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Act. 15-8

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

 さらさらした赤い布地を、昨日一時間かけて大掃除した部屋の何週間ぶりかわからないゴミひとつ落ちていない絨毯の上に広げる。もちろん、あたしの部屋の絨毯なわけだが。

 

 布は、安いわりにはさわり心地のいい布で、しごくあたしは満足していた。ナイスプライス・グッドチョイス♪

 

「型紙はあるの?」

 

 布の大きさを確かめながら、真昼があたしに訊いてくる。今日、土曜日だというのに、あたしの頼みを快く引き受けて、わざわざうちまで来てくれた真昼サマサマだ。

 

 あたしはへらへらと愛想笑いを浮かべながら、

 

「紙だけなら。えへっ☆ それも真昼に教わろうと思って」

 

 と両手をあわせて小首と一緒にかしげてみせた。真昼の目が呆れ目になる。

 

「型紙作って裁断するので今日一日終わっちゃうわよ? 大丈夫なの?」

 

「ダイジョブ! 縫うところさえ教えてくれれば、市兄ちゃんがミシン使えるから!」

 

 真昼はため息をついた。

 

「既製品を買うって発想はなかったわけ?」

 

「あたしの身長にあうサイズがなくってさ。ミニスカサンタ服はあったんだけど、それはちょっと違うし」

 

「中に詰め物して体を大きくするんでしょ? それなら大きめのやつを買って手直しする方が早くできると思うんだけどね」

 

 え? そうなんですか?

 

「まぁ、苦労は市兄ちゃんにしょいこんでもらうし」

 

 おっと本音が。

 

「市柿さん、部屋の外で泣いてるわよ」

 

「くおらぁぁぁぁ! 盗み聞きしてんじゃねぇっ! 桃太っ! お前もだっ! いくら顔見せようとしても真昼は紹介してやらんっ!」

 

 バタンッ!

 

「ちくしょぉ~っ! 腐女子のくせに美人の友達持ちやがってぇ~~!」

 

「兄ちゃん、栗子のためなら頑張るけどね。これでも一応、毎日遅くまで働いて……」

 

「睡眠時間三時間でよろっ! んじゃ、あっちでお茶の用意でもしてて!」

 

 バンッ、と開けた扉をまた閉めて、我が家の男二人が泣きながら去っていくのを足音で確認する。

 

「まったく、デリカシーってものがないよね、あの二人は」

 

 片手を広げながら、やれやれとばかりにもう一方の手を腰に当てて言うと。

 

「あんたにだけは言われたくないと思うわよ」

 

 真昼の冷ややかな視線がズビシッと突き刺さった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「前身ごろはこんなもんね」

 

 さらさらと型紙に線を引いていく真昼の器用な手を感心と共に見つめる。

 

 やっぱすごい、真昼って。料理もプロ級だな~って思ったけど、裁縫の腕もかなりのもんだ。

 

 まったく何もない紙に複雑な前身ごろをどうやったらそんなにらさらさらと描いていけるんだろう。さすが旅館の娘。

 

 基本的に育ちが違うのだと、こういう時はしみじみと感じる。

 

「すごいすご~い! ちょっと当ててみていい?」

 

 あたしは型紙を持ち上げようと身を乗り出した。

 

 するとバランスが崩れ、そのまま勢いよく型紙の上に顔からダイブ。ぎゃふん!

 

「グリコ……そんな恰好なんだからおとなしくしてなよ」

 

 真昼にまたもや呆れ目で言われ、しおしおと抱き起こしてもらった。

 

 そんな恰好、というのは、採寸のためにサンタらしい体格にした恰好なんだけど。

 

 体中、手や足やいたるところに緩衝材によく使われる発泡シートを巻きつけ、お腹には枕なんて縛りつけたあたし。

 

 動きにくいことこの上なく、一度倒れたら自分一人の力で起き上がることすらままならない。

 

 当日は関節部分をちゃんと動かしやすく考慮した増量しないとね。サンタやんのも楽じゃなさそうだこりゃ。

 

 真昼の手を借り、なんとか身を起こしたあたしは、それからしばらくぼーっと突っ立ったまま真昼が型どりしていくのを眺めた。

 

 真昼は時たま描いた紙をあたしに当てて、形を確認しながら細かく仕上げていく。

 

「うん、大体こんなもんね。あとは縫い代とか書き込んでいくだけだわ。お疲れ様、グリコ」

 

 ホッ。よかった。やっとこの暑苦しいものを外せる。

 

 特殊スーツも作ろうかって庄司さん言ってたけど、どうせだぼだぼの服着るんだし、あんまり全身をがっちり覆うものはイヤだな。着込めばすむ部分はそれでごまかそう。

 

 急いでお腹の枕やらを外すあたしの横では、真昼が布に型紙をのせて切り方を考えている。

 

 かなり大きめにとってもらったけど、あれで足りるかなー、と覗き込むと、

 

「サンタらしくするんなら白いファーなんかも必要だけど。用意はしてある?」

 

 あっ、とあたしは声をあげた。そういやサンタ服って、ところどころに白いもこもこのラインがあるんだっけ。

 

「全然頭に浮かばなかった! あとで一緒に買い物行ってくれる!?」

 

「いいけど……随分気合入ってるわね。コミケでのコスプレ用?」

 

 言われてあたしは今気づいた。そういや真昼たちにまだ話してなかったっけ。

 

「違うよ。12月24日に天道大でクリスマスイベントやるんだけど。それをあたしが手伝うことになってさ。サンタクロースの恰好して子供たちに宝の地図をプレゼントすんの」

 

「天道大……? え? なんで学校違うあんたが手伝うの?」

 

 驚いてあたしを振り返る真昼。にへらっと笑うあたし。

 

「へへっ。実行委員の人と仲良くなってさ。おもしろそーな企画だったからあたしも参加したいって言ったら是非手伝ってくれって。週に三日は顔だしてるよ~」

 

 説明すると真昼は深々と肩で息をついた。

 

「はぁ……よくやるわねあんた」

 

 あたしは体にくっつけてたものを全て取っ払い、ようやく身軽になれた開放感に「う~ん」と伸びをした。

 

 出来上がった型紙を切るべく、ハサミを手に真昼の横に座り、紙にハサミを入れながら言う。

 

「お祭りごとだからね~。気合入れてるよ♪ 実行委員の人たちもみんな面白い人でさ~」

 

「朽木さんとはうまくいってるの?」

 

 シャキン。唐突な質問に閉じたハサミが固まった。

 

「う、うまくいくって?」

 

 刃先がぶれ始め、切り進めづらくなってしまう。つい泳いでしまう視線をなんとか手元に固定しようと焦った。

 

 突然すぎますよ、真昼さん。

 

「朽木さんの不機嫌は治ったの?」

 

「ど、どうかな。朽木さんっていつも不機嫌だし」

 

「あんたに対する態度は変わらない?」

 

 変わらない……ことはない。前は不機嫌でもちゃんと相手をしてくれてた。

 

 今は目も合わせようとしない朽木さん。メールの返事もまったくなしで、とことんあたしを無視する姿勢を貫いてる。

 

 それがあたしに対する怒りからじゃない、ってことは一目瞭然で。

 

 

 ふう。ため息ひとつ。

 

 

「最近の朽木さん、やりにくいったらないよ」

 

 あたしはとうとうハサミを置いた。

 

「あたしはいつもとやってること変わんないのに。急に消えろとか言ってキレたかと思ったら、今度は無視だよ? カンペキな無視。なに言ってもなにやっても反応しないの」

 

「無視ねぇ……。むっつりと怒ってる風に?」

 

「違うんだよねぇ、それが……。なんか殻に閉じこもってるっていうか……」

 

 そう。あの態度はまるで、自閉症の子供のようなのだ。

 

 だからこそ、ますます気に入らない。

 

「怒ってる理由も結局さっぱりわかんなかったし。なんなんだよアレ! 一方的にキレて鬱ってどういう自己中!? なんかあたしがいじめたみたいな気分になるじゃん! も~~~っ! 真昼にはわかる!?」

 

「さぁ……」

 

 真昼は再びペンを走らせ、綺麗な曲線を描きながら表情も変えずに答える。

 

 なんとなく、真昼にはすべてわかってるんじゃないかと思えた。

 

 朽木さんのことも。朽木さんの気持ちも。

 

 だけどいつも控えめな真昼のことだから。きっと訊いても教えてくれない。自分で考えろって言うだろう。

 

 そんな真昼は嫌いじゃない。あたしもできれば自分でわかりたいし。わからなきゃわからないで、気にせずあたしは自分のやりたいことを貫くだけだ。

 

 朽木さんにどんだけ無視されても、ストーカーを――――

 

「手、止まってるわよ」

 

「あっ、うん」

 

 慌ててハサミを手に取り、続きの部分を切りだす。ちょっとガタガタになっちゃった。

 

 焦るなあたし。朽木さんがあたしをどう思ってても関係ないじゃん。もとより嫌われるの承知でストーカー始めたんだし。

 

 でも朽木さんがあんな調子だと、やっぱりストーカーしてても楽しくないのだ。怒ってあたしを振り返り、「いい加減訴えるぞこの変態がっ!」って粗大ごみのテーブル投げつけてくる朽木さんがいいのだ。

 

 そんな朽木さんだから、思いっきりストーカーできたのだ。

 

 あたしを無視するのも、怒ってるからだとか、呆れてるからとかならかまわない。

 

 だけど。あんな、周りをうろちょろしても、竹刀で殴りかかっても、ウンともスンとも言わない朽木さんなんて。大人しくあたしに殴られてる朽木さんなんて。

 

 あんなの。あんなのまるで――

 

 

 まるで、あたしから逃げてるみたいじゃん。

 

 

 なんだよソレ。なんなんだよソレ。あんなに怒ってたくせに、もうどうでもいいってか?

 

 あたしだって、当然悪かったのに。そこは引き下がらなくていいところだったのに。

 

 反省しすぎだ、ばかやろう。

 

 そりゃあんなことした後は気まずいだろう。あの朽木さんもやりすぎたって思ったんだろう。

 

 そうやって反省すること自体は悪いことじゃない。誰だって失敗はあるから気にすんな、って周囲が引っ張り上げてあげるきっかけになる。

 

 だけど壁を作っちゃったら何にもできないじゃん。

 

 同じ失敗を繰り返したくないなら、自分が成長するように前進するべきだろ。どうしてそこで立ち止まる。

 

 あたしに謝らないのは、進むのが怖いから。わかってる。一度失敗した人間関係を切り捨てようとしてるのだ、朽木さんは。

 

 またあたしと衝突するのを恐れて。嫌なものからは目を背けて。

 

 

 嫌なあたしから――――

 

 

 知らず、深くうつむいていて、慌てて首を上げる。

 

 集中できないハサミは一度床に置き、深呼吸ひとつ。自分を落ち着かせる。

 

 …………本当に、それで朽木さんが納得できるなら、それでもいい。

 

 でも――――

 

 あんなに落ち込んだ顔して。あのままでいいわけがない。

 

 自分の気持ちをごまかしてばかりで。心が悲鳴をあげてることに気づいてない。

 

 それでいいのか、朽木さん? そんな生き方でいいのか? 前を見て歩いていけるのか?

 

 心の底から笑顔を浮かべることができるのか? できないからこそ、仮面をかぶってばかりで、自分が出せないんじゃないのか?

 

 仮面の下で、どんどん自分を傷つけていって。

 

 そういうことしてるから、あのバカは。あのバカは。

 

 

 あの――――

 

 

 

「いじけ虫のみえっぱりやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

 バリバリバリッ!

 

 

「ああっ! しまった型紙がっ!」

 

 あたしは思い余って破ってしまった型紙を大慌てで拾い上げた。見事にまっぷたつ。

 

 どうしよう。せっかく真昼が描いてくれたのに。バカやろうはあたしもです。ぐっすんおよよ。

 

「なにやってんの。作業に集中しないと終わらないわよ」

 

「すみません真昼サマ。心を入れ替えてマジメに働かせていただきますので、どうかお許しを」

 

「別にそのくらいいいけどね……」

 

 真昼は土下座して平に謝るあたしにため息を落として立ち上がり、机の引き出しにある文房具箱を取り出した。

 

 中からセロハンテープを取り出しながら言う。

 

「その言葉は直接本人にぶつけたらいいでしょ」

 

「だってさー、ぶつけても右から左ってカンジなんだもん、あの風穴男」

 

「それで引き下がっちゃうわけ?」

 

「いや、引き下がらないけどさ」

 

 あたしは即座に脊髄反射で答えた。ああっ。また言っちまったよ、この負けず嫌いっ!

 

 全然楽しくないストーキングなんてもうやめちゃえばいいのにさー。我ながら損な性分だよ。

 

「今まではちょっと手加減してあげてたんだよね、うん。次はもーっとしつこくメガホン持って耳元で怒鳴り続けてやるよ? ごめんなさいって泣いて謝るまでずぇーったいつきまとってやるんだからね!」

 

「だよね。ハイ、これで破ったところとめて」

 

 真昼から渡されたテープをやや焦る指先でつまみ、バリッと引っ張りだす。

 

 うん、うそじゃない、うそじゃない。この間一撃で打ち込みやめたのは、体調不良だったんだよね、きっと。

 

 ショックを受けてなんかいませんとも。あ、あたしが朽木さんに逃げられたくらいで、ショックを受けるわけが。

 

 そ、そうそう、そういえば最近便秘気味のような気がするし、うん! あーお腹イター!

 

「頑張りなよ。追っかけていたいんでしょ? とことんやっておいで」

 

 くしゃくしゃになった型紙をキレイに伸ばしながら、真昼はなにげなくもきっぱりとした声で言う。

 

 はぁー。真昼にゃかなわないなー。

 

 そんな風に煽られたら、やらないわけにはいかないじゃん。

 

 あたしはぐっと奥歯を噛みしめ、「うん」と力強く頷いた。

 

 

 

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