Act. 14-6
<<<< 栗子side >>>>
「うぎぃぃぃぃ~~~~っ!!」
ウソつき。朽木さんのウソつきぃぃぃぃ!!
ゆっくり走るって言ったじゃん! 首が飛ぶ! もげる! 吹っ飛ばされる!
バイクの後ろってこんなに過酷な環境だったのか!
急加速でかっくんと首を後ろにもってかれ、急停止でガコッと前の背中におでこをぶつける。そのくり返し。
彼氏の後ろで夕陽を浴びながら風になびかれる。背中の温もりを抱き締め、うっとりと目なんか閉じちゃって、そういうもんだと思ってたんだけど、バイクの後ろって。少女漫画にだまされたー!
あわよくばイケナイところも触ってやろうかと思ってたのに。そんな余裕全然ねえっ!!
「く、朽木さんっ。もすこしゆっくり……」
「喋ると舌を噛むぞ」
オニィィィィィィィィィィ!!
わかった。これが罠だ。
このままあたしを振り飛ばして事故死させるつもりなんだ。そうだ。そうに違いない。
ああ。死ぬ前にもう一度あのBL本、読みたかった……。
「着いたぞ」
半分夢の中に入りかけてたあたしは、朽木さんの言葉にハッと周囲を見渡した。
そこは見慣れた朽木さんちのマンションの駐車場。良かった。生きてます。栗子、無事に生還を果たしましたぁ~~~~!
「一人で降りれるか?」
メットを脱いだ朽木さんがまだボーッとシートに座ってるあたしの腕を取る。
揺さぶられた頭はぐらんぐらんするし、飛ばされないように踏ん張った手や足はじんじんと痺れてる。
降りれるかっつーたらどうだろう。なんか、体に力が入らない。
「俺につかまれ」
と、あたしの返事を待たずして、朽木さんの腕があたしの腰にまわる。
え。まさか。
と焦った瞬間、あたしはすごい力で持ち上げられていた。子供の頃に経験したのより遥かに高い視点まで。
つまり、朽木さんの肩の上だ。
「ちょっ、大丈夫! 一人で降りれるから!」
うげげげ。意味不明なサービスに慌ててじたばたともがく。セメント袋でも運ぶかのように担ぎ上げられて嬉しいわけがない。
これってアレですか。肩のせフェレット。ってあたしはペットか!
「うるさい奴だな。どうせふらついて立てないだろ」
うぎゃぁぁぁぁっ! そのまま運ぶなバカ!
「もういいから降ろせ!」
朽木さんの背中を必死に叩くと、聞き入れてくれたのかそのままずりずりと降ろされ、ホッとしたのも束の間、今度は足を持ち上げられて体が急速に傾いた。
「ひえっ!」
なんだこりゃ。なんなんだこりゃ。なんの嫌がらせだ!
あろうことか、あたしはお姫様抱っこされていたのだ、朽木さんに。寒い。背中が寒すぎる!
「お前も女なら一度はこういうことをされてみたいんじゃないのか?」
「イイエ! まったく! ノーセンキューです!」
何を考えてるのか抱き寄せようとする朽木さんの胸を必死に押し返す。
あたし、前にこういう寒いのは御免だって言ったよね? 言ったよね?
絶対、嫌がらせだこれは!!
「密着は苦手か」
やっぱり。ニヤリとバカにしたように笑う朽木さん。
こないだからやたら仕返しするチャンスを狙ってないか? ちくしょーっ。
抵抗を続けていると、ようやく駐車場を出たところで降ろしてもらえて、あたしはほっと息をついた。
すぐに朽木さんから離れ、マンションの入り口へと早足で歩く。
それから始終無言で、エレベーターの中でも視線を交わすこともなく、朽木さんの部屋に辿り着いた。
「適当に座って待ってろ」
部屋にあがると、朽木さんはさっさと寝室に向かい、あたしは一人リビングに取り残された。
その隙に、きょろきょろと辺りを見回す。
ソファの傍らのこの辺。さっき、朽木さんが怪しい人たちに取り押さえられていたところだ。
一体、何があったんだろ。
部屋を荒らされてる風じゃないし、銃痕とかそういった傷も見当たらない。銃痕がどんなものかもよくわかっちゃいないんだけどさ。
実はあれは朽木さんの友達で、ちょっとプロレスごっこをしてたんだ☆ 的なオチだったりするんだろうか。
スパイとかマフィアな方向につい考えちゃったけど、朽木さんはちょっと家庭の事情が複雑なだけで普通の薬学生だもんねぇ?
あたしは床に膝をついてソファの周りを舐めるように観察した。と、ソファの上に白を基調とした一冊の雑誌があるのを見つける。
小さな癒し系イラストがタイトル文字の下に描かれた、見た目だけは可愛いらしい雑誌だ。しかし『医薬』とあるあたり、いかにも朽木さんの持ち物という感じがする。
それを手に取り、ソファに座ってパラパラとめくる。
表紙も中の紙も柔らかい。記事とか広告とか、雑誌っぽいページが次々と流れていく。
しかしさすが薬学系、中に書いてあることはさっぱりわからない。見てるだけで頭が痛くなってくる。ってそれはいいんだけど。
なんでこの雑誌、こんなに折り目がついてんだろ。表紙も一度折り曲げられたような跡があるし。
ものを丁寧に扱う朽木さんらしくないなぁ……。
「勝手に人んちのものに触るな」
と、突然朽木さんが廊下から現れて、びくっと跳ね上がると同時に雑誌を閉じた。
「な、なんか暇だったからさ」
アハハとごまかし笑いを浮かべながら雑誌をテーブルに置く。
朽木さんは上下ともゆったりとした部屋着に着替えていた。
なんだよ。着替えてたんなら覗きに行ったのに。ちぇー。
相変わらずなまめかしい鎖骨を惜し気もなくチラつかせ、キッチンに向かう朽木さん。
「麦茶でも飲むか?」
「コーヒーがいい」
「贅沢言うな。湯を沸かすのが面倒だ」
いつも嬉しげにコーヒーを淹れてるくせに、今日に限ってそんなセコイことを言う。
どケチ。あったかいものを欲してることくらい、わからない朽木さんじゃないだろうに。バイクで風に吹かれるの、相当に寒かったからね。
やっぱ、あたしが部屋にあがるの、歓迎してないんじゃん。
頬を膨らませて朽木さんの後についていく。
「あっちで大人しく待ってろ」
「やだよー。なんかつまめるもの欲しいな。チーズとかない? 高級そうなやつ」
キッチンの冷蔵庫を開けて勝手に中を物色。
コップを取り出しながら朽木さんがため息をついた。
「豆があるから出してやる。アーモンドやピスタチオは好きか?」
「あ、好き好き! 鼻血率高くなるから普段は食べないけど!」
「…………」
突っ込めよ。淋しいじゃん。
無言で下の棚を開ける朽木さんの後ろから、あたしもしゃがんで棚を覗き込む。
丸い缶が沢山並んでてびっくりした。ナニこれ全部豆?
「朽木さんて豆マニア!?」
「アホか。全部豆なわけないだろ」
「だってどんな缶コレクションよコレ……はっ! まさか!」
思わずひとつを手に取ってフタを開ける。
白い粉とか出てきたりしたらどうしよう。ドキドキドキ。
だけどあたしの期待は外れて、なんか枯れ草みたいなのが入ってるだけだった。
「なんだ。麻薬じゃないのかー」
「そんな物騒なものがあるわけないだろ。なんの妄想だ」
「だってマフィアに狙われてるとしたらそーゆーのを隠し持ってるのかと」
「マフィア?」
ぎくっ! フタが滑り落ちる。ワタクシ、墓穴掘りました?
「なるほど。黒服はマフィアか。たいした想像力だな」
いえいえそれほどでも。そんじゃそうゆうわけで……。
そろそろと逃げようとするあたしの首根っこはものの見事に掴まれた。すみません。許してください。
「あれは神薙家のガードマンだ」
「えっ!? 神薙家!? お父さんが来たの!?」
思ったより怒ってる声じゃなくて、少しホッとする。
逃げるのをやめて朽木さんの顔を覗きこもうとすると、朽木さんはフイとあたしから目を逸らし、缶を手に立ち上がった。
「今からそれを話してやる。あっちで待ってろ」
あたしはごくりと喉を鳴らした。
やっぱり。ここんところの朽木さんの情緒不安定は、お父さんが関係してたんだ。
ようやく話してもらえる。あたしは頷いてリビングに戻った。