Act. 16-7
<<<< 栗子side >>>>
「よっしゃいい朝! 今日は頑張るぞー!」
起き上がったあたしは、いいカンジに晴れわたった空を見上げ、大きく伸びをした。
薄い雲間から落とされる柔らかな光。窓を開けると、電線にとまっていたスズメがはばたいて逃げていく。
爽やかな朝を満喫したあたしは、やる気MAXで服を着替え始めた。
この天気が明日までもてばいいなーとか思いながら。
今日は12月23日。とうとう明日にクリスマスイベントを控える最終日なのだ。
これまでの努力を実らせるべく、今日は朝から天道大学に集まり、最後の追い込みをかける予定となっている。
みんな冬休みに入ったってのにガンガンやる気なのが素晴らしい。あたしも全力を尽くしてみんなと盛り上がりたいものだ。
「市兄ちゃん、今日は遅くなるかも。いってきまーす!」
「えっ、栗子ちょっと待って!」
慌てた声で呼び止められ、リビングの前を駆け抜けようとしたあたしは「ん?」と振り返った。
モスグリーンのエプロンをつけた市兄ちゃんがリビングからパタパタと出てくる。お母さん代わりとはいえ、そこまでお母さんっぽくならんでもいいと思うんですが。
あ、ちなみに両親は他界したわけじゃない。ただの海外出張。
「今日は何の日かわかってる、栗子?」
「何の日って……」
しばし考える。てんてんてん……。あ。
「もしかして、あたし、誕生日?」
「もしかしなくても誕生日でしょ! しかも二十歳の! こんな大事な日を忘れるなんて、兄ちゃんは悲しいぞ!」
「なんで兄ちゃんが悲しむの?」
「そりゃ盛大にお祝いしようと思って、この日のために兄ちゃん腕によりをかけて……あ」
「自分でバラしてりゃ世話ねーじゃん」
固まった市兄ちゃんの後ろから呆れ目の桃太が顔を覗かせる。
「ハタチは特別なトシなんだとよ。せっかく兄ちゃんがご馳走作るってんだから、なるべく早く帰ってこいよ、姉ちゃん」
「ふむ……前向きに考えとく」
「帰ってこなかったら俺が全部」
「勝手に食ったらアンタをネタにBL本描くからね」
「……お早いお帰りをお待ちしています」
よしよし。それでこそ我が弟。
あたしは靴を履いて立ち上がり、まだ固まってる市兄ちゃんに「ご馳走楽しみにしてるよー」と手を振って家を出た。
長時間の自転車こぎもすっかり慣れっこになっちゃって、長い直線の下り坂ではたまに自動車と並走もするあたしは駅5つ分向こうにある朽木さんの大学まで全力疾走・超特急で辿り着いた。
燃える心は誰にも止められないものなのだ。
だから途中の赤信号、3つ4つ無視しちゃったのも仕方ないのだ。
そんなわけで、天道大学の門が見えてくる頃にはへろへろになって自転車を降りたのだけど。
後ろで扉の開く音がして、なんとはなしに振り返ると、ガッチリした体格のミリタリージャケットを着た男の人が車から降りるところだった。
あの人も天道大の人なのかな? それにしては顔がふけているような気がするけど。職員か何か?
運転席にはこれまたガッチリした体格の人が座っている。目には黒いグラサン。なんか怪しい見た目。
まぁ人のこと言えた義理じゃない恰好もするあたしは、それ以上は気にせず門の中へと入っていった。
「うっひゃぁ~! キレイに飾りつけできましたね~!」
ホール前のヒマラヤ杉は立派なクリスマスツリーになっていた。
あたしも飾りつけ手伝いたかったんだけど、拝島さんと朽木さんの実家を訪れたあの日に飾りつけが行われたので手伝えなかったのだ。
「電飾は結局3種類しか配線できなかったけど、まぁあんまりゴテゴテになるのもなんだからな。このぐらいが限界だろ」
庄司さんがトレードマークの赤いメガネを押し上げて言う。
3つでも充分すごいと思うけどな。よく電飾まみれにならなかったよ。
普通の飾り付けとすごくバランスよく配置されていて、見事に調和している。昼間の光らない状態でも、充分目に楽しいクリスマスツリーとなっているのだ。
「でも光のパターンが色々組み合わさるようプログラムされてるから、結構飽きないと思うよ。一日だけなのがもったいないくらいだ」
賀茂石さんがツリーの下になにやら機械類をセットしながら言った。
ツリーが光るのは24日の夜だけ。25日は大学が一般開放されてないのだ。だから早々に片付けちゃうんだとか。
「一日だけのイルミネーションだからこそ価値があるんじゃないか。これぞロマンだ」
「言ってろ。それより雨対策どうするんだ? 今夜降る予報になってるぞ」
「ナニっ!? 雨なのか!? それじゃ機器類やテーブルは明日の朝にセットするしかないな」
「ホールに臨時置き場作らせてもらうよう頼んであるけど。明日は朝から大忙し間違いないね」
「サンタ小屋は今組み立ててるところなんだよな? 明日の朝からで間に合うか?」
「そっちはもうビニールで覆うしかないだろ。さっき山田に伝えておいた」
「さすが賀茂石。仕事が早いな」
「どうも。そういうわけだから、ホールの鍵もうちが管理することになった。まとめて俺が預かっておくから、運び終わったら言ってくれ」
「了解」
ほえー。なんかこれぞ祭の裏側ってカンジ。
きびきびと仕事の話をする男の人ってのは実にいいもんだ。ビデオに収めたいところだけど、そんなことする暇があったら働けと怒られそうなので、あたしも自分の仕事に取り掛かることにした。
と、
「庄司ー。宝の地図仕上がったぞー」
同じく実行委員の男性がやってきて、どかっと地面に重そうな紙袋を置いた。
「おお、仕上がったか! ぎりぎりだったな!」
「まぁな。印刷所もこの時期は忙しいから仕方ないな。でも間に合って良かったよ」
周りの人たちが作業の手を止め、「見せろ見せろ」とその人のところに群がりだす。当然、あたしもできあがった宝の地図を楽しみにして輪に加わった。
ところが。
「…………ん?」
なんかこれ、少し淋しくない?
書体は可愛いんだけど、文字と必要最低限の図だけでいまいち地味というかなんというか。
子供向けの地図なんだから、もう少し動物の絵とかで飾った方がいいと思うんだけどなぁ。
「ん~……」
庄司さんもやや不満なのか、首を捻ってコメントに困っている。
「……地味、ですよね?」
あたしが試しに声をかけてみると。
「そうだなぁ……。おかしいな。原稿を見た時はいいと思ったんだけどな……」
「あぁ~~~~っ! わかった! 印刷所に渡した原稿、第一稿のほうだったんだ!」
その時、地図を持ってきた人とは別の人から声があがった。その人、確か地図の原稿担当の人だ。
「やばいっ! イラストとか入れる前の方で渡しちまった! すまん、庄司っ!」
頭の上で手を合わせて謝るその人。むむ。そういうことか。
と、賀茂石さんがその人の横に並び、悲痛な顔で庄司さんを見る。
「いや、俺が仕事の割り振りを間違えたのが悪かったんだ。原稿の作成者に印刷を頼みに行ってもらうのが筋なのに、効率ばかり重視してた。最終チェックのタイミングを逃したのは俺の責任だ」
「賀茂石。今は責任の所在はどうでもいい。幸い必要事項は書かれてあるし、これでいっても……」
「あたしがイラスト入れましょうか?」
緊迫した空気の中、あたしは手をあげて申し出た。
「へ? お菊ちゃんが?」
庄司さんがこちらを向く。
「はい。手書きでもプリンタで印刷を加えても」
「しかし、数百枚あるぞ?」
「やってできないことじゃないですよ。とにかく可愛く飾れればいいんですよね?」
「そうだけど、それなら俺の責任だし、俺が……」
身を乗り出す賀茂石さんの言葉を手で遮る。誰の責任とか関係ないじゃん。
「賀茂石さんは重要な司令塔として忙しいんですから。一番身軽なあたしがやるのが妥当です。そういうわけで、今日は早めにあがらせてもらってもいいですか?」
「いいだろう。よろしく頼むぞ、お菊ちゃん」
庄司さんがこくりと頷き、あたしは紙袋を自分のバッグの中にしまった。
地図担当者さんと賀茂石さんが真剣な顔で謝ってくるのには苦笑。誰だってミスはあるのに。
「枚数が枚数だから、プリンタはひとつのインクじゃもたないかもしれない」
と、地図担当者さん。
「わかってます。足りない分は手描きで加えますけどいいですよね?」
「サインペンとか、必要な画材があったら備品のやつ持っていっていいから」
と、こちらは賀茂石さん。あたしは頷いた。
「そうですね。借りていきます」
「……本当にごめんな、お菊ちゃん」
まだ謝る賀茂石さんの背中をニカッと笑顔で叩いて言った。
「そんなに謝ってもらわなくても、今日のお昼はしっかり賀茂石さんにおごってもらいますから、気にしないください」
「はいはい。なんでもおごるよ。焼肉でも天ぷらでも」
「よっしゃ! 限定解除いっきまーす!」
オゴリの確約ゲット! 人の金なら容赦なく食べますぜ!
「よーし! 今日のお昼は賀茂石のおごりでみんなレストランだ!」
「お前におごるとは言ってないっ!」
即座に賀茂石さんが庄司さんの頭を叩き、みんなの顔に笑顔が戻った。