Act. 17-7
<<<< 栗子side >>>>
よっしゃー! とうとうお楽しみの時間がきましたよー!
あたしはウキウキしながら薬学部棟の横の道を走った。
『え? 後片付け?』
イベントを終えた後の会話を思い出す。
あたしは最後の子供たちを見送ると、早速サンタ小屋の中で重い詰め物を落とし、マスクとボディをとっぱらった。
もちろん、身軽になるためだ。
正直あの恰好はきつかった。立ったり座ったりするだけならともかく、長時間歩いてなんかいられない。
ゆるゆるになったズボンはベルトとサスペンダーで締めつけ、あたしは即行で賀茂石さんのもとに向かい、イベントの後片付けを申し出た。
『そんなの、後でゆっくりやれば……』
『後は後で忙しいじゃないですか。今あたしがちゃちゃっとやっちゃいますよ。どうせ鍵もかけなきゃいけないですし』
強引に押し切り、使用する教室すべての鍵が集まった鍵束を賀茂石さんから受け取った。そう。それこそが目的だったわけだ。
イベントが終了したからには撤収しなければいけない。
目印や宝箱を置いた教室をまわり、片付けながら鍵をかけていく。その際、教室のひとつに鍵をかけ忘れるくらい、ちょっとした不注意でよくあること。
そう、よくあることなのだ、うん。大目玉を食らうってほどじゃない。
とゆーわけで、記念ホールの隣の建物の三階、ツリーがばっちり目の前に見える講義室は、そこに置いてあった目印を運び出した後、うっかり鍵をかけ忘れてきた。うっかりね。
「にひ♪」
そして途中からやってきた他のスタッフと手分けして素早く片づけを終え、あたしはちゃんと残ってくれていた朽木さんを引っ張っていき、その部屋に待機させた。
ここまでは予定通り。肝心なのはここからだ。
サンタ服のポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを確認する。
時刻は午後5時40分。10分の遅刻だ。
だけどあの人なら怒らずに待っててくれているだろう。あたしは校門方面に急いだ。
待ち合わせ場所にしてあるガラス張りの待合室の様子は、白い蛍光灯に浮かび上がり、外からでもはっきりとわかる。
予想通り苛つきなど微塵も見せずに長椅子に座るその人は、文庫本を読みながらあたしを待っていた。
「拝島さん!」
ガラスの扉を開けて中に入ると同時に名前を呼んだ。
ぱっとあたしを振り向く綺麗な顔。そう、あたしは拝島さんと待ち合わせをしていたのだ。
「こんにちは栗子ちゃん」
「時刻的にもうこんばんはですけどね。遅刻しちゃってすみません」
立ち上がる拝島さんに謝ると、拝島さんは「ほんの10分だよ」と優しく許してくれた。
今日もいい人メーターはMAXに近いな。そんな拝島さんが大好きさ!
「それで、用事ってなにかな?」
なにやらそわそわしている拝島さんに、
「はい、今日、ここでクリスマスイベントやってるの知ってます?」
あたしは早速呼び出した理由を説明しだした。
「あ、うん。栗子ちゃんも手伝ってたんだよね?」
「はい。それはもう終わったんですけど、これからホール前のツリーがキレイにライトアップされるんですよ~」
「ああ、あのヒマラヤ杉だよね。へぇ~。今年はライトアップされるんだ」
「すっごいキレイなイルミネーションになりますよ! 拝島さんも見に行きません?」
「イルミネーションか、いいね。でもイベントスタッフの人と一緒なんだよね? 俺、浮いちゃわないかな?」
「あ、スタッフの人とはもう別行動なんで。ツリーがすっごく良く見える場所を取っておいたんです。今から案内しますから」
「え?」
「それでですね……」
説明しながらゴソゴソとでかいバッグの中を探る。あったあった。
「それって……俺と栗子ちゃんの二人で?」
へ?
あたしは目を点にした。視線を戻すと、目の前の拝島さんの顔が赤らんでいる。
ああ、ちゃんとわけを話してなかったから、デートに誘われたと思ったのか。
そりゃマズイな。あたしが拝島さんに気があるなんて思われると今後気まずい。
「もしそうなら、俺、少しは期待……」
「違いますよ。朽木さんと二人でどうぞってことです。で、ついでにこれを渡しちゃってください」
あたしは手に掴んだ本をバッグから取り出しながら言った。
それはもちろん朽木さんの実家で見つけた大事な本で、あたしの計画ではこれと拝島さんをセットで朽木さんにプレゼントする予定なのだ。
暗い夜の講義室に二人きり。渡される大事な思い出の本。キレイなイルミネーションをバックに優しく微笑む想い人の彼。
告白にうってつけの舞台じゃないかこんちくしょう! これで押し倒さなきゃ男じゃないよ朽木さん!
「これであのいじけ虫も少しは目が覚めるってもの……」
拝島さんの顔を見上げ、思わずぎょっと言葉につまる。
なに? その凍りついたような顔。
あたし、なんかマズイこと言った?
「朽木と……」
一瞬、遊園地で見た拝島さんの泣きそうな顔が頭に浮かぶ。BLネタにされてたと知った時のあの顔。
やべ。あたしのコンタン見抜かれた?
「そっか……」
だけど心臓ばくばくするあたしの前で、すぐに拝島さんは元の穏やかな、いや穏やかすぎる表情に戻って呟いた。
「栗子ちゃんは朽木のことになると本当に一生懸命だね」
「そ、そうですか? まぁストーカーとしては生きのいい標的をストーキングしたいっていうか」
「俺は朽木の友達になれたけど、本心を語ってもらったことってほとんどないんだ」
どこか寂しげに拝島さんは視線を落とす。
それは……拝島さんに嫌われるのが怖くて言えなかっただけだと思うんだけど。
それだけ拝島さんが好きってことで。
「あいつが本音を言えるのって栗子ちゃんだけなんだよ」
「まぁ朽木さんを怒らせるのは得意ですけど。ってそんなことよりもう時間が」
刻一刻と迫るライトアップの時間にあたしは焦った。早く拝島さんを連れていかなきゃ。
「後は歩きながらでも……」
「だからこれは栗子ちゃんから渡して」
へ?
ぱちくりと目を瞬いた一瞬、固まってしまう。
そんなあたしの横を、もう用事は済んだとばかりにあっさりと拝島さんがすり抜けていく。
ちょっ、ちょっと待った!
「どこに行くんですか拝島さん! 朽木さんが待ってる場所は……」
「俺、もうそろそろ帰らなきゃ。クリスマスは毎年家族と過ごすんだ」
ええ――っ! そんなの聞いてない!
時間あるかって訊いたら『ある』って答えたじゃん、拝島さん!
「待って! せめてツリーを朽木さんと一緒に見ましょうよ!」
慌てて後を追いかけ、朽木さんより華奢だと思っていた腕にすがりつく。
だけどその腕は意外と固くて。拝島さんもしっかり『男』なんだなとふと思った。
これじゃ押し倒してむりやりヤるなんて難しいかも。いくら朽木さんでも。
「栗子ちゃん」
と、見透かされたように名前を呼ばれ、あたしは「は、はいっ!」と思いっきりどもった返事をした。
気づけば拝島さんの優しい瞳があたしを上から見下ろしてる。
「俺、今はまだ朽木と顔を合わせられないんだ」
「へ? なんでですか?」
「まだ自分の気持ちにケリをつけてないから」
拝島さんの気持ち……。
「なんの気持ちですか?」
「それは言えないけど。でも、そのうち落ち着くから。それまで、朽木と会えない。栗子ちゃんとも……」
「あたしとも?」
「ごめん。腕、放してくれるかな? ちょっと痛い」
言われてぱっと放してしまった。そんなにきつくしがみついてないはずなのに。
拝島さんの顔が、本当に痛そうだったから。
「ありがとう。これ以上我慢するの、キツかったからさ。じゃ、またね」
拝島さんはその隙に素早くあたしから距離をとってしまった。あ、なにやってんだあたし。
軽く手をあげ、外に出て行く拝島さん。隙のないその動きに、飛びかかるタイミングが見出せなかった。
あ~~。逃げられる~~~っ。
「朽木を頼むよ、栗子ちゃん」
そんな言葉を最後に、キィ、と目の前で扉が閉まる。
「拝島さん!」
ひと呼吸おいて扉を開け、追いかけようとしたけど、拝島さんの背中は既に遠かった。
そ、そんな全速力で逃げ帰らんでも……。
ああああああ。どうしよう。プレゼントが……。
虚しく手の中に残された本。どうしたもんだかコレ。
あたしは頭を抱えてへたりこんだ。
大ぎゃふん。
拝島・・・・・。(T T)
グリコひどい。(笑)