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Act. 4-4

<<<< 朽木side >>>>

 

 何故、こんなことになってるんだ。

 

 などと考える前に、体は動き出していた。

 

 スポーツはあまり好きではないが、できる方だった。足も陸上部にしつこく誘いをかけられたくらいには速いので、人並み以上はあるのだと思う。

 

 とにかく、俺の名を呼ぶグリコのもとに駆けつけるのに、ものの十秒とかからなかった。

 

 この駐車場は簡易フェンスで囲まれただけの屋外駐車場だが、周囲を建物に囲まれてるので意外と見通しが悪い。

 

 奥の方で何か起こってるとしても、人目につきにくいのだ。

 

 俺がグリコ達の後を追った理由はまさにそれであり、最近、この駐車場で車上荒らしが頻発しているという注意書きを目にしたからだった。

 

 あんな腐女子でも一応女だし、友人二人は普通にナンパされそうな美人系だ。やはり女の子だけで行かせるのは心配だと拝島が言うので、渋々俺が後を追いかけることになった。

 

 だが、まさか本当に絡まれてるとは思わなかった。

 

 フェンスの向こうからこちらに走り寄ってくるグリコ。その必死な叫び。

 

 背後にはガラの悪そうな連中が数人見えた。

 

 その瞬間にはもう、俺は走り出していたのだ。

 

 程なく三人と合流し立倉と池上が俺の後ろに回り、軽薄な服装の男共と対峙する段になり、ようやく俺は判断力を取り戻した。

 

 状況は一目瞭然。

 

 下手をすればこの男達とやり合うことになりそうだったが、結構無茶した時代もある俺には大した脅威ではなかった。

 

 刃物は持ってるだろう。だが振り回すくらいで効果的な使い方を心得てる程の腕ではない。明らかに喧嘩は素人な連中だった。

 

 この程度なら、睨みを利かせれば尻尾を巻いて逃げてくれるだろうと、瞬時に判断したのだが――俺は度肝を抜かれた。

 

 目前の男共にではない。

 

 グリコ。

 

 当然他の二人と一緒に俺の後ろに回るだろうとの予測を蹴り上げ、俺の横に並んで男達と対峙する姿勢を取ったグリコにだ。

 

 ――――ああ、そうか。

 

 こいつは、そういう女ではないのだ。

 

 何故だか妙に納得した。

 

 思えば出会った時からそうだった。

 

 物怖じしない。絶対に折れない。

 

 急に笑い出したくなった。

 

 

 グリコが俺の上着のポケットを叩く。

 言われなくても、グリコの考えが手に取るように分かった。

 

 そうだな。脅しはもっと効果的にいこう。

 

 不思議な高揚感が込みあげてくる。

 

 そして俺は携帯を取り出した――。

 

 

 

「朽木さん、はい、どーぞ」

 

 差し出された皿に載ってる物体を穴の開くほどに見つめ、

 

「……これは何だ」

 

 冷や汗と共に俺は言葉を紡ぎ出した。

 

「何って、おにぎり。こっちはタコさんウィンナー」

 

 腹が立つ程にしれっとした顔でグリコが答え、急かすように皿を押し付けてくる。

 

「おにぎりが黒いのは分かる。だがウィンナーは普通、赤かピンクじゃないのか? これはもはや炭だろう」

 

 答えながらこめかみがひくつくのが分かる。

 そう。差し出された皿に載ってる物体は、見事なまでに、黒一色に染め上げられていたのだ。

 

 ちなみに、おにぎりと呼んでる物体はでかい上に相当いびつな形をしていて、食欲がそそられるどころではなかった。海苔でぐるぐる巻きにしてあるし。

 

「えー。一応ウィンナーの味がしましたよー。微かに」

 

「微かってのはなんだ微かってのは! 明らかに失敗作だろうこれは!」

 

「住めば都。食べてみたら意外と美味しい。そういうモンです世の中は」

 

「勝手に世の中をお前の物差しで測るな! 食べれるかこんなもん!」

 

 予想通りというかなんというか。

 

 俺はグリコの作った正体不明の物体がぎっしり詰まってる箱を見やった。

 

 いや……これは予想を遥かに上回っている。

 

 彩り豊かな弁当など、はなから期待してはいなかったが。

 

 まさか黒一色の弁当が出てくるとは思わなかった。

 

 いくらなんでも、もう少し赤や黄や茶が覗いてもいい筈じゃないだろうか。

 

 それに比べて、池上の作った弁当は完璧だった。

 

 きのこの炊き込みご飯に、種々の野菜の煮物。アスパラベーコンや唐揚げ。青野菜の和え物も忘れない。

 

 彩りも味も栄養も申し分ない。

 

 ここまで対照的な弁当箱が並ぶと、唖然を通り越して感動すら覚える。

 

 この対比は一種の芸術かもしれない。

 

「うまいっ! うまいよ真昼ちゃんっ!」

 

 当然の如く、高地はグリコの弁当の存在を無視し、池上の弁当を褒めちぎっている。

 

 グリコは面白くなさそうに頬を膨らませた。だがそれも仕方のないことだ。

 

「あたしのだって食べれば美味しいもん! 祥子、この唐揚げどう?」

 

「悪いけど、お腹壊しそうだからいらない」

 

「むぎぃっ! 真昼、これシャケの塩焼き。一口食べてみてよ!」

 

「グリコ……今度料理教えてあげるから。今日のところは素直にソレ、しまいなよ」

 

「最初は誰だって失敗するもんだ。徐々にレベルアップして行けばいいのさ。な、グリコちゃん」

 

「むがぁーっ! みんなして生温かい目で諭そうとすんなーっ!」

 

 とうとうキレたか。

 しかしどうにもフォローのしようがない。

 

 が、そこに勇気ある救世主が現れた。

 

「俺、この唐揚げいただくよ」

 

 なんと、心優しい拝島が、グリコの料理に箸を伸ばして言ったのだ。

 

「拝島! 無茶するな!」

 

「拝島さん……本当?」

 

 グリコの目が輝く。

 

「うん、せっかく作ってきてくれたんだし。一口くらいは食べないともったいないよ」

 

 拝島はそう言うと、箸でつまんだ黒い物体を、迷いなく口の中に入れた。

 

 途端。

 

 じゃりっ

 

 拝島の口の中から。

 あり得ない音がした。

 

 ひくっ、と拝島の頬がひきつる。

 

 じゃり。じゃり。

 

 もともとそれほど濃くない拝島の顔色が更なる白に変わっていく。

 

「吐き出せ! 致死量に達するぞ!」

 

 俺は慌てて拝島の顔を覗きこんで言った。

 

 だが拝島は頑固にも口を動かし続け、全て飲み下してしまったのだ。

 

「……拝島。お前ってやつは……」

 

 目を潤ませながら賞賛の眼差しを送る高地。

 

「どう? どうでした拝島さん?」

 

「うっ……。うん……。確かに、唐揚げの味が、したよ……。微かに」

 

 儚い笑顔を浮かべて拝島は言った。

 

 顔色は病人のような青白さで。

 額には汗の玉を浮かばせて。

 

 その笑顔は後光が差す程に神々しかった。

 

「聖人とは、こういう人のことを言うのね……」

 

 拝島の笑顔は、クールな立倉の心をも打ったようだ。

 

「良かったー。今度はもう少し上手く作ってみせますから、今日のところはこれで勘弁してください。あ、おにぎりも食べます?」

 

 すっかり機嫌の治ったグリコがニコニコ顔で言う。

 

「お前はもう料理禁止だ! 二度と作ってくるな!」

 

 脳天から拳骨を食らわせ、厳重注意しておいた。

 

 

 


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