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Act. 18-5

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

『あっけましておめでとぉ~~~~!!』

 

 

「……いい加減玄関先でがなり声をあげるのはやめてくれ」

 

 一月四日の青天の下。初詣に行くあたしたちの集合場所は当然のごとく朽木さんのうち。

 

 新年早々、疲れた声と共に現れた朽木さんは、扉の前に立つあたしたち五人の顔を見回し、でっかいため息をこぼした。

 

 うんうん、今年も素敵な憂い顔。約二週間ぶりくらいに見る顔は相変わらず端正で、すっかり顔艶もよくなっている。

 

 男としてのそこはかとない色気が漂う筋張った首筋。シャープな顎のライン。

 

 思わずヨダレが垂れてしまう美形ぶりはますます磨きがかかったようで。

 

 盛り沢山の妄想ネタ、今年も提供してもらいます。ごっつぁんです。

 

 両手をあわせて拝むと、ごすっと早速手刀が頭に振り下ろされた。

 

「怪しい目で拝むな」

 

「初手刀ありがとうございます……ってそんなことより朽木さん!」

 

 あたしは朽木さんの胸元にビシッと指を突きつけた。

 

 出てきた時から気になっていたのだ。せっかくの初詣なのに。これは言っておかねばなるまいて。

 

「なんだ?」

 

「なんだじゃないでしょ! なにその恰好! 思いっきり普通の服装じゃん!」

 

 そうなのだ。朽木さんってば、セーターにジャケット、スラックスと、普段となんら変わりない洋装で出てきやがったのだ。

 

「それのどこが悪い」

 

「ここは日本だよ!? 今日は日本の正月だよ!? こんな日くらい着物を着なくてどうするの!? 着流しに羽織! できれば胸元は緩めに! 好みにもよるだろうけど、あたしはやや胸板が覗くくらいが」

 

 どごっっ

 

 

 …………初ゲンコツもごっつぁんです。

 

 

「新年早々飛ばしすぎでしょグリコ。朽木さん、あけましておめでとうございます」

 

 あたしの後ろから今まであたしと朽木さんのやり取りを静観していた真昼が朽木さんに挨拶をした。

 

 こちらは丁寧に結い上げた髪の見るからに美人オーラの漂ってくるあでやかな着物姿。

 

 ここに来る間だけでも、何人の男女が振り返ったかわからない。

 

「ああ、おめでとう」

 

「今年もよろしくな、朽木! CBTとかレポートとか!」

 

「お前とよろしくする気はない」

 

「そんな、朽木ちゃあ~ん!」

 

 相変わらずの高地さんは、祥子との初詣にどんな張り切り方をしたのか、羽織袴姿。

 

 家が歴史ある漢方薬局なんてやってるからか、和物は結構持っているらしい。

 

 着物に負けている。と言ったら落ち込んだ。

 

「あまり縁があるとも思えないけど、とりあえずよろしく」

 

 今年もク-ルビューティな祥子の新年の挨拶には、朽木さんも返事に困ったような微妙な顔を一瞬見せた後、「よろしく」と短い挨拶を返した。

 

 祥子の服装は朽木さんと同じく、いつもと変わらない地味な色合いの洋服。気合なんて欠片もないところが高地さんと対照的で、今年も温度差の激しい爆笑カップルぶりを見せてくれそうだ。

 

 まぁ、あたしも動きにくい着物はご勘弁っつって洋服なわけだけど。

 

 そして最後に拝島さん。

 

 こちらも変わり映えしないスウェットシャツにジーンズという、服装にお金をかけない拝島さんらしい洒落っ気のない恰好。

 

 以前、朽木さんとなにか諍いでもあったようなことを言ってたけど、今はそれを気にしている素振りはまったく見えない。いたって普通の顔だ。

 

 だけどそんな拝島さんに視線を移した朽木さんの表情は、なんと言ったらいいのかわからないような言葉に詰まった様子で、緊張しているのが窺える。

 

 微妙な間が一瞬流れた。だけど。

 

「あけましておめでとう、朽木。今年もよろしく」

 

 固まった空気を溶かすかのように拝島さんが明るく笑い、つられて朽木さんも「あ、ああ。おめでとう拝島。今年もよろしく」と口を開いた。

 

 それだけで、二人の間に流れる空気はいつもの和やかなものに戻る。朽木さんの顔に安堵の色が浮かび、これで拝島さんと仲直りってことになったらしい状況が垣間見える。

 

 どんなことでケンカしたんだか知らないけど、やっぱこの二人は仲良しでなくちゃね。

 

 あたしもちょっとほっとした。

 

 

「んじゃ、さっそく初詣いってみよーっ!」

 

『おーっ!』

 

 

 そんなわけであたしの檄に祥子と朽木さん以外のメンバーが応え、あたしたちはぞろぞろと連れ立って移動を開始したのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 今日の空は青々としている。

 

 空気は冷たくて氷が張ったようにキンとしてるけど、それがまた新しい年が始まった緊張感を表してるようで心が研ぎ澄まされる。

 

 いいね。今年も一年、頑張るぞって気分になる。

 

「思ったより混んでるね」

 

 車から降りた拝島さんが、駐車場の彼方を歩く人の波を見やりながら言った。

 

 確かに、すごい参拝客だ。三が日を過ぎたというのに、参道に向かう人の流れはこれでもかってくらいに続いてて途切れることがない。

 

 この駐車場に入るまでも時間がかかった。今回は朽木さんと拝島さんの二人に車を出してもらい、ここにある大きな神社にお参りしようってことになったんだけど。これなら電車の方が良かったかもしれない。

 

「初詣を焦っても仕方ないし、ゆっくりいきましょ」

 

 動きにくい振袖姿の真昼は遅れをとりやすい。言いながら、ゆっくり朽木さんの車から降りてくる真昼を待って、あたしは車のドアを閉めた。

 

「あら、ありがとうグリコ」

 

「いえいえゴチソウサマです」

 

 流れるような足の動きとか、香りたつような色っぽいうなじとかね。

 

 もっと近くで拝ませてください。おさわりはどこまでオッケーでしょうか。

 

「今年も変態道まっしぐらね、あんた。もっと節操ってもんを持たないの?」

 

 拝島さんの車から降りて寄ってくる祥子に残念な視線を返す。

 

 ああ。せっかくの正月なのに。せっかくのクール美人なのに。

 

「こんなにキレイどころに囲まれて持てるわけないって。祥子の振袖姿も見たかった……」

 

 祥子は嫌そうに顔をしかめて明後日のほうを向いた。そんなに嫌ですか、着飾るの。

 

 しょんぼりするあたしは移動を開始する朽木さんに続いて歩きだそうと身を乗りだす。と、真昼があたしの肩を叩いてきた。

 

「そういうグリコは着ないわけ?」

 

 へ? あたし? 振袖を?

 

 一瞬、目をぱちくりさせてから、「あはは、ないない」と手を縦に振る。

 

「ちんちくりんのあたしが着ても七五三の延長じゃん。絶対、着崩れるし」

 

「そんなことないわよ。綺麗な黒髪してるんだし、日本人形みたいになるわよ、きっと」

 

 日本人形? あの呪いの人形みたいなやつっすか? 毎年髪が伸びるとかそういうカンジの。

 

「もうすぐ成人式だから、試しに着てみれば?」

 

「着たら走ったり木に登ったりできないからいいよ。撮影に支障がでると困る」

 

 あたしは先を行く拝島さんの後を追って歩きだした。

 

 そういやすっかり忘れてたけど、今年は成人式があるんだった。あんまり面白くはなさそうだけど、真昼と祥子が行くんなら行ってもいいな。

 

「せっかくだから、着てみなよ振袖。一生に一度の成人式なんだし。栗子ちゃんならきっと似合うと思うよ」

 

 と、立ち止まって振り返った拝島さんがそんなことを言う。

 

 やだプー、なんてさすがに拝島さんには言えない。

 

「な、朽木もそう思うだろ? 栗子ちゃんに振袖、きっと似合うよね?」

 

 いやいや拝島さん。同意を求める相手が間違ってます。

 

「拝島。頼むから俺に振るな」

 

 首だけちらっと振り返った朽木さんが不愉快そうに眉根を寄せる。

 

 お世辞なんて言えない人だから、まぁこの反応が妥当だろう。正直者でよろしい。

 

「そうそう。着物は美人が着てこそのアイテムです。あたしは撮影側でいいですよ」

 

「誰もそんなこと言ってないだろ」

 

「フォローなんてしなくていいよ、朽木さん。あたしは見てるだけで満足なのさ」

 

 バッグの中のデジカメを取り出して、ついでに真昼と祥子を撮影。持つべきものは美人の友達。

 

「俺はっ」

 

「ん?」

 

 何かを言いかける朽木さんに視線を戻すと、真っ直ぐに目が合った朽木さんは、何故か口を開けたまま固まってしまった。

 

「…………」

 

「なに?」

 

 ぱちくり。『俺は』、なんだろ?

 

 大人しく続きの言葉を待つと。

 

「…………いや、なんでもない」

 

 プイっとそっぽを向く朽木さんにがくっとなる。なんだよフェイントかよ!

 

 くすくす笑う拝島さんが「朽木は照れてるんだよ」とかいつものあり得ない解釈を囁いてくれるけど。そんなわけないっつーの。

 

 無理矢理いいほうにとらなくていいんですよ、拝島さん。

 

 いらない親切心に、ハイハイと適当に返事をしておいた。

 

 

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