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Act. 13-9

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

 ぐあぁぁぁぁムカつくっ!

 

 朽木さんめ朽木さんめ朽木さんめぇぇぇぇっ!!

 

 

「今日はあたしが厨房やります!」

 

 

「なにぃぃぃぃぃぃぃっっ!?」

 

 

 鼻息も荒く駆け込んだ、いつものバイト先のファーストフード店。

 

 着替えると、顔面蒼白になる店長を押しのけ、あたしは厨房のグリルに向かった。

 

 こんな気分の時ににこにこレジなんてやってられっか!

 

 肉焼いちゃる! 最大火力でぼうぼうに!

 

 

「桑名さんっ! やめてっ、ダメッ! あぁぁぁぁパティがぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「てんちょぉぉぉぉぉ! 桑名さんを止められませんっ!」

 

「出してあるやつ全部炭に変えられました! 冷凍室に向かっています!」

 

「第二バリケード部隊撃沈! 突破されました!」

 

 

「やめてくれぇぇぇぇぇぇ桑名くんっ!! わかった! もう強制解雇とか考えないからっ!!」

 

 

 なんだと。クビにするつもりだったのかコラ。こないだいい連携プレー見せたのはまやかしだったのか。

 

 

 冷凍室から強奪したパティの箱を小脇に抱え、重い体を根性のマックスパワーで前進させながらグリルに手を伸ばす。その時、レジの向こうからポカンとした顔でこちらを見つめる拝島さんと目が合った。

 

「あれ? 拝島さんじゃないですか」

 

 思わず足を止める。

 

「栗子ちゃん……何してるの?」

 

 何って、バーガーを作ろうとしてるんですが。

 

 他に、何してるように見えると?

 

 あたしは、グリルにパティをぶちまけようとするのを必死に止めようと腕やら腰やらにしがみつく店員三名をそのまま引きずりながら、レジにまで移動した。

 

 拝島さんになら営業スマイルしてもいいや。

 

「夕食ですか? 何にします? 今ならあたし特製の炭焼きバーガーセットがオススメですよ」

 

 ずれて落ちかけている帽子やぼろぼろになった髪もそのままにニコニコ笑って言うと、拝島さんは無言で煙を上げるグリルの方に目をやり、ごくりと喉を下した。

 

 それから若干あたしから目を逸らし気味で注文を口にする。

 

「コーヒーとポテトのMで……」

 

 ちっ。気づかれたか。

 

 渋々と無難な注文を受け、(他の店員が作った)揚げたてのポテトをトレイに載せて拝島さんの座った席に向かう。

 

「はいどうぞ」

 

 ポテトを置いて立ち去ろうとすると。

 

「栗子ちゃん」

 

 呼び止められ、「はい?」と振り返る。

 

 目が合った。何か言いたげな、深い苦しみを胸の奥に秘めた揺れる瞳。ここ最近、しばしば拝島さんに見られる拝島さんらしくない瞳だ。

 

 そのまま数秒、奇妙な空白が流れる。何も出てこない。

 

 どうやら迷っているらしい。しばし待つ。背後で自動扉が開き、談笑する学生が二、三人店に入ってくるが、それでも拝島さんの話は始まらない。

 

「拝島さん?」と呼びかけたところで、ようやく泳いでいた拝島さんの目がハッとあたしに戻った。

 

「あ、ごめん。えっと……いきなりなんだけど。最近、朽木と会ってる?」

 

 うげー。朽木さんの話か。今、朽木さんの名前は聞きたくないなぁ。

 

「会ってませんよ。あたしも毎日追いかけるほど暇じゃないですし」

 

 思わずつーんとそっぽを向いてしまう。

 

 本当はさっき会ったばかりだけど、思い出したくないのでアレはなかったことにすると決めた。

 

 話ってそれだけだろうか。拝島さんの方に向き直る。すると拝島さんは、うつむいて小さな声で言ったのだ。

 

「朽木と……ケンカとかした?」

 

 うぐっ。なんでそのことを。

 

「あっ、あたしと朽木さんは顔を合わせるたびにケンカしてますよ? 珍しいことじゃないです。そういう拝島さんこそ、朽木さんとケンカしたんじゃなかったんですか?」

 

 話をかえたくて、拝島さんに同じことをふってみた。

 

 途端、拝島さんの表情がくもる。「うん、まぁ……」と言いづらそうに言葉を濁しながらコーヒーのカップをさする。

 

 朽木さん、拝島さんと仲直りしたんじゃなかったのか。

 

 こういう時に大人の余裕と包容力を見せてこそ、恋の勝者になれると思うんだけどねぇ。

 

 まったくなにやってんだか。このままじゃ拝島さんが離れていっちゃうじゃん。

 

 そんなに今の朽木さんは情緒不安定なんだろうか。だとすると――

 

 持ってきたトレイをテーブルに置く。拝島さんの対面に座り、ぐっと身を乗り出す。

 

 あたしは思い切って訊いてみることにしたのだ。

 

「拝島さん。朽木さんちの家庭の事情、知ってます?」

 

 拝島さんの顔が驚きに色塗られた。

 

「朽木の家庭の事情……って、朽木のお父さんのこと?」

 

 やっぱり。それは教えてあるんだな、朽木さん。

 

「そうです。朽木家のお父さんが実のお父さんじゃないってこと」

 

「栗子ちゃん、そのこと知ってるんだ?」

 

「前に朽木さんからききました。実のお父さんが誰かってことも。これ、拝島さんはもうききました?」

 

「ううん、それはまだ……。そっか。栗子ちゃんには話したんだ」

 

 どこか嬉しそうに、優しい目を微笑ませる拝島さん。なに? あたしに話したってのはいいことなの?

 

 まぁ、それはともかく。

 

「それでですね。朽木さんの様子がおかしいの、その実のお父さん絡みなんじゃないかなーと思うんですよ。拝島さん、何か知りません?」

 

 そう。朽木さんの心が乱れるとしたら、なんとなく、神薙グループが関わっているような気がしたのだ。

 

 朽木さんは実のお父さんのことを恐れている――――ように見える。

 

 もう終わったことっぽく朽木さんは言ってたけど。

 

 まだ何かある気がする。もしかしたら、実のお父さんがまたやってきて、何か言われたんじゃないだろうか。

 

「確かに、実のお父さんと会ったってこないだ言ってたけど。引き取りたいって言われて断ったって……」

 

 ビンゴ! やっぱりまだ神薙家と切れてないんじゃん!

 

 お父さんの呪縛からまだ解放されていないんだ。朽木さんは今もまだ苦しみもがいている。

 

「でもそれって、結構前のことだよ。十月にきいた話だから」

 

「そう簡単には諦めないんですよ、朽木さんのお父さんは。きっと、今も催促が来てるんです」

 

 神薙家に引き取る――それはすなわち、跡取りにするつもりってことなのだろう。

 

 朽木さんは、跡取りになるよう迫られたのだ。そして、一度断った。

 

 だけど朽木さんを三年間軟禁状態にして、意志を変えようとした人なのだ。なんかすっげー強引なイメージのあるその神薙グループ会長とやらは。

 

 そう簡単に引き下がるとは思えない。

 

「朽木さんがやたら不機嫌なのはそのせいですよ。まったく……ただの八つ当たりじゃん。こちとらいい迷惑だっての」

 

「いや……でも……それは関係ないと思うけど……」

 

「いーえ、絶対そうです! お父さんが絡むと、うじうじジメジメうっざい人になるんですから、朽木さんは!」

 

 そうなのだ。お父さんの話をする時の朽木さんは、その時だけやたら陰気で弱腰になるのだ。

 

 よっぽど根深いトラウマがあるんだろうけど。

 

 正直、そんな朽木さんは面白くない。あたしの好みじゃない。

 

 もっと朽木さんには、強気な俺様でいて欲しいのだ、あたしは。

 

「拝島さん。朽木さんのメンタルケアをお願いしますよ。あのいじけ虫をもすこしシャキッとさせてやってください」

 

 あたしはテーブルのポテトをひとつつまんで言った。拝島さんのだけど。

 

 もちろん、そんな小さいことを気にする人じゃない拝島さんは、それについては言及せず、

 

「俺が? それは無理だよ。朽木を怒らせたのは俺だから」

 

 困った顔で身を引いた。

 

 何があったか知らないけど、こんな時頼りになるのは朽木さんの想い人である拝島さんなんだけどなぁ。

 

 二人とも、もっとシャッキリせんかい! あたしのために!

 

「それじゃあまず仲直りしてからでいいですから。とにかくお願いしますよ」

 

 そこで会話を終わらせ、立ち上がったあたしはトレイを持ってレジに戻った。困惑したままの拝島さんを置いて。

 

 二人が仲直りするのなんて簡単だ。

 

 拝島さんが、『朽木、好きだ!』なんて言いながらガバッと抱きつきゃもう、一発で朽木さんは天国行き間違いなしなんだから。

 

 それはさすがに言えないけど。

 

 拝島さんが朽木さんの機嫌を治してくれるのを待つしかない、しがないストーカーのあたしは、若干歯がゆい思いに苛つきながらトレイをカウンターに放り投げたのだった。

 

 

 

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