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我らが閣下 〜バツイチ中将はハムが好き〜  作者: 依馬 亜連
ジョルジュ閣下と風林の章

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幕間 6.5:ジョルジュ閣下と授与式

 拍手のお礼画面へ掲載していた、第6話と第7話の幕間を加筆修正いたしました。

 本編以上に悪ノリしている部分もあるので、ご注意ください。

 アゾリス国民の心を不安に陥れたパラポレ地方の大規模火災は、死者・負傷者こそ出てしまったものの、大きな二次災害を生み出す前に鎮火された。


 それもひとえにパラポレ基地を守る、フランソワ少将の仁徳および、彼を慕う人たちの頑張りであると言えるだろう。

 この中にはもちろん、フランソワを毛嫌いするジョルジュは含まれていない。

 直前まで

「嫌だ、行きたくない! 代わりに俺のアヒルちゃんでも持って行け!」

とごねていたのだから、当然だ。


 だが彼の幼稚さと、スポケーン国境警備基地を守る部下たちの実力は別物。

「あー……、そっちとあっちから回り込んで、挟み打つ感じがよかろう。うむ、そんな感じでガンガン行け」

 いつも以上にざっくばらんな指示を出すジョルジュに代わって、セルゲイが陣頭指揮を執った。

 それは見事な手腕であった。雑な上司の号令に詳細な味付けを施し、びしびしと各隊へ的確な指示を出す。

「第一部隊は右側より、精製工場の鎮火を行ってください。水魔術使いは彼らに同行し、工場背後にある河川より注水を行いなさい。放水によって足元が濡れると同時に、工場の外壁等が落下する恐れもあります、注意するように。」

「ハッ!」

「また、第二部隊は左側へ回り込んで消火栓を解放し、予備注水を行ってください。その際に第一部隊と魔石通信を密に行い、放水線が交差しないようにくれぐれも注意を」

「お任せください!」

「第三部隊は風魔術使いを連れて隣接する紡績工場へ進入し、従業員たちを避難させるように。風魔術使いは、紡績工場が風下にならぬよう、魔力の範囲内で操作なさい。」

「了解です!」

 二次災害を生み出さなかったのは、彼の判断力(と、時々役に立った紐魔術)および兵士、下士官たちの行動力に因るところが大きい。


 結果的に大活躍だったスポケーン基地は、火災の中心地であったドーリ市の市長より、感謝状を賜ることになった。

 実際に活躍したのはセルゲイと下っ端たちなのだが、こういう時の代表は司令官のジョルジュである。役得だ。


 そしてジョルジュと、彼の秘書官であるマチルダ、ついでに運転手役のゴルダードは、改めてドーリ市を訪れていた。

 市立ホールにて、本日盛大に授与式が行われるのだ。

 普段はだらしないジョルジュも、この日はきっちりネクタイを締めている。

 いや、出立時にセルゲイの紐魔術によって締められていた。念がこめられているのか、いっこうに緩む気配はない。

「クソの役にも立たん感謝状など、いらん。代わりに、ハムの詰め合わせを送ればいいものを……気の利かん市長め」

「閣下、こういったことは中身よりも形式が重要なのです。後でハムを買って差し上げますので、くれぐれも大人しくなさって下さい」

 口を尖らせるジョルジュを、マチルダが横目にたしなめる。

 二人のやりとりを一歩離れた後方から眺め、ゴルダードは陽気に笑った。

「マチルダさんと閣下の会話って、お母さんと出来の悪い子供みたいですよね」

「クソが! マチルダ君の子供の出来が、悪いわけないだろう!」

 ぐるりと振り返り、ややずれた反撃を行うジョルジュ。


 と、そこで、彼の拗ねた顔が強張った。

 マチルダとセルゲイも振り返り、つられて視線の先を探す。

 そこには小太りの、人懐っこい顔立ちをした老人が。

「あ……少将」

 マチルダとセルゲイが、同時に呟いた。

 彼はパラポレ基地の責任者である、フランソワ少将だ。


 深く考えずとも、ここの関係者である少将が授与式に参加することは、分かったはずなのだが。

 しかし、そこは浅はかなジョルジュ。

 今更ながらにその事実へ思い至り、親の仇を見つけた顔になる。

 そしてフランソワの温和な表情も、一瞬にして悪魔の形相へ。

「おのれ……死にぞこないのクソッたれめェッ! なぜ、貴様がここにいる!」

「なんじゃとォォッ! それはワシの台詞じゃ! この青二才めが!」

 叫ぶや否や、両者は共に跳躍した。マチルダが止める暇もない、驚きの瞬発力であった。

「誰が青二才だ! こちとら、顔だけが取り柄の嫁に三行半を叩きつけられて、世の中の酸いも甘いも噛みしめてるんだよ!」

「ハッ! 生ハムの旨味を分からん分際で、何をほざくか!」

「クソが! 貴様こそ、ハムの芳醇な香りが理解できぬクサレ脳みそだ!」

「ワシゃまだ現役じゃ! 腐っているのは、お前の根性ではないか!」

「何をォォォー! オラオラオラオラ!」

「無駄無駄無駄無駄ァ!」

 中空でパンチをラッシュしながら、互いの胸ぐらを掴み、そのまま市立ホールの大階段を二人で転がり落ちる。

 授与式へ参加しようと、大階段を上っていた人たちはその光景に悲鳴を上げ、転がる二人からざざっと距離を離す。まるで、モーゼの十戒のようだ。

「おー、何というスペクタクル。映画のワンシーンみたいですね」

「何を呑気に……ああ、頭痛が」

 一連の流れを見守るゴルダードは感心し、マチルダは頭を押さえてしゃがみ込んでいた。


 その醜態は、現場に一番乗りしていた地方新聞の記者によってばっちり記事にされ、後にアゾリス国内へ知れ渡った。

 見出しは「老将、大乱闘! お相手は『ハムの恵み事件』の英雄」だった。


 なお、この乱闘事件のエピソードは隣国アンゴラ国へも流れ着き、その際には大きな尾ひれがついていた。

 具体的には

──どうやらスポケーン基地の司令官が、ドーリ市立ホールへ集まったお偉い方を片っ端から撲殺し、ホールを血の海で染めた──

という、ワイルドかつアナーキーな武勇伝へと発展していたのだった。

 アゾリス国へ深い敵対心を持つアンゴラ国民だが、この噂には肝を冷やした。

「どうして授与式で、自国民を相手に暴れるんだ?」

「よもやこいつは、人間全てが敵だと思ってるんじゃなかろうか」

「頭がおかしいのか?」

「いや、有り得るぞ。よく考えれば、今までの戦法も意図不明なものが多かった」

「なんでそんな奴が、司令官をしているんだ!」

 これは、アゾリス国民も抱いた疑問だ。

「だが、向こうのお偉い方が一気に死んだのであれば、今こそ侵略の好機では?」

「馬鹿か、よく考えろ。そのクレイジー野郎が生き残っているんだぞ。時期尚早だ!」


 結果としてジョルジュの噂話は、秘密裏に進行していたアンゴラ国の軍事作戦を一時中断へと追い込んだ。

 だが、大将から直々に叱られてしまったジョルジュと、そしてフランソワにとっては、知ったこっちゃない話であった。

 閣下とフランソワ少将の乱闘は、傍から見ればむしろ、露伴先生対ジャンケン小僧みたいな感じだったはずです。

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