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Act. 13-8

<<<<  朽木side  >>>>

 

 

 外灯の薄明かりの中、捨て台詞を残して走り去っていくグリコの背中を、俺は苛立ちと共に見送った。

 

 くそっ、グリコめ。道端の石でも蹴り上げたい気分だ。

 

 ある程度、予想はしていたが。やはりこうなったか。

 

 あいつは一筋縄じゃいかない。きつい言葉を浴びせたところで、大人しく引き下がる奴でも、自分の考えを曲げる奴でもない。

 

 それをわかっていたからこそ、諦めるまでただ黙々と痛めつけていくつもりだったのに。

 

 あまりにタイミングよく目の前に現われるから、ついべらべらと余計なことを喋りすぎてしまった。

 

 おかげであいつの心に火をつける結果となってしまった。とんだ失態だ。

 

 あれじゃああいつは反発して、なにがなんでも俺から離れようとしなくなるだろう。

 

 どれだけ冷たく殴っても、半殺しにしてやっても、意地になったあいつを諦めさせるのは難しい。

 

 難しいが、今のところ俺には強硬手段をとるしかないのだ。

 

 どうすれば、あいつを俺たちの前から消せるだろう――

 

 俺は再び歩きだした。実験を終えたばかりの疲れた体を引きずるようにして。

 

「朽木」

 

 一歩押し出した足をもう一歩、と前に進める。その瞬間、息が止まった。

 

 背後から俺を呼び止める声――――まさか。こんな場面で。

 

 俺はゆっくりと振り返った。

 

「今の……俺のせいなのか?」

 

 

 拝島――――

 

 

 天を仰ぎ、目を覆いたい気分になった。最悪だ。

 

 罪悪感で今にも押しつぶされそうな顔をした拝島が、そこに立っていた。

 

 さっきまでは拝島らしい明るさを放っていた瞳が、今は暗く淀み、深い自責の念に沈んでいる。

 

「拝島。いつからきいていた」

 

「ついさっき……通りがかって、栗子ちゃんの声がきこえたから」

 

 一度、肺にたまった息をゆっくりと吐き出す。激しく巡る頭の中で言葉を探した。

 

「お前のせいじゃない。気にするな」

 

 駄目だ。こんな気休めを言ったところで、なんにもならないことは明白だ。もっと他に言葉はないのか。

 

 案の定、少しも信じていない拝島の瞳がじっと俺を見つめる。

 

 当然だ。事の発端が拝島であることは動かしがたい事実なのだから。

 

「栗子ちゃん、おでこに怪我してた……。もしかして、朽木がやったのか?」

 

 そうだ、と頷く代わりにふいと視線を逸らした。

 

 堂々と嘘を突き通すには、既に俺の心は乱れすぎていた。

 

「前々からあいつにはうんざりしていた。口で言ってわかる奴じゃないから、拳でわからせるしかない」

 

 俺は滲み出る感情を隠すように、拝島に横顔を向けた。

 

「俺は一度たりともあいつのストーキングを許したことはないし、今後も馴れ合いをするつもりはない。これからは、そうはっきり態度で示すことにしたんだ」

 

「でも、こんな急に――」

 

「急じゃない。きいてただろ? もう我慢も限界なんだ、あいつのろくでもない変態行為に悩まされるのは」

 

「だからって、あんな言い方」

 

 

「じゃあお前はずっと俺に耐えてろって言うのか!?」

 

 

 思わず声を荒げ、拝島を睨みつける。

 

 拝島はびくっと身を震わせ、俺の厳しい視線に口をつぐんだ。

 

 わかっている。拝島は俺のきつい言葉にグリコが傷ついたんじゃないかと心配しているのだ。

 

 その優しさがますます俺を苛立たせる。あいつがあのくらいで傷つく玉か!

 

 あいつが去って行ったのは、俺の暴言など聞く耳もたない、と態度で示しただけのことだ。言葉ひとつで参ってくれるほどやわな神経の持ち主なら、はなからこんな苦労はしない。

 

 拝島にそう教えてやりたかったが、グリコを普通の女扱いする拝島にそんなことを言っても俺への心象を悪くするだけなのは明らかだ。

 

 言い訳すらできない。苛つきが果てしなく増してくる。

 

 自然と、口調は強いものになっていった。

 

「今までいくらやめろと言ってもきかなかったんだ! いい加減、俺だって本気になる! それのどこがおかしい!? もううんざりなんだよ、あいつに振り回されるのは!」

 

 荒々しく投げつける言葉に、潤んだ瞳が悲しげに揺れる。

 

 それは、ますます俺を暴力的な気持ちにさせた。

 

「あんな犯罪者をのさばらせておけるか! 傷ついた? それがどうした! あいつが傷つこうが怪我しようが、すべて自業自得だ! 知ったことか! 警察に突き出されないだけ、ありがたく思って欲しいくらいだ!」

 

 怒鳴り散らすと同時に怯えた子羊のような姿を視界から切り捨てる。

 

 皮肉なものだ。怯えさせるつもりのない拝島には怯えられ、追い払いたい当のグリコにはまったく効かない。どころか噛み付き返してくる有様だ。

 

 グリコめ――――全てはあいつのせいだ。

 

 冷たく踵を返すと、俺は何も言えないのだろう拝島を二度と振り返ることなくその場を去った。

 

 俺たちの距離が離れていく。

 

 足元を仄かに照らしだす高い外灯の白円を足早に抜け、大通りに出るとそこに落ちていたペットボトルを苛立ちまぎれに蹴り飛ばす。追ってくる気配はない。

 

 

 言い過ぎただろうか――

 

 

 校門を抜けたところでふと足を止める。最後に見た拝島の瞳が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。

 

 明日も顔を合わせるのだ。どうフォローするべきか、一度冷静になって考えなければ。

 

 まったく。次から次へと――

 

 俺は深くため息をついた。

 

 拝島との間に溝を作らず、グリコを遠ざけるにはどうすればいいのか。考えるだに頭が痛い。

 

 前方を見やれば、目につくのはガードレールにべったりと貼られた新興宗教の貼り紙。入信を勧める安っぽい文句がでかでかと並べ立てられている。

 

 神に祈ればすむのならいくらでも祈ってやる。そう毒づきながら、俺は再び歩きだした。

 

 

 

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