Act. 15-11
<<<< 栗子side >>>>
「すごいなこれ。店で売ってるやつみたいだ」
「ホントにお菊ちゃんが作ったんだ?」
「縁の白いもこもこの部分とか、よくできてんなぁ~」
ふっふっふっ。そうであろう、そうであろう。
売店の二階にあるいつもの会議室。
実行委員のみんながあげてくれる感嘆の声に、机の上にででーんと広げた物の前であたしは満足の微笑みを浮かべる。
それはサンタ服。闇夜を明るく照らしてくれそうな真っ赤な生地のコートだ。
白く光沢のあるファーに縁取りされた、どこから見てもサンタだと一目でわかるこの存在感。
お揃いの三角帽子には、もちろん先っぽに白いボンボンが取りつけられている。
赤いズボン、黒い革ベルト、特製の黒い厚底ブーツまでセットでずらりと並び、ショップの店頭販売みたいに壮観な眺めだ。
素晴らしい。よくやった市兄ちゃん!
毎日せっせと頑張ってくれただけはある。本当に店で売ってるものと遜色ない出来栄えだ。さすがは我が家の家事担当。
「けっこう器用なんだな、お菊ちゃん。かなり本格的だよ、これ。すごいね」
手放しで褒めてくれる賀茂石さんに、あたしは鼻高々で、
「ふっ。あたしがちょっと本気をだせば、このくらいちょちょいのちょいですよ♪」
とどこまでも調子にのって胸を張る。
まぁ、うそはついてない。あたしだって型紙切ったり、アイロンかけたり、ボタンつけたりとそれなりに手伝ったのだ。それ以外は全部市兄ちゃんがやってくれたけど。
「お菊ちゃんにこんな特技があったとはな。さすがは俺の一番弟子だ!」
「まかせてください師匠!」
きらりーんとメガネを光らせる庄司さんとも、握った拳をクロスさせ、大いに盛り上がった。あたしの辞書に良心という文字はない。
「マスクとボディも完成したって連絡があったし。明日あたり揃って試着できるな」
と、庄司さんの嬉しい報告にテンションはますますアップ。
サンタの顔と体。数週間前に型取りしてもらい、注文してあったのだ。
あたしは万歳しながら飛び上がった。
「マジですか! とうとうサンタデビュー! 一足先にメリクリあたしー!」
「メリクリ俺ー!」
「お前は浮かれんな!」
べん、とあたしと一緒に飛び上がった庄司さんが賀茂石さんに頭をはたかれる。
そこでいいオチがついたとばかりに、山田さんの呼ぶ声がした。
「こっちもほぼペンキ塗り終わったぞー」
見ると、隅っこで黙々と作業を進めていたサンタ小屋チームが、やれやれと腰を下ろしている。
おっ。できたんだ!
額の汗を拭いながら立ち上がる山田さんに、みんなの注目が集まる。あたしも机から離れて移動した。
今回のイベントの目玉であるサンタ小屋の出来は、やはり一番気になるところ。
なにせ計画当初の、どこかの教室の中だけ改装する、という話は早くも凝り性の庄司さんにより取り下げられ、本物の山小屋を作ることになったのだ。
その時の山田さんの嫌そうな顔といったら……合コンをセッティングするって話で折れてたけど。
でも一度決まったら山田さんの行動は素早かった。
あっという間に図面を作り、建築仲間と一緒にその図面をもとにミニチュア小屋を作成。
必要な資材をわりだし、着々と準備を整えていったのだ。
そんなわけで、あたしたちは期待の眼差しでサンタ小屋ゾーンを取り巻いた。
今や広大な多目的ルームの半分以上を占めるスペースに、新聞紙やビニールシートが広げられ、その上に大量の木の板や丸太が並べられている。
これがイベント前日に、たった一日で山小屋っぽく組みあがるんだとか。すっげー。
ペンキを塗られた木の板は、ほとんどが茶色。見た目は地味でいいんだとか。
でもその中に白い板も見つけ、あたしはそれを指差して山田さんにきいた。
「白いのはなんなんですか?」
「屋根だよ屋根。雪が積もってるっぽく見えるかなーと思って」
「おおー! なるほどー!」
思わずぽんと手を打つ。
「こっちの看板みたいな小さい板は?」
「それはまんま看板。これからサンタの家って文字を入れんの」
ひょえーっ! 看板つきのおうちですか! なんか本格的だなー。
製作過程を見てるだけでわくわくしてきて、あたしはしゃがみこんでよく観察した。
後ろからやってきた庄司さんが、同じくサンタ小屋の素材を覗き込み、感心して頷く。
「さすが山田だ。俺の二番弟子なだけはある」
「オレ二番か! てゆーかお前の弟子にすんな!」
ははは。確かに。
「あとは内装だな。一週間で仕上がるか?」
「その辺はてきとーだよ、てきとー。誰かさんが教室使ってりゃもっと内装にも凝る時間あったんだろうけど」
嫌味たらたらな山田さんの言葉も、庄司さんにはどこ吹く風。平然とした顔で、
「できるだけ本物っぽくしたほうがいいだろ。子供たちも喜ぶし」
「俺は喜ばない」
「図体のでかい奴を喜ばせてどうする。大事なのは子供たちの夢を守ることだ」
「どうせニセモノだって子供たちもわかってっだろ。しょーがないから喜んどいてやるかー、とか思ってるぞ、絶対」
「お前な。もっと子供とお父さんの気持ちを信じてやったらどうだ」
「だからお父さんは関係ねーだろ!」
「夢見る子供は、お父さんの夢でもあるんだぞ!」
「どんだけお父さんひっぱってんだよ、ヲイ!」
えっと……。
また始まったよ山田さんと庄司さんの漫才トーク。
この二人、ちょっとしたことで言い争いを始め、何故かいつもそれが漫才に発展するという癖があるのだ。
主に庄司さんがボケで山田さんがツッコミ役。どういう漫才体質?
面白いんだけど、これを見てると自分の作業が遅れてしまう。
それをわかっているからか、もはや日常茶飯事すぎるからか、実行委員のみんなは「やってろ」って呆れ顔で自分の作業にばらばらと戻っていく。
あたしもすっかり慣れっこになった。早く仕事に戻ってくださいね、庄司さん、山田さん。
「そいつらのことは放っておいて、こっちの目印作り手伝って、お菊ちゃん」
テーブルで作業する賀茂石さんに呼ばれ、あたしは「はいです!」と振り返った。
* * * * * *
それから一時間。
あたしは賀茂石さんたちと一緒に、目印――子供たちが宝探しする時の道しるべみたいなものをせっせと作った。
『トナカイさんがみえたら、そこをみぎへ』みたいな感じで使うやつで、厚めの画用紙に大きく絵を描いて作るのだ。
このメンバーの中ではわりと絵が描ける部類のあたしが下書きし、他の人がマジックでなぞって色を塗る。そんな作業をひたすらこなしていた。
気づけば日はすっかり沈み、窓の外は真っ暗。はやっ。日が落ちるのが早くなると冬だなーって感じるね。
今日はみんな何時まで頑張るんだろう。
今までは打ち合わせだけで終わる日も多かったけど、もう残された日にちは一週間。追い込みに入ってるから、ほとんど毎日深夜まで頑張ることになる。
バイトのある日はちょっとしか手伝えないあたしだから、フルに手伝える日は最後まで頑張りたい。
だけど黙々と絵を描く作業って、段々眠くなってくるんだよね。最近寝不足気味だし。うーん、目が霞む……。
「眠いの? お菊ちゃん。そこ、線が曲がってるよ」
賀茂石さんに言われ、ぎくっと意識を取り戻す。アウチ! ネコのおヒゲがぐにゃぐにゃに!
「ハイ、やり直し。疲れてるんなら俺がやるけど?」
賀茂石さんは、普段は優しい人なんだけど、仕事は厳しい。
その人の得意分野をぱっと見抜き、効率のいいように仕事配分するサブリーダーみたいなポジションの人で、決して無理な仕事を任せたりはしないんだけど、その代わり渡された仕事をきっちりやらないと静かに怒る。
そういう時は怒鳴ったりしないだけに一層怖かったり。
最近気づいてきた。庄司さんと山田さんと賀茂石さん。性格はそれぞれ違うんだけど、ちゃんと共通してる部分があるのだ。だから三人は仲良しさんなのだ。
その共通してる部分ってのは、「仕事は手を抜かない」ってこと。
なんだかとっても尊敬できる。
「いえいえ、自分でやりますよー。フリスクありません? シャープネスユーアップで頭シャキーン! ちゃちゃっとやっちゃいます」
あたしは頬を両手でぺしぺしと叩いて眠気を飛ばした。しっかりしろ、あたし!
自分から手伝うって言っておいて足を引っぱってちゃ情けないつーの。
「大丈夫? 無理もあまりよくないよ?」
「モーマンタイです。あたしの辞書に『無理』って文字はありません」
『無茶』って文字はでかでかと書いてあるけどね。
賀茂石さんからフリスクをもらい、一度に数粒、口の中に放りこむ。
同人誌で鍛えたこのあたし、徹夜の一晩や二晩はユンケル一本あれば余裕だ。あと眠気ざましのガムね。
毎日忙しいっつっても、ちゃんとそれなりに睡眠はとってるし、まだまだいけるはず!
……とは言っても、やっぱり少しダルイかも。
毎日ちょこまか動き回ってるからかな? 学校が終わったら天道大にすぐ移動。着いたら着いたで、時間の合間を縫っては朽木さんの顔を見にちょくちょく抜け出してるから。
嫌がらせついでに隙あらば捕まえて話をしようとしてるんだけど、朽木さんめ、なかなか捕まらない。
さらりとあたしの罠をかわしやがって頭にくる。背中に話しかけても無視されるだけだし。腹いせに呪いの手紙を百枚書いてポストに突っ込んでやった。あっさり捨てられただろうけど。
次は無視できないようなヌード写真撮って学校中にバラまいてやろうか、へっへっへっ。
なんて考えながらネコの顔を描いてると、今度はなんだかイヤらしい顔つきのネコになってしまった。オウチ! ミステイク! チェシャ猫かよ!
朽木さんのせいだポイントに1万ポイント加算しといてやる! ブツブツブツ。
まったく朽木さんめ朽木さんめ朽木さんめ。
ちくしょー朽木さんめ朽木さんめ朽木さんめ。
……少しは反応しろよ。もう。
「ちぃーす! お邪魔しまーす」
と、そこへ部屋の扉がガラッと開き、作業の緊張感を吹き飛ばす元気のいい声が響いた。
入ってきたのは見覚えのあるツンツン頭。
「あれ? 高地さん?」