エピローグ
「本当に行っちゃうんだ」
聞き慣れた声に振り返ると、ルイスが無表情で立っていた。いつもの敬語でもないし、人懐こい笑みも浮かべていない。
春の爽やかな風が栗色の髪を揺らしている。
「ええ…私はどうしても行かなくてはならないんです」
「そっか…。クロスはずっと此処にいるもんだと思ってたから」
クロスは苦笑して目の前の、住み慣れた教会堂を見つめた。
「そうですね。孤児だった私を拾って頂き、ずっと此処で育てて、愛してくださった街の人々…司祭様。だから私は行かないとならないんです」
ルイスもクロスと同じように教会堂を見上げる。
「そっかあ…。寂しいなぁ。だって教会に行ったり、旅から帰ってきたら絶対にクロスがいる。それがこの街の人達の安心なんだもん」
ジャスティンが悲しむなぁ、とルイスは笑った。
同じく旅人のレオンもそんな風に言ってくれた事があった。
この教会に居続ける事。
それがクロスの存在理由だったかもしれない。
ただここに在るという、存在。それだけで良いのだと、そう言ってくれた人達の為に。
「だから私は、行かないといけないんです」
ルイスは今度は何も言わなかった。
「ルイスさん、この花知ってます?」
「ずっと教会にある花だよね」
クロスが屈んで教会を覆う花壇を示すと、ルイスも同じようにしゃがんで目線を合わせた。
「私がここに来た当時は、花壇に花はひとつも無かったんです。だけど私が此処に初めて来た時、球根をひとつ持ってました」
「球根…?なんでそんなの」
「さあ…それは覚えていないのですが。司祭様はそれを大事に埋めて育てくださいました。それからひとつ花が咲いたのを見て私はとても喜んだものです。…それから、たくさんの人が私に花の種をくれました」
その光景をクロスは、ひとつひとつ鮮明に思い出す事ができた。
「この槍水仙の花は、私の始まりです。そしてここの花壇の花達は、私の記憶そのものなのです」
クロスはもう一度立ちあがり、満面に咲き乱れた花々を見渡した。
春の風が攫う花弁が風花となって散っていく。
「花は季節が廻れば必ず咲くでしょう。…その時に、私を思い出してください。其処に、私はいます」
クロスの言葉に、顔を伏せていたルイスもようやく立ちあがった。
「…そっか。何かクロスらしいね」
「そうですか?」
「うん。じゃあ、僕は花が枯れないように大切に育てているよ。だから…」
ルイスがいつもの笑みでクロスに振りかえった。
言葉の先は、続けなくても理解できていた。
「時が来れば、必ずここに戻ってきます。私が在り続ける場所は、此処なのですから…」
初めてこの教会を見た時と同じような想いがクロスの中にはあった。
今までとは違うこれからの、希望と不安。
「季節が廻れば、また会いましょう」
そう言ってクロスは、穏やかに微笑んだ。




