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Act. 4-5

<<<< 朽木side >>>>

 

 グリコの殺人弁当騒動で騒々しかった昼食が終わり、午後はまた海に入って遊ぼうとのグリコの提案に。

 

「私はパス。浜で本でも読んでるわ」

 

 協調性の欠片もない立倉が言った。

 

「あ、祥子ちゃん。それなら俺のゴムボートでどう?」

 

 すかさず高地が申し出る。

 

 実は俺達が荷物を取りに行ってる間、高地は拝島の忠告をものともせずひたすらゴムボートに空気を吹き込み続け、なんと、とうとう完成させてしまったのだ。

 

 恐るべき執念である。

 

 

「ゴムボート……って、使ってもいいのここ?」

 

「監視員もいないし大丈夫だよ! 錘を垂らしておけば流されないし、海の波に揺られながら読む本は最高だよきっと!」

 

 どの辺が最高なのか。波に揺られながらの読書など、見るからに船酔いしそうだ。

 

「ボートの上で読書なんてあり得ないでしょ」

 

 案の定、立倉に突っ込まれている。

 

「じゃあ、じゃあさ、俺と一緒にボートの上で本について語り合うってのは……」

 

 結局それが真の狙いか。

 

 だが当然というか立倉の返事は。

 

「悪いけど興味ない。貴方の本の知識にも、貴方にも。全く全然興味ない」

 

 予想を超えて手厳しい拒絶だった。

 

 高地の顔が情けないほどに歪んでいく。

 

 ひざまづき、砂浜にがっくりと手をつく様子は、まさに夢破れたり、といった風情だ。

 

 高地には悪いが、どちらかというと見ていて面白い。

 

「高地さん、ふぁいとー」

 

 グリコの全く気合の入ってない声援が、更なる哀愁を添える。

 

「ううっ……挫けない……すんごく心が折れそうだけど、挫けるもんかぁ〜〜。高地元治の夏はまだ始まったばかりなんだっ……」

 

 地面の砂をぎゅっと掴んで滂沱する高地。

 

 それを見た立倉の心が動かされたようには見えなかったが。

 

「多分その夏はすぐ終わると思うけど。……まぁ、その心意気に免じて、このボートだけは使ってあげてもいいわよ」

 

 意外な言葉が飛び出した。

 

 しかし、よく聞いてみればそれも微妙に高飛車なものであることに変わりはないのだが、

 

「えっ! ホント!?」

 

 高地を喜ばせるには十分だったようだ。これ以上ないという程に顔を輝かせて立倉を見上げた。

 

「せっかく作ってくれたんだしね……日光浴にでも使わせてもらうわ」

 

 ふっと表情を緩ませて言う立倉。この女の不快と不機嫌以外の表情を、今日初めて見た気がする。

 

「凄いよ高地さん! 今の、祥子には滅多にない最大級の譲歩だよ!」

 

 グリコが高地の肩を叩いて励ましの言葉をかける。どうでもいいが、あれが最大級の譲歩ってのは人としてどうなのか。一応あのボートを一人で膨らましたのは高地なんだが。

 

「ふふ。海について来たことといい……祥子も随分丸くなったじゃない」

 

 池上までそんな調子だ。

 

 高地は元気の戻った顔で立ち上がると、ようやく出番となったオレンジのボートを脇に抱えて力強く言った。

 

「じゃ、じゃあ、早速海上ビーチにご案内致しますよ祥子ちゃん! ゆったりボートでくつろいでおくんなせぇ!」

 

 そこで口調まで変わるのは何故なのか。俺にはもうついていけない。

 

 くるっとその場の連中に背を向け、俺は一人、ピーチパラソルの下に戻っていった。

 

「む? むぅ〜〜。朽木さん、何処行くのー?」

 

 ストーカーグリコが後を追ってきた。

 

「俺も海に浸かる気はない。ここで昼寝でもしておくさ。どうせ荷物番も必要だしな」

 

 借りてきたコンパクトチェアに座って言う。

 グリコは頬を膨らませて不満気な顔をした。

 

「海に来て海に浸からないなんて邪道だよ! 一回くらいは海に浸かろうよ〜」

 

「それで俺と拝島がパーカー脱いだら、お前、また鼻血出すだろ」

 

 言ってやると、うっと言葉を詰まらせた様子で顎を引くグリコ。別に意地悪してるつもりはないんだが、こっちが苛めてる気分になる顔をするのは小狡い技だと思う。

 

「じゃあ、あたしが荷物番する……」

 

「海に浸かりたい奴が海に浸からなくてどうする。俺のことは気にせず遊んでこい。俺は昼寝してる方がいいんだ」

 

「…………親父くさ」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

 ポソリと聞こえた呟きに、俺は笑顔で応対した。

 両手の拳でグリコの頭を挟みながらだが。

 

「ふぎっ。あたたたた。なんでもないですぅ〜〜。朽木さんはステキなヤング〜〜」

 

 痛そうに涙目で訂正するグリコの顔は面白い。小動物みたいだ。

 

「分かったらさっさと行ってこい」

 

 まだ不満そうな顔をするグリコをしっしっと手で追い払った。

 

 

 

 それからどのくらい時間が経ったのかわからない。

 

 

 立倉が乗ったボートを高地が水上まで引っ張って浮かべるのを眺め。

 

 立倉以外の四人が、楽しげな様子で海に入り、ビーチボールで遊ぶ姿を遠くに眺め。

 

 ゆったりと揺らぐ海面になんとはなしに視線を投げ、潮風に吹かれてる内に海もたまにはいいかもしれない、とふと感じたのを最後に眠気に誘われた。

 

 夢は見なかったと思う。

 

 ただ、微かに波に揺られてるような、奇妙な安息を感じていた。

 

 このままずっと漂っていたい……。

 

 

 拝島が、近くにいるような気がした。

 

 

 

 

『そんなしけたツラばっかしてんじゃねぇぞ、坊主』

 

 どこからか声が聞こえてくる。

 

 ああ、じぃさん。じぃさんか。

 

『世の中面白くないことばっかでもねぇぞ。よーっく周りを見てみるんだな』

 

 うるせぇよ、くたばりぞこない。

 

『おめぇはまだ出会ってないだけだ。そいつと出会えば、途端に世の中面白くなる』

 

 ただのピエロか芸人じゃん。

 はっ。ばっかじゃねぇの?

 

『信じてねぇな? お前』

 

 当たり前だろ。詭弁もいい加減にしやがれ。

 

『いつか分かる時がくる。誰しも人生には、運命の出会いってのが、一度は用意されてるもんなんだ』

 

 またそれかじぃさん。

 

 ああ……でも、やっと分かった。

 

 そうだ。確かにあったよ、運命の出会い。

 

 優しい眼差し。

 暖かな笑み。

 

 そうだ。俺はもう出会っている。

 

 出会えたんだよ、じぃさん。あんたにも見せたかった。

 

 俺のパートナー。

 

 掛け替えのない、パートナーを――

 

 

 

 そこで俺の意識は覚醒した。

 

 

「んっ……」

 

 瞼を開いたのと、頬にひんやりとした感触があるのに気付いたのとは、ほぼ同時だった。

 

「なんだ……?」

 

「へへっ。くちーきさんっ♪」

 

 開けた視界にまず飛び込んできたのはグリコの顔だった。悪戯っ子のような表情を浮かべている。

 

 頬に当てられてるのが冷えたジュースの缶だと、グリコの伸ばした手の先を見て気付く。

 どうやらこれが俺の瞼をこじ開けたらしい。

 

「お前な……」

 

 睡眠妨害だ。

 

 と、口に出すのも億劫でグリコの額を弾く。

 

「だって朽木さん、なかなか起きないんだもん」

 

「そりゃ悪かったな……。今、何時だ?」

 

「3時過ぎくらいかな。ちょっと休憩しようって皆が。これ、朽木さんのジュース。ハイ」

 

 突き出してくるジュースの缶を受け取り、頭を軽く振った。意識を完全に取り戻す。

 

 拝島は……まだ海の中だ。高地と一緒に立倉を呼びに行ってるようだ。割と遠くに浮かぶオレンジのボートに向かっていた。

 

 後で拝島を誘ってゆっくり二人で泳ぐのも悪くない。

 

 

「朽木さんって、気付けば拝島さんを目で追ってるよね」

 

 目ざといグリコに指摘され、僅かに動揺する。

 

「そうか……?」

 

「うん、バレバレ」

 

 それは……少し気を付けないといけないかもしれない。

 

「拝島さんは確かに生唾ごっくん涎モンなイケメンだけど、朽木さんにはそれだけじゃないんだね。なんてゆーか特別?」

 

 こいつ……さすがストーカー。よく見てる。

 

「詮索は好ましくないな」

 

 俺は欠伸を噛み殺して言った。まだ覚醒後の倦怠感が抜けてない。

 

「うん、あたしの妄想内に留めておくけど。にひ。愛のある鬼畜攻めかぁ〜」

 

「だからそういうことを公共の場で口にするなと……」

 

 ため息を落としながら、冷えたジュースの缶を開ける。

 こいつには何を言っても無駄か。

 

「あ、イケメン集団発見! なんかサーファーっぽい! うは〜逞しい体〜」

 

 案の定聞いてない。

 

 まったくどういう教育を受けてきたんだか。親の顔が見てみたい……ような見たくないような。こいつとそっくりだと目もあてられない。

 

 当のグリコは俺に背を向け、波打ち際で波と戯れる男達に、邪念たっぷりの視線を送っている。「ひゃ〜」とか「おぉ〜」とか、奇声を発して怪しいことこの上ない。

 

「あの人達がみんなゲイだったら凄いなぁ……うひひ」

 

 それはある意味凄いが……かなり寒い。

 

「でも全員受けっぽいからなぁ〜……ああ、朽木さんがいるか。あの中に朽木さんが入ったら……」

 

 グリコの横顔がうっとりとしたものになる。

 更に怪しさが増してきた。

 

「い、いいかも…………うふ。うふふふっ。っきゃー! く、朽木さん、誰を押し倒したい?」

 

「何を妄想してるんだお前は!」

 

 思いっきり背中を蹴りつけてやった。

 勢い余って顔面から砂浜にめりこむグリコ。

 いい気味だ。

 

 ったく。この変態女め。

 

 そんな漫才を繰り広げてる時だった。

 

 ふと見た砂浜の向こう。数十メールはある距離を、幾組かのカップルやファミリーを超え。気付く。

 

 遠目でも明らかに浮いてる集団。

 

 砂浜を我が物顔で闊歩するそいつらが、こちらに向かってやって来ていた。

 

 思わず首をそちらに回す。

 

 俺がそれに気付いたのと同時に、向こうもこちらに気付いたようだ。驚きの表情を浮かべ、足を止める。俺の視線と奴らの視線が一瞬交差した。

 

 俺はすぐに顔を背け、見なかったことにする。が、奴らはこちらを無視などできないようで、

 

「へへっ……また会ったじゃねぇか」

 

 下卑た笑いを含みながら、近付いてきた。

 

 

 厄介なことになったな……。

 

 俺は少し思考を巡らせた。

 

 奴らとは、先程駐車場で一揉めした連中のことだ。相変わらず軽薄な服装と悪意に満ちた雰囲気。まぁさっきの今で連中が爽やか青年に変貌するわけもないんだが。

 

「あの可愛い子ちゃん達はどうしたんだよ。にぃさん独りお留守番かぁ?」

 

 派手なアロハシャツに白い半ズボンを履いた男が一歩抜きん出て俺の横に立つ。首にはゴールドのチェーン。俺はそれを横目に捉えつつ、顔は浜辺に向けたまま微動だにしなかった。

 

 よく見れば、どっかで見たような服装……って、高地の服か。やはりあいつの恰好はチンピラ臭かったというかチンピラそのものだったようだ。

 

 まぁそれでも高地の方が数十倍マシな見てくれだが。

 

「見ての通りお留守番だ」

 

 俺は気のない素振りで答える。

 

 やり合うのに砂浜は厄介だ。足をとられやすい。相手は五人……なんとか捌けないこともないが、あまり目立つ行動はしたくない。

 

 などと考えてると、グリコが砂浜からがばっと身を起こした。

 

 今の今まで砂浜に突っ伏してたのかこいつ。どういう肺活量だ。

 

「ぶはぁっ! ちょっと! 乙女になんて仕打ちすんの……」

 

 声高に文句を吐きつつ振り返った顔は、男達の姿を目にした途端固まった。

 

「……! さっきの……!」

 

 だが男達の反応はというと。グリコが振り返った瞬間、びくっと震えたが、

 

「な、なんだお前はっ」

 

 やや面食らった様子で、まったくグリコだと気付いていない。

 

 理由は簡単。グリコの顔が一面砂まみれだったからだ。

 

 砂まみれというか、最早砂お化けというか。何故か頭にはカニが乗っている。

 

 かなり異様な光景だった。

 

「忘れたとは言わせないわよ! さっきはよくも祥子たちをっ!」

 

「まず顔を拭け、顔を」

 

 緊張感が台無しだ。

 

 ジュースの缶を地面に置き、手近にあったフェイスタオルを放ってやると、グリコは慌ててそれで顔を拭い、一応は見られる顔に戻る。

 

 何故かチンピラ共はそれを律儀に待ってから、

 

「おっ、お前はっ!」

 

 驚きの声をあげて、後退った。

 

 

 なんだ? そこまで動揺することなのか?

 

 まぁ確かに変な女ではあるが。今は頭にカニを乗っけているし。ていうかいつまで乗ってるんだそのカニは。

 

 と、思ってると、チンピラの中の一人が俺の疑問に答えてくれた。

 

「あっ、あの女! 俺の手に咬みついた女だっ!」

 

 咬みついたのか。思ったよりも無茶をするな。

 

 それでこの殺気か。

 

 チンピラ共は今にも掴みかからんとする様子で、グリコを睨み付けている。

 

 俺はまた可笑しくなって一瞬ふっと口許を緩めたが、笑ってる場合でもないので、それはすぐに封じ込める。椅子から身を起こし、グリコと男達の間を塞ぐように立った。

 

 庇ったつもりはない。

 ただ、チンピラ共に、お前達の相手は俺だ、と再認識させただけだ。

 

「女の前だからってカッコつけてんじゃねぇぞ。その整った顔、ぐちゃぐちゃにしてやろうか?」

 

 脅しには応えず、目元のサングラスを引き抜く。薄く嘲りの笑みを浮かべると、チンピラ共は僅かにたじろいだ。

 

「ここでやってもいいが、人目がありすぎるんじゃないか? すぐに警察を呼ばれるぞ」

 

 賭け――という程でもないが、さっきグリコが警察を呼ぶと脅した時の、男達のあからさまに怯んだ様子から、何か警察に関わりたくない事情があるだろうと踏んだ。

 

 手持ちのカードは有効に使え、というのが俺の信条だ。

 

「サツに来られると、困ったことになるだろう?」

 

「うっ――」

 

 どうやら大当たりのようだ。反応が分かりやすくて助かる。

 

 チンピラ共は一歩退き、憎々しげに俺を睨みつける。俺はそれをものともせず受け止める。

 

 はったりで負けたことはない。

 

 俺は既に優勢を確信していた。

 

 だが、睨み合いは拍子抜けする程あっさりと終了した。

 

 チンピラの一人が、先頭に立つリーダー格の男に、何か耳打ちをした途端、奴らは急に冷静さを取り戻したのだ。

 

「へっ……そうだな。わざわざここでやり合わなくてもな……」

 

 俺に意味深な視線を注ぎつつ、にやりとほくそ笑む男達。

 

 これまでのやり取りを、突然リセットされたような違和感を覚える。

 

 というか、何かよからぬことを企んでいるのは一目瞭然だった。

 

 それが何であるかを探ろうと、俺は素早く鎌かけの言葉を選び、口を開いたが――

 

 

 直後、男達との対話を中断せざるを得ない状況がのしかかってきて、声を発することは叶わなかった。

 

 俺は、全てにおいて優先される声を聞きつけ、咄嗟に後ろを振り返る。

 

 

「朽木――――――っ!」

 

 

 拝島の声。

 

 いつも穏やかな拝島らしからぬ、焦りを含んだ声。

 

「拝島っ!?」

「拝島さんっ!?」

 

 グリコも驚いた顔で、浜辺から駆けつける拝島を振り返った。

 

「へっ……」

 

 チンピラ連中が鼻で笑い、歩き去る気配がした。そちらも気にはなったが、今はとりあえず拝島のただならぬ様子の原因を聞くほうが先だった。

 

「朽木ー! 栗子ちゃーん!」

 

「どうした拝島っ!」

 

「何かあったんですか!?」

 

 俺とグリコも拝島の方に駆け寄る。

 

 程なく俺達は向かい合う形となり、足を止める。

 

 拝島はやや青ざめた顔で俺達を真正面から見つめ、息を切らせながら言った。

 

「しょ、祥子ちゃんが――」

 

 

 

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