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Act. 3-4

<<<< 栗子side >>>> 

 

「海ぃ〜〜?」

「なんであたし達が」

 

「だって、高地さんて人に、可愛い子連れてきてねって言われたんだもん! お願い!」

 

 昨日の今日で、約束したドライブに誘う女の子を早速口説きにかかったあたし。

 

 といっても心当たりは二人しかいないわけで。

 

 あたしは昼休み、いつものカフェで昼食がてら、祥子と真昼を拝み倒すかの如く、両手を合わせて頭を下げた。

 

 だけど大方の予想通り、

 

「パス。興味ない」

「グリコに誘われるほど男に不自由してないわよ」

 

 つれないお返事。

 

 さすがあたしの大親友。その手厚い友情には感激のあまり涙がちょちょぎれる。

 

 やっぱりこの二つの要塞を攻略するのは難易度高すぎるかぁ〜。

 

 友達甲斐なんて言葉を使ったところで手厳しい反論と説教が返ってくるだけなのは目に見えてるし。

 

 本当に、惚れちまいそうだよアンタら。

 

「ぞくぞくするようなお答えどうもゴチソウサマ。二人の友情はしっかり心に刻まれたわ……」

 

 フフ、ともの寂しい笑みを浮かべながら呟くあたしの視線は遠いお空に飛んでいた。

 

 うう……他に誰を誘おう。こないだ合コンに行ったげたから寺尾さん?

 

 だけどヘタな人誘うと、あのイケメン二人に参っちゃう可能性があるからなぁ……。

 

 それでまかりまちがって拝島さんとデキちゃった日には、朽木さんに末代まで祟られそうだ。

 

 あたしがうーんうーんと頭を抱えてると、

 

「……まぁ、どうしてもってんなら行ってあげなくもない」

 

 突然、祥子が返事を覆してきた。

 

「えっ!? ホント!?」

 

 あたしはそりゃもうビックリおったまげて目を皿のようにして訊き返した。

 

 だって、祥子が自ら折れるなんてっ!

 

 すると真昼も頬杖を突きながら、

 

「そうねぇ……グリコの意中のカレがどんな人か見たい気もするし、行ってみようかな」

 

 なんて言ってくれたのだ!

 

「ホントホント!? 祥子も真昼も来てくれるの!? アンタらステキだよ友達甲斐がないなんて思ったあたしが浅はかだったよ! ありがとう二人共!」

 

 思わず両手を上げて喜びのバンザイポーズ。

 

 やっぱ持つべきものは友達だったんだ。昔の偉い人ありがとう!

 

 だが天にも昇るほど舞い上がったあたしは、その次の祥子の言葉を聞いた途端、一気に地上に墜落することに。

 

 

「それはいいけどアンタ、前期テストの準備はできてるの?」

 

 

「へ?」

 

 前期テスト?

 

 ナンデシタッケ、ソレハ。

 

「明後日提出の課題、結構難しかったよね、英文レポート。英文記事読んで英文でまとめるやつ」

 

 課題? 英文レポート?

 

 あ、なんかそんな話、耳にしたような……。

 

 真昼の言葉がやけに遠くに聞こえる。

 

 このまま意識を失ってしまいたい。

 

「あれ、必修単位だから、落としたら留年よ。まさかできてないなんて言わないわよね?」

 

 は、はは、ははは…………。

 

「そのまさかです…………」

 

 

「……………………」

 

 

 祥子と真昼は氷点下まで落とした視線であたしを見つめた。

 

 それからおもむろに顔を見合わせると、すっと席を立ち上がり、

 

「さて、お昼休みは終わりね」

「あ、あたし売店寄ってかなきゃ。レポート用紙買うんだった」

 

「しょうこぉぉぉ! まひるぅぅぅ!!」

 

「知っての通り、友達甲斐なんて持ち合わせてないから」

 

「ああっ。そんな意地悪なセリフ超萌えだけど今は好みの問題は置いとく! 祥子様っ、お願いしますっ! 土下座でもなんでもしますから!」

 

「他人に手伝ってもらわなきゃ取れないような単位は諦めることね。もう一年頑張りな」

 

「そ、そんなぁ〜……真昼……真昼は友達を見捨てたりしないよね?」

 

「あたし、今日明日デートだからグリコ。悪いけどムリ」

 

「友情より男を取るのっ!?」

「当たり前でしょ」

 

 前言撤回。

 

 あたしの親友共は、やはり友達甲斐のない奴らだった。

 

 あえなく返り討ち状態のあたし。

 ぎゃふんとテーブルに頭を落とす。

 

 

 残念ながら、祥子と真昼は、簡単に他人を甘やかすような性質ではない。

 

 それはよく知ってるし、例外はないというのも経験上身に染みてよく分かってる。

 

 あたしはそんな二人だからこそ好きなのだし、尊敬もしてるのだ。

 

 

 今回ばかりは泣きそうに心が痛いけど。

 

 

 だから、これ以上頼み込んでも無駄だと分かってはいたが、どうにも諦めがつかなかった。 

 

 だって、これ落としたら、二人と一緒に卒業できないじゃん!

 

 なんか、なんか方法はないかっ。

 

 

 他の人のを写すことはできない。各自課題の資料が違うからだ。

 

 読み解かなきゃいけない英文は難しいうえに、とにかく量が多い。とても一日で訳しきれるものじゃない。誰かに手伝ってもらうにしても、祥子並みに頭が良くて英語ができる人じゃないと………………。

 

 

 む。

 

 頭の良い人。

 

 

 そこであたしは、はたと気付いた。

 

 いるじゃない一人。いかにも頭良さそうな知り合いが。

 

 しかも、言うこときいてくれそうな知り合いが。

 

 その人物を思い浮かべると共に、あたしの頬はにんまり緩んでいった。

 

 こぼれ出す忍び笑いを抑えきれず、肩を震わせる。

 

 うふ。

 

 うふ。

 

 うふふふふふふ…………。

 

 

 待っててね。朽木さん♪

 

 

 * * * * * * * *

 

 

 ピンポーン♪

 

 チャイムを鳴らすこと十数秒。

 

『はい?』

 

 ドアホンから聞き慣れた落ち着いた声が流れた。

 

「朽木さーん。やっほー」

 

 プツッ

 

 ををい! いきなり切るか!?

 

 そんなことをしたらどうなるか、身をもって知らせてあげましょう。

 

 あたしはすうっと大きく息を吸い込んだ。

 

 やることはもちろん、あれ。

 

 

「くちきさぁぁぁ――――んっ!!」

 

 

 大声一発。

 

 あたしは中学時代、合唱部に所属していた。

 声量にはかなりの自信があるのだ。

 

 予想通り、ガチャッと扉が開き、怖い顔した朽木さんが中から現れた。

 

「うるさい。近所迷惑だ」

 

 今は夕方。といってもお日様が隠れる直前くらいの時間帯。大方の家ではお母さんが夕飯作りにいそしんでることだろう。

 

 深夜ほど迷惑にはならないと思うが、廊下が壁に囲まれたこのマンション、音が反響してよく響く。

 

「可愛い後輩を追い返そうとする人はご近所さんに疎まれても仕方ないよね」

 

 あたしはにっこり微笑んで言った。

 

 眉をしかめて睨みつける朽木さんの眼光は相変わらず鋭いけど、祥子の絶対零度に慣れてるあたしは負けじと笑みを崩さなかった。

 

 

 そのまま睨み合うこと十数秒。

 

 

 先に折れたのはもちろん朽木さんだった。

 

「……お前相手に道理を説いても仕方ないか……そんなに入りたければ勝手に入れ」

 

 心の中で勝利のVサイン。

 

「勝手に入りまーす!」

 

 最近朽木さんは、あたしをどうこうするのを諦めつつある。あたしが絶対退かない奴だってのを理解してくれたようだ。

 

 あたしは二度目の突撃訪問を果たし、ソファーの真ん中にちょこんと座った。

 

 

 相変わらず広いリビング。

 

 確実に十五畳はあると思われるリビングは、白とベージュを基調としてる。朽木さんのイメージカラーは黒だけど、部屋は全体的に優しい色合いなのだ。

 

 リビングの真ん中には白いモダンなテーブル。その上にも壁にも装飾品の類はない。

 

 ちょっと、淋しい感じ。

 

 だけど、そんな壁も家具も淡い色で統一された中、テレビ台の上に置かれた古めかしいレコードプレーヤーがちょっと異色を放ってた。

 

 そこだけ妙にアンティーク。

 

 ジャズやクラシックが好きなんだろうな。

 

 

「で、何の用だ?」

 

 キッチンに向かいながら尋ねる朽木さん。

 

 用が終わったらさっさと出て行けと言わんばかりの素っ気無い口調がまたしびれる。

 

「えっとね、頼みたいことがあるの」

 

 言いながらあたしはバッグから荷物を取り出し、テーブルの上に並べ始めた。

 

 辞書、筆記用具、レポート用紙、課題の資料、その他もろもろ。

 

 それを見た朽木さんの眉間に、みるみる皺が寄っていく。

 

「課題のレポート、手伝ってほしーぃな♪」

 

 てへっ、と小首を傾げておねだりポーズで言ってみた。

 

 我ながらかなり寒い。男はこれでイチコロって以前真昼が言ってたけど本当に効くのかコレ。

 

 もちろん、朽木さんに効くとは思ってない。

 

「断る」

 

 いつもの即答。やっぱりそうだよね。

 

 あたしは大仰にため息をついて落胆の顔をしてみせた。

 

「朽木さんったらどうしてそんなにつれないの? あの人にはすっごく甘い顔してたくせに」 

 

 両の拳を目元に当て、しくしく泣きまねポーズ。

 

「誰のことだ?」

 

「茶髪猫っ毛のイケメンくん。こないだ一緒に歩いてたでしょ」

 

 拳の間から上目遣いに朽木さんを見上げる。

 ぎくっと朽木さんの顔が強張った。

 

「二人のキスシーン撮っちゃった♪ 拝島さんに見せちゃおっかな〜♪」

 

 ポーズはそのままに、にやり笑いを付け足す。

 

 写真を撮ったなんてもちろん嘘だ。

 

 こないだ合コンの日に二人は並んで歩いてただけだった。でも、どこかでキスしただろうとカマをかけてみた。

 

「拝島に見せたら殺すぞ貴様」

 

 ビンゴ! やっぱり二人はキスしてた!

 

「レポート手伝ってくれたらデジカメのデータ消したげる。お願い! どうしても明後日までに仕上げなきゃなんないの!」

 

 騙すなんて卑怯な手口だけど、今回ばかりは手段を選んでいられない。

 

 それでもちょっと心が痛むので、あたしは正直に今の窮状を打ち明けたのだった。

 

 

 

「前期テストの課題を今の今まで忘れてただぁ〜〜?」

 

「あい……まことにお恥ずかしい限りです」

 

「それでこの英文記事か……って、なんだこの量は」

 

「でしょーっ!? 滅茶苦茶な量でしょコレ!? あの教授は鬼よオニ!」

 

「だからってお前に同情する気にはならんがな」

 

「うぅ……確かにその通りでございます」

 

 あたしはしょんぼりうなだれた。

 

 朽木さんは俯いて見るからに不機嫌そう。さっきから何度もため息をついている。

 

「自分でやんないといけないことだってのは分かってる。でも今回だけは……お願い! これ出さないと単位落としちゃうの! それに、あたしがコレやり忘れたの、朽木さんのせいでもあるんだよ!」

 

「俺のせい? なんでだ」

 

 じろりと睨まれる。

 

「だってずっと朽木さんの追っかけしてたんだもん。いよっ! 罪だね色男っ!」

 

「悪いが全然嬉しくない」

 

 さらに深々と呆れられた。

 

 だよねー。カクンと首を落とす。

 

「うぅ………………どうしてもダメ?」

 

 分かってる。悪いのはあたし。

 勝手に朽木さん追っかけて、勝手に舞い上がって勝手に課題あるの忘れてた。

 

「駄目と言ったら脅すつもりなんだろ」

 

「うんまぁそうだけど……」

 

 でも嘘だし。

 いやここは心を鬼にして。

 でも自分の責任だし。あうあうあうあう。

 

「手伝ってやるよ」

 

「あうあうあう……えっ!?」

 

 いつのまにか呻き声を口に出してたあたしはびっくりして顔を上げた。

 

「本当にっ!? 手伝ってくれるのっ!?」

 

「これぐらいの量なら一晩あればなんとかなるだろ。今回だけ特別だ」

 

 マジデスカ!

 

「一晩でできるのこれ!?」

 

「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」

 

 出た! 俺様なセリフ!

 

「やっぱ朽木さんて王子様キャラ……いや、なんてゆーか生徒会長?」

 

「確かに高校時代は生徒会長もやってたな」

 

 ぶっ。あたしは思わず吹き出した。

 

「朽木さんが生徒会長! あ、あはっ。あははははははっ! なにソレはまりすぎ!」

 

 想像すると笑いが止まらない。

 

 制服はきっとブレザーにネクタイだ。間違いない。

 鬼畜生徒会長……実在したのかっ!

 

「何が可笑しい」

 

 ムッとする朽木さん。

 やばい。笑い過ぎてお腹痛い。

 

「だ、だってそのまんま……ひっ。ひっ。ね、ねぇ、これから生徒会長って呼んでもいい?」

 

「口を閉じないとつまみ出すぞ」

 

 あたしは慌てて居住まいを正した。

 

「すみません、よろしくお願いします」

 

 そうだ、うけてる場合じゃなかった。

 さっさとこの課題を終わらせねば。

 

 朽木さんは既に課題の資料を手に取って目を通し始めてる。雑誌一冊分は余裕であるプリントをパラパラパラと捲り、

 

「お前はどれだけ自力でできそうだ?」

 

 目線はプリントに乗せたまま訊いてきた。

 

「んと、一晩でこれの1/10くらいはできるかな」

 

「じゃあ死ぬ気でその倍こなせ」

 

 そう言うと朽木さんはプリントを4対1程に分け、少ない方をあたしに手渡した。

 

 あたしには一晩じゃとてもムリ! な量だけど、朽木さんはこれの4倍。マジで? あんたホントに日本人?

 

「朽木さんはホントにその量こなせるの?」

 

 祥子ですらできるかどうか。

 

「このくらい余裕だ。お前のそれは、スキャナで読み込んで翻訳ソフトにかけるか? 完璧じゃないが、いちいち分からない単語を辞書でひくよりは幾分効率的だろう」

 

 翻訳ソフト! そんなモンもあるんだったこのご時世は。

 

「是非お願いします!」

 

 あたしが頼み込むと、朽木さんはひとつ頷いて、こないだあたしが鼻血を出した部屋に移動した。

 

 この部屋も、リビングに負けじとだだっ広い。だけどリビングほどゆったりに感じないのは、壁一面を覆い隠す本棚の所為だろう。

 

 あたしなら、この本棚は漫画や同人誌で埋め尽くされるんだろうけど、一見してそんな軽い読み物はなさそうだった。

 

 全部専門書の類。図書館かここは。

 

 こんなとこで朽木さんはあたしを押し倒そうと……いや、あれはそんな気なさそうだった。脅かすだけのつもりだったんだろう。

 

 余計なことを思い出してしまって頬が熱くなる。

 

 朽木さんは奥の机にあるPCを立ち上げ、なにやら周辺機器をいじったりしてる。あたしはしばらくその背中をじっと見つめてた。

 

 

 後ろから見てもホントに背が高い。

 

 

 広い肩幅。

 

 ゆったりめのTシャツから、少し肩が覗いてる。

 

 うなじからその肩にかけてのライン。

 男の色気っていうのかな。漂ってる。

 

 うーん。触ってみたい。でも触ったら怒られるよね、やっぱ。って考えてることがまるっきり痴女じゃんあたし。まー今更だけど。

 

 なんだかまた頬が熱くなってきた。

 

 朽木さんのフェロモンを振り払うように頭を振る。

 

 いかんいかん、と自分を叱咤。

 

 

 今は課題に集中!

 

 

 でも、背中を見てるとすぐにまた見惚れてしまってあ〜もう妄想モードから抜け出せねぇーっ! と頭を掻き毟る。

 

 うぅ……だってホントにカッコイイんだもん。

 

 カッコイイ上に頭もいいし。

 

 本当にいるとは思わなかった。こんな人。

 

 この人がゲイじゃなかったら、こんな風に部屋に入れてもらえなかったんだろうな、なんてぼんやり考える。

 

 

 なんとなく。

 

 この人が……ゲイで良かった。

 

 

 うん。ゲイであって良かった。

 

 ありがとう。出会いの神様。

 

 

 


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