6:ジョルジュ閣下と生ハム
ジョルジュの日ごろの言動を見れば明らかであるが、彼は下から煙たがられる存在である。
しかし同時に、彼はたとえ相手が上司であろうと、医者であろうと、弁護士であろうと、税務署職員であろうと、尊大さを崩さない。そのため上からも嫌がられていた。よくもここまで出世できたものだ。
もちろん、態度の大きさおよび悪さは、同僚に対しても変わらない。よって横からも、彼は厄介者扱いをされている。
つまりは八方ふさがりの人生なのだが、本人にその自覚はない。
その中でもことさら、犬猿の仲と呼ぶべき人物がいた。
「アゾリスの英雄」と呼ばれる老将、フランソワ少将だ。
彼は一見すると小太りで、人のよさそうなおじいさんなのだが、ジョルジュとは宿命のライバルであった。
二人は顔を合わせると、ひどく程度の低いののしり合いを繰り広げ、最終的に殴り合いのケンカへ発展するという。
ケンカの最中は、どちらも猫パンチかビンタしか繰り出さないため、公の醜聞にまで発展していないのが幸いである。
そのフランソワ少将は現在、パラポレ地方の基地を任されている。
パラポレ地方には大規模な工業地帯がそびえており、その中には国内最大の軍事工場も含まれている。
そこで、大規模な火災が発生した。
途端に国内はパニックへと陥った。
パラポレ地方にほど近い、スポケーン国境警備基地にも救助の要請が入れられた。
その要請を携え、セルゲイは指令室へと飛び込む。
「……要請内容は以上の通りです。閣下、出動のご準備を」
「クソが! 嫌に決まっているだろう!」
セルゲイにうなり、ジョルジュは椅子へ深々と座り直した。肘掛けをギュッと握り、動いてたまるかこん畜生、と全身で語る。
彼の背後に控えるマチルダも、ジョルジュへ困った顔を寄せた。
「なぜです? アゾリス国にとって、パラポレ地方は国軍の要ではありませんか」
秘書の憂い顔に心が揺らぎつつも、ジョルジュはしかめっ面を崩さなかった。
「嫌だ。なぜなら、あそこにはフランソワのクソがいる」
「ご年配の方を、クソ呼ばわりしてはいけません」
「では、老いぼれファッキン・ケツの穴野郎ならばいいだろうか」
「いいわけがありません。より悪辣です」
マチルダの表情が、いつものちょっと怒り気味のものとなった。次いで、呆れた様子でため息をつく。
「なぜ閣下は、そこまでフランソワ少将をお嫌いなのです?」
「聞きたいか、マチルダ君?」
本当はそこまで興味もなかったが、マチルダは大人しくうなずいた。
悪童のごとき顔で、ジョルジュは続けた。
「パラポレに居座っているあのジジイは、クソみたいにぬめぬめした、生ハムが好きなのだよ」
頬杖をついてそっぽを向き、貧乏ゆすりをする。
「生ハムだぞ、生ハム! 俺はな、燻製されているくせに『生』などと言いふらすあいつらが、大嫌いなのだ! よって、そんなハムの偽物を愛するクソジジイも、大嫌いだ!」
ほとんど少将ではなく、生ハムへの逆恨みである。
セルゲイが、小さく咳払いをする。
「閣下。生ハムの中には燻製されず、塩漬けされたものもございますよ」
落ち着いた訂正にも、ジョルジュはバシバシ肘掛けを叩いて反撃した。
「ならば魚で考えてみろ! 塩漬けされたそれは、生魚と呼べるのか? いいや、違う!そいつは魚の塩漬けだ! 純然たる生ではない!」
本来の論点を見失って叫ぶジョルジュの背後で、マチルダがゴルダードへ手招きした。
呼ばれたゴルダードは、遠慮なくジョルジュに頭突きをお見舞いした。
アゾリス国に最大の危機が訪れていた瞬間、ゴルダードは通算四千回の頭突きを達成したのだった。
燻製していない生ハムを、プロシュートと呼ぶそうです。