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我らが閣下 〜バツイチ中将はハムが好き〜  作者: 依馬 亜連
ジョルジュ閣下と風林の章
9/27

8:ジョルジュ閣下と鼻歌

 執務室にて、ジョルジュ中将は小難しい顔で膨大な文書と向き合っていた。

 無理難題を押し付けてくる上司や、あれもこれもと縋って来る付近の街。および厄介事をもたらす他の基地への呪詛を小声で漏らしつつ、それらを処理していく。

「ふざけるなよ、クソが! こっちにも予算があるんだ、クソが! パン祭りなぞ、春だけで十分だろう!」

 口癖を連呼しつつも、ペンは慇懃無礼な角の立たない口調で回答をつづっていく。この辺りは、長年の職務の賜物だろう。


 本日は補佐官兼魔術師のセルゲイも、執務室に置かれた簡素な机に噛り付いている。

 魔術師関連の事柄を、ジョルジュは彼に丸投げしている。セルゲイも、下手にジョルジュが首を突っ込めば、余計に己の苦労が増えると知っている。

 だから黙々と事務作業をこなしつつ、時折ジョルジュの机に赴いては、署名だけを頂戴している。

「本当はこちらの書類も、閣下が目を通されるべきなのですが」

「俺は魔術に関しては、全く才能が無い。その辺のカエル以下のクソ魔力だと、医者に言われたことがある」

「よく、今まで生きていらっしゃいましたね」

「ああ、俺にも謎だ。だから引き続き、君に全権を委任しよう」

「かしこまりました」

 カエル以下の生き物に任せるよりはいいだろう、とセルゲイも改めてうなずいた。


 時折、下っ端の佐官が執務室に現れては、訓練や巡回といった日常業務の報告を提出する。しかめっ面を浮かべつつ、ジョルジュもそれを受け取る。

 そして流し読みして、署名を殴り書きする。

 文字の乱暴さで、その日の司令官の機嫌や体調が分かる、と部下たちからは有名だった。


 そろそろジョジュルの集中力が切れそうになると、いいタイミングでゴルダードが顔を出す。差し入れ付きで。

 資材庫や食料庫の管理を任されている彼は、期限切れ寸前の食品を調理しては、基地内デリバリーを自主的に行っていた。この残り物祭りは、彼が独断でやらかしているものではなく、

「食べ物──特にハムを粗末にする奴は、目が潰れて副鼻腔炎を患い、扁桃腺炎を発症して最終的に膀胱が破裂する」

と普段から言ってはばからない、ジョルジュが発起人だった。

 残り物処理班班長に任命されたゴルダードの腕前と、ハードな肉体労働によっていつも空っぽな部下たちの胃袋によって、この祭りはおおむね歓迎されている。

 ジョルジュの数少ない善行と言えよう。

「閣下、今日はジャガイモのスープですよ」

「おイモ以外の具は何だ?」

「人参とベーコンです」

「クソが!」

 文句を言いつつ、ジョルジュは必ず全て平らげる。食べ物を粗末にすれば失明、副鼻腔炎、扁桃腺炎、膀胱破裂に見舞われると信じているからだ。


 途中骨休めをしつつ、決裁済みの書類が溜まりに溜まって来たところで、ジョルジュはマチルダを見た。書類の発送および、基地内への配布は彼女の職務の一つだ。

 セルゲイと同じく、執務室に設置された机に向かっている彼女は黙々と、雑務をこなしていた。いや、今日は違った。

 普段は誰よりも無口に仕事をこなす彼女だが、今日は珍しく鼻歌を口ずさんでいた。

──おばけはウソウソ 吸血鬼はいないいない 狼男はワンちゃんワンちゃん ミイラは動かなーい──

「マチルダ君、昨日は映画でも観たのか?」

「よく御存じですね。私、お話していましたでしょうか?」

「いや、上司の勘だ」

「そう、ですか」

 ジョルジュに呼びかけられ、そして頓珍漢な会話を交わし、マチルダは緑色の目をまたたかせた。


 彼女は知的で涼しげな美貌に反して、オカルトが大好物だ。怪奇小説やホラー映画も、好んでたしなんでいる。

 その反面、彼女は異常に怖がりだった。消灯後の寮内を歩くことすら困難なほど、とは彼女の同僚の弁だ。


 そして怪談やホラー映画に震え上がった翌日は、必ず自作の「おばけの歌」を口ずさむ。

 本人にこの歌を唄っている自覚は、全くない。

「自覚されて、歌が聞けなくなるのも……」

という男衆の些細なわがままによって、その事実は隠ぺいされていた。

 そしてこの努力は、今も続いている。

最近観たホラー映画での傑作は、『永遠のこどもたち』と『ドリームハウス』です。

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