので、半端な抵抗はやめておこうと思った。

 

 ……しかし、一体拝島の目に俺とグリコはどう映っているのだろう。罵り合いも親密の証とでも思っているのだろうか。

 

 そして、それなら拝島は俺のことを早くからライバルだと認識していたはずなのに、なぜ俺とグリコの橋渡しをするようなことばかりしていたんだ。

 

 好きな女が他の男に近づくのを、何故そんな穏やかな目で見ていられるのか。

 

 ……いや、本当はわかっている。

 

 優しすぎるのだ、拝島は。

 

「朽木は素直じゃないから。認めるのは時間がかかるかもしれないけど、ゆっくり考えてみなよ。それから栗子ちゃんとの仲を進めていけばいいと思うよ。……ただ」

 

「ただ?」

 

 なんだ? 拝島の目が再びふっと虚ろになる。

 

「先に栗子ちゃんを好きだと自覚した先輩としてひとつ忠告しておくけど…………栗子ちゃんは、てごわいよ」

 

 ごくり。

 

「徹底して、完全無欠の鈍感だよ。は。はは。頑張ってね、朽木……」

 

 妙に生々しい説得力のある悲愴感を漂わせる拝島に、「そ、そうか」と俺は曖昧に頷いた。

 

「よくわからないけど苦労したんだな、拝島……」

 

「きっぱりとふられる方が全然ましだよ。俺、しばらく勉強一筋でいくよもう」

 

 さめざめとこぼす拝島の落胆した背中は友人が遠くにいってしまったようで一抹の寂しさを感じなくもない。

 

 というかあれは未来の俺の姿なのか? 今からでもなんとか軌道修正できないものかと本気で考えたくなる。

 

 しかし、それほど拝島はグリコを好きだったというわけだ。

 

 それは過去形だと思っていいのだろうか。それとも――――

 

 

「なにしてんの朽木さん、拝島さん! おみくじ引きにいくよー!」

 

 

 グリコの大きな声が俺たちを呼ぶ。

 

 ぱっと顔を上げた拝島は「あ、うん!」と呼ばれて嬉しそうに目を輝かせた。

 

 やはり、拝島の気持ちは今も変わらないんじゃないだろうか。

 

 俺の気持ちはまだ定まらない。このままグリコへの好意を封印してしまえば、拝島も俺に遠慮なくグリコを好きだと言えるだろう。

 

 俺は、拝島の悲しむ顔は見たくない。

 

 

 できれば平穏にこのまま――――

 

 

「朽木さーん!」

 

「わかったから何度も大声で呼ぶな」

 

 まだまだ、悩ましいことは沢山ある。だが今だけは、全てを忘れてこの時間を楽しみたい。

 

 俺は名を呼ばれて一瞬生まれかけた熱を押し込め、渋々という風を装いつつ、グリコたちのもとへと向かった。

 

 

 

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