Act. 18-6
<<<< 栗子side >>>>
仕切り線も描かれてないような空き地同然の臨時駐車場から神社までは結構遠くて。
道中、色んなお店や屋台に目移りさせながら表参道を進むこと約二十分。ようやく石造りの階段が現れた。
神社の厳かな雰囲気はさすがのこの人ゴミで吹き飛ばされてるけど、境内はやっぱり少し空気が違う。清浄な感じ。
まぁ、人ゴミと言っても、景色が黒い頭に埋め尽くされるってほどでもないから、三が日に比べたら全然ましなんだけどね。
それでもはぐれないようにと固まって移動するあたしたち。
特に身長の低いあたしは見失ってしまいやすいらしく、四方をがっちりみんなに囲まれた。って、それっておかしくね?
なんだろう。なんか作意を感じる。でも果敢にデジカメを構えるあたしは、好みのイケメンを見つけては、包囲網をかいくぐって猛然とダッシュ。
うひひひ。いますよいますよ。パシャパシャと隠し撮りに精をだす。
大抵は女付きなのが惜しいけど、こんだけ人がいれば一人や二人は見かけるもんだね、超イケメン。美味しいですたい。
しかも今日は男だけじゃなく、華やかな装いの女性も美味しい。着物美人! 着物美人!
でも真昼に勝てる人はいないんだな~。くすっ。ちと誇らしい。うちの真昼が一番だよあんた!
「栗子ちゃん。一人で勝手に動いちゃダメだって」
そんな感じでちょこまかと道を外れ、今も灯篭の影からデジカメを構えてたあたしなんだけど。呆気なく拝島さんに連れ戻され、撮影断念を余儀なくされた。
「しょうがないわね、グリコは。やっぱりあたしと祥子で両腕を一本ずつとっていく?」
「面倒ね。ぐるぐる巻きに縛って朽木さんに担いでいってもらうほうが早いんじゃない?」
五右衛門風呂サイズの香炉の前で待つみんなは、そんな気になる会話を交わしてる。
四方をみんなに固められてるのって、やっぱりもしかしなくても、あたしの脱走防止の檻ですか。そんなに信用ありませんかワタクシ。
「グリコを肩車していってくださいよ朽木さん」
「なんで俺がそんなことをしなきゃいけないんだ。断る」
「朽木の背中に縄で縛り付けておきゃいいんじゃね?」
「だからなんで俺なんだ! 俺はあいつのお守役か!?」
朽木さんもとばっちりを受けてるご様子で。すまんねぇ、すっかり保護者役を押し付けられちゃって。
あたしは箱から細長い線香をつまみあげ、香炉の隣で赤々と燃える七輪の炭から火を借りた。
でっかい窯のような香炉の中には、沢山の燃え尽きた線香の残骸が積もっている。
ところどころに、何十本も束ねたような線香の塊がささってるんだけど、線香って、いっぱい焚くといいことあんの?
首をかしげつつ、あたしも一本の線香をさくっと灰にさす。
それから香りを楽しみ、煙を体にふりかけて、いざ拝殿へ!
意気揚々と歩き出すと、即座に拝島さんと真昼に両側を挟まれた。……ちっ。
先頭に立つのは朽木さん。今日はあたし、朽木さんの背中ばかり見てる気がする。脱線するあたしを追いかけてくるのも今日は拝島さんの仕事になってるし。
なんだかよくわからない違和感を覚えつつ、拝殿に到着。
どんだけ金とる気満々ってカンジのでっかいお賽銭箱が見えてくる。人が多いからしょうがないけど。
列にもなってないぐちゃぐちゃな人だかりに並び、順番を待つこと数分。朽木さんがお賽銭箱にお金を投げ入れる。
パンパン。
二礼二拍手一礼。きっちりと作法どおりに行う朽木さんのピシッと真っ直ぐな背筋がカッコ良くて、あたしはすかさずカメラを構えた。
最後の一礼は、長いまつげを伏せて、静かな黙祷を捧げている。何をお祈りしてるかはわかんないけど、あのおじいさんのことでも考えてるのだろう。
厳格な雰囲気はそれだけでひとつの芸術となる。お祈りポーズなんて滅多に拝めるもんじゃないし、こんなシャッターチャンス、逃がすわけにはいかないのだ。ストーカーとして。
「ちょっとグリコ。なにやってんの。後がつかえてるんだから早くしな!」
後ろから祥子に怒鳴られるけど、根性でシャッターを切った。その次の瞬間、朽木さんがあたしを振り向き、ぎょっとする。
「なにやってんだ!」
「盗み撮り。お祈りする姿がピシッとしてきまってたからさ~うひひ」
にへらっと笑って言うと、朽木さんに腕を掴まれた。あっというまに人だかりの外に引きずりだされる。
おっと。これは怒鳴られるな。
取り上げられないよう、デジカメはバッグの中にしまって、お仕置きゲンコツに備えるが。
「……人の多いところではやめろ」
いつもならスクリューアッパーでも出してきそうな場面なのに、朽木さんてばあたしと目も合わさず、そんな覇気のない注意をしてくるだけなのだった。
「……朽木さん?」
あたしはいよいよ訝しんで、朽木さんの顔を覗きこんだ。
だけどフイっと顔を逸らす朽木さん。更に目線を追いかけると、今度は体ごと逸れてあたしに背を向けた。
「なに? なんで逃げんの?」
「……どうでもいいだろ」
「めちゃくちゃ気になるって。また怒ってんの? 朽木さーん、朽木さーん?」
呼びかけながら、背中をつんつんとキツツキの如くつつく。
と、途端に早足で逃げだしやがった、この男。おいこら待ちなさい。どこにいくんだね、チミチミ。
「おーい、朽木さーん!?」
「うるさい! ついてくるな! トイレだ!」
トイレか。それなら仕方ない。
だけど朽木さんが公衆の面前でトイレとか口走るのは珍しいな。なんか焦ってる様子だったし。
あたしは首をかしげた。どうも今日の朽木さんはおかしい。
まず、元気がない。鬱になってるとかそういうカンジじゃないんだけど。
それからあたしと目を合わせようとしない。近寄るとさりげなく逃げていってしまう。
ゲンコツとかいつものツッコミもたまにしてはくるんだけど、一発殴ったら「お仕事完了」とばかりにさっさと離れて行ってしまうのだ。今度は一体なんやねん。
まだ情緒不安定かよ、とあたしは両手を広げた。メンドくさいお人ですなー。
「グリコ。結局、お賽銭投げてないんじゃない、あんた?」
「あ、そうだった!」
祥子に指摘されて、慌てて人の列に並びなおす。初詣の目玉を忘れてどうすんだ。お祈りお祈り。
財布から取り出した五円玉を握りしめ、頭上に掲げて、いっきまーす!
受け取りやがれ、神様っ!!
思いっきり振りかぶって投げつけた五円玉は賽銭箱に吸い込まれ――ずに、勢いよく跳ね返ってあたしの額にどしゅっと突き刺さった。
「………………」
どういうことですか神様。返金ですか。あたしのお願いを叶える気はありませんか。
落ちた五円玉を拾いあげ、もう一回、今度は素直にぽーんと放る。
こきーん。また返ってきましたよ。箱の縁に当たって。
「……ケンカ売ってんのかコラ」
いい度胸だこのヘボ神が。仏の顔も三度まで。あたしの顔は二度でマジ切れって言葉を知らんのか。
ふっと笑い、バッグの中に手を突っ込む。もはや戦いは避けられまい――――
次の瞬間、ギンッと賽銭箱を睨みつけるあたしがいた。
「売られたケンカは買っちゃるわっ! ヤキいれたるヤキ!」
「ちょっ、なにやってんのグリコ! なんでスタンガン取り出してんの!?」
「放して真昼! これはあたしと神様のプライドをかけた戦いなんだっ!」
「意味わかんないわよ! 捕まるって本気で!」
「バカにされて黙ってられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
取り押さえようとする真昼の腕を振り切り、スタンガンを振りかぶる。
ウケケケ。あたしにケンカ売ったこと、あの世で後悔しな!
あーん! どぅー! とろ――――――
「バカは一生黙ってろっ!!!」
どごっっ!!
……ふ。いいもん持ってんじゃねぇか、朽木さん。
そんなわけであたしと賽銭箱の一世一代の熱き戦いは、脳天から叩き落とされた拳大の石により、終結となったのだった。
書いたあとで気づいたんですが。
神社では普通線香焚きませんよね、すみません。
線香炊く神社がまったくないわけではないのですが、普通は寺院ですよね。