Act. 15-7
<<<< 栗子side >>>>
「お。姉ちゃんおかえり……ってなんで竹刀なんか持ってんの?」
運動を終えて帰ってきたあたしを見て、桃太が怪訝そうに顔をしかめる。
「ほら。素振りっていい運動になるから」
「そりゃなりそうだけど……もっと効率のいい運動があるって気がするし、走る時邪魔だろ」
「背中に背負って行ったから大丈夫だったよん。移動は自転車だったし」
あたしは適当に会話を流しながら台所に行き、自分用のお茶が入ったペットボトルを持ってニ階の自分の部屋へと上がって行った。
「自転車と竹刀……? 一体どんな運動を……」
首をかしげる桃太の呟きを無視して部屋の中に入ると、とりあえず竹刀は壁に立てかけてごくごくとお茶を飲む。
ぷはーっ! この一杯のために生きてるーっ! なんつって。
喉を潤すと、休憩もそこそこに、今度は床に寝転がって腹筋を始めた。
オーバーワークかもしれない。でも体を動かしてないと、なんかもやもやすること考えちゃいそうで。
さっきあたしの攻撃をよけようともしなかった朽木さんの姿が脳裏にちらつく。けどとりあえずは頭の中から締め出した。
あたしにはあたしのやるべきことがあるのだ。集中を乱しちゃいかんいかん。
朽木さんのことはクリスマスイベントが終わってから考えよう。
まずは毎日のメニュー、腹筋100回と発声練習をこなさなきゃ。自分の声録りもして、チェックしないとね。
合唱部時代と演劇部時代にある程度ノドは鍛えたけど、ブランクがあるからなかなかに厳しい。低い声、出せるといいなー。
庄司さんはそのままでもいいと言ってたけど、できるならあたしはちゃんとそれらしくやりたいのだ。
真っ白いふさふさお髭のサンタさんを。
『サンタさん!? あたしがですか!?』
にやにや笑いであたしを見る庄司さん。重大発表ってなんのことかと思ったら。なんと、サンタクロースの役をやって欲しいというのだ、あたしに。
『ああ。お菊ちゃんって、わりとなりきるタチだろ? 演技もうまいってきいたし、ぴったりだと思うんだがな』
『で、でも、それなら庄司さんのほうが。男だし、合ってるんじゃないですかね?』
『俺はこのとおり背が高い。子供たちを怖がらせてしまうかもしれん』
『でも、でも。女のあたしがサンタって、なんか邪道くさいような』
『もしサンタらしくなりたいなら、特殊メイクでそれらしくもできるぞ。どちらにしろ、どっからどう見てもサンタという外見の奴はここにはいない』
なるほど。サンタといえば白いお髭の恰幅のいい老人。どうせ誰がやっても年齢をごまかす必要が出てくるわけだ。
実行委員会には太ってる人もいないしね。
『でも……うーん……あたしがサンタかぁ……』
それでもしばらくあたしは渋った。特殊メイクでサンタの外見になれたとしても、声が問題だ。
まぁ音域の広さには自信があるから、低い声も出せなくもないんだけど。老人の声は難しい。
なんといってもやったことがないから、ちゃんとやれるかどうかがわからない。
『うーん……サンタ……やれるかなぁ……』
『やれる! やれるとも、お菊ちゃん、君ならやれる!』
と、突然立ち上がった庄司さんが熱く拳を握り、あたしのハートに訴えかけてきた。
『君なら立派にサンタ役をこなせると、俺は信じてる!』
『庄司さん……』
きらきらきら~。
漫画ならバックに点描が飛びかいそうな熱い視線をかわし、あたしもぐっと拳に力をこめる。
『やります……! いえ、やらせてください! あたし、きっとサンタ役をこなしてみせます!』
見ていてください、月影先生! 紫のバラの人!
あたしはサンタ。サンタクロース。必ず、この役をつかんでみせる!
なーんて気分は北島マヤで豪語したあの日から既に一週間。
できるだけサンタらしくなろうと、毎日体力をつけ、腹筋と喉を鍛えている。
何時間も演技し続けるのって、体力いるからね。喉はしっかり開いておかなきゃ。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
あたしは腹に力をこめ、よくとおるように発声した。遠くまでのびる声、遠くまでのびる声。
こういう練習、久しぶり。懐かしいなぁ~。中高時代はよくやったもんだよ。
女のあたしがどこまでサンタらしくなれるかわからないけど、とりあえず、やれるだけやってみないとね。
子供たちが納得するサンタにならなくちゃ。
それからもうひとつ。サンタらしくなるために必要なもの。
あたしは部屋の隅に置いてあるどでかいビニール袋に目をやった。
中に入っているのは赤い布と、さまざまな裁縫道具。
そう、サンタ服の材料である。
あれも完成させなきゃなんだけど…………。
すみません。家庭科の成績、小学校の頃から平均以下なんですけど。どうすればいいですか?
トレーニングや演技の練習は苦じゃないんだけど、あれはムリ。絶対ムリだと断言できる。
大体、我が家のミシンはあたしがミシン針を折りまくってから、市兄ちゃんに絶対使用禁止令をくらっているのだ。
誰かの手を借りなきゃ作れるはずがない。
誰の手を借りたもんだかなぁ…………。
あたしは考えた。まぁ考えるまでもなく、市兄ちゃんしか選択肢がないわけだけど。
しかし市兄ちゃんは手先が器用とはいえ、裁縫はそんなにやってないのだ。一から服を作るってのは、さすがに厳しいだろう。
他にもっと頼りになる人はいないもんだか。こういうの、プロ級にできそうな人……。
って、そういえば。めちゃくちゃ身近に一人いるじゃん!
あたしはポン、と手を打った。
料理、裁縫、家事全般。女らしいことは何でもそつなくこなせて、おまけにお茶お華までたしなんでいそうな友人が。
真昼だ。
うん。真昼ならきっと、完璧なサンタ服を作ってくれる!
あたしは思い立ったが吉日とばかりに、床に転がってる携帯電話に手を伸ばした。
着信なし。
わかっちゃいるけど、携帯を見たらつい確認する癖がついちゃってるので、一瞬落胆してしまうのはどうしようもない。
気にしない、気にしない。返事なんてもとから期待してないんだから。
すぐに気を取り直して真昼のアドレスを開き、携帯番号をプッシュした。