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Act. 3-5

<<<< 栗子side >>>>


 翻訳ソフトで日本語に変換された文書がプリントアウトされ、あたしはそれを片手に早速作業にとりかかった。

 

 この書斎みたいな部屋はローテーブルもあり、あたしはそこにプリントを広げ、床に直接座って作業する。

 

 朽木さんがPCの机についてワープロを使うのに対し、あたしは筆記用具を使ったアナログ作業。

 

 翻訳された日本語はところどころ文法がおかしく、それだけを読み進めることは不可能だった。

 

 やはり英文を基本に読み進め、分からないところがあったら訳文に目を移すのがやり易い。

 

 そうしながら章ごとの概要を日本語でまとめていく。最後にそれを英文に訳すのだ。

 

 

 そんな作業をあたしがえっちらおっちらこなしてる横で、朽木さんはコーヒー片手に椅子に背を預け、パラパラと英文資料自体に目を通していく。

 

 そしておもむろにキーボードを叩き、英文でレポートを仕上げていくのだ。日本語変換なんてしないのだ。

 

 朽木さん曰く、「こんなのはキーセンテンスを拾い上げてそれを適当につなげていけばいいことだ」だそうな。

 

 ネイティブかこのヒト。凄すぎる。

 

 隣で作業すると、あからさまな能力の差を見せ付けられてちょっとヘコむけど、落ち込んでる時間も呆気にとられてる時間もないので、もう必死。

 

 あたしにしては驚異的な集中力でひたすらペン先を走らせる。

 

 もうペンを握ってるのかどうかもはっきりしない程に痺れた手と静かな室内に休みなく響くカリカリカタカタの音は、色んな感覚を狂わせて。

 

 現実から浮き上がったようなふわふわ感の中、周囲の景色はアルファベットの集合体と化していた。

 

 それでもなんとか思考だけは留まることなく和訳英訳の作業を憑りつかれたように続け、半分以上なんとかまとめたところで、目の前にコーヒーのカップが置かれた。

 

 

 あ、いい香り。気分が落ち着く。

 

 

「少し休憩するか?」

 

 

 朽木さんがあたしにコーヒーを淹れてくれたんだと、英文でぐちゃぐちゃになってた頭に徐々に染み込んできた。

 

「うん」

 

 カップを手に取り口をつける。

 

 

 はぁ〜〜美味しい……。

 

 

 ほんのりとした苦味と深い味わいが口に広がり、えもいわれぬ心地良さが喉から鼻に抜けていく。

 

 疲れが、溶けていくようだ。

 

 うちのネスカフェとは段違い。ちゃんと豆を挽いて作ったんだろうな。

 

 ふと壁に掛けられた時計を見るともう10時。

 

 窓の外に目を向ければ当たり前の真っ暗闇。相当集中してたんだなーとちょっと我ながら誇らしい。けど、課題はまだ残ってる。

 

「朽木さん……今日は……」

 

「まぁこのまま徹夜だな」

 

「ここに泊まってもいいの?」

 

「お前はいいのか? 家の人は?」

 

「電話いれれば大丈夫。よく同人誌作りで外泊するし」

 

「じゃあ泊まってけ。といっても寝る暇があるかは分からんがな」

 

「朽木さん、ありが……」

 

 ぐ〜きゅるる

 

 感謝の言葉は腹の虫に遮られた。

 朽木さんの頬が僅かに緩む。

 

「何か食べるか。あり合わせのものしかないが」

 

 あたしは勢いよく二度頭を縦に振った。

 

 もうお腹ぺこぺこ。朽木さんの手作り食べたい!

 

 こないだ鼻血出した後、朽木さんが作ってくれたパスタはお店で食べるのと変わんないくらい美味しかった。

 

 料理も上手な男。市場に出たら競り合いが凄いだろうな。

 

 ぼーっと疲れた頭を休めながらコーヒーを飲む。しばらくすると、朽木さんがチャーハンを手に戻ってきた。

 

「わーい! 美味しんぼー!」

 

 あたしは拍手で迎える。

 

 それから二人でチャーハンタイム。匂いたつ黄金のご飯粒と空腹を再認識させるほかほかの湯気を見てるだけでもう辛抱たまりまへん。

 

 朽木さんが「もう少しキレイに食え」と顔をしかめるのもさらりと聞き流しつつがふがふと食いついた。

 

 うは〜〜もう舌が蕩けそうにウマイ。こんな短時間で、どうしてこんなダシの効いたチャーハンが作れるのか不思議。

 

 うちに家政婦として来てくれないかなぁ朽木さん。

 

 しばし無言ですきっ腹にかっこんだ後。

 

 あたしは唐突に質問したくなり、口を開いた。

 

「ね、こないだ一緒に歩いてた人って、やっぱセフレ?」

 

 ぐっ、と朽木さんは喉をつまらせた。

 

 苦しかったのか、お茶を急いで飲み込み、数回咳払いする。

 

 咳が落ち着いた後にジト目で睨んで言った。

 

「……もう少し言葉をオブラートに包めないのかお前は」

 

 嫌そうに顔をしかめる。

 

「いいじゃん。で、どうなの?」

 

 否定しない時点で肯定してるようなもんだけど。一応確認。

 

「……キスも見られたんじゃ隠しても無駄か……まぁそんなような関係だ」

 

「やっぱりね〜見るからに怪しかったもん。って、実はさっきの嘘なんだけど」

 

 あたしは納得顔で頷いた後にさらっと告白を付け足した。

 

 瞬間、朽木さんの顔が固まる。

 

「嘘……?」

 

 ぎぎっと音がしそうなくらいゆっくりあたしに顔を向け、やっとな感じで言葉を紡ぎだす。

 

「うん、ごめん、嘘だったの。一緒に歩いてたの見ただけ。カメラも持ってなかったし、写真なんか撮ってなかったりして」

 

 てへ、と笑って首を傾けるあたし。

 

 嘘なんて、あんまり沢山抱え込むモンじゃない。

 

 あたしは既に、朽木さんの後輩だって嘘をついてるから、これ以上の嘘を抱えるのは面倒だったのだ。

 

「お前な……」

 

 怒りの気配が湧いてきたので、慌ててバッグからある物を取り出し、朽木さんに差し出しながら言った。

 

「ごめんごめん、そんなに怒んないで! これあげるから!」

 

 それは必殺の奥の手。

 

 訝しげに眉をひそめた後、朽木さんはあたしの手からそのある物を受け取り、眉間に皺を寄せたまま目をやった。

 

「……これは……」

 

 朽木さんの目が驚きで見開かれる。

 

 続いて、優しい光を帯び始め、ふっと表情が柔らかくなる。

 

 あたしはその様子に満足し、得意気に鼻を鳴らした。

 

「なかなか良く撮れてるでしょー? 笑顔がキュートだよね」

 

 そう、それは拝島さんの写真だった。

 

 ここ数週間というもの、毎日のように拝島さんと朽木さんを隠し撮りしてたあたしは、決定的瞬間といえる写真を何枚か激写していたのだ。

 

 拝島さんの場合は、真っ青な空をバックに、眩しいほどに輝く笑顔。

 

 よく笑う拝島さんだけど、この写真の笑顔は特にキュートだった。穢れを知らない少年のように煌めいている。結構アップで撮れてるし、渾身の一枚。売ったら高いよコレ。

 

 他にも木漏れ日の中、並木道を歩く、一枚の絵のような写真や、ベンチにもたれたまますやすや眠る、天使のような寝顔の写真もある。

 

 どの写真も晴れの日の屋外なのがポイント。拝島さんは青空の下にいる時が一番輝いてるのだ。

 

「ふん……まぁもらっておいてやる」

 

 まんざらでもない顔で、写真を机の引き出しに収める朽木さん。ホントに拝島さんのこと好きなんだなぁ。

 

「こんな可愛い恋人候補がいるくせに、愛人作るなんてい〜けないんだぁ〜」

 

「それはそれ、これはこれ、ってやつだ」

 

 都合のいい言い訳だよね、それって。言い訳じゃなくてただの開き直りだし。

 

「それより、食べ終わったんなら再開するぞ」

 

 少し赤らんだ顔を誤魔化すかのように、朽木さんは空の皿を持ち上げて言った。

 

 もっと訊きたいこと色々あったので残念だったけど、今は課題優先なのは確かなので表情を引き締めるあたし。

 

「うん!」

 

 再びペンを握って自分に活を入れる。

 

 するとポン、と頭を叩かれた。

 

 見上げると、朽木さんがあたしの頭に手を乗せたまま、優しい顔で覗き込んでいた。

 

「もうひと頑張りだ」

 

 それは、朽木さんが初めてあたしに向けてくれた笑顔だった。

 

 

 

PV1000突破!

読んでくださってる皆さん、どうもありがとうございます!(>▽<)

もう一人一人にチューしたい気分です!(迷惑)

 

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