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Act. 15-12

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

「おっ、グリコちゃんだ! ホントにいた!」

 

 部屋に入ってきた高地さんは、あたしの姿を見つけるなり、嬉しそうに指差してきた。

 

 なんだなんだ? ご指名ってか? 三番テーブルにごあんな~い。しませんけど。

 

 あたしはみたびネコの顔描きに挑戦していた鉛筆を置いて、高地さんの方に走り寄った。

 

「どうしたんですか? 高地さん」

 

 と、なにやら紙袋を差し出してくる高地さん。

 

「いや山田からグリコちゃんがクリスマスイベント手伝ってるってきいてよ。ほら、これ差し入れ」

 

「えっ、差し入れ!? ヤッター!」

 

 受け取って早速中を開いてみると、ひよこ饅頭の箱発見! 渋い差し入れだなヲイ。

 

「うちの薬局によく来るばーちゃんからもらったヤツなんだけど。よかったらみんなで食べてくれよ」

 

「ありがたく頂戴します!」

 

 ビシッと敬礼ポーズでお礼する。食べ物はなんでももらえると嬉しいのだ。

 

「さんきゅー高地。もうお前に用はないから、それ置いてさっさと帰っていいぞー」

 

 背後の声に振り返ると、そこにいたのは山田さんだった。ペンキで汚れた手をタオルでふきふき歩いてきて、高地さんの目が吊りあがる。

 

「オマエな、もう少し本音は隠せよ」

 

「部外者とお喋りしてる暇はねーの。ハイハイ、邪魔邪魔」

 

「オマエと喋りにきたんじゃねー。グリコちゃんと喋りにきたの!」

 

「うちのホープは今おおいそがしなの。ねぇお菊ちゃん?」

 

 いや「ねぇ」って言われても。このままもらうモンもらって追い返すのも悪いような。

 

 まぁ高地さんだからいいけど。

 

「忙しいなら仕方ないよ、高地」

 

 と、高地さんの後ろから高地さんの服を引っぱる人影が現れて、あたしは考えを改めた。

 

「拝島さん!」

 

 なんだ。拝島さんも来てたんだ。

 

 じゃあ少しくらいお喋りしたいなー、と思った時。

 

「いいよ山田。お菊ちゃん、働きづめだし。ちょっと休憩しておいで、お菊ちゃん」

 

 賀茂石さんがそう言ってくれて、あたしは遠慮なく甘えさせてもらうことにした。

 

「すぐに戻りますねー!」

 

 

 * * * * * *

 

 

「グリコちゃん、相変わらずパワフルに生きてんなー」

 

 会議室を出て廊下を歩きながら高地さんが言う。

 

 あたしたち三人は一階に下りるべく、場所移動してるところだ。

 

 一階の待合室にある自販機でジュースでも飲みながら話そうということになったのだ。

 

「そうですか?」

 

「イベントの手伝いなんて、普通なかなかしねーよ」

 

「一度お祭りの企画者側に立ってみたかったんですよねー」

 

「まぁ面白いけど。でもあの庄司のやることだし、めちゃくちゃ大変だろ?」

 

「だからこそ燃えるんですよ! やってやるぞー、みたいな!」

 

 あたしはグッと拳を握って熱く言い切った。

 

 燃える血潮! みなぎるパワー! 祭りはこうでなくちゃね、うん! まぁ子供用のイベントなんだけど。

 

 と、突然立ちくらみがしてふらっと体が揺れる。おっと、はしゃぎすぎちゃったかな。

 

「大丈夫!?」と咄嗟に肩を支えてくれる拝島さんに「ん……つまづいただけです」と適当に答えてこっそり体に活を入れる。

 

 うーん、やっぱり疲れがたまってきてるなー。

 

「そっか……最近、朽木のところに来ないのはこれやってるからなんだね」

 

 ほっとして前に向きなおる拝島さんが階段の手摺に手をかけて言うのに対し。

 

「たまに行って写真もちゃんと撮ってますよー。ただ時間に余裕がないから、顔見たらすぐに帰っちゃってますけど」

 

 あたしは呼吸を整えてから答えた。ホント、時間に余裕があればもっとネチネチストーキングしてやるんだけど。

 

 拝島さんとはそういやここのところ顔も合わせてなかったんだ。だからあたしが来てないって思ったんだね。

 

 朽木さんが一人のところを狙って突撃してたからなー。

 

 でもちゃんと拝島さんの隠し撮りもしてたよあたし☆

 

「朽木さんは元気してます? 遠目から見てる分には少し元気がなさそうでしたけど」

 

 階段を降りながら拝島さんに訊く。

 

 遠目から見てるどころか毎日捕獲を狙って近づいてるんだけど、そこは一応伏せて。

 

 以前、拝島さんにお願いした朽木さんのメンタルケア、やってくれてるかなーと思ってたのだ。

 

「うん……確かに、少し元気がないね」

 

 拝島さんは表情をくもらせ、うつむいた。

 

「この間一緒に牧場を見に行ったんだけど、立ちくらみ起こして倒れかけたんだ」

 

「えっ、マジですか!?」

 

 あたしは大きな声をあげ、駆け足で拝島さんの横に並んだ。

 

 ちゃんと二人でデートしてたことと、立ちくらみを起こしたことと、どちらも驚きだ。

 

 それは朽木さん、幸せすぎてめまいを起こしたんじゃないか?

 

「すぐに回復したけど、びっくりしたよ。朽木にとってはたまにあることらしくて、心配するなって言ってたけど」

 

「たまにあること? 立ちくらみが?」

 

「うん。昔のことを思い出そうとするとなるんだって……何かがひっかかって思い出せない記憶があるらしくて」

 

 なんだそれ。思い出そうとすると立ちくらみって……。

 

「あ」

 

 あたしはハッとなった。

 

 昔のこと。ひっかかって思い出せない記憶。

 

 それって、朽木さんが二度変わったことと関係してるんじゃないだろうか。

 

「どうしたの、栗子ちゃん?」

 

「朽木さん、他に何か言ってませんでしたか!? 少しでも思い出せたこととか!」

 

 この間、章くんと文芸部の先輩から聞いた話が頭をよぎる。突然変わった朽木さん。トラウマになった出来事。

 

 そしてここ最近あたしが考えていたこと。朽木さんの中にあるひずみ。

 

 あたしはぐっと拝島さんに迫ってきいた。すると拝島さんは真剣な顔で宙に視線をさまよわせ、

 

「他には……えっと、誰かの声が頭に響くことがあるって言ってたかな。それが誰だかわからないけど」

 

 誰かの声。衝撃が体を走りぬけた。

 

 今、全てがつながったような気がしたのだ。思い出せない――忘れてしまった誰か。

 

 そうだ。そういうことなんだ。

 

 朽木さんの心の奥に住む、忘れてしまいたい、だけど忘れることができない存在。そういう人がいたからこそ、今の朽木さんがあるんだ。

 

 誰だ。あたしは頭の中で仮説を組み立てた。

 

「中学時代……」

 

 お父さんに連れさらわれてから、ずっと抵抗を続けていた朽木さん。やさぐれてケンカばかりしていた。ギラギラした瞳の少年。

 

 それが中学三年の秋、何故だか急に丸くなった。希望を見出した朽木さん。勉強に対する前向きな姿勢。

 

 だけど突然訪れる絶望。失った希望。すべてを諦め、もうどうなってもいいと思った少年は、その直後、お父さんから解放される。

 

 そして現在――――自由になった朽木さんは、心の傷を徐々に癒し、ようやくできた大切な想い人と共に学問に打ち込んでいる。

 

 満たされてるはずだ。

 

 好きなことを好きなだけやれてるんだから、今は。満たされてるはずだ。

 

 なのにあの覇気のなさ――自分は相変わらず逃げ続けていて、身を隠すために一生本気を出さないと言う。

 

 お父さんに捕まるのを怖れ、そんな自分を見下している。

 

 立ち向かう力がないから。生きることに無気力で、逃げ続けているだけの自分では負けてしまうと思っているから。

 

 なんてアンバランスなんだろう。

 

 そしてそのアンバランスは、記憶の混乱からきているんだと、今ようやくわかった。失ってしまった記憶が朽木さんの心を縛りつけている。

 

 それさえなんとかすれば――――

 

 ……うーん。クリスマスイベントが終わるまでは、朽木さんのことは置いておこうと思ってたんだけど。

 

 

「――思い出させなきゃ」

 

 

 気づけばあたしは呟いていた。

 

 朽木さんが朽木さんらしくなるためには。本当の朽木さんを見るためには。

 

 忘れられてしまった記憶を喚び起こさなきゃいけない。

 

「でもどうやって?」

 

 拝島さんがあたしの呟きに反応してくれる。

 

 そうだ。それが問題だ。一体どうすれば、朽木さんの記憶を喚び起こすことができるんだろう。

 

 せめてとっかかりだけでもわかれば。朽木さんの過去につながる手がかりさえあれば。

 

 朽木さんの思い出。捨て去った場所。朽木さんの過去をよく知る誰か――――

 

 

 例えば。

 

 

 あたしはふと思いつき、顔をあげた。

 

「朽木さんのご両親。何か知ってませんかね?」

 

 

 

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