Act. 16-3
<<<< 栗子side >>>>
こうして朽木さんの部屋に通されたあたしと拝島さんは、早速机の上から引き出しから、ありとあらゆる場所をひっくり返して何か手がかりとなるものはないかと探し始めた。
結構広い部屋なので、すべてをじっくり見るのは大変な作業だ。拝島さんがいてくれて助かった。
拝島さんは家捜しなんて嫌がるかなーと思ってたけど、意外と積極的に机の中のものを取り出している。
「これが朽木のためになるんだよね? 栗子ちゃん」
「そうです、その通りです。朽木さんのためですから、遠慮なくやっちゃってください!」
どうやらさっきの発破に感化されたらしい。拝島さんて、ホントに素直だよね。
その調子でどんどん頑張ってほしいものである。あたしが楽するために。
朽木さんの部屋の中は、とってもきれいに整理整頓されていた。床はチリひとつ落ちてない。きっとお母さんかサエさんって家政婦さんが毎日掃除してるのだろう。
小学生の頃から使ってる風の学習机、あたしも似たようなもの持ってるけど、木の質感が全然違う。イスも座るたびにギシギシいうような安っぽいものじゃなく、肘掛つきのしっかりしたイスだ。ちくしょーお坊ちゃんめ。
物置はウォークインクローゼットになっていて、中にタンスやらカラーボックスなどが詰め込まれている。その分空いた壁のスペースには本棚がいくつも置かれ、小学生が読むとはとても思えない専門書の類がぎっしりと詰まっている。
興味深いのは機械類。CDコンボがあるのはあの音楽好きの朽木さんのことだから当然としても、なんと意外なことにゲーム機もいくつかあった。
そのうち、携帯用ゲーム機は何故かバラバラに分解され、部品を分けて小箱にしまってある。きっと中の構造を確かめずにはいられなかったんだろうな。朽木さんて、そういうマニアックな部分がある。
机の上、引き出しの調査はほどなくして終わった。小学時代の教科書、プリントなどがほとんどだったのだ。
小学六年の時に連れさらわれ、中学の終わりに戻ってきて高校入学と同時にまた出て行ってしまった朽木さんの部屋にあるものは、小学時代で時を止めてしまったかのようだった。
タンスの中にある服も、子供の服が九割を占めている。一応、それらの服のポケットなどにも全部手をつっこむ。
どこに何があるかわからない。何を探しているのかもわからない。そんな状況なので、目につくものはすべて探ってみるしかないのだ。
「こ、この中に何かあるかも。うちに持って帰ってよく調べなきゃね」
そんなわけで洋服ダンスの引き出しに入っていた子供用ぱんつを握り締め、ひくつく頬を抑えながら自分のバッグに入れようとする調査熱心なあたしだったのだけど。
「…………」
無言で首を横に振る拝島さんに取り上げられてしまった。チチィッ!
「洋服ダンスは俺が見るから、栗子ちゃんはそっちの本棚を探して」
「いやでも服を探るのは女の得意技ですから、やっぱりここはあたしが」
「本棚を探してね、栗子ちゃん」
にっこり。
……拝島さんって、こういうところ融通がきかない。結構頑固だよね?
あたしは渋々本棚の本を取り出し、一冊一冊ぱらぱらとめくり始めた。
そうこうするうちに窓の外が茜色に染まり始め、拝島さんが壁の時計を見て、
「あっ! もうこんな時間か! これから朽木と約束があったんだ、俺」
しまったという顔であたしを振り返った。
「ん~。それは仕方ないですねー。いいですよ。今日はこのくらいにして帰りましょうか」
あたしは床に積み上げた本の山を本棚に戻しながら捜査終了を承諾した。
もうほとんどのものは一通り見たと思うし、最初からあるかどうかもよくわからないものを探してるんだから無理がある。
もう少し、ヒントとなるものを朽木さんから引き出さなきゃダメだ。
そう思った時。
「じゃあ、最後にこれだけ見てから」
拝島さんが言いながらウォークインクローゼットにある収納ケースの奥から取り出したものは、自分ひとりのためじゃ絶対買わないお中元用ってカンジのクッキーか何かの缶箱だった。
積み上げられた収納ケースの中は子供用のおもちゃなどがほとんどで、ごちゃごちゃしている。その一番下にあるケースも例外じゃなく、あたしはあれもおもちゃが入ってるのかな、と思っていた。
ところが、フタを開けた中から出てきたものは。
「本……?」
一冊の本だった。
ひとめで医療関係とわかるようなタイトルの、実用書だかドキュメンタリーだか、そっけない表紙の本。
なんでこんなところに? 本棚に入れ忘れたのかな?
拝島さんが缶から取り出したその本を、怪訝に思い、あたしも横から覗き込む。
ぱらり、と表紙がめくられた。
そこにあったものは――――
「これ――」
拝島さんが目を瞠る。あたしも驚きを言葉もなく飲み下した。
そこに挟まれていたのは、とても思いがけないものだったのだ。
これはもしかして――――
拝島さんと顔を見合わせ、こくりと頷く。
まるで封印したかのようにひっそりとおもちゃ箱の底に隠されていた缶箱。間違いない。
夕日の射し込む赤々とした部屋に、あたしと拝島さんの静かな興奮が流れる。
あたしたちはしばし無言でその記憶のかけらに見入った。
そう。記憶のかけら。朽木さんの。
これこそ朽木さんの閉ざされた過去につながるものなのだ。
間違いない。
やっとわかった――――朽木さんのこと。