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Act. 16-11

<<<<  朽木side  >>>>

 

 

 重い足をひきずって家路を辿った。

 

 グリコがついてこないことにホッとすると同時に一抹の淋しさを感じ、自嘲的な笑みが浮かぶ。

 

 自分から突き放しておいて勝手な話だ。むしろ今までもったのが不思議なくらいだというのに。

 

 だが、さすがのあいつも、今度こそ俺を見限っただろう。もう追ってくることはない。

 

 あそこまでみっともない姿を晒したんだ。頑なにあいつの声から耳を塞ぐことによって。

 

 実際、あいつとやりあおうという気力は湧いてこなかった。

 

 一度あいつを言葉で封じこめた時、これで終わったと思ったのに。即座に立ち直り、再び食らいついてきたのだ。

 

 その瞬間、勝負はついた。俺はこいつには勝てない。

 

 その後、せめてもの強がりで跳ね除けたものの、もうあいつをしりぞける自信はなくなっていた。

 

 次に正面からあいつと向き合えば、逃げられなくなる。そう思ってひたすら背を向けた。

 

 追ってくるな、せっかく諦めがついたのに。俺の心に揺さぶりをかけるな。

 

 俺が消えれば、全てが丸くおさまるんだ。

 

 拝島はグリコと幸せになれる。

 

 俺はただの邪魔者で。父にとっても、母にとっても、ただの重荷でしかなくて。

 

 神薙が嫌いだからという理由だけで、子供のような反抗を続けていた。

 

 人を支える力もないくせに、都合のいい逃げ場として、拝島を自分のものにしようとした。

 

 最低だ。

 

 拝島が俺など求めるはずもないのに。

 

 今ならわかる。拝島がグリコに惹かれたわけが。

 

 あいつはあんなだが、俺より何倍も強い。家族という重責を背負った拝島が惹かれて当然だったのだ。

 

 そう――今ならわかる。

 

 グリコを見ると苛つくのは、あいつが俺にない強さを持っているからだった。

 

 羨ましかったのかもしれない。その真っ直ぐな瞳が。どこまでもめげない意志の強さが。

 

 だから遠ざけたかったのだ。あいつを傷つけてしまうと言いわけをつけて。

 

 自分の弱さを自覚せずにはいられないあいつの存在を頭の中から消してしまいたかった。

 

 何者にも縛られない、自由な強さを持つあいつを――――

 

 こんな俺より、グリコの方が必要とされるのは当然だ。拝島も真っ直ぐな男だし、二人はうまく互いを支えあえるだろう。

 

 

 

 俺は、二人の前から消えた方がいい――――――

 

 

 

 薄々気づいていた事実をはっきりと認識した今、俺に残された道はグリコから逃げることしかなかった。

 

 まだ二人を祝福できるほどに心の整理はついていない。

 

 このまま冬休みが終わるまで二人を避け続けていればいい。どうせすぐに俺はこの街から消えることになる。

 

 

 

 もう、拝島にも、グリコにも会うことはない――――

 

 

 

 雨に濡れた前髪が額にはりつき、不快感を訴える。それを拭う気力もなく、俺は歩き続けた。

 

 部屋に戻ると同時に電話が鳴った。徐々に強さを増す雨の景色にぼんやりと目を向けながら、俺は機械的な動作で受話器を取った。

 

 

 神薙からだった。

 

 

『来月、我が社の創立記念式典がある』

 

 神薙は言った。

 

『我が社の重役が顔をそろえるのはもちろん、著名人、大物政治家も賓客として招かれる。そこでお前の紹介をするつもりだ』

 

 あまりに突然の宣告に言葉を失った。退くに退けない立場に俺を追い込む舞台は既に整っている。

 

『今回は単なる顔見せだが、いい勉強になるだろう。心の準備をしておけ』

 

 何の反応も示さない俺に、神薙は淡々と告げ、返事など不要とばかりに電話を切った。

 

 ここで頷けば、話は早かっただろう。神薙はすぐさま迎えをよこし、俺はこの地を今すぐ離れられただろう。

 

 だが頷けなかった。どうしても。

 

 諦めはついたはずなのに、声は枯れ、ひりついた喉はかすれ声のひとつも出すことができなかった。

 

 

 何をやってるんだ俺は――――

 

 

 無機質な信号音しか発さなくなった受話器を握りしめ、いつまでも呆然と立ち尽くしていたその時、今度は玄関のチャイムが鳴った。

 

 神薙の黒服か? 俺の心を読んで、早速迎えに来たとでもいうのか?

 

 それとも神薙蓮実かもしれない。性懲りもなく警告を発するつもりで――もしくはとうとう最後の手段として、俺を消そうと刺客を送ってきたのかもしれない。

 

 それならそれで構わないと思ったが、もう動くのも億劫だった俺は、受話器を戻してソファに沈み込んだ。

 

 今は誰とも顔を合わせたくない。

 

 放っといてくれ。

 

 無視を決め込んで目を閉じた。ところがチャイムは俺を放っておいてはくれなかった。

 

 

 ピンポンピンポンピンポン。ピンポンピンポンピンポン。

 

 

 うるさくて立ち上がらずにはいられない息もつかせぬ連続音。俺は目を瞠った。まさか。

 

 こんな鳴らし方をする奴は一人しかいない。だけどあいつはもう――

 

 

 ピンポンピンポンピンポン。ピンポンピンポンピンポン。

 

 

 この音を止ませるにはどうすればいい? 音源を切るか? だけど確かめたい。本当にあいつが追って来たのかを。

 

 恐る恐る玄関に向かうと、唐突にチャイムの音が止んだ。なんだ、と拍子抜けした次の瞬間、度肝を抜かれた。

 

 ガキッと騒々しい音をたて、扉の郵便受けから、鉄の棒が差し込まれたからだ。

 

 それはよく見れば大きな釘抜きで、何をしたいのか、必死にドアノブの方に先端を伸ばそうとしている。

 

 ちょっと待て。それで開けるつもりか? どう考えても無理だろう。

 

 だが無理を承知で、というより目的は扉の破壊だとしか思えない乱暴さで、釘抜きは意味不明な上下運動を繰り返す。ガコンガコンと耳障りな音をたてながら。

 

 その次に響いた騒音は。

 

 

 

「ふぎぃぃぃぃいぃぃいいぃぃぃいぃっっ!!」

 

 

 

 おい。

 

 これを黙って見てろとは無理な話だ。

 

 そしてそれ以上に、扉の向こうから響いた予想通りの声が俺の背中を後押しし、妙な胸の高鳴りと共に、俺は扉に歩み寄った。

 

 怒鳴って追い返す。

 

 それだけでいい。

 

 余計なことは喋らずに、もししつこく破壊活動を続けるようなら警察を呼んでしょっぴいてもらう。

 

 冷静に。毅然とした態度で追い払え。

 

 これで最後にするんだ――――

 

 ぐっと腕に力をこめると、俺は勢いよく扉を開けた。

 

 

 

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