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Act. 13-5

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

 あー疲れた。なんかみょーに疲れた。

 

 あたしは自転車を駐輪場へと押していきながら、重いため息をついた。

 

 ここは朽木さんの大学。いつものように、いかにもここの学生だという顔をして堂々と正門から入った。

 

 この大学、女子大であるうちの大学と違って、セキュリティがかなり甘いのが素晴らしい。

 

 いつでも誰でも気軽に入れるのだ。たまに近所のおばちゃんが学食を食べにくるんだとか。

 

 さすがおばちゃん。学生の中で浮いてるとか気にしないんだろうな。

 

 やがて辿り着いた駐輪場の、空いているスペースに自転車を突っ込む。

 

 朽木さんはまだいるだろうか。

 

 拝島さんより入手したスケジュールによると、今日の午後は実験だから、いつもより終わるのが遅いはずなのだ。

  

 実験室を覗けば白衣姿が拝めるかもしれない。

 

 ちらっとでも見れれば御の字と、バイト前に不法侵入者覚悟の寄り道を決めたのはそういうわけなのである。

 

 

『そろそろ、朽木さんのストーカーはやめたらどう?』

 

 

 ふと、真昼の言葉が頭に浮かぶ。

 

 なんでいきなりあんなこと言い出したんだろう、真昼。

 

 確かに、ストーカーは犯罪まがいのよくないことだけど。あたしのすることに滅多に口出しなんかしない真昼なのに。

 

 真昼は常識を人に押しつけるコじゃない。頭の堅いコでもない。

 

 そんなことを言うのには何かわけがあるはずなんだ。

 

 そして、真昼の口振りからすると、そのわけはどうやらあたしに関することみたいで。

 

 真昼はあたしを心配して言ってくれている。それだけはなんとなくわかるから。

 

 ストーカーやめたらどう? なんて言葉、言われてもいつもは無視無視って聞き流すあたしなんだけど。

 

 今回はみょーに気になって、頭から離れない。

 

 朽木さんの――ストーカーをやめる――

 

 そうなんだろうか。朽木さん、あんだけ怒ってるし、もうやめた方がいいんだろうか。

 

 ボイスレコーダー仕掛けたのがまずかった?

 

 それとも、本棚にBL本を紛れこませたことが?

 

 とにかく、何かが決定打となって、朽木さんはあたしに腹を立てている。

 

 それなら謝って「もう二度としません」って許してもらえばすむことだろうに。なんでストーカーやめるまでしなきゃいけないんだろう。

 

 それだけは、了承できない。

 

 いくら真昼の言葉でも、それだけは頷くわけにはいかないんだ。ごめん、真昼。

 

 あたしは駐輪場の敷地を抜け、校門方面へと戻った。駐輪場は西側。朽木さんのいる実験室は東側。反対方向なのだ。

 

 歩くと腰が痛くて、足も重くて、頭はもやもやする。嫌だな、こういうの。

 

 だけど朽木さんのストーキング、今日はやーめた、なんて言うの、朽木さんや真昼の言葉に負けたみたいでちょっと悔しい。

 

 真昼は鋭くて深いから。あたしには見えない色んなものが見えているんだろうってわかるから。

 

 だからこんなにもやもやするんだ。あたしがストーキングをためらうなんて。

 

 どうしたもんだか。スッキリしないよ、なんだか。あたしらしくない。

 

 あたしらしくない。

 

 そうだ。みょーに疲れを感じる原因はそこなのだ。

 

 あたしはもやっとした状態が嫌いだ。悩みはすぐに解決したいほうだ。

 

 しかし、今回は何が悩ましいのかすらわからない。だからもやもやが晴れない。これはひじょーに疲れる。疲れまくる。

 

 よし! 忘れよう、うん!

 

 考えてもわかんないことを悩んだって仕方がない。なるようになるのを待つしかないだろう。

 

 忘れよう、忘れよう。

 

 あたしはいつものとおり、したいようにするだけだ。

 

 朽木さんの白衣姿を拝みにいく! ついでに会ったら、このおでこのお礼に一発蹴りでも入れておく。

 

 それでいいんじゃね? いいともー! よーし、満場一致でそうキマリ!

 

 あたしは幾分軽くなった心に満足して、大通りを歩いた。

 

 こっちだったかな、実験室。

 

 途中で曲がるべき道を吟味する。

 

 と、

 

「だから、そんなのはつまんないって言ってるんだ!」

 

「だってクリスマスだろ? ぶっちゃけツリーさえあれば形になるじゃねーかよ!」

 

「まぁまぁ。せっかくのイベントなんだから。もう少し考えてみようって」

 

 通りの向こうからやってくる騒がしい集団にふと目を向けると。

 

「およ?」

 

 なんとなく、見覚えのある顔が。

 

 男三人。すかさずチェックするのはやっぱりルックス。

 

 爽やか系男子ひとりに、メガネ男子ひとり、長髪でチャラけた頭の人ひとり。

 

 そのチャラけた頭の人、見たことあるかも。ちょい猿顔っつーの? 口元が突き出てて頬がくっきりってカンジの顔。

 

 でもあたしはイケメン以外の人はすぐに忘れてしまうから、名前が思い出せない。えーと確か。

 

「あれ? お菊ちゃん」

 

 その呼ばれ方にハッとした。

 

 あたしに気づいて足を止めた男の人たち。言ったのは見覚えのない爽やか系男子だけど、思い出した記憶の中に、ちょい猿顔の人がいた。

 

「山田さん?」

 

「あ、お菊ちゃんか! 久しぶり~!」

 

 どうやら当たったらしい。猿顔の人がニコッと笑って手を振ってくる。

 

 高地さんのナンパ友達? の山田さん。

 

 以前、学祭でお化け屋敷のピンチヒッターを高地さんに頼んできて、それをあたしが引き受けた。そういう縁で知り合った人だ。

 

「久しぶりです~。あの後、お化け屋敷は繁盛しました?」

 

「まぁまぁだったよ。至って普通、っつーか」

 

「お菊ちゃんがいた日の方が面白かったよ」

 

 そう言いながら、あたしと山田さんの横に立ったのは爽やか系、結構整った顔の男子だ。

 

「はて。どちらさまでしょう?」

 

 あたしを知っている風に話しかけてこられても、さっぱり思いだせん。首をかしげると、

 

「あ、そっか。あの時はメイクしてたもんな。俺だよ。お化け屋敷のドラキュラ」

 

 おお! 

 

「デーモン○暮さん!」

 

 思い出した。悪魔的メイクのドラキュラさん。いい人っぽいカンジの。

 

 確かに、あのメイクじゃ素顔なんてわかるわけがない。

 

「そういう記憶で残ってたの、俺?」

 

 微妙な顔をするドラキュラさんの横で、残る一人のメガネ男子がこそこそとあたしに背中を向ける。

 

 なんだ? あの人もお化け役だった人?

 

 すかさず前にまわりこみ、ぎょっとするその人の顔をじっと覗きこむ。

 

 赤いフレームのメガネ。メガネ。メガネ。メガネ。

 

 生真面目そうだけどなんとなく芸人風の顔立ち。どこかで見た覚えがある。

 

「人違いです」

 

 あたしが何か言う前にまた横を向く。バカめ。今の声で思い出したぞこんちくしょう。

 

「ホームズさんじゃないですかぁ~。ここで会ったが百年目?」

 

 あたしは両手をわきわきと構え、ニヤリと笑ってみせた。

 

 ぎくっとメガネ男子が後ずさる。

 

 ホームズさん。推理ゲームレースでホームズに扮して司会を務めた司会者さんである。あの時は黒縁メガネをかけてたけど。

 

 なんでこそこそしてるのか合点がいった。

 

 最後にくれてやった股間蹴りは、まだ記憶に新しい。あの時の羞恥プレイ、忘れてねーぞこのやろう。

 

「山田! 賀茂石! 助けてくれ! このコ手加減ないんだよ!」

 

「いいぞお菊ちゃん! いっそそいつ玉ナシにしてやって! その方が少しは落ち着きが出るってもんだろ!」

 

「てめぇ山田ぁー! 後で覚えてろよ!」

 

「あのなぁ。お前ら公衆の面前でナニいってんだよ」

 

 賀茂石と呼ばれたドラキュラさんが、ホームズさんと山田さんの頭を同時にはたく。

 

 この人、基本的にこういう役まわりなんだな。

 

「だってよー。いっつも庄司はメンドくせーことさせよーとして。学校のイベントなんかテキトーにやってりゃいーのによ。張り切りすぎだって!」

 

「どうせやるんなら、楽しくしたいじゃないか。お前のそういう態度がみんなの士気を下げるんだよ!」

 

「ケンカすんなって、お前ら!」

 

 なるほど。なんとなく三人の関係が見えてきた。

 

 多分、この三人はこの大学の実行委員か何かなんだろう。

 

 ホームズさんはあのノリノリの司会ぶりからしても、お祭りはハデにいきたい派。

 

 対する山田さんは適当にお茶を濁してすましたい派。賀茂石さんはその中間かな。人に合わせるタイプって感じ。

 

 ホームズさんと山田さんは次に催すイベントについて、意見が対立しているらしい

 

 それにしても……。

 

「クリスマスのイベントですか?」

 

 ふと口に出したあたしの問いに、ホームズさんこと庄司さんが振り返った。

 

 

 

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