Act. 14-3
<<<< 朽木side >>>>
「あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁっ!!」
吼える。殴る。鮮血が飛び散る。
「なんなんだよお前! やめっ」
逃げようとする男の頬にも容赦なく拳を打ち込む。
「た、たすけっ……」
先に木刀で足を折った男が蛆虫のようにコンクリートを這いずり逃げるのを、冷たい目で見下ろした。
「ひっ!」
力を失った横腹を鋭く蹴り飛ばし、固い地面に転がす。頭を狙わなかっただけ、まだありがたいと感謝してもらいたいものだ。
俺は木刀の血を振り払い、周囲を見回した。
気づけば俺以外に立っている者はいなかった。
くそっ。
この程度か。物足りなすぎる。
全員くたばるまで10分もかかっていない。四人しかいなかったとはいえ、手応えのない連中だ。
コンクリートを濡らす赤混じりの様々な体液に辟易し、俺はその場に背を向けた。
後にした屍同然の男たちの呻き声が、湿った空気を更に重くする。明るい場所に出ても、しつこくそれは血塗れた手にまとわりついてきた。
とあるカラオケBOXの横の細い路地である。
休日の日没前というこの時間でも、辺りに人けは少なく、また多少の悲鳴が聞こえてきたとしても、通行人のほとんどは目を背ける。そういう場所だ。
ここいらでは不良の溜まり場として悪名高い危険地帯なのだ。まともな人間は近づかない。
だが、普段そこを根城としている連中は、今は全員地面に転がっている。俺が転がしてやった。
いつもはなんの恨みもない人間に集団で暴力を振るう側なのだ。たまには受ける側にされても文句は言えまい。
俺は血糊の付いた木刀を途中の溝川に放り投げた。奴らから奪ったものなので未練はない。
そして人通りの少ない道を選んで歩いたが、しばらく辺りを探し歩いても、心置きなく殴り飛ばせる類の輩はもううろついていなかった。
俺は落胆し、場所を変えようと乗ってきたバイクを停めてある公園に足を戻した。
吹き溜まりのような連中がたむろする場所は他にいくらでもある。なんなら、ヤクザの事務所に殴り込みをかけてやってもいい。
指の一本も動かせなくなるまで、帰るつもりはなかった。
神薙が部屋を去ってからどのくらいの時間が経ったのだろう。
あの後、すぐに部屋を飛び出した俺は、バイクを走らせ、一時間もかからないこの場所に移動し、荒ぶる感情のままに拳を振るった。問答無用で殴りかかった。
危険を顧みないがむしゃらな喧嘩は中学以来の感覚で、忘れていた熱を思い出させてくれた。
あの頃も、よくこうして他人や物に怒りをぶつけていたものだ。神薙にぶつける代わりに。
何故、あの男を殴れないのか。
昔は立ちはだかる黒服に敵わなかった。近寄ろうとすれば一瞬にして押さえつけられた。
それは仕方のないことだ。あの時の俺はまだ子供だったのだ。
だが、さっきは――――
気迫で負けた。
俺の気勢を奪うほどの威圧感。服従を唱える征服者の眼差し。
踏んできた場数が違うのだと思い知らされた。
あの男からは逃げられないのだと――――
「くそっ!」
道端の青いゴミ箱を蹴り上げ、中のゴミごと地面に転がす。
完全なる八つ当たりだ。
自制できない子供のすることだ。だがそれがどうした。八つ当たりで世界を呪う奴などいくらでもいる。
いっそこんな世界、なくなってしまえばいい。
俺は荒々しく足を踏み鳴らしながら道を歩いた。
ほどなくして開けてくる視界。目に入るのは、すっかり葉の抜け落ちた木々が規則正しく並ぶ道。並木通りだ。
昼間は付近の住人が数多く利用する広い公園に沿っている道である。公園前の駐輪場がすぐそこにある。
俺は横断歩道を無視して道路を渡り、仕切りも何もないただの空きスペースである駐輪場を目指した。
置かれているバイクは俺の一台だけなので、遠くからでも探しだすのは容易かった。
不意に足が止まった。遠目にも目立つ黄色い俺のDUCATIの傍らに、見慣れた人影がある。
思わず目を瞠る。グリコだ。
何故ここに。
ぴったりとした薄手のダウンジャケットとスパッツという身軽な恰好をしたグリコは、乗っている自転車を傾け、明らかに俺のバイクを確かめている。
まさか――つけてきたのか?
どこから? 俺のマンションからか?
忌まわしい神薙の訪問の後、狂ったように荒れてバイクに跨る俺の姿を見ていたのか?
この、ストーカーがっ!!
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
いいだろう。一度は忠告したのだ。次につけまわせば容赦はしないと。
それでものこのこと現れたあいつが悪い。
今度こそ、本気で潰す――
俺は初冬の池に張る氷のように薄い笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいていった。
どこまでも平和な頭をしたこそ泥ねずみへと。
き、昨日は投稿ボタンを押し忘れちゃって、どうもすみませんでした。(汗)
かんっぺきに投稿した気になってました。ううっ。ぼけてますね。(>_<)
更新日はこれからも変わらず、火・木・土でいきますよ~。