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Act. 18-2

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

 駅前で合流したあたしと真昼と祥子は、近くの喫茶店に入った。落ち着いた雰囲気のお店。

 

 紅茶と、クリスマスに食べ損ねたケーキを注文して、ようやく味のあるものにありつけたあたしは、この三日間の安静地獄・看病攻撃についての不満を早速ぶちまけまくった。

 

「もうねー、何年前の病人食だっての。あんなんで体力回復するか! 動くな安静にしてろってうるさいし」

 

 ケーキをパクつきながらグチるあたしに、

 

「でも三日も高熱が続いたほどなんだから、市柿さんも心配するわよ。グリコが病気することなんて滅多にないし」

 

 と苦笑気味の真昼。

 

「ありがたいって思っておきな。風邪ひきの体で無茶して悪化させたあんたが悪いんだから」

 

 祥子にも痛いところを突かれ、「ふわぁ~い」と小さくなりながらケーキを飲み込んだ。

 

 と、自分を飾ることを滅多にしない祥子の首に、きらりと光るものを見つける。

 

 ほとんど襟の中に隠れちゃってるけど、ちらっとだけ覗くそのシルバーチェーンは。

 

「祥子、ネックレスしてる? 珍しいね」

 

 言いながらあたしはずいっと祥子の襟元を覗き込んだ。

 

 せっかくのお洒落なのに、服の中に隠しちゃったら意味ないじゃん。

 

「そ、そう?」

 

 途端、何故だかうろたえる祥子。あれ? もしや。

 

 ピーンときましたよ。きちゃいましたよコレ。

 

「高地さんからもらったんでしょ?」

 

 答えをあたしの代わりに真昼が言ってくれる。ズバリ、そのとおりでしょう。

 

「まっ……! まぁ、くれるってモンを断る理由もないし」

 

 なんとかすまし顔を作ろうとするけど失敗する祥子。

 

 反応が日に日にわかりやすくなってくよね。頬が赤いですよ。

 

「やるね~高地さん。見せて見せてー」

 

 あたしは祥子の首に手を伸ばし、ネックレスに触ろうとした。

 

 でもその手は祥子にピシャリとはたかれ、祥子は自分でネックレスを取り出して見せてくれた。

 

 透明度の高い緑とピンクの石がちょこちょこっと散りばめられた可愛いやつ。

 

 なるほど。祥子が自分で買うとしたら多分、もっとシックで大人っぽいのにするだろう。

 

 そっちの方が確かに一見祥子のイメージだけど、高地さんはあえて祥子が選ばなさそうなものを選んだんだ。

 

「可愛いね。似合ってるよ、祥子」

 

「本当。これに合わせて、たまには明るい色の服を着てみるのもいいんじゃない?」

 

 あたしと真昼が口々に褒めそやすと、祥子は照れてるのか口をへの字に曲げた。

 

「そんなあからさまに喜んでるみたいなこと……」

 

「いいじゃん、高地さんも喜ぶよ」

 

「これ、クリスマスにもらったの?」

 

「……あいつがうちまで渡しに来るから、もらうだけもらっといたけど、期待するようなことは何もなかったからね」

 

「え~~。そのまま追い返したの? ちょっとデートするくらいしてあげても」

 

「……お茶にはつきあってあげたわよ」

 

「お茶だけ? 一緒に映画を観に行くとか、そのくらいサービスしてあげてもよかったんじゃないの? 高地さん、がっくりしてたでしょ?」

 

「わりと嬉しそうだったけど」

 

「高地さん……」

 

 ほろり。すっかり袖にされることに慣れちゃったんだね。

 

「真昼は? クリスマスはなにしてたの?」

 

「もちろんデートよ」

 

 あたしの質問に真昼はさらりと余裕で答える。ですよねー。

 

「もしかして、その耳のピアスがプレゼント?」

 

 あたしは真昼の耳についてる花の飾りを指差して言った。

 

「アタリ。花のような君に、ですって」

 

「うわっ、さむっ! よくそういうキザなセリフに耐えられるね~真昼」

 

「一生懸命盛り上げようとしてくれてるんだから、可愛いもんじゃない。慣れると意外に面白いわよ」

 

 転がしてます、真昼さん! 男を手玉に取ってるツワモノっぽい匂いがぷんぷんです!

 

「グリコも寒い寒い言ってないで、試しに誰かとつきあってみれば?」

 

 と、突然矛先が思わぬ方向を向いてあたしは目をぱちくりさせた。

 

「試しに、っつったって、相手いないじゃん。わざわざ探すのもめんどいし」

 

「その気になれば候補はいっぱいいるでしょ。周囲に男の人多いんだし」

 

「あたしとつきあおうなんて物好きはいないよ~。いてもめちゃくちゃマニアックそうじゃない? オタクカップル誕生、みたいな」

 

「そうでもないと思うけど……」

 

「いーのいーの、あたしは気長に待つから。今のところ一人身で不自由ないし」

 

 なんとなく居心地が悪くなってあたしは話を打ち切ろうとした。だけど。

 

 

「朽木さんに車で送ってもらったんでしょ?」

 

 

 何故か変な方向に話が移ってドキッとした。

 

「うん、熱出して動けなかったから……」

 

「仲直り、できたんだ? どうしてその日朽木さんは大学に来てたのかしら? しかもやけにタイミングがいいじゃない?」

 

「そ、それは……」

 

 真昼には「朽木さんに送ってもらって、二人で市兄ちゃんに怒られた」とだけ電話で言ったことを思い出す。

 

 その時はそんなに深いツッコミを受けなかったんだけど。

 

「朽木さんも怒られた理由が気になるわね。何があったの? もちろん、きかせてもらえるわよね? 幸い、ここには市柿さんもいないことだし」

 

 しまった。市兄ちゃんがいるから家ではつっこまれなかっただけなんだ。危うし、あたし!

 

 ニマニマと迫ってくる真昼の隣では、ぽかんとした顔の祥子があたしと真昼を見比べてる。

 

「なに? もしかしてグリコ、朽木さんといい仲になったわけ?」

 

「ちがぁ――――う!! それは違う! 絶対ない! 朽木さんは責任感じて手伝ってくれただけで!」

 

「責任感じて? 手伝ってくれた? へぇぇ~、グリコが倒れたのは朽木さんが絡んでるわけね」

 

 ちょっ。真昼さま。目がアヤシイです。きらりーんって光りましたよ今。

 

「面白い話がきけそうだわ。あ、紅茶おかわりしようかな。長くなるわよね? すみませーん、メニューくださーい」

 

 どうあっても話させる気満々の真昼に、あたしはがっくりとうなだれた。

 

 

 

 

「なるほど。拝島さんとのクリスマスをプレゼントしようとして、拝島さんに逃げられ、代わりにあんたが朽木さんと一緒に過ごすことになったと」

 

「はい……。まぁ、そういうわけです」

 

 あたしは妙な敗北感と共にこっくりと頷いた。

 

 別にどうってことない話なんだけど、真昼の意味深な視線が耐えられない。なんでそんな目であたしを見るんだ?

 

 話したことは朽木さんの過去と強姦未遂事件以外の全て。これまでの経緯をこと細かく訊かれてしまった。

 

「ベランダから侵入って、あんたどんだけ犯罪者……っていうか、あそこ七階じゃなかった? ヘタしたら死ぬわよバカ」

 

 と祥子。

 

「SM嬢のおねーさんがロープを貸してくれてね。降りる時も支えてくれたからなんとかなった」

 

 とのあたしの言葉に、呆れの極みだといわんばかりに深々と息をついた。

 

「変人は変人を呼ぶっていうか……その人も相当奇特な人だわ」

 

「お友達になっちゃったよ。今度、濃ゆい写真いっぱい見せてくれるって」

 

 調子に乗って言ったら真昼の目が厳しくなった。ぎくっ!

 

「経験もないまま耳年増になってくのって悲しくない? SMに興味を持つ前に、普通に男性とつきあって、キスするくらいのことはしてみたら?」

 

「えーっ。見てるだけでいいよ。あんなん、キショイじゃん」

 

「それはそういう目で見てるからよ。実際に好きな人とキスしてみると、気持ちよくて案外ウットリするかもよ?」

 

 そうかなぁ? 朽木さんとキスした時も気持ち悪かったけどなぁ?

 

 あたしは朽木さんに押し倒されたあの日、口を塞ごうと重なってきた柔らかい感触を思い出した。

 

 荒々しい唇。熱い吐息。なるべく思い出したくない記憶。

 

 背中がまたぞわぞわっとしてくる。あの時みたいに。

 

 まぁ、外見はウットリする好みのイケメンだけど、好きなわけじゃないし。

 

 近しい知り合いとの、今の関係を壊すような行為ってイヤなものだよね。

 

 でも朽木さんも元に戻ったことだし、もう二度とあんなことはないだろう。

 

「朽木さんとそういう仲になるのは考えられない?」

 

 と、真昼から、一番気にしたくないことを言われ、あたしは唇を尖らせた。

 

「そういうのヤだ。せっかく楽しくストーカーしてんのに、ぎくしゃくするようなこと言わないでよ、真昼」

 

「だって、命がけで追いかけたんでしょ? 朽木さんのわだかまりをなくすために」

 

 それはまぁ……そうなんだけど。そんなカッコイイものじゃないっていうか。

 

 勢いついでにガラにもないエラソーなこといっぱい言って、考えてみれば恥ずかしいヤツだったよアタシ。あの時も、クリスマスの時も。

 

 ま、でもクリスマスの時は大分ふっきれちゃってたんだけどね。

 

 朽木さんの白衣姿を見るためなら、一時の恥くらいいくらでもかいてやろうじゃん、って思えた。朽木さんがきちんと過去に向き合うためなら。

 

 そう、あたしにとって大事なのはそこだ。あたしはあたしの自己満足のためにやっただけ。

 

「言っとくけど、あたしの目的は拝島さんとのいい絵を撮ることだよ。そのためにはいじいじしてる朽木さんじゃダメだったからショック療法でいこうと思って」

 

「朽木さんと一緒にいたいからじゃないの?」

 

 ぎくっ!

 

「そ、そんなことないよ。なんでも恋愛に結び付けようとしないで欲しいな。あたしはBLをこよなく愛する腐女子だよ? 男は観賞物。自分がくっつきたいなんて、邪道だよ」

 

「腐女子でも、普通に女の子だと思うんだけど……」

 

「あー、トイレいきたくなっちゃったなー。いってくる!」

 

 とうとうあたしはいたたまれなくなって席を立った。ホントにトイレ行きたくなったよーな気もするし、うん。

 

 真昼の追及がここまで執拗なのって初めてだ。なんでそんなにあたしと朽木さんをくっつけたがるんだろ。

 

 そりゃ一緒にいたいとはチラッとは思ったけど、それはどつきあう相手としてってことで、朽木さんとどうこうなりたいなんて思わない。

 

 むしろ恋愛感情なんて邪魔じゃないか? ずっと一緒にいるためには。

 

 そうだよ。邪魔なんだよ。恋愛感情なんて。

 

 あたしはずぇーったい朽木さんを好きになったりしない。絶対、何があっても。

 

 固く心に誓いながら、テーブルの間を抜ける。ここって、通路が狭い。歩きにくっ。

 

 と、一番奥の席に、見覚えのあるジャケットを着た人がいるのに気づいた。

 

 見覚えのある――ごっついミリタリージャケット。

 

 ん? 最近流行ってんのかな?

 

 顔の前に広げた競馬新聞を掴む手は大きくて、あたしはなんとなく、あの新聞の向こうにサングラスがあるような気がした。

 

 天道大学で見かけた黒いサングラス。

 

 

 ――――なんなんだ?

 

 

 つけ狙われるようなことをした覚えもないので、たまたま、偶然、そう思うことにしたけど。

 

 多少不気味に感じながら、あたしはその人の前をゆっくりと通り過ぎた。

 

 

 

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