Act. 17-3
<<<< 栗子side >>>>
あわてたあわてた超~~あわてた。
今日はみんな朝早くから来て頑張ってるはずなのに、サンタのあたしと宝の地図が来ないんだもん。
みんなさぞや怒ってるだろうな~と冷や汗かきながら構内の大通りを走り抜けた。
だけど8時半近くになってようやく現れたあたしを見ても、怒ったりする人は誰一人としていなかった。
「そんなに急がなくてもイベントは10時開始だから。ゆっくり休んでなよ、お菊ちゃん」
「ああ。一晩で地図をここまで完璧に仕上げてくれたんだ。大丈夫か? ちゃんと睡眠はとったか?」
賀茂石さんと庄司さんが優しく気遣ってくれて、逆に居心地悪くなったり。
連絡もし忘れてたし、絶対やきもきしてただろうに。あたしの周りは善人だらけです。善人オーラが眩しいです。
印刷を頑張ってくれたのは朽木さんであって、あたしはグースカ寝てただけなのにね。ははは。
そんなことを思って朽木さんのぐったりと疲れた顔を思い出す。何も言わなかったけど、きっと徹夜してくれたんだろうな。
起きたら枕元に体温計やらタオルやらがあって、枕はいつのまにか水枕に替わっていたのだ。
印刷の作業をしながらあたしの看病もやってくれたんだと思うとちょっとだけじんわりして、朽木さんの顔を見るのが恥ずかしかった。弱々しいところも見せちゃったし。
風邪なんて滅多にひかないのに、なんでまたよりによってこんな時にひいちゃうかなぁ?
思ってたよりも疲れがたまってたんだろうか。賀茂石さんがやたら気遣ってくれるところを見るに、自分じゃわかんないけど、どうやらそうらしい。
でも今日だけはゆっくり寝てなんかいられないんだな。
なんたってこの日のために今まで頑張ってきたんだし、文句も言わずに手伝ってくれた朽木さんに最高のクリスマスプレゼントをあげたい。
あたしは肩にかけた重くてでかいバッグを「ふう」と地面に降ろした。
この中にはこないだ朽木さんの実家で苦労の末手に入れた秘密兵器が入っているのだ。
これを朽木さんに見せるのがとっても楽しみ。あ、もちろん見せるのはあたしじゃないんだけど。
昨日、どん底にまで落ち込んでた朽木さんに、よほどこの本の存在を教えてやろうかと思った。あまりに自分を追い詰めてたから。
でも昨日は実物を持ってなかったし、できればクリスマスプレゼントにしたかったから、なんとか秘密を保ち続けたのだ。これを使わずして朽木さんが浮上してくれて本当によかった。
やっぱり鞭が効いたかな?
貸してくれたSM嬢のおねーさんには、今度お礼に行かなきゃ。ベランダから降りるのも手伝ってもらったし。
なんて考えてると、自然とあの時の情景が蘇る。
ベランダに立つあたしを見た朽木さんの顔といったら……ぷぷっ、何度思い出しても笑えてくる。
怖い幽霊にでも遭ったようなびっくり眼は、写真に収めておきたいかわゆさだった。
その後、あたしが鞭を構えるたび、びくっと小さな声で「SM貞子……」と呟くのも面白かった。試しに一発くらい打っておいてもよかったな。
「んじゃあたし、サンタの用意してきますね」
まだ忙しそうに立ち働くみんなには申し訳ないけど、サンタの準備は時間がかかるのでそう言ってあたしはツリーの下を離れた。
「ああ。頑張れよ、お菊ちゃん」
「すべては君の演技力にかかっている!」
力強く激励してくれるみんなの気持ちが素直に嬉しい。
ビシッと敬礼ポーズで答えておいた。
「ほいさです!」
* * * * * *
さて、そんなこんなでイベント開始。
サンタの部屋で子供たちを待つあたしはすっかりサンタになりきっている。
暖炉の前のロッキングチェアに腰掛け、白いあごひげをなでながらゆったりとパイプをくゆらせたりなんかして。
自分の家で仕事着のままってのも変な話だけど、これがないとただのおっさんになってしまうので、赤いサンタ服ははずせない。ずり落ちそうになるサンタ帽子をたまに直しながら『ジングルベル』を口ずさんだ。
サンタの家の出来は素晴らしい。
一日で組み立てたものと言っても犬小屋とはわけが違うのだ。
大人が立ち上がっても余裕の高さに、子供が十人入ってもぎゅうぎゅう詰めにならない広さ。
壁はふさふさのモールと松ぼっくりで飾られ、クリスマスツリーや素朴な木彫りの人形、でっかいトナカイのぬいぐるみまである。
暖炉の煉瓦は発砲スチロールで作った安っぽさがでてるけど、それがまた子供向けの可愛らしい手作りの味わいをかもしだしていて。
いるだけでわくわくする。山田さんのセンスはなかなかたいしたものだ。
「さーんーたーさぁ~~ん!」
と、子供たちのほにゃほにゃした声が外から響いて、あたしは待ってましたとばかりに立ち上がった。
扉の前で用意して少し待つ。するとすぐに恥ずかしそうな歌声が聴こえてくる。
「まっかなお・は・な・の♪ トナカイさ・ん・は♪」
これもサンタさんを呼び出すお約束で、子供たち全員で歌うことになっている。
たどたどしく歌う子供らしい可愛さにニマニマしながら、歌が終わると同時に扉を開けた。
「これはこれは、よく来てくれたね、君たち。なんとも可愛らしい小さなお客さんだ。どうぞ中にお入り」
できるだけ低く温かい声をだして子供たちを迎え入れるのだ。
詰め物でどっしりとさせたお腹を張りながら動くのは結構つらいけど、まぁそこはガマンガマン。
かつて演劇部で鍛えられた根性を見せてやるのだ!
……演技力? ナニソレ?
「サンタさんのおうちかわいい~!」
家の中に入ってきた子供たちは嬉しそうにはしゃぎ、キラキラした目で内装に見入る。
付き添いの大人たちも「へぇ~」と感心した顔で入ってきて。
たまに「ふーん」ってカンジの可愛げのないガキもいるけど、そういう子たちだって宝の地図をもらった時は嬉しそうな顔をするから頑張った甲斐があったってものだ、うん。
「サンタさん、あのね。サンタさんにプレゼントもってきたんだよ」
「ほぉ~。なにかな?」
「ハイ! サンタさんのにがおえ!」
「オレ、トナカイかいた!」
「あたし、クリスマスツリー!」
次々と渡される画用紙を受け取り、にっこりと笑う。
この絵は子供たちが一生懸命描いたものなのだ。大切に扱わなきゃいけない。
後日、集めたこの絵は近くのデパートで展示されることになっている。一粒で二度おいしいイベントなのだ。
「ほっほっ、こりゃよく描けとるわい。ありがとう、小さなお客さんたち。とても嬉しいよ」
あたしはもらった絵を壁沿いのテーブルの上に立てかけ、床に置かれた白い大きな袋の中に手を入れた。
取り出したものはもちろん、イベントの目玉、宝の地図だ。筒状にまるめ、プレゼントらしくリボンを巻いてある。
あたしはそれを子供たちに差しだしながら言った。
「お礼にこの地図をあげよう。この近くに、妖精さんが隠した宝物があるんじゃ。とっても素敵な宝物で、みんなにあげるのならきっと妖精さんも喜ぶだろう。探してみてくれるかな?」
「ちずー!」
「たからものー?」
「なんだろ~」
「うまく見つけだせたらそれは君たちのものだよ」
「やったー!」
「いこいこー!」
子供たちは飛びあがって喜ぶ。そんなに喜んでもらえるとこちらとしても嬉しいもので。最も感動する瞬間だ。
隠された宝物はたいしたものじゃないんだけど、天使のたまごってカンジのカプセルに入った小さな人形のストラップ。
幸せを呼ぶと言われている外国のお守りのお人形で、意外と可愛い。けっこう珍しいものだし、これも喜んでもらえるといいな。
「気をつけていっておいで~」
大事そうに地図を抱え、小屋を出ていく子供たちに手を振って小さな後ろ姿を見送る。あたしの仕事はこれで終わりだ。
あとは子供たちが自分の力で宝物を見つけてくれるのを祈るばかり。まぁ保護者もついてることだし大丈夫だろう。
あたしは壁に掛けられた鏡に顔を近づけ、メイクが崩れてないか念入りにチェックした。
うん、おっけー。マスク被ってるし、プロ並みの腕をもつ人に仕上げてもらっただけあってしっかりしてる。
柔和なおじいさんそのものになった自分の顔は面白い。百面相なんかしちゃったりして。
「お菊ちゃーん。次のグループ、あと5分くらいでくるって」
おっとっと。スタンバイしなきゃ。
扉を開けて合図をくれるスタッフに「はーい」と答え、あたしは再びロッキングチェアに腰掛けたのだった。