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Act. 15-5

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

 あたしは足音を忍ばせ、ゆっくりと朽木さんに近づいて行った。

 

 開いた本の前で頬杖をつき、目を閉じる朽木さんの姿はどことなく気品に溢れ、それでいて可愛い。

 

 じゅるり。思わずデジカメを構え、パシャリと撮影。建物の奥だからあんまり写りはよくなさそうだけど。

 

 それにしても、朽木さん、眠ってるんだろうか。と思った瞬間、朽木さんの目がぱちりと開いた。

 

 どうやら疲れ目を休ませていたらしい。ふう、とため息をつき、ページをめくる。

 

 長い睫毛を数回上下させた後じっと本に見入るが、やっぱり疲れるのか、諦めて頭を起こす。その前の席にストンとあたしが座った。

 

「勉強熱心だねぇ。これも薬学の本?」

 

 初めはにこやかに。真正面から顔を見るとこの間のことが思い出されて少しひきつりそうになるけど。

 

 あたしだって、自分の主張してばかりで話を発展させれないほど子供じゃない。

 

 だけど朽木さんに発展させる気はないらしく、一瞬あたしの姿を認めたくせに、ふいとまた視線を落としやがった。

 

 くっ。このおすまし野郎。いや待て待てここは冷静に。

 

「たまには漫画とかエロ雑誌を見るのもいい息抜きになると思うんだけどねー、うわ~、難しそうこれ! 見てて頭痛くなるよ」

 

 とにかく、無視されてもどんどん話しかける。少しでも注意をこっちに向けなきゃ。

 

 あたしは最近読んた漫画の面白さを滔々と語ってみせた。「意外と勉強になるよ」、「笑いは人生の大事なエッセンスだよね」、でも朽木さんの視線は本に釘付けにされたまま動かない。

 

 ふう、と思わずため息。やっぱり朽木さん、あたしと話す気ないんだな。あたしは話の方向を変えた。

 

「……この間のこと、朽木さんだけが悪いわけじゃないじゃん。あたしもストーカーやめなかったんだし」

 

 ぴくり、とようやく微かに指が動いた気がする。でも顔は動かない。

 

「確かに、あれはちょっとまずかったけど、朽木さんだって怒る権利はあるんだから。あたしを投げ飛ばすなり、殴るなり、やって当然のことじゃん」

 

 そう。それは当然、あたしが甘んじて受けること。

 

 そうやって、今まで清算してきた。だからお互い自分の好きなようにやってこれた。

 

 それを突然打ち切りにしようとした朽木さんの行動の理由がわからず、つい反発しちゃったけど、ちゃんと納得できればあたしも譲らないことはない。

 

「だからさ。この間のことはあんまり気にしなくていいからさ。もっと話し合いをするべきだと思うんだよね、本音でさ」

 

 こんなことまでわざわざ口にするのは恥ずかしいんだけど。朽木さんの気をひくために頑張った。

 

 ここは、先にあたしが折れたほうがいいと思えたから。

 

 そして、しばし反応を待つ。

 

 静まり返った空間に無駄に流れていく時間。その間、朽木さんはぴくりとも動かない。

 

 どこまでも無視かよ。とことん無視する気かよ。

 

 やがて我慢できなくなったあたしは、バンッと勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「なんなのその態度! 返事くらいしなよ! 少しは大人になろうと思わないわけ!?」

 

 ……しーん。

 

 それでもやっぱり朽木さんの態度は変わずで。いらいら。むかむか。

 

 自分が悪いことをした後はそりゃ気まずかろうと、こっちから歩み寄ろうとしてんのに。あたしが悪かった分も謝ろうと思ってんのに。

 

 なんかもう、段々どうでもよくなってきた。

 

「ずいぶん勝手じゃん! それなら言わせてもらうけどねっ、朽木さんのおかげで手首に赤い痕が残るわ、コンビニ店員に怪しい目で見られるわ! 自転車を撤去されてお金も払わされたんだよ、1300円もっ!」

 

 殊勝な態度も吹っ飛んでしまい、あたしは一気にまくしたてた。

 

「あたしが先に怒らせることしたんだとしてもね、ちょっとこれはヒドイんじゃない!? 同人誌一冊買えちゃう値段だよ!? 冬コミ用の軍資金、減っちゃったじゃん、どうしてくれんの!」

 

 これはこれで朽木さんの気をひけるだろうか。なんてことも思いながらがなり続ける。

 

 すると朽木さんはおもむろに鞄から財布を取り出し、あたしの目の前にスッとお金を差し出した。

 

 1300円。OH! いただきます!

 

 ってなんかコレ、手切れ金くさい出し方じゃね? ちょっと待て。受け取りにくいやんけ。

 

 そのままお金を置いて席を立つ朽木さん。な、なによなによ。たったコレっぽっちであたしと別れられると思ってるの!?

 

「バカにしないでよ! お金なんて欲しくないわ!」

 

 バシーン!(気分)

 

 ドラマのヒロイン(もしくは脇役?)気取りで朽木さんに投げつけてみる。だけど払い落とされ、ちゃりんちゃりんと床に転がる1300円。OH!

 

「あたしの傷ついた心をどうしてくれるの!? お金の問題じゃないのよ、お金の問題じゃ!」

 

 叫びながらあたしは落ちてる1300円をいそいそと拾った。いやだってもったいないし。

 

 朽木さんはその間、一瞥もあたしにくれることなく本を手に去って行く。

 

 あうう。ちょっとは突っ込んでくれたっていいじゃん。なんたる華麗なスルー。

 

「朽木さん!」

 

 お金をポケットにしまい、すぐに追いかけようとした。

 

 だけどその目の前に。

 

「ちょっとあなた、何事ですか、騒々しい!」

 

 怒りの形相のおばちゃんが立ちはだかった。あなたこそ、そのちりぢりパーマは何事ですか。

 

「ここは図書館ですよ! 静かになさい! こんな騒がしい人は初めてですよ!」

 

 おばちゃん――仏像のような頭の図書館員さんは、どう考えてもあたしより大きな声で怒鳴りつけてくる。

 

 このテのおばちゃんには勝てる気がしないよね。あたしは愛想笑いを浮かべて後ずさった。

 

「あははは。ちょっと演技の練習を――し、失礼しましたぁっ!」

 

 横にそろそろとカニ歩き、それからダッシュで逃げるあたし。だけど。

 

「大声の次は館内を走るなんて、どうなってるの最近の子は! 学生証を見せなさい!」

 

 信じられない脚力でおばちゃんが追いかけてくる。おいおいあんたも走ってるよ!

 

 それから静かな図書館内を全速力の大レース。

 

 どう見ても齢四十は超えてるおばちゃんを振り切ることができません! ナニあれ!? ホントに図書館員!?

 

 段差を飛び越え、本棚をまわり、なんとか辿り着いた自動ドアに頭から突っ込む勢いで外に飛び出した。

 

 最後にあたしを掴もうと伸ばされた腕をジグザグステップでかわし、間一髪なところで帰宅する学生の群れの中に紛れ込むと、チッと大きな舌打ちをしておばちゃんはようやく諦めてくれた。

 

 あ~、危なかった。ホッと胸をなでおろす。

 

 世の中は色んな人がいるもんだな~。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そんなわけで、軽く息切れして戻ってきた会議室のある建物。

 

 朽木さんとちゃんと話したかったけど、あんまり寄り道する時間もないし。仕方ない。また今度トライしよう。

 

 あ。メールという手段もあったっけ。バッグから携帯を取り出してメールを打つ。

 

 読みもせず捨てられるような気もするけど。一応、文句は言っとこう。

 

 こうなったら根比べだ。絶対、「ごめんなさい」って言わせてやる!

 

 あたしはつらつらと文句を書き連ねたメールを送信し、それからガラスの扉をくぐり抜けた。

 

 ニ階へ上がり、会議室のスライド式のドアを開けて中に入る。

 

「こんちわで~す!」

 

「こんにちわ、お菊ちゃん」

 

「今日もよろしくね」

 

 あたしの空気破りの挨拶に、気分を害することもなく挨拶を返してくれる、実行委員の方々。

 

 ちなみに、もれなく全員にあたしの名前は『お菊ちゃん』とインプットされた。皆さん、少しは疑問に思ってください。

 

「おっす、お菊ちゃん。今日は力仕事あるけど、大丈夫?」

 

 荷物を隅に置いてると、工具箱を担いだ山田さんがあたしに訊いてくる。もちろん、返事はイエスだ。

 

「お菊ちゃん。宝探しのコース、こんな感じに考えてんだけど、何か意見あったら教えて」

 

 続いてやってきた賀茂石さんが資料のプリントを渡してくれる。

 

 あたしはそれに目を通しながら、先に大テーブルで議論を交わしてるみんなのところに移動した。

 

「えっと。行動範囲が少し広すぎませんかね? 子供だから、疲れちゃうかもしれませんよ?」

 

「そこは確かにちょっと気になった。どのくらいの範囲がいいと思う?」

 

「うーん。とりあえず、せめて構内MAPの半分以内で……」

 

「ここ、四階の階段の踊り場、って子供にきついだろ。ニ階にしよう」

 

 と、ちょうどあたしと似たようなことを提案している庄司さんの声が響いた。「そうだな」「オッケー」と他の人たちの反応がすぐに続く。

 

「ここに置く目印、猫の絵って、クリスマスに関係ないけどいいの?」

 

「いいんじゃないか? 全部をクリスマスに統一しなくても」

 

「うん。なるべく子供がぱっとイメージしやすいものがいいよね」

 

 おー。みんな真剣に考えてるなー。

 

 ピシッと引き締まった場の中に、あたしも加わるべく席につく。

 

 庄司さん率いる実行委員会の人たちはみんな真面目だ。そして仕事効率がとてもいい。

 

 メンバーの半数が庄司さんと賀茂石さんを中心にイベントの内容について議論を交わし、もう半数が山田さんを中心に大道具作りに精を出す。

 

 会議室の向こう半分で図面を広げてあーだこーだ意見を交わしながら、サンタの家を設計していく山田さんはまるで大工さんだ。海洋建築工学科らしいんだけど。

 

 実行委員会の人たちはみんなこんな風に得意分野があるらしく、なんのスキルもないあたしとしてはやや肩身が狭い。

 

 毎回来れるわけでもないし、雑用とかたまにこうして意見役になるくらいだ。でも与えられた仕事は何でもやってみせますぜ!

 

「んじゃ、とりあえず指摘点を考慮して、修正したやつを明日持ってきてくれ、賀茂石。それでもう一回議論しよう」

 

「オッケー。今週中に小道具作りにとりかかれるといいな」

 

「ああ。でもまだツリーのイルミネーションを決めなきゃいけないからな。そっちはまだ下調べが終わってないんだ。どこまでできるのかよく調べてから図案を考えないとな」

 

「うん。そっちも早くしないとな。電飾の発注はもうギリギリだろ?」

 

「ああ。シーズンだからな。さっさとしろって怒られた。俺の親戚筋の店なんだが」

 

 話を聞きながらあたしはどんなスケジュールになるんだろ、と携帯をポケットから取り出した。カレンダーを見るためだ。

 

 ふと、さっき送ったメールのことを思い出した。

 

 朽木さんから返事は…………やっぱり来てない。まぁ、話す気がないんだから来るわけないよね。

 

 ため息をひとつつき、カレンダーを開く。えっと、あとあたしが手伝える回数は……。

 

「さて。今日の会議はこれにて終了……と言いたいところなんだが。実はひとつ、重大な発表がある」

 

 と、庄司さんが改まった言い方をしたので、あたしは顔を上げた。庄司さんと真っ直ぐ目が合う。

 

 なんだ? 会議中に携帯を開くなってことかな? あたしは携帯を閉じた。

 

 でもやっぱり庄司さんは意味深な視線であたしを見てる。てゆーかにやにや笑ってない?

 

 そして気づけば、その場にいる全員があたしに注目してた。賀茂石さんもにこにこと。

 

 なんだろう。もしかして、あたしに関係することかな?

 

「実は昨日、急遽みんなで決めたことなんだが……。よければきいてくれるか、お菊ちゃん?」

 

「はい、いいですよー。なんでしょう?」

 

 あたしは何でもどんとこい、という気持ちで聞き返した。にやりと庄司さんの顔が笑う。

 

 そして、次に出てきた庄司さんの言葉に、驚いて目を剥くこととなったのだった。

 

 

 

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