Act. 16-13
<<<< 栗子side >>>>
すーはー。深呼吸ふたつ。腹の底にエネルギーをためる。
やっぱ開口一番は「たのもー!」? それとも「女王様とお呼び!」?
ま、なによりまずは、この扉を開けさせなきゃいけない。
あたしはチャイムを押した。とりあえず一回。少し待ってみるけど出てこない。
当然だ。殻に閉じこもった人間がそう簡単に扉を開くわけがない。
そんじゃ遠慮なくやらせてもらいましょうかねー、とあたしは立て続けにチャイムを押した。格闘ゲームの必殺技打ってる時みたいな超連打。
アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ!!
あちゃっ! あちゃっ! あちょーっ!
ほわっちゃぁーっ!
お前はもう死んでいる。
ノリノリに叩き続け、それでもウンともスンともいわない扉にしびれを切らしたあたしは、今度は背中のリュックから秘密兵器を取り出した。
といっても期待の星でも最後の手段でもなんでもないただの工具。
朽木さんともし取っ組み合いすることになっても負けないようにと、記念ホールの倉庫を漁って適当にみつくろってきた。長くて平べったい金属の棒。
先端が少し曲がって不思議な形をしているのは、どうやらテコの原理で釘を抜くためらしいけど、これはつつかれるとかなり痛そうだ。
焦っていたので深く考えず掴み取ってきたけど、なかなかいいチョイスだったのではないだろうか。扉の破壊活動に使えるかもしれない。
あたしは凶悪な形をした先端を扉の郵便受けに力一杯突っ込んだ。
ガキッ!
うーん、いい音。ちゃんと扉の向こうに突き抜けたな。
もしかしてドアノブに届くだろうかと上に向けて押し込んでみたけど、どう見ても長さが足りないし、真上に伸びるはずもない。
ならばやっぱりこの郵便受けから壊すかとギコギコと出し入れをしてみる。扉の悲鳴が耳に心地良い。
本当に壊せるかどうかなんて問題じゃないのだ。ようは朽木さんが我慢できなくなってあたしを止めに出てくればいいわけで。
そのためなら犯罪のひとつやふたつ、平気で犯してみせよーじゃん!
「ふぎぃぃぃぃいぃぃいいぃぃぃいぃっっ!!」
あたしは満身の力をこめて、釘抜きを動かし続けた。と、予想より早く扉が、しかも突然勢いよく開き、バンッと顔にぶち当たった。
ぶほ――っ!
目の前を星がダンスするほどの痛さに仰け反りつつ、背面ジャンプ。1メートルくらい吹っ飛んだかもしれない。
「やめろ」
冷たい声が開いた扉の向こうから放たれる。あたしはやっと出てきたメタルキングを逃がすかとばかりに素早く起き上がり、扉に食いついた。
「数分ぶりー、朽木さん! ちょっとあがってお茶してもいい?」
わざとらしいほどににっこり。顔がモーレツに痛いけどがまんがまん。
「帰れ」
誰が帰るか! あたしを部屋に入れまいとがっちり扉を引く朽木さんの腕に対抗し、隙間に足をねじこんだ。
「まぁまぁ、そんな冷たいこと言わないでさ。あたし今日、誕生日なんだよね。二十歳の誕生日だよ? 祝ってあげようと思わない?」
「これっぽっちも思わんな」
「ハタチは特別な歳なんだよ? プレゼントあげようと思うでしょ普通。でも朽木さん、そんな気のきいたもの用意してないだろうと思ってさ。あたしが特別に考えといてあげたから!」
ぎりぎりぎり。拮抗する力で扉が震える。あたしは力の入れすぎでひきつる頬を懸命に笑顔に保った。
一瞬困惑した顔を見せたけど、すぐに厳しく眉をひそめる朽木さん。
「意味不明なことを言って撹乱しようとしても無駄だ。お前の誕生日を祝う義理はない」
「いーや、あるね! ちゃんと謝らない気なら、せめてもの罪滅ぼしにあたしの仕事を手伝え!」
「お前の仕事?」
「クリスマスイベント用の宝の地図に、イラスト入れる仕事! パソコンとプリンタ使わせろこんちくしょー!」
「断る。罪滅ぼしをする気もないし、お前を部屋にあげるなんてごめんだ」
「寛大なあたしがこれ手伝えば許してあげるって言ってんだってば!」
「許してもらおうとは思ってないと何度も」
「朽木さんの気持ちはどうでもいいんじゃ! あたしがこんな面倒なこと、とっととケリつけたいだけじゃいっ!」
ドンッと扉の隙間に体当たりすると、朽木さんの上半身が揺れた。
「ずっと怒ってるのも疲れるし、イライラすんのもメンドイし、もう無理矢理にでも謝らせて終わりにするっ。あたしは朽木さんがキレようが落ちこもうが、朽木さんの怒鳴り声がきければそれでいいんだからっ。朽木さんを怒らすのがライフワークなんだっ!」
「なんて自分勝手な奴だ! 俺の迷惑も考えろ!」
「朽木さんこそ自分勝手じゃん! えげつなさじゃあたしに負けてないよ!」
「お前と一緒にするな!」
「一緒だよ! 今更いい子ちゃんぶるな変態・変態・変態!」
「誰が変態だっ!」
「お前だっ! だからあたしがくっついて離れないんじゃん! やーい変態! 変態仲間ー!」
「なっ、お前がつきまとう理由はそれなのか!?」
「そうとも! あたしに負けてない変態の朽木さんがいいんだっ! 認めちまいな? 認めたら楽になるぜ? 変態は変態同士仲良く――」
「やかましいっ!!」
ぐげほっ! 腹を蹴るかこのやろうっ。
「それ以上騒げば警察を呼ぶからな!」
「望むところよ! 来たらこの人に強姦されましたって言ってやるもんね! ブタ箱で反省しやがれ変態!」
「なっ」
「そしてあたしは存分に溜飲を下げてやるんだ。ざまぁみろ、変態ここに眠る――」
「変態変態言うなっ!」
どかっと脳天を殴られ、不覚にも地面に沈んでしまう。その隙を逃す朽木さんではなかった。
あたしはやすやすと後ろに蹴倒され、無情なドアはあたしを残し、バタンと固く閉じられてしまう。
「ああっ! 卑怯者――っ!」
慌てて郵便受けに挟まったままの最終兵器に飛びつく。が、さすがは朽木さん。それを残しておくほど甘くはなかった。
ガコガコンッと大きな音をたて、虎の子の釘抜きは掴み取る寸前で扉の中に引っ張り込まれてしまい、あたしは愕然と立ち尽くした。
どうしよう。頼みの綱の武器を奪われた。てゆーかソレ借り物なんだけど。ちゃんと返してくださいお願いします。
新たな武器をどこからか調達してくることを考える。その時、ふと浮かんだものはさっき見たしなやかな黒いソフト鞭だった。
いやいや、この頑丈な扉に対してソフト鞭でどうしろっての。アホかあたし。
だけどさっきのおねーさん――朽木さんの上の階に住む出張SM嬢のあっけらかんとした顔を思い出し、あたしはつま先をエレベーターへと向けた。
やるか――――やりますか。やっちまいますか。
ニヤリと頬がつりあがった時にはもう、体は前のめりに走りだしていた。