Act. 17-1 とんでも腐敵な聖夜の星
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結局こうなってしまったか――
シャワーを浴びてこざっぱりしたグリコが、イベントに使う宝の地図とやらを数枚机に並べ、どういう絵を入れたいか、こと細かに説明するのを俺は頷きながら聞いていた。
「でね、やっぱサンタからの贈り物だから、トナカイとサンタの絵をアクセントにして、余ったスペースには雪のイメージでふわふわしたものを描くのがいっかなって思うんだよね」
「妥当な線だな」
「うん。問題はいいフリー素材が見つかるかなんだけど」
「手当たり次第に探してみるしかないだろ」
言いながら俺は、早速マウスを動かし、素材サイトへとジャンプした。
横では髪を結い上げ、バスタオルを肩にひっかけたグリコが、真剣な面もちでPCの画面を覗きこんでいる。
こいつは普段ふざけたことばかりしているが、やるべきことに取り組んでいる時は一転して真面目な姿勢を見せる。
そういう部分は嫌いじゃない。
「あ、これ可愛い! おっしゃ1げっちゅー、ここに貼って」
グリコが指差す部分にダウンロードした画像を貼り付ける。
そこにはスキャナで取り込んだ宝の地図が下絵として開かれていた。ペイントソフトで出来上がりを確かめながらレイアウトを決めていくのだ。
宝の地図は簡略化された大学の構内マップ一枚と、道順を示す文字だけのものが二枚あり、全て違うレイアウトにするのだと言う。意外と手間のかかる仕事になりそうだと思った。
「インク足りるかな?」
「予備がいくつかあるから、どうにかなるだろ」
それよりはプリントアウト時間が問題だ。最初、宝の地図をテーブルに山と積み上げられた時、枚数の多さに眩暈を覚えた。
たかが大学のイベントに一体どれだけの人数を想定してるんだと思ったが、なるほど、宝の地図は一人につき三枚必要なわけだ。
地図と道順を示す紙、あわせて三枚。百人来ると想定すれば三百枚、二百人なら計六百枚必要なわけだ。
プリンタを一晩中稼動させたとしても間に合うかどうかわからない。
だがグリコは間に合わせる気満々でPCの画面を見つめている。
「これ、こっちに貼って」
「ああ」
無駄口を叩く余裕はないということはわかっているみたいだが。
「雪はこれにしよ。どういう風に散りばめようかなぁ……」
PCの前に座っている俺の横で、中腰になり、画面を食い入るように見つめながら首を傾ける。
時折、その空気に晒された白い首筋からふわりと石鹸の香りが漂ってくる。
……どうでもいいが近すぎじゃないか?
暖房が効いてるとはいえ、風呂上りの火照った体に俺から借りただぶだぶのTシャツ一枚という恰好も、男と二人きりの部屋ではどうかと思う。
俺に押し倒されたあの日から、まだ一ヶ月も経ってないだろうが。
まぁそんなことを気にする奴じゃないってことは充分身に沁みてわかっているが、そこまで男として意識されていないというのも複雑な気分だ。
本当にもう気にしていないのか、確かめてみたくなる。
今ここで抱き締めたら、こいつはどういう反応を――――
「もっとシャキシャキ動かさんかい!」
と、いきなり耳を引っ張られる。考えを見抜かれたようで、気まずい気分に心もち体を離した。
「なに? 怒った?」
「……別に」
きょとんとするこいつに、男の微妙な心理をわかれというのも無理な話だ。
それから二時間は過ぎただろうか。冷蔵庫のチーズやハムをつまむことで小腹を満たしながら黙々と画像を処理していき、とうとう最後の一枚が仕上がった。
グリコは俺と交代して椅子に座り、三枚の絵のイメージが統一されているか念入りにチェックしている。
……左手に持った塊のままのハムに齧りつきながら。
「んぐ……ん、ほえれいーはな」
「口にものを入れながら喋るな」
ため息が出てくる。どこのごろつきだこいつは。豪快すぎるだろ。
俺の突っ込みは全く意に介さず立ち上がり、プリンタに宝の地図をセットするグリコ。こいつは絶対に性別を間違えている。
「んじゃ早速プリントアウトしてみよーかねぇ」
目で促され、椅子に座って印刷開始のボタンを押すと、高速処理が自慢のプリンタは瞬く間に完成した紙を吐き出した。
それを取りあげたグリコはじっくりと隅々まで検分し、「ん」とひとつ頷いた。
続けて残り二種類の紙も次々と打ち出してみる。俺も見てみたが、子供向けとしてはなかなかの出来だと思える完成度だった。
宝の地図は、それだけでは全く地図としては役に立たなさそうな代物だ。宝の在り処を示す星印がどこを指すのか、構内を熟知している俺ですらよくわからない。
だが代わりにスタート地点はわかりやすいグラウンドを差している。『サンタのいえ』とあるのは目印にそういうものを置いているということだろう。
あとは道順を示す紙に書かれているとおり、猫のマークを見つけるなどしていくと、宝の場所に辿り着くという寸法だ。たかが大学のイベントと侮っていたが、なかなかどうして手がこんでいる。
「このイベント、学祭の推理ゲームレースを主催した人たちがやってるんだよ」
なるほど。あのやたら壮大なレースを手がけた学祭実行委員会が今回も頑張っているわけか。納得だ。
「インク代とか、かかった費用はあたしが委員会に請求しとくから」
「別にいい。お前にやる」
「え? そう? いいの?」
「今日は誰かさんの二十歳の誕生日らしいからな」
そっぽを向きながら言うと、
「朽木さん太っ腹ー! やったー! ありがとーっ!」
横から首に抱きつかれた。
喜んでもらえるのはまんざらでもないとして、グキッと首が折れそうになるのには閉口する。こいつ、密かに今までの仕返ししてるんじゃ。
いや、それより気になるのは、密着した肌から伝わってくる思ってもみなかった体温の高さだ。
なんだこの熱さは。こいつ、よく見れば顔も赤い。風呂上りで火照っているのかと思ってたが、どう考えてもこれは発熱している。
「おい……」
「んじゃ、ちゃきちゃき印刷していこうかねー」
声をかけるが、さっさと俺から身を離したグリコは踵を返し、テーブルの上に積まれた宝の地図の束を手に取りだす。
「グリコ。お前、体は……」
「今夜は徹夜だハイホー・ハイホー♪」
全く聞こえていない様子でテンションの高い歌を口ずさむ。次の瞬間、ぐらりとグリコの体が傾いた。
一気に血の気が引いていくのを感じた。
横倒しに崩れていくグリコ。
俺は慌てて立ち上がった。
「グリコ!!」