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Act. 13-3

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

「おっはよー!」

 

 ざわつく朝の講義室の中、元気よく挙手するあたしに。

 

「おは……いっ。どうしたのグリコ!?」

 

 ノートから顔を上げた真昼がびっくり眼できいてくる。

 

 どうしたんでしょうねー一体。あたしもききたい。

 

「また弟とプロレスごっこ? あんたいくつになったと思ってんの?」

 

 冷たい祥子の嫌味も今はゾクゾクする余裕がない。いや、むしろ癒される。暴力が伴わないだけあんたは優しいよ祥子。女神様だよ。

 

 あたしは「じゅうきゅうで~す♪」と答えながら堅い木の座席に腰を下ろした。

 

 途端。

 

「うぎっ!」

 

 痛い。痛いですよマイフレンド。電信柱に打ちつけた腰が……。

 

「ちょっと、大丈夫グリコ?」

 

 優しく心配してくる真昼があたしの額を痛々しげに窺う。

 

 そこにはでっかいガーゼが当てられているのだ。こっちは地面に落ちた時打ったところ。

 

 こすったらしく、すり傷ができて血もちょっとだけ滲んでたのだ。それだけのことなのにガーゼがやたらとでかいのは大袈裟な市兄ちゃんの仕業で、そんなにひどい傷じゃないんだよね、実は。青くはなってるけど。

 

「そんなに激しいプロレスごっこしたの?」

 

「いや、これは朽木さんに……」

 

「朽木さん!? あんた、またバカなことでも……」

 

「してないよー。いきなりあたしのバイト先にきて、コーヒーぶっかけてくるわ、電信柱に投げ飛ばしてくれるわ、めちゃくちゃだよ朽木さん。不機嫌ここに極まれりってカンジ」

 

 一限目で使うプリントを鞄から取り出しながら、あたしは頬を膨らませた。

 

 ホント、なんなんだあの鬼いじめ。よっぽど今までの恨みが根深かったんだろうか。

 

 でもあたしのおかげで拝島さんの水着姿見れたりしたし、修羅場も阻止できたし、それなりに役に立ってきたからこそ今まで朽木さんは文句を言いこそすれ、本気であたしを追い払おうとはしなかったんじゃないのか?

 

 それともそれはあたしの一方的な好解釈で、ずっと朽木さんはあたしを追い払う機会を窺ってたんだろうか。

 

 あんの陰険ゲイ……こんなにあたしが拝島さんとの仲を応援してあげてるのに。

 

 二人の幸せな姿が見れるなら、本番ビデオを免除してやってもいいかなーとまで思ってるのに!

 

 二度とつけまわすな? そんなのきくわけないじゃんバーカ!

 

 今日だって堂々とストーキングしてやる。部屋に隠しカメラも仕掛けてやる。

 

 ヌード写真を撮るまでは諦めないのだふひひひひひ。

 

 

「グリコ」

 

 

 と、真昼に呼ばれて妄想の世界から抜け出したあたしは、プリントに描いてたオニ朽木さんイラストを中断し、「ん?」と真昼を見た。

 

 真昼のお気に入りのティアドロップ型ピアスがキラッと揺れる。

 

 今日の色はラズベリー。キュートなカンジ――

 

「そろそろ、朽木さんのストーカーはやめたらどう?」

 

 え?

 

 きょとん。

 

 なに? なに? どうゆうこと?

 

 あたしはしばし沈黙した。思いがけない言葉に、数瞬、思考力を奪われたのだ。

 

「そんだけのことされてるんでしょ? 相当怒ってるみたいだし、もう近寄らないほうがいいんじゃない?」

 

 ハッと正気を取り戻す。

 

「んなのっ。平気だよ。朽木さんが暴力的なのはいつものことだし。このぐらいでめげてちゃイケメンストーカーなんてできないよ」

 

 驚きのあまり固まった脳みそを慌ててほぐしながら反論。いきなりすぎるよ真昼。

 

「他にもいい男、いっぱいいるじゃない。朽木さんにこだわらなくても」

 

「あたしは中途半端はイヤなの! 朽木さんと拝島さんのラブシーン見るまではやめれないよ」

 

「朽木さんと拝島さんのねぇ……」

 

 真昼は遠くを見るような目を黒板に向けた。深い思考の漂う瞳がわずかなあいだ、空をさまよう。

 

 それから不意に視線をあたしに戻す真昼。

 

「ちなみに、いきなり腐女子をバラすことにした理由は?」

 

 理由?

 

「えっと……バレたのは不可抗力なんだけど、それもいいかもしれないなーと思って。拝島さんを腐女子モードでひやかせば、段々朽木さんを意識するようになるかな~って」

 

「はぁ……そうだろうとは思ったけど。相変わらず考えなしね、あんた」

 

 ぎゃふん! 言われたヨ!

 

「た、確かに失敗したけどさ……。そんなに浅はかな作戦だったかなぁ?」

 

 だってさだってさ。拝島さんがあそこまでショックを受けるのはホントのホントに予想外だったのだ。

 

 あたしが「変態えんがちょ」されるくらいはあるだろうとは思ってたけど。

 

 そこは許容範囲で、妄想はダメって、どういう潔癖症?

 

 大人で優しい拝島さんなら苦笑で軽く流してくれるかと思ってたのに。

 

「朽木さんと拝島さんの様子からして……事態はあんたが思ってるより複雑になってるわよ、きっと。あんたが何かする度にこじれていくほどに」

 

「へ? そうなの?」

 

 再びあたしはきょとんとした。

 

 なんでそんなこと、真昼にわかるんだろ。

 

「だからあんたが朽木さんを諦めるのが一番なんだけど……。このままだと、朽木さんも拝島さんも、それからあんたも傷つくことになるかもしれないわよ?」

 

「あたしが?」

 

 事態がこじれると傷つく? うーん……。

 

「二人がうまくいかなきゃいかないで、仕方ないってあたしは割り切れるけどな~」

 

「そういうことじゃないのよグリコ」

 

 真昼はそこで一旦ため息を落として、そして続けた。

 

「できるなら。一度距離を置いて……朽木さんにも、拝島さんにも、しばらく近づかない方がいいんだけど……あんたにできるなら」

 

 朽木さんにも、拝島さんにも、しばらく近づかない――

 

 あたしから距離を取る? イヤだ。それはなんだかイヤなカンジだ。考えるだけで胸の奥がキュッとなる。

 

「できないよ。わけもわからずストーカー返上なんて」

 

 あたしはつーんとそっぽを向いて言った。

 

 真昼が「グリコ……」と聞き分けの悪い子供に言い聞かすような口調で肩を叩いてくる。

 

 ちょうどその時、講師の先生が扉を開けて講義室に入ってきた。

 

 ナイスタイミング。これで嫌な話を打ち切れるとホッとしながら、あたしはノートを開いて真昼の視線をやりすごした。

 

 

 

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